検証~台風の爪痕「日高山脈で雨雲発達 500ミリ超 山の保水力限界」
十勝管内に大きな被害をもたらした台風10号の災害では、日高山脈周辺の降雨量が積算500ミリを超える記録的な大雨となり、土石流や河川氾濫を引き起こした。なぜ台風が直撃しなかった十勝が豪雨に見舞われたのか。日本気象協会北海道支社(札幌)の松岡直基防災対策室長は、日高山脈に湿った空気がぶつかって起きる「地形性降雨」が台風で長時間続いた点に注目し、「非常に特異な現象。北海道の新しい大雨パターンと言える」と指摘している。(小林祐己)
今回の大雨災害を時間経過で見ると、(1)直前に道内に上陸した3つの台風(7、11、9号)による大雨(2)湿った南東風が日高山脈にぶつかって雨雲が生じる「地形性降雨」(8月29~30日)(3)台風本体の雨雲「アウターバンド」による強雨(同30日夜~31日未明)-の3段階に分けられる。
地形性降雨 台風の力で広範囲
日高山脈沿いの降雨記録を見ると、同29日昼ごろから、時間10ミリ以下の雨が降り続いている。このころ台風10号はまだ関東付近にあり、台風本体の雨雲は十勝に届いていない。しかし、雨の「原材料」である大量の湿った南東風が日高山脈に次々と吹き付け、山沿いで雨雲が発達し続けた。
「地形性降雨」は湿った空気が山に当たって強制上昇し、上空の冷たい空気に触れて雨雲が生じる仕組み=図1。「山沿いで雨」と言う一般的な現象だが、今回は台風の速度が遅いことで、長時間、同じ風向きが続き、記録的雨量に。台風本体が来た同30日夜までに、総雨量が300ミリに達した場所もあった。
「帯広はそれほど降っておらず、山中だけで起きた現象。ふだんは札内川ダムより北側の芽室や清水、新得までは雨雲が入らないが、今回は台風の力で湿った空気が押し込まれた」
29~30日の帯広上空高度1、2キロでは、風速20~30メートルの東南東や南東の風が吹き続いた。山脈を越えられない低い雨雲が山にせき止められ、雨を降らせ続けた。同30日午後5時の解析雨量=図2=を見ると、日高山脈に沿って発達した雨域が広がっている。
アウターバンド 本体が「だめ押し」
国土交通省の狩勝観測所(上川管内南富良野町)の雨量=図3=を見ると、同30日夜から時間雨量が20~50ミリの猛烈な雨が6時間ほど続いている。これが台風本体の雨雲「アウターバンド」による大雨だ。帯広測候所は同30日午後11時半に「新得町南部付近で約90ミリ」という記録的短時間大雨情報を発表している。台風が接近し、外側の雨雲がちょうど新得付近に入ったとみられる。
狩勝の29~30日の雨量の経過を見ると、ピークが後にある「後ろ山型」の降雨パターンになっている。「出水(しゅっすい)的には危険なパターン。山の保水力が限界となり、ある時点を境に降雨が100%(地表に)出てくる」。
3つの台風による降雨で土壌がぱんぱんに水を含んだ上に、「地形性降雨」が長時間降り続け、最後に台風本体の50ミリ規模の大雨が“だめ押し”的に重なったことで、土石流や河川氾濫が一気に起きた。
新たなパターン 初の東北コース
これまで北海道を襲った台風による大雨は、台風に伴う前線が刺激されて起きていたが、今回は日高山脈が前線の役目を果たした形だ。
「台風が東北に上陸するコースは初めてで、非常に珍しい現象だ。これほど大規模な地形性降雨は北海道では初めて。『台風による地形性大雨』として北海道の新しい大雨パターンに加えなくてはいけない」
日高山脈沿いの積算雨量は、戸蔦別530ミリ、狩勝512ミリ、札内川ダム507ミリなど。「記録上、過去100年にない大雨」となったが、今回だけの特異なケースで終わるのだろうか。
「再来あり得る」 日本気象協会道支社松岡直基防災対策室長
「気象現象は一度起こると似たことが続けて起こる傾向がある。2013年に9人が亡くなった道東の吹雪は、それ以前はなかったが、その後4シーズン続いている。大気の流れが似たようなことを繰り返すことは十分あり得る」
今夏のように日本が台風の「通り道」となり、同じコースをたどれば、同じ現象が起こり得る。松岡氏は「特異なケースで終われば良いが、これでしばらく安心というのは危険な考え方」と警戒を呼び掛けている。