十勝毎日新聞 電子版

Tokachi Mainichi News Web

更新情報

札医大の研究室から(55)江森誠人准教授に聞く 2024/09/30

 皮膚や筋肉などに発生するしこり(軟部腫瘍)。その多くが良性だが、10万人に6人ほどの割合で悪性があるという。悪性は放置すると命にかかわる場合もあり、注意が必要だ。良性と悪性の違いはどこにあるのか、悪性の特徴や見分け方のポイント、治療法などについて整形外科学講座の江森誠人准教授に話を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

江森誠人(えもり・まこと)

 東京都出身。札幌医科大学卒、同大学大学院博士課程修了。同大学附属病院や小樽協会病院などを経て、09年大阪府立成人病センター(現大阪国際がんセンター)レジデント、17年札幌医科大学整形外科講師。今年から現職。日本整形外科学会認定整形外科専門医、日本整形外科学会骨・軟部腫瘍医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医。

安藤 軟部腫瘍とは。

江森 全身どこにでもでき、その中に良性と悪性がある。悪性の腫瘍を総合して「がん」と呼び、このうち上皮にできるものを「癌」、非上皮性組織にできる軟部腫瘍を「肉腫」と区別している。整形外科では主に四肢や内臓以外の体幹に発生した軟部腫瘍を扱っている。

安藤 良性と悪性の違いは。

江森 良性で最も多いのが脂肪腫。神経に分化して生じる神経鞘腫(しょうしゅ)や神経線維腫などもある。悪性なのは転移する能力を持つ腫瘍。放っておくと命にかかわる場合もある。
 腫瘍が大きくなるスピードにも注意が必要。良性は10年や20年など時間をかけて少しずつ大きくなるものが多いのに対し、悪性は大きくなるスピードが早い傾向がある。触ると硬い、ガチガチで押しても動かないというタイプも悪性の可能性がある。急激に大きくなった、小さくても硬い場合は早期に受診を。

安藤 年齢での傾向はあるか。

江森 粘液線維肉腫は高齢者、滑膜肉腫はもっと若い世代の人にできやすいなど、年齢・年代が一つの目安になることもある。ただし、軟部腫瘍には良性悪性合わせて100種類近くのタイプがあり、判断が非常に難しい。良性と悪性の中間のようなタイプもあり、診断・治療には専門性を要する。医療機関ではMRIやエコーなどで詳しく調べて悪性・良性を判断するので、自分で判断せず受診してもらいたい。

安藤 治療法は。

江森 最も根拠のある治療法は切除。良性で痛みがない、美容的に困っていないならそのままで問題ないものもあるが、悪性は大きくなる・転移するなどの可能性があるため手術を行う。良性ならしこりそのものを切除、悪性は周囲の筋肉や靭帯などの組織も含めて広範切除する。悪性のしこりは大きくなると転移の可能性が高くなり、病気のステージも上がる。切除範囲が広くなると予後にも影響するので、できるだけ小さなうちに切除するのが望ましい。既に転移が発生している場合などは化学療法や放射線治療も組み合わせて治療する。

安藤 生活で気を付けることは。

江森 悪性の腫瘍は痛みを感じることがほとんどないため、放置してしまう人が多い。しこりに気付いたらできるだけ早く整形外科あるいは皮膚科を受診してほしい。
 ゴリゴリとしたしこりがないか、足や腕の太さに左右差がないか、入浴の際などに自分の体を触って時折チェックするのも効果的。しこりの中には悪性のものがあることを知り、家族や友人など周囲の人からも早期受診するよう声を掛けてもらいたい。

包括連携協定について

 札幌医科大学(札幌市、島本和明学長)と十勝毎日新聞社(帯広市、林浩史社長)は2014年5月7日、産学連携による保健・医療・福祉の向上など、地域社会や相互の発展を目的とした包括連携協定を締結した。

 同日、札医大で行われた調印式には島本学長、林社長の他、増山壽一北海道経済産業局長も来賓として出席した。
 札医大と勝毎は、連携協定に基づき、健康や疾病予防をテーマにしたセミナーを十勝で開催するほか、新聞社の紙面やWEBサイト(電子版)で情報を発信する。帯広市は食と農林漁業を柱とした地域産業政策「フードバレーとかち」を掲げており、札医大の研究成果を生かしつつ、十勝の食の優位性を発信し、札医大の学生が十勝住民と交流する機会も設ける方針だ。
 具体的には、札医大講師陣が十勝で市民健康講座を開催するほか、十勝の農産物の健康機能性などに関する共同研究に取り組み、その成果を新聞紙面や電子版で発信し、十勝地域を中心とした住民の健康増進につなげていく考えだ。

※2014年5月時点の記事です。島本氏は2016年3月末で学長を退任されました。

札幌医科大学について

 札幌医科大学は1950年に開学し、60年を超える歴史を有する医科系総合大学。2007年に北海道立札幌医科大学から独立行政法人「北海道公立大学法人札幌医科大学」へ移行。5万7861平方メートルの敷地内には、大学校舎(延べ床面積5万8521平方メートル)、研究所(同1617平方メートル)ほか、附属病院(同6万5367平方メートル)などが配置されている。
 医学部、保健医療学部の2学部4学科で構成され、大学院(医学研究科、保健医療学研究科、=院生302人=)、助産学専攻科(学生20人)を合わせると学生・院生数は1347人(2014年4月1日現在)を数える。
 医師、看護師、理学療法士、作業療法士の国家試験では、高い合格率を誇る。過去10年間の医師国家試験の平均合格率は約95%で、全国平均の約90%を上回る。看護師については、過去11年間の国家試験合格率が100%となっている。

包括連携調印式 2014/5/7

島本学長インタビュー 2014/9/10

島本和明(しまもと・かずあき)

1946年10月7日 小樽市生まれ。71年札幌医科大学卒業。72年札幌医科大学第二内科入局。73~75年東京大学医学部第三内科へ国内留学。78~80年米国のサウスカロライナ医科大学へ留学。80年10月札幌医科大学第二内科講師、84年同科助教授、96年同科教授、2004~08年札幌医科大学附属病院病院長を経て、10年4月から16年3月末まで札幌医科大学学長。16年4月から日本医療大学の総長。

※2014年9月の学長在任時のインタビューです。

公開講座 ロコモを学ぶ 2014/10/22

“ロコモ”を防いでいきいきシルバーライフ ~骨と関節の健康を考える~

 札幌医科大学主催の道民公開講座が10月22日、音更町文化センターで開かれた。講師には、札医大整形外科学講座の射場浩介准教授を招いた。射場准教授は「ロコモティブ・シンドローム(略称ロコモ)」をテーマとし、1.ロコモの定義 2.骨粗しょう症と骨折 3.予防と治療の重要性 ― の3つの観点からロコモティブ・シンドロームについてわかりやすく説いた。
 同講座は、札医大と十勝毎日新聞社が5月に締結した包括連携協定に基づき行われた事業の第1段で十勝毎日新聞社が共催している。札医大と十勝毎日新聞社は今後も医療や健康、食などに関する情報発信などの事業を計画している。

< 講演要旨 >

1.ロコモの定義
運動器(体を動かすことに関わるすべての器官を指す)の障害のために要介護になったり、介護が必要になる危険性が高い状態と説明した。

2.骨粗しょう症と骨折
ロコモの原因となる運動器の障害の中で、骨粗しょう症が引き金になるケースが多いことを紹介。それを踏まえ、骨粗しょう症による骨折は単に骨折にとどまらず、生活の質の低下や生命にも関わるものであり、決して軽視してはならないとした。

3.予防と治療の重要性
ロコモの原因になることが多い骨粗しょう症の予防には、食生活と運動が重要で、子供のうちからバランスの取れた食事でしっかり貯金し、軽度の運動でも継続することが大切であるとした。また、家の中で転倒し、骨折する事例が多いことから、転ばないような環境づくりをすることや、骨粗しょう症患者だけでなく、予備群(骨密度70%以上80%未満)のうちから治療を始めた方がいいという考え方も紹介した。

さらに詳しくは紙面PDFで

2014年10月27日19面

10月27日19面

かちまい公開セミナー2015 2015/1/29

長寿遺伝子をご存じですか?老化を防ぐ人体のヒミツ

 十勝毎日新聞社主催、札幌医科大学共催の公開セミナーが1月29日午後2時から、帯広市内のとかちプラザで開かれた。同大医学部長の堀尾嘉幸氏が「長寿遺伝子」に関して研究成果などを説明した。
 同大と十勝毎日新聞社は昨年5月、包括連携協定を結び、健康や疾病予防などの分野で情報発信を進めていく構想。今回は昨年10月の「ロコモティブ・シンドローム」に次ぐ第2弾の公開講座で、約150人が聴講した。堀尾氏のほか、池田町ブドウ・ブドウ酒研究所の内藤彰彦所長がワインの健康機能性について講演した。

堀尾嘉幸(ほりお・よしゆき)

1955年10月9日 大阪府豊中市生まれ。81年弘前大学医学部卒業。85年大阪大学大学院医学研究科修了。同年大阪大学医学部附属病院基礎系医員、大阪大学医学部薬理学第二教室助手。88~90年米国のスタンフォード大学、ノースウエスタン大学へ主任研究官として留学。97年大阪大学医学部薬理学第二教室助教授、99年札幌医科大学医学部薬理学講座教授、2008年札幌医科大学医学部副学部長などを経て、14年4月から現職。

<講演要旨>

  1. 長寿遺伝子(サーチュイン)の研究はここ10年から15年で急速に進んできた。
  2. がんと老化には密接な関係がある。がん抑制遺伝子の「p53」は、がんの発生を抑制するが、老化を促進する因子でもある。
  3. 細胞は老化する。老化細胞は、分裂できずに増殖できない。また、いろいろなもの(ホルモンなど)を分泌し、周囲の細胞を老け込ませることもある。
  4. 活性酸素は細胞や染色体異常を引き起こす要因になる。マウスの実験では、この活性酸素を除去するSOD(スーパーオキシドジスムターゼ)の活性が低いものは寿命が短い。
  5. 摂食制限をすると、SODが減らず、寿命が伸びることが、動物実験で分かっている。
  6. 赤ワインに含まれるレスベラトロール(ポリフェノールの一種)は、長寿遺伝子(SIRT1)を活性化する。マウス実験では、高脂肪食による肥満や高カロリー食による寿命短縮を抑制する結果がでている。心不全ハムスターの実験でも、延命効果があることが分かった。筋ジストロフィーの治療効果もある。
  7. 長寿遺伝子はみんなが持っている。大事なことは、まず食べる量を減らすこと。それと、運動も大事。エネルギーを消費すると、長寿遺伝子は活性化する。あとは、思い煩うことをせず、笑いを常に心掛けることではないか。

[主催]十勝毎日新聞社
[共催]札幌医科大学
[後援]十勝医師会、帯広市医師会

健康推進セミナーで島本学長が講演 2015/9/5

十勝あるくミルクプロジェクト

 歩くことと、牛乳などに含まれるたんぱく質の摂取を組み合わせた健康増進を提唱する「十勝あるくミルクプロジェクト」の事業として9月5日、健康推進セミナーが帯広市内のとかちプラザで開かれた。このプロジェクトは子供から高齢者まで誰もが手軽に参加できる「歩く」という行為と、十勝の主要産品の1つである牛乳を用い、住民の健康を促進する狙い。
 セミナーの第1部では、札幌医科大学の島本和明学長が「歩くことと健康について」をテーマに語った。

第1部

歩くことと健康について
島本 和明

講師
札幌医科大学
学長
島本 和明 氏

第2部

楽しい歩き方 実践講座
長谷川 昌二

講師
帯広市 健康推進課
健康運動指導士
長谷川 昌二 氏

[主催]
 十勝あるくミルクプロジェクト実行委員会
 (帯広市、一般遮断法人 帯広市文化スポーツ振興財団、十勝毎日新聞社)
[後援]
 フードバレーとかち推進協議会、株式会社 オカモト
[事務局]
 十勝毎日新聞社 事業局 TEL:0155-22-7555

※2015年9月時点の記事です。島本氏は2016年3月末で学長を退任されました。

認知症予防講座 - 脳の健康を考える -  2015/11/11

かちまいエイジングケア・セミナー2015

 十勝毎日新聞社と札幌医科大学による包括連携協定事業「かちまいエイジングケア・セミナー2015」が11月11日午後2時から、帯広市内の北海道ホテルで開かれた。同大医学部神経内科学講座の齊藤正樹助教(日本認知症学会認知症専門医・指導医)が認知症予防について解説した。講演要旨記事

講師:齋藤正樹 氏

札幌医科大学医学部 神経内科学講座助教授。日本認知症学会 認知症専門医・指導医。

[主催]:十勝毎日新聞社
[共催]:札幌医科大学
[後援]:帯広市、帯広保健所、十勝医師会、帯広市医師会

札医大附属病院・山下病院長に聞く 2016/1/5

脊髄損傷に神経再生治療

 交通事故やスポーツ事故、高所からの転落事故などで脊髄を損傷し、運動麻痺などの後遺症に苦しむ患者は全国で年間約5000人が発生するという。現状では有効な治療法がないが、札幌医科大学では山下敏彦教授(附属病院長・整形外科学講座)らの研究グループが、脊髄損傷に対する神経再生医療に取り組んでいる。患者自身から骨髄液を取り出し、骨髄間葉系幹細胞と呼ばれる細胞を培養した上で患者に再投与すると脊髄が再生するという画期的な治療で、日本で初めてとなる神経再生の医薬品を目指す治験として注目されている。山下教授にこの治療法について聞いた。(聞き手・道下恵次)電子版記事

山下敏彦(やました・としひこ)

1958年生まれ。札医大大学院医学研究科修了。88年に米国ウェイン州立大学バイオエンジニアリングセンター博士研究員、83年に札医大医学部整形外科講座に入り、2002年に同教授。14年4月から附属病院長。

道下 脊髄損傷とは。

山下 脊髄損傷は交通事故やスポーツ事故等で背骨が折れてその中にある神経が傷ついてしまうこと。こうした中枢神経は一端傷つくと回復しないといわれ、一生ハンディキャップを背負って生きていかなければならない。全国で年間5000人発生するといわれ、医療費もかかるし、その後のケアにかかわる社会保障費もかかる。そうした面からも社会的問題にもなっている。何より治療法がないということが問題なので、全世界的に脊髄損傷の研究が行われている。

道下 札幌医科大学ではどのあたりに着目して研究しているのか。

山下 本学の神経再生医療学部門では、20年前から神経細胞を再生させるという研究に取り組んできた。(H25年3月より)脳梗塞の神経再生に関する治験を開始している。この研究成果に基づき、数年前(H26年1月)よりその同じ手法を用いて脊髄損傷に応用できないかということで取り組んでいる。
 まずは患者の骨盤から骨髄液を取り出し、その中からいろいろな組織に分化する能力を持つ幹細胞を取り出して特殊な技術で1万倍に培養する。それを点滴で静脈内に戻すことによって損傷した脊髄に幹細胞が到達し、脊髄が再生するという理論だ。

道下 どのようなメカニズムで再生するのか。

山下 血流に投与した幹細胞には身体の損傷部分に集まるという性質がある(ホーミング効果)。まずは早期に幹細胞が損傷部分に達すると幹細胞からいろいろなファクター(成長因子)が放出される。それは神経を回復、保護するファクターや炎症を抑えるファクターだ。それが放出されると急性期の脊髄損傷を食い止める、あるいは回復させる効果がある。また、数週間後に到達した幹細胞そのものが神経に分化して再生するという複数の段階によるメカニズムを考えている。

道下 患者にとっては期待の持てる画期的な治療だが。

山下 神経再生はいろいろ研究されているが、ほとんどが損傷した神経部分に直接幹細胞を注入する研究だ。直接注入は手術が必要であったり、再び神経が傷つくこともあるので患者にとっては負担が大きい。本学の場合は点滴で注入し、血流に乗った幹細胞が損傷部分に到達するということが特徴だ。患者の負担が少ない治療といえる。
 本学では日本で初めてとなる治験という形で神経再生の研究が進んでいる。近い将来に実用化できるのではないかと期待している。現在は急性期の脊髄損傷を対象に行っているが、将来的には慢性期の患者や、さまざまな神経疾患に応用範囲を広げていけると考えており、さらに研究を進めていきたい。

塚本新学長に聞く 2016/4/1

 道内での地域医療の一翼を担う札幌医科大学は「進取の精神と自由闊達な気風」「医学・医療の攻究と地域医療への貢献」との建学の精神の下、多くの優れた医療者を教育し、地域に輩出してきた。4月1日からは塚本泰司名誉教授が第3代目の新理事長・第11代目の新学長に就任し新たな体制でスタートした。今後の札幌医大が目指すべき医療攻究と地域への貢献について塚本新学長に聞いた。(聞き手・札幌支社長 脇坂篤直)

塚本泰司(つかもと・たいじ)

1949年旭川生まれ。医学博士。73年札幌医科大学医学部卒。95年同大医学部泌尿器科学講座教授、同大付属病院長を経て、2013年同大学を退職。同年慶応義塾大学大学院経営管理研究科に入学。15年3月同大大学院経営管理研究科修了、経営学修士。16年4月から札幌医科大学理事長・学長

脇坂 まずは新学長就任にあたって抱負を。

塚本 建学の精神が我々の進むべき道であり、これを充実させることが第一。特に学生や若い医師を集めるには優れた研究が必要だ。質の高い医療を提供するためにも研究という基盤がないといけない。研究には短期と中長期目標があるが、本学では再生医療やがんワクチンの先端研究が行われ、ようやく花開いてきた。5~10年後に花開く研究の種をまいていきたい。
 それと同時に地域医療への貢献が重要だ。まだまだ北海道の場合は医療者の数が足りず、そこを充実させたい。地域医療の充実のためにはマンパワーがいる。質の高い学生を集めるためにも大学が魅力的でなければならないし、そのためには優れた臨床も実践していかなければならない。今まで本学が取り組んできたことに加え、現代にマッチする状況を考えながらプラスアルファしていければと思う。

脇坂 学長ご自身はこれまでどのような医療研究に取り組まれたか。

塚本 私の専門は泌尿器科。1980年前半から北見や後志管内で、前立腺肥大症や前立腺がんの集団検診を行ってきた。今は見つけやすくなってきたが、当時は前立腺肥大症や前立腺がんは今ほど知られておらず、道内で集団検診ができたということは非常に意義があったのではないかと思う。それが発展して90年ぐらいから道内の漁村で、前立腺肥大症と前立腺がんがどの程度いるのか、米国の病院と共同研究した。米国と日本のデータを日本で初めて比較研究し、それが高く評価された。泌尿器科のがん治療に関しても基礎研究や治療法を確立してきた。札幌医大の泌尿器科手術を全国トップレベルにすることができたと思っている。

脇坂 札幌医大が目指す将来像とは。

塚本 建学の精神にある医学・医療の攻究と地域医療への貢献が我々が目指す道なので、理念としては最高の医科大学を目指したい。これを実現するためには何が必要か。大学も付属病院もハード面はしっかりしてきた。我々が与えられた課題はその施設をどう活用して建学の精神に結び付けるかということ。少子化の影響と社会ニーズが変わってきていることもあり、大学の競争は激しくなり、立ち位置も揺らいでいる。どういう学生を選抜してその学生を教育し、どういう医師に育てるのかが我々の目指す将来像に結びつく。資質ある若い医師を育てていき、最高レベルの医科大学に一歩でも近づけるよう努力したい。

脇坂 2014年に十勝毎日新聞社と包括連携協定を結んだが、今後の取り組みプランなどは。

塚本 地域への情報提供は非常に重要だと思っている。地域に医療、医学の成果を還元することによって住民に病気に対する意識を高めてもらう。公開講座や講演などでお手伝いできることはこれかもやっていこうと思っている。地域の要望も聞かせてもらい、十勝の方々への情報発信を積極的に考えていきたい。

塚本学長が講演 医療セミナー2016 2016/7/28

知っていますか?尿から分かる健康状態

 尿をテーマにした医療講演会「知っていますか? 尿からわかる健康状態」が28日、帯広市内のとかちプラザで開かれた。前立腺がん治療など最先端医療に携わる札幌医科大学理事長・学長の塚本泰司氏が、尿から読み取れる病気のサインについて講演した。
 十勝毎日新聞社と札幌医大の包括連携事業の一環で、210人が聴講した。塚本氏は、尿の色や量、尿の出方からわかる体の状態について解説。血尿は、血尿以外の症状の有無で原因の病気が変わるとし、「膀胱がんを見逃さないことが重要」と述べた。

[主催]
 十勝毎日新聞社、共催・札幌医科大学

塚本 泰司

講師
札幌医科大学
理事長・学長
塚本 泰司 氏

健康推進セミナーで鳥越教授が講演 -  2017/6/9

十勝あるくミルクプロジェクト

 「運動とミルクの深イイ関係-筋力アップで健康増進」と題した健康推進セミナーが9日、帯広市内のとかちプラザで開かれた。十勝毎日新聞社と包括連携協定を結ぶ札幌医科大学の鳥越俊彦教授が、筋肉量を保つことの重要性や牛乳と運動の密接な関連などを解説した。講演記事

鳥越俊彦氏
講演者:鳥越俊彦(とりごえ・としひこ)

札幌医科大学医学部 病理学第一講座 教授
Profile
1960年、鳥取市生まれ。
1984年、防衛医科大学校卒。
航空自衛隊航空医官、自衛隊札幌病院医官、札幌医科大学第一病理助手・講師・准教授を経て、2015年10月から現職。
北海道宇宙科学技術創成センター理事。専門は、がん免疫病理学と細胞ストレス応答学。

[主催]
 十勝あるくミルクプロジェクト実行委員会
 (帯広市、一般遮断法人 帯広市文化スポーツ振興財団、十勝毎日新聞社)
[事務局]
 勝毎光風社 TEL:0155-22-7555

札医大の研究室から(1) 鳥越俊彦教授に聞く 2016/10/14

 がん細胞には“女王バチ”の役割を果たす幹細胞と“働きバチ”細胞があり、あくまで幹細胞を退治しない限りがんの根治や予防はできない-。そんな研究が札医大で進められている。
 医学部病理学第1講座の鳥越俊彦教授に「がん幹細胞とがんの予防医学」について聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

鳥越俊彦(とりごえ・としひこ)

 1960年鳥取県生まれ。84年防衛医科大学校医学科卒業。90年米国ペンシルバニア大学医学部研究員、92年米国ラホーヤがん研究センター研究員、93年自衛隊札幌病院診療科などを経て2001年より同大学同学部病理学第1講座助(准)教授。15年から現職。

浅利 「がん幹細胞」とは、どのようなものか。

鳥越 がん組織を形成するがん細胞は、いわゆる“働きバチ”だけだと考えられていたが、最近の研究で“女王バチ”に相当するがん幹細胞の存在が明らかになった。いわゆる幹細胞は、組織の修復再生を担う正常細胞にもあって、ストレス耐性が強いという特徴がある。善玉か悪玉かの違いはあれ、その強さを持つ点で共通している。

浅利 がん幹細胞はどのような影響を及ぼすのか。

鳥越 いくら抗がん剤や化学療法で働きバチのがん細胞を退治しても、女王バチであるがん幹細胞が存在する限り、それが再び巣を作ったり、他の臓器などに飛んで巣を作ったりしてしまう。
 だから近年世界のがん研究では、働きバチは放っておいて女王バチであるがん幹細胞の退治に重きを置くのが主流になっている。

浅利 そのがん幹細胞を見つけ出す研究は、どの程度進んでいるのか。

鳥越 がん幹細胞は、抗がん剤にも化学療法にも抵抗力があり手ごわい相手なので、免疫の力で抑制する研究を進めている。私たちの研究で、がん幹細胞だけの目印として、男性の精巣にしか見られない特殊な遺伝子を持つことが明らかになり、それを約6種類見つけることができた。
 この目印をワクチンとして免疫することで、がん幹細胞をねらい撃ちする「がん予防ワクチン」の開発を進めている。

浅利 「がん予防ワクチン」のもつ特長はどのようなものか。

鳥越 今までは、例えば乳がんの場合、手術によってがんの主病巣を完全に取り切った後でも、ミクロレベルで他臓器へ転移している場合があるため、厳しい抗がん剤治療を強いられていた。しかし、このワクチンを投与すれば「細胞障害性T細胞」という、がん幹細胞を直接退治する細胞を活性化させることで、ミクロレベルのがん幹細胞を見つけて攻撃できるので、副作用の厳しい抗がん剤治療を行う必要がなくなる。
 近年「ニボルマブ」という免疫抑制を解除する新しい免疫治療薬が開発され、現在国内では悪性黒色腫と肺がん、腎がんの治療に承認されているが、効果が期待できるのは約3割のがん患者で、しかもがん予防効果は期待できない。また、1回の投与で約150万円と高価で副作用もある。「がん予防ワクチン」が実用化されれば、私たちが重きを置く「がんの治療だけでなく予防」が可能になり、安価かつ副作用もないというメリットがある。

浅利 最後に、十勝の読者に向けて。

鳥越 再生医療や免疫細胞療法などといった最先端の医療を施すには特殊な施設が必要で、道内では札幌に集中している現実がある。しかし、私たちが目指すワクチンは、どこの町のクリニックでも注射1本で簡単かつ安価に治療や予防が施せる。
 予防医療の確立とともに、医療の地域格差や貧富格差を解消する薬であることも目指しているので、今後に期待してほしい。

札医大の研究室から(2) 舛森教授に聞く 2016/11/11

 心の性と身体の性が一致しない「性同一性障害(GID)」。近年メディアなどで取り上げられる機会が増えたが、ごく身近に悩みを抱える当事者が多くいるといった現実は、あまり知られていない。
 2003年に道内で唯一専門外来を立ち上げてチーム医療に取り組んでいる、医学部泌尿器科学講座の舛森直哉教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

舛森直哉(ますもり・なおや)

 1964年胆振管内むかわ町生まれ。88年札幌医科大学医学部卒業。94年同泌尿器科学講座助手、98年米国バンダビルド大学研究員、2001年札幌医科大学医学部泌尿器科学講座講師、06年同助教授を経て、13年から現職。

浅利 「性同一性障害」とは何か。

舛森 人は生まれる際、身体的性別の典型として男性と女性がある。そこに性の自己認識(性自認)という心の性別も重なり、それらが一致していると自覚する人が割合的には多い。しかし、生まれつき身体の性別と性自認が一致しないと感じる人がいて、その状態だと定義している。

浅利 そのメカニズムは分かっているのか。

舛森 明確には分かっていないが、胎児期の脳の性分化の過程で何らかの原因により身体と心の性にずれが生じるためではないかと考えられている。親の育て方が悪いとか、そういった後天的な要因で性自認が変わるわけではない。

浅利 どのくらいの割合の方がいるのか。

舛森 はっきりとした統計はないが、私たちが13年前に専門外来を始めてから500人以上の方が受診している。北海道の人口が約540万人なので1万人に1人はいることになるし、受診していない人を含めると世間一般に思われているよりもはるかに多いだろう。

浅利 性同一性障害と同性愛についても混同されがちだが、その違いは。

舛森  L(レズビアン)G(ゲイ)B(バイセクシャル)T(トランスジェンダー)などと分類されることもあるが、前の3つは性自認に不一致はない性的指向。トランスジェンダーがすべてGIDとは限らないが、性同一性障害は、性自認そのものに違和感がある状態。性自認と性的指向は分けて考えなければならない。

浅利 GID治療はどのようなものか。

舛森 以前は、精神科で心の性別を身体の性別に合わせようとする治療が行われていたが、現在は、心の性別に身体の性別を合わせようとする治療が原則。性ホルモンを投与することで心の性別に近づけるが、外性器は大きくは変化しないので、外陰部の改変を望む場合には性別適合手術を行うこともある。

浅利 治療での問題点は。

舛森 現在それらの治療は健康保険適用外のため、かなり高額な治療や入院費がすべて自己負担になる。そのため、手術料金の安い海外で行う人もいるが、合併症などのリスクが高い。現在、これら治療の保険適用を求めて関連学会などと連名で厚労省に要望書提出の準備を進めている。保険適用によって治療の敷居が下がるだけでなく、一般的な理解も進むと期待している。

浅利 最後に、十勝の読者に向けて。

舛森 以前より理解は進んできていると思うが、まだまだ差別や偏見は存在する。たとえば性別を記入する際やトイレの問題など、当事者は日々の生活で生きづらさに直面している。まず「そういう人がいる」と知ることが大切。道内での専門外来は私たちだけという状況で、今後は受け皿の少なさも変わっていけばと思う。

札医大の研究室から(3) 長峯教授に聞く 2016/12/9

 たくさん人がいる中で、自分の名前を呼ばれた際にそこだけは認識できるのに、他の会話の内容は入ってこない―。
 パーティー会場にいる状態になぞらえて「カクテルパーティー効果」と呼ばれる、人間の持つこうした能力について研究する医学部神経科学講座の長峯隆教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

長峯隆(ながみね・たかし)

 1957年鹿児島県生まれ。82年京都大学医学部卒業。90年同大医学研究科脳統御医科学系脳病態生理学講座助手、2000年同附属高次脳機能総合研究センター臨床脳生理学領域助手、01年同附属高次脳機能総合研究センター臨床脳生理学領域准教授を経て、08年から現職。

浅利 カクテルパーティー効果とは、どういった仕組みで起きているのか。

長峯 私たちは、読書をする際に点として注視する周りの10文字程度は認識できるとされている。聴覚も同様で、たとえば左に意識を向けている時は、自然と右への注意が散漫になっている。つまり、注意をどこに当てるかを意識的に制御することができる。

浅利 音に関して、脳内では何が起きているのか。

長峯 左右両耳で同時に聞いているとき、人はあまりどちらの耳から入るかを意識していない。ところが、パーティー会場で左と右から別々の会話が入ってきた場合、注意を向けた特定の会話に集中して他は無視するように脳の聴覚野で調整を行っている。私自身も実験の被験者となり実感したが、はっきり自覚できる場合もあるし、無意識の領域で必要なものとそうでない情報を切り分けていることもある。

浅利 いくつくらいのことに注意を払えるのか。

長峯 通常、それぞれの耳で2つずつの情報を把握できるとされている。よく、聖徳太子が10人の話を一度に聞いたという説話があるが、実際オーケストラの指揮者はすべての楽器の音を同時に聞き分けられるという通り、意識を傾けていれば、人間はかなりの音に対して別々に反応できることが分かっている。

浅利 注意を向けていない部分はどう扱っているのか。

長峯 われわれは日常生活で、外部環境の状態について浅く広く情報を受け取っているが、特に意識しているわけではない。しかし、歩いていて突然横から大きな音がしたら、とっさに振り向く。特に注意していなくても、突然不意に起こる変化に無意識に反応できる。これは受動的注意と呼ばれる。人間が持つ生体防御能力のひとつといえる。

浅利 能力の個人差や、訓練で向上の可能性はあるか。

長峯 ひとつのことに集中しやすい人、全体に注意が行きがちな人というように個人の傾向はあるが、誰しも"注意の焦点化"や"情報の選択化"を脳の中で行っている。今ある能力をさらに上げる目的については賛否両論あるが、失われた能力の回復や、危険を察知する能力を身につけるという意味で、解明された脳の仕組みを応用することはできるのではないか。

浅利 最後に、十勝の読者に向けて。

長峯 われわれが研究しているのは、人が体感できることが、脳の中でどのように行われているのかということ。脳を含め、人の機能は千差万別。たとえば脳外科手術をする際の手がかりとして、その個性を司る仕組みに極力近づくことで治療の手かがりにもしようとしている。気になることがあれば是非訪ねて頂きたいし、私たちが出向いて説明する機会もあればと思う。

札医大の研究室から(4) 櫻井教授に聞く 2017/1/13

 遺伝子や遺伝がもたらす病気への影響について研究する「遺伝医学」。札幌医科大学では専門の遺伝外来があり、多くの人が気軽に相談することができる。
 遺伝といえば、揺るがしがたい決定的要素のように思いがちだが、実際はどんな研究なのか。遺伝医学の櫻井晃洋教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

櫻井晃洋(さくらい・あきひろ)

 1959年新潟県生まれ。84年新潟大学医学部卒業。87年米国シカゴ大学甲状腺研究部、94年信州大学医学部老年医学講座助手、2003年同社会予防医学講座遺伝医学分野助(准)教授を経て、2013年から現職。

浅利 遺伝医学とは具体的にどんなものか。

櫻井 人の体の特質や特徴が、世代を超えて伝えられていくメカニズムを究明する"タテ"の面と、人は一人ひとり皆違うという多様性の理由を遺伝子のレベルで明らかにする"ヨコ"の面の両方を究明するものだと定義づけている。

浅利 遺伝要因はどのくらい私たちの健康に影響するのか。

櫻井 すべての病気や健康状態には、生まれつきの体質(遺伝要因)、生活習慣や環境(環境要因)、加齢(時間要因)という3つの要素が影響する。遺伝要因だけで発病する病気もあるし、中毒や事故のようにほぼ環境要因だけが関係するものもある。実際には遺伝要因がまったく関係しない病気はほとんどない。ただ、その割合や医療として関与できる程度は病気によってさまざま。
 たとえば、患者数の多い高血圧や糖尿病でも、同じような食生活や運動習慣、塩分摂取を続けても病気になる人もならない人もいる。そこは、それぞれがもつ遺伝要因が影響しているが、その部分に医療として介入できるかといえば、そこまではまだできない。

浅利 では、医療として有効なのはどういった場面か。

櫻井 遺伝要因の関与が大きい、いわゆる遺伝性の病気の中には、遺伝子の情報によって診断が確定するものもや治療方針が決まるものが増えてきた。たとえば、年間約9万人が発症する乳がん患者のうちの5%は遺伝性の体質が原因で発症しているとされている。遺伝性であることが分かった場合には術式の選択や放射線治療の是非、さらに最近では発症前の予防的乳房切除なども考慮されるようになっている。また、遺伝性疾患では兄弟姉妹や子どもなども同じ体質を持っている可能性があり、遺伝子の情報をもとに血縁者の病気の早期発見や早期治療、あるいは予防的治療も可能になる。

浅利 遺伝子や遺伝的要素は人にとって決定的なものというイメージを持つが。

櫻井 むしろ私たちの健康状態や体質、能力などで遺伝要因が関与する程度は、多くの人が考えているよりも小さい、人は遺伝子だけでは決まらない、ということを強調したい。最近はインターネットなどで手軽に病気のなりやすさや体質を調べるという遺伝子検査サービスが増えているが、科学的根拠は極めて乏しく、占いと大して違わない。
 われわれ社会の認識として「人はみな違い、だからこそ一人ひとりは唯一のものとして尊重されなければならない」という価値観を共有することが大前提。多様性の一側面として遺伝性の病気がある、というフラットな受け止め方が大切だと思う。

浅利 最後に、十勝の読者に向けて。

櫻井 すべての人は例外なく数十の遺伝性の病気の要因を持っており、決して特別なものではない。とはいえ、ひとたび当事者になれば戸惑いや心配を抱くのは当然のこと。遺伝に関してはまだ誤解も多い。どんな些細なことでも良いので、一人で悩みを抱えず専門の外来で正しい知識を得てほしい。私たちの遺伝外来は、心配ごとのお手伝いをするところ。気軽に専用ダイヤル(011-688-9690)に電話をして頂きたいと思う。

札医大の研究室から(5) 下濱教授に聞く 2017/2/10

 老若男女問わず多くの人が気にする「物忘れ」と「認知症」。病気に分類されない物忘れと、病気である認知症との違いは何で、その境目はどこにあるのか。専門分野として研究を続ける、神経内科学講座の下濱俊教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

下濱俊(しもはま・しゅん)

 1956年東京都生まれ。81年京都大学医学部卒業、87年同大学院医学研究科修了、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部神経科学部門研究員。2000年京都大学大学院医学研究科脳統御医科学系専攻脳病態生理学講座臨床神経学領域講師、01年同准教授を経て、06年から現職。

浅利 「物忘れ」と「認知症」の違いは何か。

下濱 「物忘れ」は、さっき聞いたことを忘れてしまうとか、昨日の出来事を忘れてしまうといった記憶障害の一種。「認知症」の場合は、それに加えて洋服を着られなったり、計画を立てて実行・決断といった社会生活を営む上で必要な複数の認知機能が障害されて支障をきたすようになったりする状態をいう。
 例えば、前日に日ハムの野球観戦をして、ピッチャーが誰か思い出せないのは「物忘れ」で、行ったこと自体を忘れてしまうのが「認知症」だ。

浅利 認知症の判断はどのように行うのか。

下濱 ご家族が、今まで見られなかった言行や感情の変化が気になるとか、置き忘れや同じことを繰り返し聞くといったことが多くなり、心配して受診するケースが多い。診断では、例えば今日の年月日を言ってもらう、3つの言葉を挙げて別の会話を挟んで再度質問する、などといった簡単な神経心理テストを行い、見当識や記銘力が障害されていないかを診る。

浅利 診断されてから重要なことは何か。

下濱 原因が何かを明らかにすることが、非常に重要だ。ひと口に認知症と言っても、全体の約6割を占めるアルツハイマー型のほか、脳梗塞や脳出血後に起こる血管型、パーキンソン病のような症状をきたすレビ-小体型など幾つかある。ほかに、転倒して数か月たって物忘れ症状が出るケースもあるが、この場合は外科的処置で元の状態に戻る。コンピューター断層撮影(CT)やMRI検査で脳の形態異常の原因を明らかにした上で、適切な治療やケアをすることが重要だ。

浅利 本人や家族に必要なのはどんなことか。

下濱 アルツハイマー型をはじめ認知症は、現代医学でも完治や進行を食い止めることは難しいが、早期の診断と発見により投薬などで進行を抑制することが可能になっている。また、脳血管障害や糖尿病、高血圧といった生活習慣病を合併していると進行を早めるので、それらの治療や適度な運動、食事の見直しも有効だ。
 家族はどうしても認知症になる前の状態を思い出し「どうしてこうなったのか」「しっかりして」などといいがち。まず、認知症という病気なんだということを理解して、しからないなど適切な接し方を知ることがとても大切になってくる。

浅利 最後に、十勝の読者に向けて。

下濱 2025年には日本の認知症患者は700万人を超えるといわれている。誰しも年齢を重ねると、物忘れの症状が出てくるのは自然なこと。一人で悩まず、かかりつけ医の紹介などで「もの忘れ外来」を始め神経内科や精神科、脳外科といった脳の疾患の専門外来を訪ねてほしい。
 そして、病気とどう向き合い、過ごしていくかは、デイケアをはじめとした福祉施設や行政でも相談できるので、それらを積極的に利用して、本人も家族も無理のない介護など長い目で見通していくことが大切だ。

札医大の研究室から(6) 堀尾教授に聞く 2017/3/3

 筋力が徐々に低下し、歩行や呼吸が困難になるケースのある(遺伝性)筋ジストロフィーの根本的な治療法は、現在もまだ見つかっていない。だがその症状の進行を遅らせる可能性を持つ長寿遺伝子(サーチュイン)の研究が行われている。
 新たな治療法として注目される研究に取り組む医学部薬理学講座教授で、医学部長を務める堀尾嘉幸教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

堀尾嘉幸(ほりお・よしゆき)

 1955年大阪府生まれ。81年弘前大学医学部卒業。85年大阪大学大学院医学研究科修了、同医学部薬理学第2講座助手、88年スタンフォード大学客員教授、94年同医学部薬理学第2講座講師、97年同医学部薬理学第2講座助(准)教授、99年札幌医科大学医学部薬理学講座教授、2014年から同医学部長。

浅利 筋ジストロフィーとはどんな病気か。

堀尾 筋肉が破壊・変性と再生を繰り返す遺伝性の疾患で、変異する遺伝子の種類により生命に関わる重篤なものから特に自覚症状がないものまで、さまざまなタイプが存在する。
 中でも「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」は、次第に筋萎縮と筋力低下が進行する疾患で、根本的治療法がない難病だ。寿命が普通の人よりも短く、著しく日常生活が制限される。命に関わる問題として呼吸不全やそれに伴う感染症、さらに心筋の障害による心不全がある。

浅利 新たな治療法とされるのはどんなものか。

堀尾 これまで、副腎皮質ホルモン(ステロイドホルモン)が唯一の薬物で、病状の進行を2年程度遅らせることができる、といわれていた。最近になり、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを持つ動物モデルに対して、長寿遺伝子が作るタンパク質「レスベラトロール」が骨格筋と心筋に治療効果を持つことを見いだした。

浅利 レスベラトロールが持つ効用や研究はどんなものか。

堀尾 ブドウやピーナッツの皮などに含まれるポリフェノールの1つであるレスベラトロールは、体内の脂肪を燃焼させ、体の糖(グルコース)の利用を促進するほか、免疫反応を抑制したり壊れたDNAを修復したりする働きが知られている。動物を使った研究でも、一部このようなことが証明されている。
 私たちもレスベラトロールの働きに注目し、心臓の働きが自然に悪くなるようなハムスターにレスベラトロールを投与すると、心筋酸化ストレスが下がり心肥大や心筋線維化が抑制され、さらに寿命も有意に伸びることを見つけた。この研究が、今回の筋ジストロフィーの研究につながっている。レスベラトロールは筋ジストロフィーの筋肉の力を増したり、心臓が悪くなることを抑制したりした。

浅利 長寿遺伝子とはどんなものか。

堀尾 もともと酵母で見つかった遺伝子で、酵母にその遺伝子を多く持たせると寿命が延び、逆にその遺伝子を取り除いてしまうと寿命が短くなる遺伝子のこと。この遺伝子は体の中でタンパク質に変えられ、このタンパク質は細胞の中で他のたくさんのタンパク質の機能を変えるような働きをしている。
 ただし、この長寿遺伝子が私たちの体でも長寿をもたらすかどうかは、よく分かっていない。だが、その活性化により体の酸化ストレスが下がったり、筋肉の力が増したり、心臓の不具合が抑えられたりする働きは分かっている。

浅利 十勝の人たちに向けて。

堀尾 札幌医科大学は北海道の地域医療を支え、地域を担う医師を養成して送り出す機関だが、同時に明日の医学をもっと良いものにする研究を活発に行う大学でもある。筋ジストロフィーの新たな治療法をはじめ、皆さんに貢献できるよう努力を続けていくので、今後もご支援を頂ければ大変うれしく思う。

札医大の研究室から(7) 高野教授に聞く 2017/4/14

 私たちの耳を通して音が聞こえる仕組みはどういったもので、その音が聞こえにくくなる難聴には、どういった種類があるのだろう。また、どういった治療法が有効なのだろうか。「聞こえ」を左右する難聴と治療法について、医学部耳鼻咽喉科学講座の高野賢一准教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

高野賢一(たかの・けんいち)

 1975年長野県生まれ。2001年札幌医科大学医学部卒業。11年~12年米国イェール大学医学部免疫生物学部門留学。16年11月から現職。

高野賢一

耳の構造 - 日本耳鼻咽喉科学会サイトより

浅利 音が聞こえる仕組みはどんなものか。

高野 空気の振動である音は、まず外耳道を経て鼓膜に届き、鼓膜の振動が耳小骨という小さな骨の振動となり内耳に到達する。内耳は音の振動を電気信号に変えて神経を刺激する。その刺激が脳に伝わることで「聞こえ」を得ることができる。

浅利 音が聞こえづらくなる「難聴」の原因と種類は。

高野 聞こえの経路のどこかが障害されると、難聴の原因になる。耳あかが詰まったり鼓膜に穴が開いたりしても聞こえづらくなるし、突発性難聴やメニエール病、加齢性難聴など内耳の病気も挙げられる。
 そのほか、遺伝性難聴もある。実は遺伝性疾患の中で最も多い疾患で、1,000人の出生に対して1人の割合で重い難聴をもった子が生まれるといわれている。

浅利 それらの治療法にはどのようなものがあるか。

高野 突発性難聴やメニエール病など薬で治すことができるものもあれば、中耳炎や耳の形態異常のように手術で治療が可能な病気もある。加齢性難聴や遺伝性難聴では、聴力そのものを回復させることは難しいので補聴器で音を入れることになる。どちらの疾患も蝸牛(かぎゅう)にある音を感じる感覚細胞が障害されていて、いまの医学ではその細胞自体を回復させることは難しい。

浅利 補聴器で聞こえを回復できない人に有功な治療法はあるか。

高野 感覚細胞の機能がある程度残っている人には人工中耳、あまり残っていない人には人工内耳を使うことができる。人工内耳の場合、聞こえの目安としては大体両側90デシベル以上(目の前を電車や大型トラックが通っても聞こえないくらい)の難聴の方が適応となる。生まれつきの難聴の子どもだと、1歳から人工内耳手術を受けられるようになっている。
 人工中耳は音の振動をより内耳に近いところで伝えるもので、補聴器の進化版ともいえる。人工内耳は蝸牛の中に直接電極を入れて、内耳の神経を電気で刺激することで、脳が聞こえを認識できる。どちらも手術が必要となるが保険適用となる治療法で、こうした新しい治療法が誕生したことで、劇的に難聴治療が進歩したといえる。
 どういった治療法が良いかは、患者さんの難聴の程度や原因によって異なるため、患者さんごとに選択していくことになる。

浅利 十勝の人たちに向けて。

高野 難聴は身近な疾患のひとつ。特に小さな子どもの場合は言語発達にも大きな影響を及ぼすので、いかに早く周囲が難聴に気付いてあげられるかが重要になってくる。音が聞こえないというのは、予想以上にQQL(生活の質)を下げてしまう。難聴の医療は着実に進歩している。お困りであれば、まずはお近くの医療機関を受診することをお勧めしたい。

札医大の研究室から(8) 畠中正光教授に聞く 2017/5/19

 普及と進化が著しい医療機器のMRI(磁気共鳴画像装置)。この装置でどのような検査が行われ、CT(コンピューター断層撮影装置)とはどう違うのか。それぞれの特徴や有用性、MRIの持つ可能性などについて放射線診断学の畠中正光教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

畠中正光(はたけなか・まさみつ)

 1960年高知県生まれ。85年九州大学医学部卒業。93年同大学大学院医学系研究科修了、医学部臨床薬理学講座助手。95年同大学生体防御医学研究所付属病院助手、2001年同病院講師。06年同大学医学部助(准)教授を経て、11年から現職。

浅利 MRIでは何を診ているのか。

畠中 私たちの体内には、小さな磁石の性質を持った水素原子核が無数存在している。この磁石が、特定の周波数の電磁波を介してエナジーのやり取りをするという性質を利用して、そのエナジーの強弱を白黒のコントラストで表現し、体内の構造や状態を画像化したものがMRIだ。

浅利 CTとの違いは。

畠中 体内の構造を画像化するのは同じだが、CTは体外から放射線であるX線を照射し、体を通過したX線を反対側で計測して画像を作る。X線を使用する以上、一定の被ばくが避けられない。それに対してMRIは、電磁波を使うものの被ばくの心配がなく、その意味で安全性が高い。

浅利 MRIは、どんな検査に適しているのか。

畠中 脳や四肢、上腹部や骨盤の検査には非常に適している。造影剤を使わずに細かな血管を映し出すことも可能だ。以前は、肺や心臓などにはCTの方が適していると考えられていたが、冠動脈や心筋への血流を診ることもできるし、肺についても間質性肺炎の診断などでCTに劣らぬ画像を得られるようになっている。
 検査に30分~1時間程度かかるため(CTでは数秒程度)、患者の状態が悪いときは使いづらいが、被ばくの心配がないので、繰り返し検査する必要がある場合にも適している。

浅利 MRIを使った研究はどれくらい深まっているのか。

畠中 主にがんに関する研究をしているが、最近は、MRIを通して目に見えない、光学顕微鏡的な細かな情報が得られるようになっている。それによって腫瘍の良性・悪性の区別や、悪性の場合はその程度などの予測もできようになっている。
 病変が薬や放射線にどの程度反応するのかについてMRIで分かるようになる日も近いのではないか。体の現時点の状態を評価することから、将来の状態を読み解く情報を得られる技術へと進化していて、とても希望の持てる研究だ。未来と希望が見いだせる。

浅利 十勝の住民に向けて。

畠中 北海道は広くて、医療の面でも不便は多いと思う。ただ、急速にデジタル化が進んでいて、ネットワークで各地の医療機関を結ぶことができるようになっている。例えば、どこかの病院で撮影した画像を札医大に集めてカンファレンスすることもできる。IT(情報技術)を上手に活用すれば、地域が抱える医療の問題をある程度解決できる時代なので、大いに期待してもらえればと思う。

札医大の研究室から(9) 竹政伊知朗教授に聞く 2017/6/9

 日本人の部位別罹患(りかん)数、女性の部位別死亡数がともに第1位の大腸がん。従来の開腹手術、腹腔(ふくこう)鏡手術に続いて近年注目されているのが、これまでより精密な操作が可能な手術支援ロボット「ダビンチサージカルシステム」(以下ダビンチ)による手術だ。これまでに2500例以上の大腸がんの手術経験を持ち、2013年から直腸がんの「ダビンチ手術」を手掛ける医学部消化器・総合、乳腺・内分泌外科学講座の竹政伊知朗教授に、同手術の詳細や利点、可能性などについて聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

竹政伊知朗(たけまさ・いちろう)

 1965年広島県生まれ。1993年大阪医科大学医学部卒業。2002年大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了。同年4月法務技官医師、6月大阪大学大学院医学系研究科消化器外科助手(助教)、14年大阪大学大学院医学系研究科消化器外科診療局長、15年大阪大学大学院医学系研究科消化器外科講師を経て同年11月から現職。17年徳島大学大学院医科学教育部客員教授。

浅利 「ダビンチ手術」とはどういったものか。

竹政 これまでの腹腔鏡手術の画像は2次元で奥行き感が乏しい手術だったが、アメリカのインテューティブサージカル社が製造販売する「ダビンチ」を用いた手術では、執刀医が3次元の画像を確認しながら内視鏡とロボットアームを操作して行う。
 ロボットアームには複数の関節(屈曲点)があり、手ぶれ防止機能を持つので、腹腔鏡手術に比べて可動域が広く、より精密な手術が可能になっている。

浅利 患者にとってのメリットは。

竹政 開腹手術に比べて傷口や出血が少ないため、術後の回復や社会復帰が早いのが大きなメリットになる。
 直腸は周囲にぼうこうや前立腺、子宮や膣(ちつ)などの臓器があり、骨盤に囲まれているため、直腸がんの手術では狭いスペースでの繊細な操作が必要になる。さらには血管や神経が網の目のように入り組んでいるため、手術の難易度が非常に高い。ダビンチ手術では、腹腔鏡や開腹手術では難しい奥深い場所まで容易に到達できるので、肛門機能や排尿機能、性機能などの機能温存や整容性の面でも大変優れている。

浅利 普及に向けた課題は。

竹政 現状では、大腸がんに対するダビンチ手術は保険適用されていない。このため、良いのは分かっていても、手術に踏み切れないケースは多くある。ただ、ダビンチ手術が良いと広まっていけば、近い将来保険適用されると思う。
 また、操作には十分な知識と高い技術が求められ、執刀医は関連学会の承認などを経て認定される必要がある。現在、手術見学プログラムの指導医がいてライセンス発行可能な認定施設は国内4カ所、手術可能な施設は30カ所程度しかない。医師なら誰もができるわけではなく、慎重に取り組むべき手術方法だといえる。

浅利 十勝の住民に向けて。

竹政 日本は長寿社会になったがゆえ、およそ2人に1人ががんになり3人に1人が亡くなっている。中でも大腸がんは、罹患数第1位の身近でとても怖い病気だが、正確な診断と適切な手術、抗がん剤治療で全国的には治療成績が向上しており、不治の病ではない。北海道でも先進的に取り組み、国内トップレベルの成績に引き上げることが私の務めだ。
 特に直腸がんは、手術の質が再発防止や術後のQOL(生活の質)にものすごく大きな影響を及ぼす。どこで手術をしてもいいということはないので、そうした疑いがあれば、まずは精密検査を受けていただきたい。もし大腸がんの診断となれば、専門的な施設で、「良い手術」を受けることが大切だ。そして、病理結果に従って必要な治療をさらに加えてもらう。それらを通して、がんで亡くなる方が1人でも減るようにしていきたい。

札医大の研究室から(10) 山蔭道明教授に聞く 2017/7/14

 手術や、痛みの緩和などに欠かせない「麻酔」。一般に全身麻酔と局所麻酔、神経ブロックなどが知られるが、近年、その麻酔が持つ技術進歩や安全性に対して注目が集まっている。 1957年、全国で4番目、道内で初めて開講し、今年開講60周年を迎えた札幌医科大学麻酔科学講座の山蔭道明教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

山蔭道明(やまかげ・みちあき)

 1963年室蘭市生まれ。88年札幌医科大学卒業、93年同大学院修了。94年米国ジョンズ・ホプキンス大学医学部麻酔学講座研究員。96年札幌医科大学麻酔学講座助手、2000年同講座講師を経て、09年から現職。

浅利 麻酔の安全性はどの程度まで高まっているのか。

山蔭 30年前は、患者さんが必要十分な麻酔を受けているのかを確かめるには心電図と、聴診器を用いた血圧計くらいしかなかったが、今はパルスオキシメータという機器で瞬時に血液中の酸素飽和度と、おでこにシールを貼っただけで麻酔が効いているか分かるようになった。
 麻酔薬そのものの進化と、そうしたモニターの進化によって非常に安全性が高まったといえる。

浅利 酒が強い人や痛がる人は麻酔が効きにくいという説があるが、本当か。

山蔭 アルコールを代謝する酵素があるかどうかと麻酔薬とはまったく関係がないので、たとえば酒に強いから麻酔薬が早く代謝されるなどということはない。
 麻酔の効きやすさに個人差はあるが、それもあくまで医師が想定する範囲内で、いくら投与しても効かないということはない。例えば元気で若い人は高齢者に比べて効きにくいことがあるが、それも1.5倍くらいの差で、進化したモニターを用いて患者にとって安全な量を投与することになる。

浅利 麻酔には、どのような種類があるのか。

山蔭 麻酔には吸入麻酔と静脈麻酔がある。吸入麻酔薬では脂肪組織にたまりにくいものが開発されていて、そうすると早く覚醒して病室に戻ってもらえる。静脈麻酔薬も代謝が早いものが使えるようになり、投与中は効いているが、止めるとすっと覚めるようになっている。
 以前は、術後(覚醒まで)30分程度掛かっていたが、最近では5分後にはさめて病室に戻れることが多く、術後早期に回復してもらえるようになっている。

浅利 最近の末梢神経ブロックについて。

山蔭 筋肉や神経がよく見える超音波エコーを体表から当てて、必要な部分の神経だけをブロックできるようになった。以前は、この辺りに神経が走っているだろうと予測してブロックしていたが、いまは確実に見ながら安全に行う。手や足、腹壁などのほか、腹腔鏡手術の際の穴を開けた部分だけ痛みを取ることができる。

浅利 十勝の住民に向けて。

山蔭 札医大は、道民の地域医療に貢献できるよう力を注いでいるが、どこの地域でも均てん化したレベルの医療を受けていただけるようにしたい。
 十勝であれば帯広協会病院、帯広厚生病院といった基幹病院で受けられる診療のレベルを上げるよう努力している。北海道は広いので、ドクターヘリやジェット機などで基幹病院への搬送体制を整え、そこに行けば札幌や東京と同じような医療を受けられるシステムをつくるというのが私たちの考えだ。

札医大の研究室から(11) 成松英智教授に聞く 2017/8/18

 広域かつ人口密度が低い北海道で、緊急性を要する患者搬送に不可欠なヘリコプターなど空路での搬送。道内で唯一の高度救命救急センターを持つ札幌医科大学附属病院では、屋上へリポートを活用し患者の受入や移送を積極的に行うほか、道内の拠点病院などにも救命救急医を派遣している。7月30日から道が主体となり運用を開始した「メディカルジェット」でも中核的役割を果たす、高度救命救急センター・センター長で救急医学講座の成松英智教授に、フライトドクター・ナースの役割や体制などを聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

成松英智(なりまつ・えいち)

 1961年札幌市生まれ。92年札幌医科大学大学院修了、道立小児総合保健センター麻酔科医員。93年米国アイオワ大学医学部麻酔学講座訪問研究員。99年札幌医科大学医学部救急集中治療部助手、2007年同准教授、12年札幌医科大学附属病院高度救命救急センター副センター長を経て、同年11月より現職。

浅利 フライトドクター・ナースの果たす役割はどのようなものか。

成松 ドクターヘリや航空機など空路で緊急性を要する患者を搬送しながら、一刻も早く初期治療を開始する。そして、札医大のような基幹病院で本格的な確定医療を行えるようにする。
 空路で搬送するだけでなく、例えば救急車で最寄りの病院に一度運んだ方が良いと判断される場合は、そこで初期治療を行い患者の状態が落ち着いてから空路で搬送することもある。また、途中地点まで急行して患者が運ばれた救急車とドッキングして初期治療を開始する場合もある。状況に応じて的確な判断を行う。

浅利 道内での体制は。

成松 救急専門医療に加え、災害医療とプレホスピタル(病院前医療)の専門知識と技能を得た人が携わる。現在は札幌のほか旭川、釧路、函館の拠点病院からフライトドクターとナースが、ヘリで患者の居る現場に向かう体制が整っている。ドクターヘリだけでなく、道や札幌市消防局、海上保安庁などと連携し、そこが所有する航空機を使って患者を搬送することもある。

浅利 具体例にはどのようなものがあるのか。

成松 紋別市で心肺停止の患者がいて、このときは海上保安庁の飛行機で現地に向かい人工心肺を装着したまま丘珠空港まで搬送。そこから道の防災ヘリに乗り換えて札医大のヘリポートに搬送、確定治療を行った。ドクターヘリが向かえない場合は、このように各機関で協力して救急医療を行うことが可能だ。

浅利 7月30日から導入された「メディカルジェット」の果たす役割は何か。

成松 ドクターヘリに比べて高速で飛行できる距離も長く、医療過疎地から都市部への搬送時間が大幅に短縮できる。特に北海道は非常に広大で、へき地から一刻も早く最寄りの拠点病院に搬送するインフラ整備は急務だった。救急医療でも均一化に向けて大きな進歩になると思う。初年度の運用を検証しながら、今後大いなる可能性を見いだせるのではないか。

浅利 十勝の住民に向けて。

成松 緊急性を要する患者の容体は、5分10分で変わってしまうことが多くある。人の住む地域が偏在する北海道では、なるべく多くの人の命を救う体制づくりが急がれるが、搬送時間短縮によって公平に近い格差を縮める医療のモデルになりうる地域が、十勝や根釧地方だと思っている。
 現在だけでなく100年後の医療も形作るのが大学病院の役割だ。行政などと連携し、救急・災害医療の体制が進むように務めていくので、応援していただければと思う。

札医大の研究室から(12) 三國信啓教授に聞く 2017/9/8

 今まで全身麻酔で行われていた脳外科手術だが、手術により、手足のまひや、言葉がうまく話せなくなるなど、重大な合併症が生じるおそれがあった。近年は、病変を十分に取り除きながら、それら手術による合併症を安全に取り除く「覚醒下手術」が行われている。手術の概要やメリットなどについて、2003年以来、国内屈指の手術実績をもつ札幌医科大学脳神経外科学講座の三國信啓教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

三國信啓(みくに・のぶひろ)

 1963年兵庫県生まれ。89年京都大学医学部卒業。96年米国クリーブランドクリニックリサーチフェロー。97年京都大学医学部大学院修了。2006年同大学医学部脳神経外科学教室講師、08年同准教授を経て、10年から現職。

浅利 「覚醒下手術」とはどんなものか。

三國 かつての脳外科手術ではガス麻酔を使い、最後まで全身麻酔で行っていたが、覚醒下手術は、静脈麻酔を使って最初は全身麻酔で痛みを感じる頭皮部分だけに局所麻酔をする。その後患者は麻酔から覚めて意識がある状態で手足を動かしたり会話をしたり、高次脳機能の検査を行いながら病変を取り除く。手術の最後に再び全身麻酔をする。

浅利 そのような手術を行うメリットは何か。

三國 脳腫瘍、特に神経膠腫(しんけいこうしゅ、グリオーマ)やてんかんでは、手術により多くの病変を取り除いた方が予後が良いとされているが、脳には日常生活で欠かせない神経機能繊維がネットワークをつくっている。これらを傷つけることによって、手術のために手足や言語機能などのまひといった後遺症が出るジレンマがあった。
 覚醒下手術では「ニューロナビゲーション」という機械を使って、手術前に大事な神経の位置や走行を調べてモニタリングし、手術ではそれらの神経に支障がないかを確認しながら摘出することができる。脳腫瘍の治療には知識と経験が必要だ。少なく取れば短期間で再発し、多く取りすぎると症状が出てしまう。「覚醒下手術」のメリットは、「多くの患者が手術後に症状を悪化させずに最大の病変摘出を達成できること」である。

浅利 国内での手術例と、手術可能な病院はどのくらいあるのか。

三國 日本では2000年ころから導入され、03年に所属していた京都大学脳神経外科で始めて以来、グリオーマとてんかんを合わせ約450件の覚醒下手術を担当している。現在、国内では約30カ所の病院が認定施設になっており、北海道では札幌医大と旭川医大の附属病院が対応している。安全に手術が行われなければならないため、認定施設には高い専門性が求められる。

浅利 手術により予後は格段に改善しているのか。

三國 グリオーマの中でも悪性度の高いものは短い命になることが多く、手術が非常に難しい。手術だけで完治させるのは難しいが、覚醒下手術により、若い人で発症しても1回の手術でなるべく多くの病変を取り除くことで日常生活にとって重要な手足の動作や会話、計算、空間的感覚といった脳機能を維持することで支障なく過ごしてもらえる可能性がある。

浅利 十勝の住民に向けて。

三國 脳腫瘍と診断されると絶望的な気持ちになる人が多いが、人生を諦めず、病気の症状を出さないだけでなく、後遺症を出さない手術を受けてもらえるようになっている。
 現在、道内で手術を受けられるのは札幌と旭川だけだが、2カ月ほど札幌医大で治療を行い、手術後は地元に帰ってQOL(生活の質)を落とさず過ごしていけることを考えれば、希望を持っていただけるのではないかと思う。

札医大の研究室から(13) 齋藤豪教授に聞く 2017/10/13

 女性が子供を産むために欠かせない子宮。子宮入り口の頸部(けいぶ)にがんができる子宮頸がんの場合、以前は子宮の全摘出や放射線治療で妊娠や出産ができなくなることが多かったが、近年は子宮体部を残す「妊孕(にんよう)性温存療法」が有効な治療方法として注目を集めている。10年ほど前から同治療法を手掛け、研究を続ける産婦人科学講座の齋藤豪(つよし)教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

齋藤豪(さいとう・つよし)

 1961年釧路管内標茶町生まれ。86年札幌医科大学医学部医学科卒業。90年同大大学院医学研究科修了。95年世界保健機関・国際癌研究所(フランス・リヨン)研究員。98年札幌医科大学医学部産婦人科学講座講師を経て、2004年から現職。

浅利 子宮頸がんの「妊孕性温存療法」とはどんなものか。

齋藤 トラケレクトミー(広汎性子宮頸部摘出術)と呼ばれるもので、がんのある頸部を摘出した後、子宮体部と腟を縫合する。子宮体部を残すことで、手術後も妊娠や出産が可能になる。
 これまでは、ごく早期のもの以外は(子宮の)全摘手術か放射線治療を行うため、妊娠と出産を諦めなければならないケースが多かったが、この手術法によってそれらができるようになる人も増えている。

浅利 妊娠や出産が可能なこと以外のメリットは。

齋藤 子宮頸がんは、近年若い世代の人に増えている。同時に初産年齢も上がっており、妊娠や出産を経験する前にがんになる人が増えているという現状がある。
 子宮を残すことで、すぐに妊娠や出産の予定がない人でも希望を持つことができる。命を救えれば良いという時代ではなく、女性の尊厳を保てるという心理面でのメリットが大きい。

浅利 現在、道内や札医大での手術はどのくらい行われているのか。

齋藤 札医大では、国内で慶應大学病院(東京)に次ぐ手術実績があり、この10年間で100人以上の人がこの方法で手術を受けている。道内ではほかにまだ数例だが、学会や研究会を通じて治療成績や治療法の情報を共有するように努めている。

浅利 子宮がんの現状と予防について。

齋藤 (子宮がんは)およそ10万人に10人の割合で発生しており、決して珍しい病気ではない。治療法や予後は、この20年間でも、大きく分けて手術と放射線治療、抗がん剤の3つで変わっておらず、治療もさることながら早期発見の重要性はいうまでもない。がんの検診受診率は、欧米諸外国では70~80%であるのに比べて日本は30~40%ほどで、北海道ではさらに低い。がんを治すことも大切だが、検診を受けることや、いま見送られているワクチン接種の再開も課題だ。

浅利 十勝の住民に向けて。

齋藤 がん検診は対がん協会や厚生連などによって、どの地域でも受けられるよう確立されているので、うまく利用してほしい。身近な地域に産婦人科が少ないという現状はあるが、北大や旭川医大などと協力して診療体制の維持も手掛けている。
 がんになったとしても早い段階で治療ができるように、何か症状があればためらわず早期に受診してもらえればと思う。

札医大の研究室から(14) 小林宣道教授に聞く 2017/11/10

 ウイルスや細菌などが体内に侵入し、増殖したり毒素を作り出したりすることで起こる感染症。中でも、食中毒を引き起こす黄色ブドウ球菌などはニュースなどで名前を聞くことが多いが、実際にはどんなものでどういったことが問題なのか。専門に研究を続ける、衛生学講座の小林宣道教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

小林宣道(こばやし・のぶみち)

 1961年苫小牧市生まれ。86年札幌医科大学医学部医学科卒業、同衛生学講座助手、93年同講座講師、98年同助教授を経て2001年から現職。

浅利 黄色ブドウ球菌とはどのような細菌か。

小林 その名の通り、ボールのような球状の細菌で、直径は1000分の1ミリより少し短く、とても小さなもの。また顕微鏡で見るとブドウの房のようにみえることから、そのように名付けられた。
 とても身近な細菌で、健康な人の3分の1ほどの人が常在菌として体内に持っていて、皮膚や鼻腔、口やのどの粘膜に存在する。ただ、生きた菌が存在するだけの状態で感染症を起こしているわけではない。

浅利 黄色ブドウ球菌はどのような病気や感染症を引き起こすのか。

小林 よく見られるのは皮膚の感染症で、おできや膿瘍(のうよう)の原因になったり、切り傷のところで化膿を起こしたりする。
 免疫力の低下した人では血液中で菌が増殖する敗血症や骨髄炎、肺炎などが起こる。そして、食品中で菌が増殖したあとでそれを食べると嘔吐(おうと)や下痢を伴う食中毒が起きることがある。

浅利 最近目にするMRSAとは何か。

小林 「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」の略称で、メチシリンという薬剤が効かない黄色ブドウ球菌のこと。 病院の中で感染を起こす菌として昔から有名だが、多剤に耐性になっているので治療がうまく進まない。

浅利 MRSAは、通常の黄色ブドウ球菌に比べて何が問題なのか。

小林 日本国内の入院患者から分離(採取)される黄色ブドウ球菌のうち約半分がMRSAで、これは世界的にみても多い方だ。感染症が治らず重症化してしまったり治療期間が延びてしまったりする。臨床現場のドクターたちも、MRSAや黄色ブドウ球菌対策を一生懸命に行っている。
 正常な免疫力がある人はさほど問題にならないが、病院のような免疫力の落ちている人が多い場所では感染が広がる恐れがあるので、医療従事者も鼻腔内のMRSAの有無を検査することがある。

浅利 十勝の住民に向けて。

小林 黄色ブドウ球菌は皮膚に定着する菌で、皮膚と皮膚の接触感染を起こす。皮膚を清潔に保つことで感染や食中毒の予防につながる。
 これから寒い時期を迎えて同じく接触感染により広がるノロウイルスによる胃腸炎も増えてくるので、日常的に手洗いをしっかり行って感染予防に努めてほしいと思う。

札医大の研究室から(15) 松村博文教授に聞く 2017/12/08

 「ホモ・サピエンス」がどのように地球上に広がり、文化を根付かせていったかということは、現代を生きる日本人をはじめ多くの人々にとって興味深いテーマとして長らく注目を集めている。また、その分布の過程や地域ごとの文化の違い、疾患の傾向に至るまでさまざまなことが分かってきた。専門に研究を続ける、保健医療学部理学療法学科の松村博文教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

松村博文(まつむら・ひろふみ)

 1959年兵庫県生まれ。84年北海道大学理学部地質鉱物学科卒業。88年東京大学理学系研究科修士課程(人類学)修了、理学博士取得。国立科学博物館人類研究部主任研究官。2002年札幌医科大学医学部解剖学講座を経て、14年から現職。

浅利 「ホモ・サピエンス」はどのように地球上に広がっていったのか。

松村 ホモ・サピエンスは、約15万年前にアフリカ大陸で誕生した。しかし、すぐに広がったわけではなく、先にホモ・エレクトスという原人がいた。彼らは約7万年前にインドネシアで起きた大規模な火山噴火で絶滅。後続のホモ・サピエンスは寒冷期を経て、5万年前ころユーラシア大陸全域に一気に広がっていったとされている。

浅利 その後、人類はどのように分かれていったのか。

松村 さまざまな身体の特徴を持った人種が生まれているが、もともとはホモ・サピエンスという同じ設計図でスタートしている。
 なぜ、住む地域によって顔や体つきが変わったのかを説明するには、大きく3つの要素がある。どれも寒冷な地域に生息するものの特徴として、①蓄熱効果を持つため身体が大きくなる「ベルグマンの法則」②体表面積を小さくするため突出部が小さくなる「アレンの法則」③紫外線を積極的に取り込むためメラニンが少なく薄い体色になる「グロージャーの規則」―によって説明できる。住む地域の気候によって人間の外見的特徴が変わることを知らないと、無知からの人種差別が生まれることになる。

浅利 日本では「縄文人」と「弥生人」という祖先が知られているが、どのような系譜なのか。

松村 80種類の頭蓋骨などの骨格から人種のルーツを調べて分かったことだが、大まかに「縄文人」の祖先はユーラシア大陸南側の温暖な地域で暮らし、手足が長く彫りの深い顔立ち。「弥生人」の祖先はもともと北側の寒冷な地域で暮らし、手足が短く平坦な顔立ちが特徴だ。
 現在の日本人は北方寒冷型の弥生人の流れをくむことが多いとされるが、アイヌ民族や東北地方には縄文人の特徴が比較的濃くみられたり、西日本では弥生人の特徴が強い傾向にあったり。気候の影響で古代の稲作民がどこまで広がっていたかによって、混血に地域差があると考えられている。

浅利 医学の観点では、発掘された頭蓋骨などからどんなことが分かるのか。

松村 疾患については、梅毒や伝染病、感染症がいつ、どのように広がったのかなどが分かっている。例えば結核は3世紀から5世紀の古墳時代にユーラシア大陸からもたらされたとか、梅毒は江戸時代の男性で5人に1人が掛かっていたことが推測されている。

浅利 十勝の住民に向けて。

松村 日常、われわれの意識や医学の世界でも、人類の「進化」について意識されることは少ない。しかし、たどってきた過去の歴史は遺伝子に深く刻み込まれている。それらを理解することで、例えば少子化はなぜ起こるのか、などといった、未来の諸問題への解決の「手掛かり」を得ることができる。
 ホモ・サピエンスの寿命が他の生物に比べて長いのは、頭の部分が未熟な状態で生まれるので、子の成長に付き添うために、親が長く生きる必要があるからとか、老人が孫の面倒を見る役割を持つなど、独自の特徴がある。それらを知ることで、違った解決方法も見出せると思う。

新春特別編 塚本泰司学長に聞く 2018/1/1

 2018年、札幌医科大学が新たなステージへと進化を遂げる-。十勝毎日新聞社と14年から包括連携協定を締結する同大学は、新たな取り組みとして神経再生医療で医療機器・医薬品メーカーのニプロとの共同研究を進め、来年にも臨床での実用化を目指している。また、今年は大学棟の新築や病院棟の増築を進め、21年末までには当初計画の建て替えと移転を完了する見込みだ。札医大が目指す“未来”について、塚本泰司学長に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

塚本泰司(つかもと・たいじ)

 1949年旭川市生まれ。73年札幌医科大学医学部卒業。77年同泌尿器科学講座助手、83年同講師、米国マヨクリニック泌尿器科リサーチフェロー。86年札幌医科大学医学部泌尿器科学講座助教授、95年同教授。2013年同名誉教授を経て、16年から現職。

浅利 再生医療でニプロとの共同研究が進んでいる。

塚本 神経再生医療の分野で、二人三脚で研究を続けてきた。脊髄損傷については、治験を終え臨床に使えるものが出ている。PMDA(医薬品医療機器総合機構)に申請を行った後、来年の実用化を目指している。そうなれば、脊髄損傷だけではなく脳梗塞や認知症など、他の神経疾患に応用できる可能性があり、かなり希望が持てるのではないかと思う。今後、この再生医療全般に力を入れていくには、「再生医療センター」といった体制の整備も進めていかなければいけない。最終的にうまくゆけば、医療技術の進歩における産学官の連携という意味でも良いモデルケースになるのではないかと考えている。

浅利 最先端医療の研究で国内外からの注目も集めている。

塚本 もともと札医大はがん医療全般に強いところで、遺伝医学やゲノム医療も展開してきた。がんワクチンの開発などで、臨床で使えるように製薬会社と連携など、積極的に研究を続けていきたい。いずれも、昨日今日始まった取り組みではなく、長く地道な研究が実を結び始めているということ。そのためにも、リスクを承知しながら、さまざまな種をまいていくことが大切だ。

浅利 大学棟、病院棟など全体の施設整備も進んでいる。

塚本 昨年、保健医療研究棟を増築し稼働している。大学棟は、同じ場所で古い建物を壊しては建てていくので時間が掛かる。今年7月に184床の西病棟が稼働する予定。そのあと既存病棟の改築を行っていき、完了すれば全病棟が1室4床体制になる。

浅利 ハード、ソフト両面での整備を経て大学が目指すものは。

塚本 われわれが掲げているのは「いのちの殿堂」。「いのち」とは“医の知”と“命”の両方を掛けている。基礎研究と臨床の両面で、より一層の進歩を遂げられるよう、早急に環境整備に努めたい。入試制度においては、北海道から修学資金の貸与を受けた「特別枠」や道内高校から推薦される「地域枠」、一般入試の「北海道医療枠」を通して、北海道の優秀な学生を確保し、将来、地域に定着してもらう取り組みを行っている。そして、研究を発展させ、その成果を地域に還元することに力を注ぎたい。
 最先端医療を情報提供しながら、(医療の)地域格差を少なくすることが大きな使命だ。道内各地に、非常勤も含め年間約2000人の医師を派遣し、地域の医療を担っているという自負がある。今後も最大限、その役割をまっとうしていきたい。

札医大の研究室から(16) 仲瀬裕志教授に聞く 2018/01/19

 潰瘍性大腸炎やクローン病といった炎症性腸疾患は、憎悪や再発を繰り返す病気で、国内に約23万人、道内だけで約1万人の患者がいる珍しくない疾患だ。
 近年、それらの発症や再発抑制に関する新たな研究結果が発表され注目を集めている。今後期待が寄せられる研究について、炎症性腸疾患研究の第一人者である、医学部消化器内科学講座の仲瀬裕志教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

仲瀬裕志(なかせ・ひろし)

 1964年京都府生まれ。90年神戸大学医学部医学科卒業、2001年京都大学大学院医学研究科内科系専攻博士課程修了及び学位取得、米国ノースキャロライナ大学消化器病センター博士研究員。03年京都大学光学医療診療部助手、08年京都大学医学部附属病院内視鏡部講師、15年同附属病院内視鏡部部長、16年札幌医科大学消化器・免疫・リウマチ内科学講座教授を経て現職。

浅利 潰瘍性大腸炎とクローン病ではどのような症状があるのか。

仲瀬 潰瘍性大腸炎では粘液便や血便の症状がまずはじめに認められ、その後、下痢や腹痛の症状を伴うようになる。クローン病では下痢や腹痛が主たる症状で、また発熱も伴うことが多い。
 いずれの疾患も遺伝的素因と環境的素因の両方が発症に関与すると考えられている。特に日本では、その患者数の増加を考えると環境因子、つまり患者さんの一人一人のバックグラウンドが発症に大きく影響していると推測されている。

浅利 潰瘍性大腸炎に対してたばこの成分が発症予防になる可能性があるのか。

仲瀬 過去に欧米で行われた実験で、内服薬治療をする患者にたばこの主成分であるニコチンと偽薬の貼り薬のグループに分けて症状の変化を比較すると、37人のうち前者の寛解(病気の軽減や完治)例が17人、後者が9人だったという研究データがある。
 (潰瘍性大腸炎では)大腸粘膜で炎症が起きているため、ニコチンによる血流の減少が炎症を抑制する働きがあるのではないかと推測されているが、治療効果に関する詳細なメカニズムは明らかになっていない。

浅利 クローン病の場合は。

仲瀬 クローン病では大腸粘膜内で血流の減少が起きているため、血管を収縮させるニコチンは、逆に疾患を増悪させるといわれている。クローン病では「マクロファージ」という細菌を処理する細胞の機能異常が起きている。さらに、ニコチンはマクロファージの活性化を引き起こすことから、クローン病の炎症を増悪させる可能性が高いと考えられる。
 ただ、これらはいずれも研究段階の話で、例えば潰瘍性大腸炎の人に喫煙を推奨するものではない。今後の研究で、喫煙と炎症性腸炎との関連性がより明確になってくれば、ニコチンの成分を用いた治療が活用される可能性はある。

浅利 腸内細菌は母乳を通して子供に受け継がれるのか。

仲瀬 欧米で妊婦を対象にした研究結果から、子供が生まれる3カ月前から妊婦がプロバイオティクスを摂取すると、生まれてきた子供はアトピー性皮膚炎になりにくいという結果が出ている。
 このような結果から、母親の腸内環境を整えることが、生まれてくる子供のアレルギー疾患や免疫疾患の発症予防につながる可能性がある。また、最近の研究結果から、食物繊維をしっかり取ることで、消化器疾患のみならず、循環器疾患などの発症予防にもつながることがわかってきている。

浅利 十勝の住民に向けて。

仲瀬 北海道は広大で、地域によっては十分な医療が提供できていない実情がある。昨年6月から、札医大が中心となって、旭川医大、北大及び各大学の関連病院と共に、炎症性腸疾患患者さんのコフォート(患者データの集積や分析)を始めている。今後は、患者の経過や食生活などのデータベースを提供し共有することで、どこに住んでいても適切な治療が受けられるよう取り組みを進めているので、期待してほしい。

札医大の研究室から(17) 當瀬規嗣教授に聞く 2018/02/09

札医大の研究室から(18) 今野美紀教授に聞く 2018/03/09

 たばこは、喫煙者だけでなく受動喫煙する周囲の人にも大きな害を及ぼすことは広く知られているが、子どもの発育などには、どのような影響があるのだろう。禁煙外来に関わった看護師とともに札幌市内の小中学校で喫煙防止教育に携わる、保健医療学部看護学科看護学第2講座の今野美紀教授に話を聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

今野美紀(こんの・みき)

 1964年音更町生まれ。88年千葉大学看護学部卒業。94年札幌医科大学保健医療学部看護学科助手、99年千葉大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。2000年札幌医科大学保健医療学部看護学科講師、04年同助教授、07年同准教授を経て12年から現職。

浅利 たばこを吸う子どもの数はどうなっているのか。

今野 2012年の、北海道の中学生と高校生約5000人対象の調査によると、中学1年の2.9%、高校3年の7.9%に喫煙経験があった。道内、全国の調査でも、成人の喫煙率低下に伴って子どもの喫煙率も下がっている。

浅利 子どもへのたばこの影響(害悪)には具体的にどんなものがあるのか。

今野 子どもは大人に比べて、重度のニコチン依存になりやすく、禁煙しにくいことが知られている。例えば夏休みに1、2本吸っただけで、学校が始まったあとも吸わずにいられなくなる。また、喫煙開始年齢が低いと喫煙年数が長くなり生涯喫煙量が増えるので、がんの罹患(りかん)リスクや全死因死亡への影響が大きいと言われている。

浅利 親や家庭環境が大きな影響を及ぼすのか。

今野 やはり、家庭での喫煙習慣が子どもに及ぼす影響は非常に大きい。乳幼児は自分でたばこの煙を避けることができない。その結果、気管支ぜんそくや虫歯、中耳炎などにかかりやすい。家庭への介入は難しいが、親側へのアプローチとして、職場で産業医が子どもへの影響を話したり、看護師が妊婦健診や乳幼児健診で喫煙習慣を尋ねたりと、小児看護の観点から取り組めることがある。
 子どもが喫煙するきっかけの多くは「友達に誘われて」「好奇心」「何となく」から。禁煙は簡単でないため、子どもが最初の1本に手を出せない、日ごろの環境づくりが大事だ。

浅利 小中学校でのたばこの影響を伝える授業はどんな内容を行っているのか。

今野 たばこが、具体的に自分の身体や日常にどんな影響を及ぼすのかを、分かりやすい例で説明している。例えば、たばこを吸ってニコチン切れになると集中力が下がり、勉強やスポーツでのパフォーマンスが下がるとか、肌のハリがなくなりシワが増えるとか、データを示しながら「たばこを吸う人生か、吸わない人生か」というのを、自ら選択してもらえるような内容で伝えている。
 さらに、友達からたばこを勧められたときの上手な返し方について、子どもたち自身に考えてもらってロールプレーイングを行うなどもしている。

浅利 十勝の住民に向けて。

今野 昨今、よく出回っている加熱式(新型)たばこも、まるで無害のように思われがちだが、ニコチンが含まれており、その量は紙巻きたばこに比べて微減であることや、禁煙外来など、正しい理解をしてもらえるよう情報提供をしている。情報リテラシーは重要だ。
 家族に喫煙者がいる子どもは、普段から自分と家族の健康を気に掛けている。家族みんなが健康に暮らしていく上で、たばことは無縁(無煙)になることを考えてもらえたらと思う。

札医大の研究室から(19) 渡邉耕太教授に聞く 2018/04/20

 多くの人を魅了した平昌冬季五輪。札医大はスポーツ医学に重点を置いていることでも知られるが、保健医療学部理学療法学科の渡邉耕太教授は、日本選手団の本部ドクターとして同選手団に帯同している。2010年バンクーバー、14年ソチの両冬季五輪に続き3大会連続で選手のケアに尽力する渡邉教授に、五輪におけるスポーツドクターの果たす役割やエピソードなどを聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

渡邉耕太(わたなべ・こうた)

 1967年、苫小牧市生まれ。93年札幌医科大学医学部卒業、同大学整形外科。2003年日本スケート連盟医事委員、07年日本オリンピック委員会医学サポート部門員などを経て14年から現職。専門は整形外科学。

浅利 冬季五輪日本選手団の帯同ドクターになったきっかけは。

渡邉 もともと自分もスケートの選手だったこともあり、スケートやスキージャンプなど冬季スポーツは身近だった。スポーツ医学の面から彼らの活躍を手助けしたいと思った。JOC(日本オリンピック委員会)の医学サポート委員として冬季五輪を含め担当している。

浅利 ドクターの体制や仕事はどのようなものか。

渡邉 本部ドクターは私を含め3人とトレーナーが1人。ほかにスケートやスキーなど各競技連盟からドクターやトレーナーが帯同している。本部ドクターはスケートやカーリングなどの氷系競技とスキーやスノーボードなど山系競技に分かれ、私はバンクーバーとソチでは氷系、平昌では山系を担当した。
 仕事としては、選手の健康管理がメインだが、けがを抱えたままの選手もいるので、その治療をしながら練習や試合に臨めるようサポートしている。今回は、過去の2大会に比べインフルエンザやノロウイルスなどの感染症が大量発生したこともあり、その対策にも追われた。期間中は選手村に住み込み、24時間オンコールで待機している。

浅利 五輪での象徴的なエピソードを。

渡邉 バンクーバー五輪の際、ある選手が脳振とうを起こし、競技への出場をストップさせた。本人は出られずに悔しい思いをしたと思うが、次のソチや平昌でも日本代表に選ばれ出場した。こちらもつらい決断だったが、無理に出場してけがなどをすれば次はなかったかもしれず、結果的にはよかったと思っている。
 冬季五輪は夏季に比べ選手団が少人数なので、選手同士も競技にかかわらず仲が良い。また、夏季では行わないコーチやメディカルスタッフを含めた全員での事前合宿を行うので、“チームJAPAN”としての絆も強いのではないか。

浅利 日本代表を目指す選手たちに伝えたいことは。

渡邉 一流選手ほど自分のコンディションをよく理解している。無理をせず、そこに気を配ることが大切だ。知識が足りない場合は、スポーツ医学の専門家に聞いてもらいたい。信頼できるドクターやトレーナーをつくり、症状があれば我慢せずに相談してほしい。そのことが選手生命を延ばすことにもつながる。

浅利 十勝の住民に向けて。

渡邉 スピードスケートの高木姉妹をはじめ十勝や帯広には一流のスポーツ選手が多く、帯広の森を見ても分かる通り国内屈指のスポーツ環境が整っている。
 十勝のスポーツレベルを上げることが、日本のスポーツレベルを上げることになるのではないか。今後も選手の生の声やコンディションを見ていきたい思う。

札医大の研究室から(20) 三浦哲嗣教授に聞く 2018/05/11

 人間が、生命を維持していく上で欠かせない器官の「心臓」。全身に血液を送るポンプの役割を果たす心臓にはどんな疾患があり、因果関係や予防法、最新の医学はどうなっているのだろうか。今春、医学部長に就任した医学部循環器・腎臓・代謝内分泌科学講座の三浦哲嗣教授(62)に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

三浦哲嗣(みうら・てつじ)

 1955年夕張市生まれ。80年札幌医科大学医学部卒業、在日米国海軍医療センター研修医。84年米国南アラバマ大学医学部生理学教室研究員。87年道立江差病院内科医長、札幌医科大学内科学第2講座助手。2007年同講座准教授。13年より現職、今年4月より医学部長。

浅利 心臓病にはどのような病気があるのか。

三浦 一番重要なのが心不全。心臓は、体の活動に応じて必要な分だけ全身に血液を送っているが、それがうまくできなくなるのが心不全。重症な心不全は、がんよりも予後が悪いことが知られている。心不全の原因には、心臓弁膜症や心筋梗塞、狭心症や心筋症などがあるが、いずれも医学の進歩により、治療成績が向上してきているので、重症化する前の早期発見が重要だ。

浅利 心臓病の要因はどんなものが挙げられるか。

三浦 やはり、心不全をはじめ心臓病の要因としては高血圧、脂質異常、糖尿病が重要。なかでも心臓病を引き起こしやすい糖尿病の患者数は、世界的にも過去30年間で4倍になっている。
 (糖尿病が)狭心症や動脈硬化を誘発することは以前から分かっていたが、直接心不全を引き起こすケースが多いことも明らかになっている。そのため、糖尿病の患者さんは糖尿病専門医だけでなく、われわれ循環器の医師が連携して治療に当たることが多い。

浅利 それらの予防としてできることは。

三浦 糖尿病の予防は適正な体重の管理や運動が基本。最近では、糖尿病の治療薬の中に、心不全を予防する効果があるものも出てきている。高血圧の予防には、体重管理や運動のほかに減塩、禁煙などが挙げられる。高血圧予防には、1日の食塩摂取量が6グラム以下とされており、この量を目安に食事に気を配ることが有用だ。案外知られていないが、パンやうどんには食塩が比較的多いものがあり、逆にそばや白米は塩分を含まない。売られている弁当や総菜にも食塩量が表示されているので意識すると良いと思う。

浅利 最近の治療法にはどんなものがあるか。

三浦 たとえば心臓弁膜症については、狭くなった大動脈弁を外科手術で(胸を開いて)人工弁に置き換えるのが従来の方法だが、最近ではカテーテルを利用して開胸しない方法が可能となっている。また、救急医療の現場ではインペラというカテーテル型の補助人工心臓も間もなく使える見込みで、救命救急の現場で重度の心不全患者の救命率も向上するのではないか。

浅利 医学部長としてのメッセージを。

三浦 社会の変化にともなって疾病構造や医療技術もどんどん変化している。そういった変化にグローバルな視点を持って対応できる人間性豊かな医療人を、育てていきたい。そうした目標のため、現在、札幌医大の教育研究施設や付属病院の増改築が進んでおり、2020年を目標にカリキュラムの見直しも進めている。

浅利 十勝の住民に向けて。

三浦 先ほどの塩分制限ではないが、十勝はおいしいものが多く自然環境も素晴らしいので、食生活を含めて生活環境の工夫を先導しやすい環境にあるのではないか。
 けっして都会が、医療や福祉の面ですべて優れているとは思わない。かかりつけ医と患者の関係性や認知症患者への見守りなど、地方がモデルケースになっていることも多い。医療は生活の一部でしかないので、互いの情報交換を密にして、地域ならではの生活の工夫によって病気の予防と管理に、みんなが参加していくことが大切だ。

札医大の研究室から(21) 大日向輝美教授に聞く 2018/06/08

 札医大の保健医療学部は、看護学科・理学療法学科・作業療法学科からなる国内初の医療系学部。1993年の開設以来、看護師や保健師、理学療法士や作業療法士など多くの人材を輩出してきた。「患者に寄り添う看護教育」について、保健医療学部長の大日向輝美教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

大日向輝美(おおひなた・てるみ)

 1962年札幌生まれ。83年道立衛生学院看護婦第一科卒業、札幌医科大学附属病院看護婦。92年北海学園大学法学部卒業。93年札幌医科大学保健医療学部看護学科助手。95年北海学園大学大学院法学研究科修了、2001年札幌医科大学保健医療学部看護学科助教授、07年北海道大学大学院教育学研究科単位修得退学。11年札幌医科大学保健医療学部副学部長・看護学科長などを経て、15年から現職。

浅利 「患者に寄り添う心」とは。

大日向 看護師は、健康に関わる日々の生活を支える役割を担い、患者のもっとも近くにいる医療職。患者が病気やケガをどのように受け止め、症状が生活にどんな不都合をもたらしているのかに関心を寄せる職種だ。
 人が「生きることを支える」のと「生き抜く(死んでいく)」ことを支える2つの役目がある。一人の人間として患者に関心を持ち、不安や苦痛に働き掛けて安心感を与える、患者本位の視点で物事を考える、といったことが当てはまる。

浅利 それらを備えることで得られる変化は。

大日向 患者の心に寄り添ったケアを行うことで、免疫産生を抑制し、回復に悪影響を及ぼす緊張や不安、苦痛が緩和され、治療効果を高めることが最近の研究でも明らかになっている。“愛情ホルモン”などと呼ばれるオキシトシンの分泌が促されたり、副交感神経が優位になったりすることでリラックスをもたらし、回復にとって好ましい状態になっていく。

浅利 そういったマインドを育むため、どのような教育を実践するか。

大日向 2011年の東日本大震災のあたりから、「寄り添う」という感覚が重視されるようになった。ただ、看護の世界ではナイチンゲールの時代から重視されてきた概念でもある。
 保健医療学部でも、看護学科のほか、作業療法、理学療法の2学科があるが、それら資格職でも生活の支援という観点から「患者に寄り添う」ということを大切にしている。特に看護は字の通り、患者の「手と目」になる営み。もともと人に備わっているマインドを強化する教育を行っている。

浅利 カリキュラムではどのようなことが行われているのか。

大日向 看護学科でいえば、1学年50人と看護系の大学としては極めて少人数。この強みを生かして、付属病院での臨床実習でも、マンツーマンで患者に付き、人それぞれの個別性を具体的に把握する学習に力を入れている。
 そのほか、模擬患者の協力を得て、体験学習を多く設定している。ここでは実際の病院実習では体験できないようなことを模擬患者を通して患者の立場に立った看護を徹底して学んでいる。本学の卒業生は現場からも高い評価を得ている。

浅利 十勝や地方の住民に向けて。

大日向 十勝やその他の地方でも本学の卒業生は看護師や保健師、助産師として多く活躍している。看護師というと、病院で働く姿をイメージすると思うが、在宅医療や介護予防など地域の身近なところで働いている。
 看護師は、診療に関連する業務から療養生活そのものに至るまで幅広い業務を担い、医療従事者の中で人口が一番多い職種でもある。だが、仕事に対する一般の理解が十分とはいえない状況もある。看護師や保健師を上手く活用してもらえるよう啓発に努め、十勝にも出向きたいと思う。

札医大の研究室から(22) 宮本篤教授に聞く 2018/07/13

 医薬品服用後の運転や運転中の持病の発作に起因した事故などが相次ぎ、社会問題化している。薬の作用を正しく理解せずに運転すると、他人の命を巻き込む重大事故を引き起こしかねない。薬の作用と車の運転について、医学部・医療薬学の宮本篤教授に聞いた。(聞き手・浅利圭一郎)

宮本篤(みやもと・あつし)

 1954年、空知管内栗沢町(現岩見沢市)生まれ。78年東北薬科大学薬学部卒業。80年同大学院薬学研究科修了。82年札幌医科大学医学部薬理学講座助手、88年同講師、94年同助(准)教授。2002年から医学部医療薬学教授。

浅利 いま、日本ではどのくらいの医薬品が治療に使われているか。

宮本 医薬品には、市販薬のように自らの判断で購入・使用する「一般用医薬品」と、医療機関で医師の診察を受けて処方される「医療用医薬品」がある。日本には、飲み薬、注射薬、外用薬、歯科用薬を含め一般用と医療用合わせて約1万6000種類の医薬品が使われている。

浅利 車の運転に影響を及ぼす要因にはどんなものがあるか。

宮本 外的要因と内的要因がある。外的要因とは道路の形状、自動車の性能、交通量などの運転環境のこと。内的要因には運転技術・能力、年齢、性格傾向、疲労・眠気などがある。特に心身の疲労の蓄積はドライバーの覚醒度を下げ、事故リスクを高める。米国の資料では、脳卒中や睡眠時無呼吸、アルツハイマー病、統合失調症、慢性的なアルコール乱用などが、運転能力などに影響を及ぼす可能性のある疾患・症状として報告されている。
 長期間の使用により運転能力に影響を及ぼす医薬品もある。抗うつ薬や抗ヒスタミン薬、中枢神経系に顕著な影響を示す鎮痛薬、高齢者に多く飲まれている一部の高血圧治療薬などだ。

浅利 車の運転と医薬品の関係で、注意しなければならないことは。

宮本 最近の交通事故例を挙げて説明したい。1つ目は、てんかんの持病がある患者の例。運転免許更新の際にてんかんの持病を申告しない、もしくは医師から運転を禁止されているにもかかわらず自己判断で医薬品での治療を中断して運転し、運転中に発作を起こして死亡事故に至った。
 医薬品は、回数、時間、量など決められた使用方法を守ることが最も大事。医師・薬剤師の指示、薬の説明書に従い、正しく使用してほしい。特に医療用医薬品は、自己判断で服用を止めたり、量を変えたりしてはいけない。また、自分の薬を他人に使用させてもいけない。
 2つ目は、糖尿病で血糖値を下げるインスリン注射をしている患者の例。医師の指示に従わないまま運転し、運転中に低血糖発作で意識障害に至り死亡事故を起こした。反射運動能力の低下や低血糖を起こす可能性のある医薬品で治療している場合は、特に車の運転、機械の操作、高い場所での作業には十分注意しなければならない。

浅利 運転や機械操作、高所での作業を禁止している医薬品はあるか。

宮本 医療用医薬品の中には、運転やそのような作業を禁止しているものがある。高齢者に多いパーキンソン病、深在性真菌症の治療薬がその例だ。医師・薬剤師から患者に対し、薬の説明を徹底することになっている。

浅利 事業者や患者が注意することは。

宮本 十勝をはじめ広大な北海道では、移動手段として自動車は生活になくてはならないものになっている。一方で、高齢ドライバーが増加しているのも事実。事業者には、雇用者の労務管理や健康管理に加え、どのような薬で治療をしているのかという治療管理にも気を配ってもらいたい。
 薬には、目的とした作用と目的としない作用があり、目的としない作用の中には予測できるものと予測が困難なものがある。薬を服用する際には、自己判断で薬の使用を中止する、使い方や使用量を変更するなどしてはいけない。わからないことや疑問がある場合は、自分で判断せずに医師や薬剤師に必ず相談し、薬とうまく付き合って社会生活をしてもらいたい。

札医大の研究室から(23) 山下敏彦教授に聞く 2018/08/17

 中高年世代を中心に、多くの人を悩ませている腰痛。中には、自分で予防や改善が可能なものがあるという。腰痛など運動器疼痛(とうつう)のメカニズム解明や治療法の確立に取り組む整形外科学講座の山下敏彦教授に、自分で治せる腰痛の見極め方や症状を改善する方法を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

山下敏彦(やました・としひこ)

 1958年砂川市出身。83年札幌医科大学医学部卒業。87年同大大学院卒業、医学博士号取得。米国ウェイン州立大学博士研究員、市立室蘭総合病院整形外科科長などを経て、2002年札幌医科大学整形外科教授。10年同大附属病院副院長、14年から18年3月まで同病院長。

安藤 現在、腰痛の人はどのくらいいるのか。

山下 40歳以上で腰痛がある人は、全国で約2800万人と言われている。若い人など全ての世代を入れるともっと多い。40~60代の約4割が腰痛で悩んでいるというデータもあり、まさに国民病だ。
 米国の論文によると、腰痛患者の約8割はレントゲンなどで明確な異常が認められない「非特異的腰痛」と呼ばれている。しかし、最近のわが国の調査では、整形外科の専門医が診断すれば、レントゲンで異常がなくても、約8割は筋肉や関節など痛みの原因が判明し、原因不明のものは2割程度とされている。

安藤 注意が必要な腰痛とはどのようなものか。

山下 がんの転移などの腫瘍、細菌感染による炎症などは、生命に直結する疾患で危険。また、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄(きょうさく)症など神経の圧迫を伴う腰痛は、生命を脅かすものではないが手術が必要な場合がある。これらを見極めるサインは、安静にしていても強い痛みが続く、発熱、急激な体重減少、足の痛み・しびれなど。そのような症状がある場合は、すぐに病院で検査を受けてもらいたい。

安藤 一方で、自分で治せる腰痛とはどんなものか。

山下 先に述べたような症状がなく、安静にしていれば改善するものは、基本的に心配がなく自分で治せる。腰の周辺の筋肉や椎間関節、仙腸関節など関節から痛みが来ている場合が多く、そのような腰痛は運動療法で改善する可能性がある。痛みが強い時期は安静が必要だが、痛みが和らいだら、むしろ早めに体を動かすほうが良い。

安藤 どのような運動をすると良いか。

山下 かつては腹筋や背筋を鍛える運動が薦められていたが、最近はそれらに偏らず、背骨から股関節にかけて広範囲の筋肉をストレッチするのが有効とされている。特に太もも裏のハムストリングスや脚の付け根の前面にある腸腰筋を十分に伸ばすと、背骨や股関節の動きがスムーズになって自然と姿勢も良くなり、腰痛の改善につながる。

安藤 ほかに気を付けることは。

山下 日常生活の動作に注意してもらいたい。中腰姿勢にならない、長時間同じ姿勢を続けないことが大事。低い場所にあるものを取る際、膝を伸ばして持ち上げようとすると背骨に大きな力がかかり、ぎっくり腰や急性腰痛を起こす要因となってしまう。腰痛が長引く要因として、不安やストレスなど心理的要因が関与している場合もある。気持ちがネガティブだと、痛みや痛くてできないことばかりを考えてしまい、症状も改善しない。痛みがあってもできることに目を向け、前向きな考え方に転換することも大事だ。

安藤 十勝の住民に向けて。

山下 十勝の方々は酪農や農業などに従事している方が多く、体に負担のかかる姿勢をとる機会もあるのではないか。重いものを持つ際には、なるべく体の重心から近い位置で持つと良い。前傾姿勢や中腰姿勢をするときは、なるべく時間を区切って行い、合間にストレッチをするようにしてほしい。日常生活の中でも、同じ姿勢を長く続けない、気分転換を取り入れることを意識してもらいたい。

札医大の研究室から(24) 時野隆至教授に聞く 2018/09/21

 1年間で100万人以上が新たに診断されるといわれる「がん」。「がん家系」という言葉があるように、がんの遺伝を心配する人も多い。近年、人間の遺伝子の研究が進み、がんと遺伝の関係も次第に解明されつつある。がんゲノムを研究している時野隆至教授に、遺伝子とはどのようなものか、遺伝するがんと遺伝しないがんの違いなどについて聞いた。(聞き手・安藤有紀)

時野隆至(ときの・たかし)

 1960年大阪府生まれ。83年大阪大学理学部生物学科卒業。89年同大学大学院医学研究科課程修了・医学博士修得。3年間の米国留学を経て、95年東京大学医科学研究所・ヒトゲノム解析センター助教授。97年札幌医科大学医学部がん研究所分子生物学部門教授。2012年から同大学フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門教授。

安藤 「がん」は親から子どもに遺伝する病気なのか。

時野 結論から言うと、一部のがんのみが親から子に遺伝することが分かっている。これまでによく研究されているのが「大腸がん」「乳がん」「卵巣がん」で、このうちの5~10%が「遺伝性のがん」と言われている。つまり、同じ大腸がんでも遺伝するタイプと遺伝しないタイプがある。大半のがんは遺伝しないが、一部のがんは遺伝するといえる。

安藤 「がん」ができる仕組みは。

時野 正常な細胞において、複数の遺伝子の異常(遺伝子変異)が蓄積していくと、がん細胞になる。がん細胞が無秩序に増殖してしまう病気が「がん」。つまり、がんは「遺伝病」ではないが、「遺伝子の病気」である。
 遺伝子はデオキシリボ核酸(DNA)という物質からできていて、タンパク質を作るための設計図の役目を果たす。ヒトの遺伝子は2万~3万種類あるといわれ、その全体を「ヒトゲノム」と呼ぶ。親から子に受け継がれる物質がDNAすなわちゲノム。子が親に似るのは、設計図であるゲノムを親から受け継いでいるからだ。

安藤 「遺伝するがん」と「遺伝しないがん」の違いはどこにあるのか。

時野 がんの原因となる遺伝子変異がどの細胞で起こったのか、という点に違いがある。例えば大腸がんの場合、遺伝しないがんでは大腸の上皮の細胞に後天的に遺伝子変異が蓄積する。大腸の上皮に分化した細胞は体細胞といい、子に受け継がれることはない。一方で、親から子に受け継がれる生殖細胞に先天的に遺伝子変異がある場合、変異した遺伝子が親から子に受け継がれることがあり、遺伝性のがんとなる。生まれつき遺伝子変異があるため、若い世代で発症しやすい傾向がある。

安藤 遺伝的ではない、環境要因のがんにはどんなものがあるか。

時野 発がんと深く関わっている環境因子として統計学的に知られているのは、「肺がんと喫煙」「皮膚がんと紫外線」、感染症では「胃がんとピロリ菌」「子宮頸癌とパピローマウイルス」「肝がんとB型・C型肝炎ウイルス」。喫煙と紫外線は、肺や皮膚の細胞の遺伝子変異を起こす頻度を高め、肺がんや皮膚がんになるリスクも上がると考えられている。

安藤 遺伝性のがんが心配されるのはどんな場合か。

時野 例えば遺伝性乳がんの場合、症状は一般の乳がんと変わらない。しかし、家族や血縁のある親族に乳がんや卵巣がんの人がいる、20~30代など若くして発症した場合などは、遺伝性乳がんの可能性が考えられる。
 もし遺伝性のがんに不安を感じたら、大学病院や地域内のがん専門性の高い病院で遺伝カウンセリングを受けてもらいたい。札幌医科大学付属病院にも「遺伝子診療科」がある。乳がんは乳腺外科でも相談できる。遺伝性がんが疑われる場合は遺伝子検査も受けられるので、医師と相談し、メリット・デメリットを把握した上で受けるとよい。

安藤 十勝住民に向けて。

時野 北海道はがん検診の受診率が全国の中でも低いと言われている。早期発見により完治できるがんもあるので、機会を見つけてがん検診を受けてもらいたい。特に遺伝性のがんの場合は定期的な検診・管理が重要になる。おっくうがらずに検診を受けるようにしてほしい。

札医大の研究室から(25) 北田文華助教に聞く 2018/10/19

 日本の女性が罹患(りかん)するがんの中で、最も多いのが乳がん。がん細胞の切除のため乳房を失い、精神的に大きなダメージを受けてしまうこともある。近年は、乳房の膨らみを取り戻す「乳房再建」を望む人も増えているという。乳房再建に取り組む札幌医科大学形成外科学講座の北田文華助教に、手術の内容について聞いた。(聞き手・安藤有紀)

北田文華(きただ・あやか)

 1986年札幌市生まれ。2011年札幌医科大学卒業。専門分野は形成外科全般、乳房再建。日本形成外科学会専門医、日本オンコプラスティックサージャリー学会 乳房再建用エキスパンダー・インプラント責任医師。18年4月から助教。

安藤 乳がんの手術は外科で行われるが、形成外科との関わりは。

北田 乳房の膨らみを失うことは女性にとって喪失感が大きく、大変つらいこと。乳がんを切除して治療するのは外科・乳腺外科の仕事だが、乳がんを切除した後に乳房の膨らみを作る「乳房再建」を形成外科で行っている。
 外科の手術は、大きく分けると乳腺の一部のみ取る「乳房温存術」と、乳房を全て取る「乳房全摘術」の2通りがあり、患者のがんのタイプや希望を踏まえて決める。全摘術と乳房再建を組み合わせた治療を希望するケースが以前に比べ増加している。

安藤 乳房再建はどのように行うのか。

北田 人工物(インプラント)を使った再建と、自分の体の一部(自家組織)を使った再建がある。それぞれ良い点があるので、何を優先するのか、どんな形の乳房をつくりたいのか、医師と相談して選択してほしい。
 人工物での再建は、最初にエキスパンダーという風船のようなものを入れて形を整え皮膚を伸ばした後、インプラントを入れる2段階の手術になることが多い。体のほかの場所に傷をつけない、社会復帰が自家組織に比べると早いのがメリット。ただ、インプラントは形がある程度決まっているため、反対側の乳房の形に合わせることが難しい場合がある。
 自家組織の場合は、自分のお腹や背中の皮膚、脂肪、筋体などの組織を使うことが多い。組織に血流を含めた状態で乳房に移動して形を作り、採取部は縫合する。術式によっても異なるが、移植した組織の血管と移動した部分の近くの血管とを顕微鏡を使ってつなぐこともあり、人工物再建と比べ手術時間が長い。乳房の形の自由度が高く、下垂の表現もできるメリットがある。

安藤 乳房再建の相談はいつするのがいいか。

北田 外科手術前に相談してもらった場合、乳がんの切除と同時に乳房を作る「一次再建」、乳がん切除手術後に期間をあけてから手術をする「二次再建」を選択できる。乳がん手術後に受診し、それから乳房再建することも十分可能。いつ相談に来てもらっても乳房再建の対応はできる。

安藤 入院期間はどのくらいか。

北田 1~2週間程度となる。自家組織のほうが人工物よりやや長い。乳輪や乳頭を作りたい場合は、先に乳房の手術を行い、半年などある程度の期間をあけて形成手術を行う。乳房再建は、人工物・自家組織どちらも保険の範囲内で治療が可能。高額医療の適用にもなる。ただ、反対側の乳房の豊胸や縮小などは保険の対象外になるので、担当医師とよく相談して決めてほしい。

安藤 術後、注意すべきことは。

北田 手術方法により異なるが、自家組織の手術では筋肉を含めて移植する場合もあるため、術後しばらく動作の制限を生じることがある。お腹の組織を使用した場合、ヘルニア予防の意味で術後に腹帯やガードルの着用を行うことが多い。人工物の場合は比較的制限が少ないが、やはり手術直後は激しい運動を控える必要がある。

安藤 十勝の住民へ一言。

北田 乳房再建に対応している病院が限られていることもあり、これまでなかなか受診できなかった人もいると思うが、乳房再建手術は時期によらずいつでも可能。話を聞くだけでもよいので、気になる人はぜひ相談してもらいたい。

札医大の研究室から(26) 木村眞司教授に聞く 2018/11/9

 道内でも海外からの観光客や移住者が増えている中、医療に携わる人たちにとっても英語がますます重要になっている。札幌医科大学で英語を指導する木村眞司教授に、講義での工夫や今後の目標などを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

木村眞司(きむら・しんじ)

 1964年小樽市生まれ。89年札幌医科大学卒業。研修医として横須賀米海軍病院に勤めた後、米国ユニオン病院で3年、ミネソタ大学病院で2年勤務。2000年札幌医大地域医療総合医学講座助手となり、17年4月から現職。

安藤 担当している講座は。

木村 医学部1・2学年の「医学英語」などのほか、今年度から病院の職員やボランティアを対象に月1~2回の英会話教室も開いている。

安藤 高校英語との違いは。

木村 将来の現場で使える実用英語を狙いとしている。読む、聞く、書く、話すの4技能すべてを取り入れるようにしている。

安藤 講義で心掛けていることは。

木村 学生を飽きさせないこと。入学したての学生は医療の勉強に意欲的だが、実際に臨床医学に携わるのはまだまだ先。学ぶ意欲を途切れさせないよう、患者さんの症例などを写真も見せながら英語で説明する。

安藤 英語は医療現場でどう役立つか。

木村 世界標準の医療を行うためには、英語で書かれた医学書や論文、オンラインデータベースの資料を読めなくてはならない。研究者は英語の論文を読み、書き、発表できなくてはならない。いい臨床医学者・研究者になるために英語は欠かせない。海外からの観光客や定住者の増加に伴い、海外の患者さんも増えている。医師が英語で対応できれば、患者さんの安心にもつながる。

安藤 今後に向けて。

木村 専門教育とシンクロした指導を行いたい。海外のゲストスピーカーによる講義なども取り入れたい。

安藤 ネットを使った学習会を長い間続けているが。

木村 私はへき地医療を志して医師になった。どこにいても医師が情報を得られる体制が必要と考え、2004年から学習会を開催し、延べ1000回を超えた。週に2回、朝7時半から30分間インターネットで全国の医療機関などをつなぐ。講師は持ち回りで、年に約100回実施。自由参加だが、毎回約120ヵ所、約400人が参加する。ライフワークとして続けていく。

安藤 十勝の住民へ一言。

木村 海外からの観光客や定住者に対応できる体制が医療機関にも求められている。日本はその面で大きく出遅れている。韓国や中国、ロシアなど近隣国の言語に対しても、病院内の表示や通訳の配置など体制を整えるべきだ。医療人自身も英語や近隣国の言語を学ぶことが今後さらに重要になるだろう。

札医大の研究室から(27) 仙石泰仁教授に聞く 2018/12/7

 近年、発達障害で支援を必要とする子どもが増えていると言われる。発達障害児の障害構造の解明や支援機器の開発などに取り組む札幌医科大学の仙石泰仁教授に、症状や周りの人の関わり方について聞いた。(聞き手・安藤有紀)

仙石泰仁(せんごく・やすひと)

 1964年旭川市出身。作業療法士。98年北海道教育大学大学院修士課程修了。北海道医療大学で歯学博士取得。幼稚園などでの勤務を経て、1992年札幌医科大学衛生短期大学部助手、93年同保健医療学部作業療法学科助手。2006年から現職。

安藤 発達障害とは。

仙石 脳機能の発達が関係する低年齢において発現する、行動やコミュニケーション、学習の問題を主とする障害。一つの病気を指すのではなく、学習や生活への適応、人とうまく接することが障害される幾つかの疾患の集まりを指す。自閉症スペクトラム障害、学習障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)などがあるが、症状は個人差が大きく、個人に合った支援が必要。

安藤 支援が必要な子どもたちはどのくらいいるのか。

仙石 文部科学省による2012年の調査では、公立小・中学生の約6.5%と報告されている。医療機関の受診率もこの10年間で増加している。発達障害という概念自体が1980年代に広まったものであり、それに伴い気付かれるようになった側面もある。

安藤 具体的な症状と、作業療法での関わりは。

仙石 例えばADHDは、落ち着きがない、集中できない、行動制御ができず衝動的に動いてしまう。自閉症スペクトラム障害は、相手の表情や考えが読み取れず、相手が嫌がっていても気付かない、自分の感情をうまく伝えられないなどがある。作業療法では、遊びを通して行動を自ら調整できるようにセラピスト(作業療法士)が間に入ってトレーニングする、場面に応じた関わり方を指導するなどの支援をしている。
 知的能力は高いのに数や文字をうまく読めない、情報を記憶できないなどの学習障害は、その原因を分析し、その子に合った学習方法の提案、教材教具の提供などを行っている。

安藤 周りの人たちはどう関わるのがよいか。

仙石 発達障害は見てすぐわかる障害ではないため、周りから冷たい目で見られ、本人や親が傷ついてしまうことが多い。周りが障害を理解することが大切。

安藤 十勝住民へ一言。

仙石 心配なことがあったらまず医療機関を受診してほしい。早いうちから医療的な経過を記録しておくことが子どもの将来に役立つ。十勝には北斗病院や音更リハビリテーションセンターなどがあるが、子どもたちや親御さんが安心して生活するためにはもっと医療機関を増やし、市町村に設置されている発達支援センターなどと連携できる体制づくりも必要なのではないか。

札医大の研究室から(28) 土橋和文病院長に聞く 2019/1/25

 寒い季節には、室内外の急激な温度の変化により、人の体はさまざまな影響を受ける。循環器を専門とする札幌医科大学附属病院の土橋和文院長に、冬に気を付けるべき疾患と予防法を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

土橋和文(つちはし・かずふみ)

 1956年オホーツク管内斜里町出身。81年札幌医科大学医学部卒業。ロンドン大学セントトーマス病院レーン研究所などを経て2012年札幌医科大学医学部病院経営・管理学教授。15年同大学附属病院副院長、18年4月から現職。

安藤 冬場に多い疾患は。

土橋 高血圧からくる循環器系の疾患が出やすい。代表的なのは脳卒中。心筋梗塞、不整脈、糖尿病、喘息(ぜんそく)など免疫系を罹患(りかん)する病気も注意すべきだ。

安藤 ヒートショックによる突然死もある。

土橋 一般的に寒い時期での入浴など急激な温度変化による急性の脳卒中、心筋梗塞、心臓突然死などに対して「ヒートショック現象」という言葉が使われている。入浴中の突然死は1年間に1万5000~2万人で、内因性の突然死では睡眠中に次いで多い。そのうちヒートショックが原因の人がどれだけいるかは明らかになっていない。
 入浴中の事故は圧倒的に高齢者が多い。急激に血圧が下がり気を失ってしまう、広い湯船で滑って溺れるなどのケースがある。

安藤 入浴の事故を防ぐには。

土橋 温度差が大きいと血圧に影響しやすいため、入浴前から浴室や脱衣所を暖めておくこと、熱い湯に一気に入らない、長風呂をしないことを意識してもらいたい。失神や溺れるのを防ぐため、浅い風呂にかがんだ姿勢で入るようにする。ぬれタオルなどで後頭部を冷やすのもよい。
 循環器疾患のある人は呼んだら家族がすぐ来られるよう浴室の戸を少し開けておく、家族が定期的に声を掛けることも勧めている。

安藤 十勝の住民に一言。

土橋 十勝は寒さが厳しい地域。気温が下がる早朝や日没前後の行動に注意してもらいたい。吸気や首回りが冷えると血圧に影響を及ぼしやすいので、屋外で活動する際はマスクや厚めのマフラーを身に着けるとよい。
 外出の前の行動にもひと工夫を。体操など軽い運動をして体を温める、窓や戸を少し開けて外気に触れるなどが効果的。冬は車の中の温度もかなり下がる。出発前に車中を暖めておくとよい。
 降雪時、朝の出勤前に雪かきをする人が多いが、目覚めて2時間程度は体が緊張していて一日で最も血圧が高い。そこに動作の負荷が重なり、心臓に大きな負担となる。雪かきは数回に分けて行い、家族と協力してほしい。

札医大の研究室から(29) 宇原久教授に聞く 2019/2/15

 昨年のノーベル医学生理学賞は、がん免疫療法の薬の開発につながる発見をした本庶祐博士(京都大)とジェームズ・アリソン博士(米テキサス大)が受賞した。札幌医科大学の宇原久教授に、がん免疫療法について聞いた。(聞き手・安藤有紀)

宇原久(うはら・ひさし)

 1960年長野県南佐久郡南牧村生まれ。86年北海道大学医学部卒業。信州大学医学部付属病院、国立がんセンター研究所、諏訪赤十字病院皮膚科で勤務した後、2011年信州大学医学部准教授。17年から現職。

安藤 がん免疫療法とは。

宇原 免疫とは、自分の体とそれ以外(ばい菌などの異物)を見分け、異物を攻撃して体を守るシステムのことで、この仕組みを使い、がんを治そうとするのが、がん免疫療法。30年ほど前からいろいろな免疫療法が試されてきたが、期待した効果がほとんど得られなかった。ノーベル賞を受賞した2人の先生らの研究により、2014年に新薬オプジーボが承認され、やっと免疫療法が効く患者が出てきた。
 この薬は皮膚がんの一つであるメラノーマと肺がんなどを対象に開発。メラノーマは白人に多く、日本人には珍しいがん。メラノーマで内臓に転移すると以前の3年生存率は数%だったが、新薬の登場により、半数近くの方が病気をコントロールしながら生きられるようになった。

安藤 免疫療法は副作用が少ない印象があるが。

宇原 これは全くの誤解。免疫療法に副作用が少ないといわれるのは、過去の治療では免疫を十分に上げることができず、そのため副作用もなかったというだけ。現在効果が得られる免疫療法は、個人差があるものの副作用はほぼ必発。副作用が出た方が、がんに対する効果が高いというデータもある。なるべく副作用の少ない治療法の開発も行われている。

安藤 札医大で取り組んでいる新しい治療法は。

宇原 患者が現在使えるのは「PD1」など3つの免疫のブレーキを止める薬だが、別の免疫のブレーキ「LAG3」に対する新薬の治験を札幌医大で行っている。
 また、生きたウイルスをがん細胞に打ち込み、がん細胞を壊す治療の治験も一昨年から実施している。どちらも現在治療中の薬に効果がない患者が対象になっている。

安藤 十勝の住民へ一言。

宇原 当皮膚科には、皮膚がんに限らずアトピー性皮膚炎などアレルギーの専門医、あざなど遺伝性の皮膚疾患の専門医も在籍している。札幌と十勝は離れているが、何か相談したいことがあれば、主治医を通じて遠慮なく連絡してほしい。

札医大の研究室から(30) 渡辺敦教授に聞く 2019/3/22

 国内で年間約7万人が亡くなり、約11万人が新たに罹患(りかん)する「肺がん」。治療が難しいがんとも言われるが、新薬の開発やロボット手術の導入など、治療が劇的に進歩している。札幌医科大学呼吸器外科学の渡辺敦教授に、最新の治療法を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

渡辺敦(わたなべ・あつし)

 1958年札幌市出身。85年札幌医科大学卒。砂川市立病院胸部外科医長、札幌医科大学医学部外科学第2講座講師、カナダカルガリー大学医学部胸部外科訪問臨床研究員などを経て、13年より現職。18年4月から手術部部長も務める。

安藤 呼吸器外科とは。

渡辺 肺の疾患のほか、気管や気管支、呼吸に大きくかかわる胸壁、心臓のまわりにある縦隔(じゅうかく)などの疾患を扱う。札幌医大は2012年、呼吸器外科を道内初の独立した診療科・学科とした。

安藤 肺がんの治療法は。

渡辺 主に抗がん剤、放射線、手術の三つの治療法がある。がん細胞の特異的な分子だけを壊す分子標的療法や新薬開発などにより、内科領域は大幅に進歩した。外科手術も胸腔(きょうくう)鏡での手術ができるようになり、以前は30センチ以上だった傷が5~12ミリ程度の傷が3~4個に縮小。さらにロボット手術も導入されている。

安藤 肺がん手術はどのようなものか。

渡辺 標準的手術は肺葉切除とリンパ節廓清(かくせい)となる。肺やリンパ節をできる限り小さく切除する縮小手術と、周りの臓器、組織に浸潤している場合に一緒に切除する拡大手術がある。がんの進行度や症例によって判断する。患者の体への負担をできるだけ少なくした手術も取り入れている。

安藤 ロボット支援手術とは。

渡辺 札幌医大では昨年4月から呼吸器外科領域のロボット支援手術を開始し、最新の手術支援ロボット「ダヴィンチXi」で、肺がん・縦隔合わせて30例の手術をした。
 高性能カメラにより3次元での空間把握がしやすくなり、コンピューター制御で手ぶれの影響を抑えられ、微細な動きも可能になった。

安藤 肺がんの症状と予防は。

渡辺 肺がんは自覚症状がなく気付きにくい。咳や痰(たん)が長引くときは、できるだけ早く専門医にかかるべきだ。毎年検診を受け、喫煙者はCT検査も受けてほしい。唯一の予防策は禁煙。喫煙者は周りにも気配りを。周りの人が吸い込む副流煙は、本人が吸う主流煙の50倍もの発がん物質を含むとも言われる。

安藤 十勝の住民へ一言。

渡辺 十勝は空気が澄み、食べ物もおいしい。ストレスを感じずに豊かな生活ができる地域なので、喫煙を控え、恵まれた自然の中での暮らしを楽しんでほしい。

札医大の研究室から(31) 高野賢一教授に聞く 2019/4/19

 タレントの堀ちえみさんが今年2月、ステージ4の舌(ぜつ)がんを公表し、手術を受けた。舌がんのように口や喉にできるがんにはどんなものがあり、予防のためにできることはあるのか。札医大医学部耳鼻咽喉科学講座の高野賢一教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

高野賢一(たかの・けんいち)

 1975年長野県生まれ。2001年札幌医科大学医学部卒業。06年帯広厚生病院、07年帯広協会病院などを経て、11~12年米国イェール大学医学部免疫生物学部門留学。16年11月准教授。18年11月より現職。

安藤 口や喉にできるがんは。

高野 首から上の顔のうち、脳と目を除いた部分を頭頸部(とうけいぶ)と呼び、そこにできるがんを「頭頸部がん」と呼ぶ。部位別では咽頭がん、口腔(こうくう)がん、甲状腺がん、喉頭がんが多い。男性の場合は咽頭がん、口腔がん、喉頭がんが多く、女性は甲状腺がんが最も多い。口腔がんには堀ちえみさんの舌がんも含まれる。

安藤 頭頸部がんの治療法は。

高野 顔面を含む頭頸部領域には、呼吸する、飲み込む、話すなど人間の生活において基本的かつ重要な機能が集中しているため、切除すると整容面や機能障害の問題がある。そこで1980年代からは、皮弁(血流のある組織)を体の別の部分から移植して再建する技術が導入された。さらに抗がん剤と放射線を使った治療も同時に発達してきた。現在は、手術治療、抗がん剤を中心とした薬物療法、放射線治療を組み合わせて効果的な治療を行っている。

安藤 どんな症状があるのか。

高野 初期は口内炎と見分けづらい。喉や口の異物感、飲み込みづらい、話しづらいなどの症状があれば、一度、耳鼻咽喉科を受診してもらいたい。首の腫れからがんが見つかる場合もある。時々首を見て、触り、腫れがあれば受診を勧める。

安藤 予防のためにできることは。

高野 お酒とたばこを控えてほしい。舌がんなどは慢性刺激が原因となる場合もある。慢性刺激は、合わない入れ歯や歯並びの影響で歯が舌に当たって刺激となり、炎症を起こしてがんが発生することがある。入れ歯や歯もチェックしてもらいたい。

安藤 その他、春に注意すべき疾患は。

高野 そろそろ花粉の時期。道内ではシラカバ花粉症が多く、シラカバ花粉症は、リンゴやモモ、サクランボなどの果物類にアレルギー反応を起こす「口腔アレルギー症候群」を伴う方も多い。果物を食べた際に口の違和感、しびれ、かゆみ、腫れなどがある場合は注意が必要。

安藤 十勝の住民へ一言。

高野 十勝の方は我慢強い印象がある。農作業の繁忙期が終わるまで受診を控えようなどと考える方もいるが、受診時には病気が進行しているケースもある。症状があれば早めに受診してもらいたい。

札医大の研究室から(32) 高橋弘毅教授に聞く 2019/5/24

 せきや息切れが長引く場合、肺がんやCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、ぜんそく、結核などのほかに、間質性肺炎という病気が考えられるという。札医大医学部呼吸器・アレルギー内科学講座の高橋弘毅教授に、間質性肺炎の原因や治療法を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

高橋弘毅(たかはし・ひろき)

 1954年札幌市出身。81年札幌医科大学卒。同大学医学部内科学第三講座助教授、米国ナショナルジュイッシュセンター研究員などを経て、2005年より現職。10年から4年間副医学部長、19年4月から医療人育成センター長も務める。

安藤 間質性肺炎とは。

高橋 間質性肺炎は、細菌感染による肺炎とは別の病気。肺の中の間質と呼ばれる組織に炎症が広がり発症する。正常な肺はスポンジのように軟らかいが、そこに線維成分が沈着すると肺は硬く小さくなり、肺線維症となる。間質性肺炎と肺線維症は同じ肺に並存することが多い。

安藤 間質性肺炎の原因は。

高橋 インコやハトなどの鳥のふんや羽毛に含まれるたんぱく質が原因で、過敏性肺炎という間質性肺炎を発症する。カビの胞子が原因になることもあるため、台所や風呂場など湿気の多い場所は清潔にしてほしい。加湿器の手入れが不十分でカビが発生し、発症することもある。十勝のように酪農が盛んな地域では、干し草を扱う際にカビの胞子を吸い込んで起きる農夫肺が多発した時代があったが、作業内容の変化やマスク着用など予防策が普及し、現在ではほとんど見られなくなった。
 ほかにも、中高年の女性に多い膠原(こうげん)病肺、肺がんや乳がんで放射線治療を受けた際に合併する放射線肺炎、アスベストを吸い込んでおきる石綿肺、薬やサプリメントの副作用で発症するものもある。

安藤 間質性肺炎の治療法は。

高橋 原因を見つけて除去するのが先決だが、進行・重症化している場合は薬物療法や酸素吸入での治療が必要。肺全体に広がると、生命を脅かすケースもある。早めに呼吸器内科の専門医に相談してほしい。

 原因不明の難病も

高橋 原因の見つからない間質性肺炎には、特発性肺線維症という難病が含まれる。札幌医大の研究チームが中心となり、15年ほど前から全道の患者を対象に予後調査を進めてきた。調査当初のデータでは生存中央値が3年という厳しい現実が示されたが、最近では線維化の進行を抑制する薬が認可され、予後は改善しつつある。早期発見、早期治療が何よりも大事。

安藤 十勝の住民に向けて。

高橋 十勝は健康に高い関心を持っている人が多いと感じる一方で、呼吸器専門医が少なく、専門的医療が十分に行き届いているとはいえない課題も感じている。地域のドクターと連携し、呼吸器診療のレベル向上に少しでも貢献していきたい。

札医大の研究室から(33) 片寄正樹教授に聞く 2019/6/28

 スポーツ選手を悩ませるけが。帯広市出身で、スピードスケート五輪金メダリストの清水宏保選手ら多くのアスリートの検診やリハビリにかかわり、ソルトレークシティーとトリノの2回の冬季五輪で日本選手団のトレーナーとしても活躍した札幌医大の片寄正樹教授に、スポーツによるけがの予防について聞いた。(聞き手・安藤有紀)

片寄正樹(かたよせ・まさき)

 1963年帯広市生まれ。帯広柏小、帯広第三中、帯広柏葉高、札幌医科大学衛生短期大学部を経て99年カナダアルバータ大学大学院理学療法学修士課程修了。2000年より日本オリンピック委員会医学サポート部員として選手のリハビリ指導などを行い、オリンピック・パラリンピック組織委員会医療サービス部アドバイザーに就任。20年の東京五輪では選手村の総合診療所で理学療法部門のマネジメントを担当予定。07年より現職。

安藤 スポーツのけがの予防は可能か。

片寄 スポーツ外傷障害は大きく二つに分類できる。一つは、瞬間的な力が加わったときに起こる骨折や大きな捻挫など。もう一つは、野球で肘を壊すなど同じ動作を繰り返すことで起こるものを指す。
 けがの背景には、いろいろな体のメカニズムが影響している。例えば栄養やホルモン、身体能力の低下など。それらの発生メカニズムを理解することで防げるけがもある。

 体の使い方がカギ

片寄 予防で重要なのは、体の使い方。これまでの研究で、けがをしやすい体の使い方、けがをしにくい体の使い方があることが分かってきた。外国の研究で、アスリートのけがを予防するメニューを開発して3年間実施したところ、膝の前十字靱帯(じんたい)損傷の発生率が半減した報告もある。現在では、サッカーの「FIFA11」をはじめ、競技種目ごとに予防プログラムが開発されている。

安藤 予防に必要なことは。

片寄 けがの予防には三つのステージがある。1次予防はトレーニングや食事などでの体づくり、2次予防は専門的な医師の検診、3次予防はけがをした後のリハビリによる再発防止。特に大事なのが再発防止。どこかに痛みが出ても安静にすると症状はなくなるため、運動を再開してしまう人が多いが、根本的な原因にアプローチせずに運動すれば再発してしまう。一つのけがが別のけがを導くこともある。しっかりリハビリをして再発しない体づくりが重要。

安藤 家庭でできることは。

片寄 1日5分でも自分の体を振り返る時間を持ってほしい。足の爪がどのくらい伸びているのか、筋肉は腫れていないか、関節はどこまで動くのかなど、普段から自分の体を知っておくことが大切。痛みが3日続いたときは我慢せず、早めに医療機関を受診してほしい。

安藤 十勝へのメッセージを。

片寄 十勝は五輪アスリートが多く生まれている土地。トップアスリートを支えるメディカルスタッフも多い。その知見は一般の方の健康管理にも役立つ。人生百年時代と言われる中、スポーツは健康に体を維持していくために大切なもの。医療機関を活用してけがを予防しながら、安全に運動をしてほしい。

札医大の研究室から(34) 樋之津史郎教授に聞く 2019/7/26

 臨床研究や治験という言葉は聞いたことがあっても、実際にどんな人が関わり、どう行われているのかよく知らない人も多いのでは。札幌医大で医療統計学を専門とする樋之津史郎教授に、臨床研究の実状を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

樋之津史郎(ひのつ・しろう)

 1961年山口県出身。87年筑波大学卒。同大附属病院泌尿器科、東京大学医学部疫学・生物統計学教室などを経て2008年京都大学大学院医学研究科准教授、13年岡山大学病院新医療研究開発センター教授、18年4月より現職。札幌医科大学附属病院臨床研究支援センター副センター長も兼務。

安藤 医療統計学とは。

樋之津 医療統計は臨床研究などで得られた結果を分析して判断の材料をつくる研究分野。昨年4月、当大にも新設された。

安藤 医療現場を描いたドラマなどで気になる点は。

樋之津 演出の範囲を超え、通常の診療現場ではありえない極端な発言や行動が見られる作品も見受けられる。近年、医療現場では「インフォームド・コンセント」(説明と同意)と「チーム医療」が浸透しているが、原作が古い作品などは現場の変化を反映していない。視聴者はドラマが作りものであると理解してもらいたい。

安藤 臨床研究や医療統計が診療へどう生かされるのか。

樋之津 現在得られている情報の中から良いものを選択し、現時点で最高の治療を行うのが「標準治療」。新しい薬剤や医療機器が認められると、それが現在の標準治療を上回るのか調べるために臨床研究が行われ、研究結果を評価する際に生物統計や医療統計が用いられる。
 薬剤は、治験で有効性や安全性を調べ、十分有効と確認されて初めて病院で処方される。治験には医師、看護師、治験コーディネーター、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師など多くの専門職が関わる。また、診療で得られたカルテ情報をもとに効果や副作用を調べる研究や、治験以外で関連病院と行う共同研究もある。治験、治験以外の研究、カルテ情報をもとにした研究などを随時行い、最適な検査・診断・治療方法を見つける努力をしている。

安藤 ITが進歩する中で求められることは。

樋之津 デジタルデータはコンピューターで分析できるが、「何となくだるい」などの患者の悩みや訴えは、患者と医師との良好な人のコミュニケーションの中で得られる。AI(人工知能)やシステムが進化しても、医療従事者だからこそ得られる情報を的確に患者から受け取り、正確にカルテに記載することは今後も重要だ。

安藤 十勝の住民へのメッセージを。

樋之津 臨床試験や治験に限らず、病院にかかるときはしっかりと説明を受け、理解し納得した上で検査や治療を受けてもらいたい。私たちも分かりやすい説明やホームページでの十分な情報提供に努める。

札医大の研究室から(35) 大西浩文教授に聞く 2019/8/23

 糖尿病の予防策として、健康診査(健診)を受けることが大切と言われる。札幌医科大学医学部公衆衛生学講座の大西浩文教授に、その理由や検査結果の見方、将来糖尿病になりやすい要因、日常生活で注意することなどについて聞いた。(聞き手・安藤有紀)

大西浩文(おおにし・ひろふみ)

 1970年旭川出身。札幌医科大学医学部卒。札幌医科大学附属情報センター、米国シカゴ・ノースウェスタン大学予防医学講座などを経て、2012年札幌医科大学公衆衛生学講座准教授、17年より現職。

安藤 なぜ健診が大事なのか。

大西 糖尿病は無症状で進行することが多い。早期に発見し早期に治療を受けるために健診が重要。慢性的に血糖値が高い状態が糖尿病の病態。10時間以上空腹の状態で採血し、血液1デシリットル中126ミリグラム以上、食後の血糖値で200ミリグラムを超えると糖尿病型と判定する。さらに、過去1~2カ月の血糖値の平均を見るHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)という検査もある。1回の血液検査でも、血糖値とHbA1cの両方が糖尿病型に該当すると糖尿病と診断される。

安藤 将来的に糖尿病になりやすい要因は。

大西 私たちが行っている、集団を対象とした疫学研究では、健診の結果から将来的な病気へのかかりやすさを予測できることがわかっている。空腹時の血糖値で、1デシリットル当たり100~109ミリグラムに該当する人は、90ミリグラム未満の人に比べ約6倍、110~125ミリグラムだと約15倍も糖尿病になりやすい。また、メタボリックシンドロームとして知られる腹部肥満の人、血縁に糖尿病の人がいる場合も注意が必要。女性より男性のほうが糖尿病になりやすく、年齢、喫煙、睡眠不足なども原因となる。

安藤 日常生活で気を付けることは。

大西 肥満の人は少しでも体重を落とすこと。半年ほどかけて現体重の3~5%を落とすのを目標にするとよい。食事は甘いものを減らすより、腹八分目~七分目のように食事のカロリーを全体的に減らすイメージ。食後の高血糖を防ぐために炭水化物を控える、野菜やきのこ、海藻類などの食物繊維を多く取ることも大切。朝食を抜くと昼食・夕食後の血糖値が高くなる。3食バランス良く食べてほしい。ウオーキングなどの有酸素運動も血糖値を下げるメリットがある。もし今年の健診で異常がなかった場合でも、定期的に健診を受けてもらいたい。

安藤 十勝の住民へ一言。

大西 十勝はおいしいものが多いからか、肥満や血糖値の高い人が多いことが統計データから分かっている。帯広市のデータによると、HbA1cの高い人が全道平均よりも多い。健康寿命の延伸のためにも糖尿病には注意してほしい。また、帯広市の特定健診の受診率は、全道平均、全国平均と比べて低い。健診を受診して糖尿病の予防・管理に生かしてほしい。

札医大の研究室から(36) 加藤淳二教授に聞く 2019/9/20

 治療が難しいとされるすい臓がんと大腸がん。札幌医科大学は2012年、糖の一種である「フコース」を利用した、すい臓がんの新たな治療法を開発。16年には大腸がん治療に関する研究結果を発表した。同大学医学部腫瘍内科学講座の加藤淳二教授に、研究内容を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

加藤淳二(かとう・じゅんじ)

 1958年オホーツク管内美幌町生まれ。札幌医科大学卒。同大学内科学第四講座、米国ブラウン大学(血液腫瘍内科)留学などを経て、2003年札幌医科大学内科学第四講座助教授、08年同教授、13年同大学腫瘍・血液内科学講座教授、17年より現職。

安藤 研究の背景は。

加藤 フコースは、たんぱく質に糖鎖として結合する性質を持ち、がんになると糖鎖の幾つかが増加することは既に知られていた。がん発見の手掛かりとなる、腫瘍マーカー検査にも活用されている。そこで、フコースをがん治療に応用できないかと考えた。腫瘍マーカーの性質から、すい臓がんがフコースを最も多く摂取している可能性があると予想し、まず、すい臓がんの研究を行った。次に、同様にフコースの取り込みが多いと思われる大腸がんの研究を展開した。

安藤 大腸がんの研究内容は。

加藤 フコースを取り込むと染色される色素を用いて、手術を終えた患者のがん組織を比較した。その結果、悪性度の高いがん細胞ほどフコースをより多く摂取することが分かった。次に、抗がん剤を包んだリポソーム(脂質の膜)の表面にフコースを結合させ、結合させた薬剤と、させなかった薬剤での効果をマウスで検証したところ、フコースを結合させた薬剤の方が、がん細胞をより消滅させることが分かった。
 がん細胞だけを標的にする治療法の必要性は以前から言われてきたが、がんだけに特異的に送達させる手法はなかった。フコースはほとんど正常組織には行かず、がん細胞に集まる特徴がある。これは副作用にも影響する。正常細胞にも薬が届いてしまうことで起こるのが副作用なので、がんだけに届けば副作用も少なくなる。フコースを使うことで理想的な薬になり得るだろう。

安藤 今後の治療へどう役立つか。

加藤 腫瘍マーカーの数値が高い患者さんには、新しい治療薬を使える可能性がある。ただ、まだ研究段階であり、実際に使える薬が完成するまで道のりは長い。製薬会社などと共に開発していく必要がある。

安藤 十勝の住民に一言。

加藤 すい臓がん・大腸がんの治療で最も重要なのは早期発見。おなかや背中が痛い、食欲がない、最近、糖尿病になったなどの場合はすい臓がんが疑われるので、早めに病院で調べてほしい。大腸がんの早期発見に有効なのは健康診断。普段から、便に血が混じっていないかチェックすることも重要。
 また、国内で見ると北海道・東北地区はがんの人が多いと言われ、要因の一つに塩分摂取量の多さが指摘されている。食事は塩分控えめ、食べ過ぎにも気を付けてもらいたい。

札医大の研究室から(37) 石合純夫教授に聞く 2019/11/1

 脳は、手足を動かすだけでなく、見る、聞く、話すなどのさまざまな活動や思考、感情などをつかさどっている。脳が損傷されることにより、手足の運動や感覚の問題よりも「高次」なヒトとして大切な機能の幾つかが損なわれてしまうことがあり、これを高次脳機能障害という。札幌医科大学医学部リハビリテーション医学講座の石合純夫教授に、高次脳機能障害のリハビリについて話を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

石合純夫(いしあい・すみお)

 1957年東京都出身。東京医科歯科大学医学部卒。同大神経内科、東京都神経科学総合研究所などを経て2005年札幌医科大学医学部リハビリテーション医学講座教授、11年より現職。札幌医科大学付属病院リハビリテーション部部長。

安藤 リハビリが必要なケースは。

石合 脳出血や脳梗塞が起こると、会話や読み書きなどの言語機能が損なわれてしまう場合がある。それが失語症。右利きの人は左の脳の脳卒中で起こることが多い。失語症には、一言も言葉を発することができない重度の場合もあれば、話すのが難しい、理解が難しいなどさまざまなタイプがある。リハビリではそれらのタイプを見極め、主に言語聴覚士が関わり、患者の得意な分野を生かしながら弱いところを訓練していく。

安藤 右脳が損傷した場合は。

石合 脳卒中が左脳に起こると失語症が起こると話したが、右脳に起こると左側の空間にあるものを見つけられなくなってしまう。これを半側空間無視という。右の脳は空間性注意の能力を担っており、その障害により左に注意を向けにくくなる。左半側空間無視になると、食事で左側の茶わんに気付かない、左側のものにぶつかり、転倒しやすいなどが起こる。本人が症状に気付かないことも多く、日常生活の自立が難しくなるという問題もある。意識的に左を向く、専用のプリズム眼鏡を掛けてトレーニングするなどのリハビリを行う。

安藤 事故による損傷もある。

石合 交通事故などでの外傷性脳損傷では、長い話が頭に入らない、仕事や学業での課題に注意を持続できない、計画を柔軟に変更して対応できないなど、社会生活に支障が出る場合がある。しばしば身体は健康なので本人や家族が障害に気付かず、対応が遅れてしまうことも多い。専門家が正しく評価し、周りの協力も得てリハビリをすることが重要。

安藤 認知症のリハビリはあるか。

石合 アルツハイマー型認知症は、新しいことを聞いたり見たりしてもすぐ忘れてしまう健忘が目立ち、これはリハビリや薬で改善するのが難しい。しかし、住み慣れた家など長年暮らしてきた生活環境であれば過去の記憶からものの位置などが分かり、生活できる。日々の生活を続けることも一つのリハビリ。散歩などうっすら汗をかく程度の運動も、認知症の進行を遅らせるのに有効と言われている。

安藤 十勝の住民に一言。

石合 脳のリハビリの専門医、特に高次脳機能障害に詳しい医師は都市部に偏ってしまっている傾向はあるが、リハビリを行っている医療機関は十勝管内にもたくさんある。そのような医療機関や介護のサービスなどを利用して、生活の中でリハビリを進めていただきたい。

札医大の研究室から(38) 中村眞理子教授に聞く 2019/11/29

 身体や精神に障害がある人や、障害が予想される人に行われる作業療法。中でも、人間の生活で重要な役割を果たす手指のリハビリについて、その内容や周りの人の関わり方などを札幌医科大学保健医療学部作業療法学科の中村眞理子教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

中村眞理子(なかむら・まりこ)

 1964年札幌市出身。札幌医科大学衛生短期大学部作業療法学科卒、東北大学大学院医学系研究科修了。札幌医科大学医学博士。同大学付属病院リハビリテーション部、同大保健医療学部作業療法学科講師など経て、2002年同学科助教授、08年准教授、11年より現職。

安藤 作業療法とは。

中村 一言でいうと「こころとからだのリハビリ」。作業活動を用いることが大きな特徴で、その人らしい生活の獲得が目標となる。作業活動というと、手工芸やレクリエーション活動をイメージする人が多いが、作業療法での作業活動は食事や更衣(着替え)など身の回りのこと、仕事の領域、余暇・遊びの領域など人間に関わるすべての活動を指す。

 豊かさのために。

中村 意味のある作業ができなくなれば、その人は仕事や生活の豊かさを失ってしまう。作業療法士は、その方がなぜできないのか、どの機能が残っていて何ができるのか、どうすればできるのかなどを評価する中で課題を見つけ出し、トレーニング方法を一緒に考え実践していく。

安藤 手指のまひがある程度回復しても、生活で不自由な場面も多い。

中村 手指の機能はヒトの生活に欠かせない。動作をするほか、身ぶり手ぶりなどコミュニケーション手段にもなり、水をすくうなど道具にもなる。単に指の曲げ伸ばしができる、握力が何キロあればいいという観点でなく、さまざまな状況に対応できることが「生活する手」には不可欠となる。

 握力だけでは不足。

中村 日常生活の道具操作で手指を用いるとき、最大限の筋力を使うことは少なく、対象物の素材や重さ、接触面の形状などに応じた調整能力が求められる。例えば、水の入った紙コップを持とうとする場合、紙コップの大きさに合った手の開き方で腕を伸ばし、紙コップをつぶさないように力を調節しなければならない。そのためには運動機能、表在感覚、深部感覚、視覚などが複雑に関与する。「生活する手」を実現するリハビリでは、把持力(はじりょく)や調整力を客観的に評価して介入していくことが重要となる。

安藤 本人や周りの人にできることは。

中村 本人の意欲が何よりも大事。周囲の人は本人ができることにも手を出してしまいがちだが、できるだけ自分で身の回りのことを行うよう心掛けてほしい。日常生活で身の回りのことをするのに必要な握力は8~10キロ程度、片手が不自由でも8割程度の動作は可能とされ、「手は第二の脳」ともいわれる。積極的に手を使って生活してもらいたい。

安藤 十勝の住民に一言。

中村 全国で少子高齢化が進み、医療・福祉の体制に課題が生じている地域も少なくない。地域住民が支え合う体制をつくることが求められる中、作業療法士の「暮らしを支える視点」が生かされることを期待している。

札医大の研究室から(39) 城丸瑞恵教授に聞く 2019/12/13

 疾病や外傷などで生命の危機的状態(クリティカル期)にある重症患者に対して行う「クリティカルケア」の質的向上を目指し、札幌医科大学保健医療学部看護学科の城丸瑞恵教授は2011年、研究会を発足させて活動している。その名は「札幌医科大学クリティカルケア看護研究会」。城丸教授に活動内容やがん患者の会の取り組みについて聞いた。(聞き手・安藤有紀)

城丸瑞恵(しろまる・みずえ)

 1958年深川市出身。千葉大学教育学部特別教科(看護)教員養成課程、東京都立大学大学院社会科学研究科修士課程、東北大学大学院経済学研究科後期博士課程修了(経済学博士)。臨床経験を経て昭和大学保健医療学部看護学科教授。2011年より現職。

安藤 クリティカルケア看護研究会とは。

城丸 北海道のクリティカルケア看護のさらなる向上を目指して、本学の大学院修士課程を修了したクリティカルケア領域の認定・専門看護師と、この領域の研究者ら8人で活動している。
 例として、道北の同領域に携わる看護師から「自分たちの看護をもっと発展させたい」と相談されたことに対する取り組みがある。地方の看護師がどんな悩みを抱えているのか調査した。
 広大な北海道では救急対応できる病院が限られているため、基幹病院にはさまざまな症状の患者が搬送されてくる。調査では、多様な患者への対応が難しい、研修でスキルアップしたいが研修地が遠くて行けないなどの悩みを聞いた。これを受け、地方の看護師らと一緒に課題解決に向けた方法を検討し、看護師が主体となって学習会や事例検討会を開いている。
 現在は、道南のドクターヘリに搭乗するフライトナースの効果的な研修について相談があり取り組んでいる。道南ドクターヘリは基地病院と複数の施設に勤務するフライトナースが交代で搭乗しており、スキルや知識の向上に関する悩みがあったため、その研修プログラムの作成と評価を予定している。その他に看護師に限らず医師や救急救命士、その他の医療従事者らとの連携強化にも力を入れている。

安藤 「がん患者の会」も運営する。

城丸 がん患者とともにつくる「ベニバナの会」を8年前に発足させた。現在の会員は30人ほど。乳がんと婦人科がん(卵巣がんや子宮がん)の患者らと2カ月に1回集まり、学習会と情報共有を行っている。同じ病気だからこそ聞けること、分かり合えることもある。「参加して良かった」と感じてもらえる会にしたい。

安藤 学習会のテーマは。

城丸 一つが「リンパ浮腫」。体の中を流れるリンパの閉塞や流れが滞ることでむくみが生じるもので、乳がんや婦人科がんの手術後の患者に生じることがある。リンパ浮腫を予防するための運動や悪化させないための日常生活の注意点などについて学習会で紹介している。
 現在、弾性着衣の装着に関する研究も進めている。弾性着衣はリンパの流れを改善するには着用が望ましいが、厚みのある素材で着脱が大変、手が痛くなる、夏はかゆみや皮膚の炎症が起こるなどの声も聞く。そこで、作業療法学科の教員と協働で日常生活への影響に関する面接調査や着脱時の動作分析など、患者に負担のない装着方法や素材の研究に取り組んでいる。患者の日常生活の困難改善につながれば。

安藤 十勝の住民に一言。

城丸 乳がん・婦人科がんの患者さんで、研修会に参加したいが機会がなくお困りの場合は、ぜひ声を掛けてほしい。研究室のホームページでは乳がんや婦人科がんの患者の体験談も掲載しているので参考にしていただきたい。

札医大の研究室から(40) 仲瀬裕志教授に聞く 2020/01/31

 札幌医科大学付属病院の消化器内科が昨年10月、炎症性腸疾患(IBD)に関する難病診療分野別拠点病院に指定された。同指定は全国で2番目、道内では初。消化器内科学講座の仲瀬裕志教授に拠点病院の役割や今後の展望を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

仲瀬裕志(なかせ・ひろし)

 1964年京都府生まれ。神戸大学医学部医学科卒、京都大学大学院医学研究科内科系専攻博士課程修了および学位取得。米国ノースカロライナ大学消化器病センター博士研究員、京都大学付属病院内視鏡部部長などを歴任、2016年札幌医科大学消化器・免疫・リウマチ内科学講座教授を経て現職。

安藤 炎症性腸疾患とは。

仲瀬 一般的に潰瘍性大腸炎、クローン病の二つの疾患がある。潰瘍性大腸炎は基本的に大腸を中心に炎症が起こり、クローン病は食道や胃、十二指腸、小腸、大腸を含む全消化管に炎症が起こる。
 若い人を中心に増えており、潰瘍性大腸炎の患者は国内18万人、クローン病は4万人と言われる。明らかな原因は分かっていないが、食事や衛生環境の変化など環境要因が発症に関与すると考えられている。

安藤 治療法は。

仲瀬 日本では1970年代から、粘膜の炎症を直接抑える「5-ASA製剤」が基本的な薬として使われている。クローン病は、抗原性がない(おなかに刺激が少ない)アミノ酸が含まれる成分栄養製剤を飲む(経鼻チューブを用いる場合がある)栄養療法などがあり、炎症が治まらない場合はステロイドを使う。
 近年は、ステロイドの使用期間を短くするために用いられる免疫調節剤、炎症を引き起こす物質(炎症性サイトカイン)の作用を阻害する薬など、実にさまざまな治療薬が開発されている。安全性を慎重に確認しなければならない新薬もあるが、治療は格段に進歩している。

安藤 拠点病院の役割とは。

仲瀬 かかりつけ医と専門医療機関の連携を強化し、かかりつけ医で対応できない場合は大学病院などで診るシステムをつくる。道北、道南、道東などにIBD治療の中心となる病院(拠点関連病院)を設け、その病院の専門医と地域の先生方が協力して患者を診察できる体制を整えたい。拠点病院としてそれをサポートしていく。実現のためには、専門医だけでなく看護師や栄養士、薬剤師も含めたメディカルスタッフの育成が重要。今後5年をめどに進めたい。

安藤 どんなことが期待できるか。

仲瀬 IBD患者はどこにいても同じ治療が受けられるようになり、地域医療の格差がなくなる。将来的には、地域の拠点関連病院で困ったことがあればオンライン会議などで拠点病院に相談し、拠点病院が患者のデータを見ながら治療法を提案できるシステムを構築したい。
 自身が理事を務める日本炎症性腸疾患学会では、IBD認定医制度も検討している。どの先生が認定医なのか分かれば患者も病院に行きやすく、より安心していただけるのではないか。

安藤 十勝の住民に一言。

仲瀬 札医大では全道のIBD患者のために動いている。これからの取り組みを十勝の方々にも期待していただきたい。皆さんの生活の質を高く保てるような医療体制をできるだけ早くつくりたい。

札医大の研究室から(41) 坂田耕一教授に聞く 2020/02/28

 がんの治療と聞くと手術や抗がん剤治療をイメージする人が多いが、手術・薬物療法と並ぶ三大治療法の一つ「放射線治療」も近年大きな進化を遂げている。札幌医大医学部放射線医学講座の坂田耕一教授に最新の治療法について聞いた。(聞き手・安藤有紀)

坂田耕一(さかた・こういち)

 1958年札幌市生まれ。83年旭川医科大学卒。米国スタンフォード研究所訪問研究員、東京大学医学部放射線医学講座講師などを経て95年札幌医科大学医学部放射線医学講座講師、99年同講座助教授。2012年より現職。

安藤 放射線治療の内容は。

坂田 外から放射線を照射する「外部照射」と、体内に放射線物質を入れる「密封小線源治療」がある。外部照射の代表的な治療装置が「ライナック」。治療室にいる時間は15分程度で、このうち実際の照射時間は数分。患者はベッドに横になるだけでよく、痛みもない。通常は週に5回、5~7週間の治療期間を設けている。
 密封小線源治療は、密封小線源と呼ばれる放射性物質を病巣の近くや内部に挿入して、体の内から放射線を照射する治療法。放射線治療は子宮がんや前立腺がん、耳鼻科領域のがん、食道がん、肺がん、乳がん、悪性リンパ腫など多くのがんが対象。放射線治療をしているがん患者の割合は欧米では半数以上だが、日本は25~30%。放射線治療で良くなる患者がまだたくさんいる。

安藤 放射線治療の利点は。

坂田 例えば喉頭がんの場合、手術で喉頭を切除すると声を失ってしまうが、放射線治療でがんが治れば今まで通り発声できる。前立腺がんでは、手術後に起こりやすい尿漏れや性機能障害の心配が少ない。早期乳がんは縮小手術と放射線治療を組み合わせて乳房の温存も可能。手術に比べ体の負担が少なく、患者の生活の質の向上が期待できる。

安藤 札医大での最先端の放射線治療法は。

坂田 東北・北海道の大学病院で唯一設置されている装置「トモセラピー」を使用し、精度の高い方法で画像誘導放射線治療(IGRT)と強度変調放射線治療(IMRT)を行っている。がんは毎日移動するため、IGRTでは撮影した画像を基に、位置のずれを修正し、正確にがんにエックス線を照射する。IMRTは治療したい部位に集中してエックス線を当てられる。
 専門医師や放射線技師、医学物理士、看護師からなるチーム医療も必要不可欠。経験豊富なスタッフによるチームで診療している。

安藤 札医大で行われている特徴的な前立腺がん治療とは。

坂田 密封小線源治療(シード治療)、トモセラピーでの高精度の外部照射、ホルモン療法(泌尿器科が施行)の3つを併用した前立腺がんの治療法。道内では札医大のみで行っている。シード治療は、放射線物質を密閉した長さ4ミリ程度の線源(カプセル)を前立腺内に埋め込み、線源から徐々に放出される放射線で治療する。中間~高リスクの前立腺がんにおいてとても良好な成績を挙げている。

安藤 十勝の住民に一言。

坂田 放射線治療という方法もあることを知っていただき、担当医や専門医に相談してほしい。医師の話や日本放射線腫瘍学会のホームページなどを通じて情報を得て、納得して治療を受けてもらいたい。

札医大の研究室から(42) 川原田修義教授に聞く 2020/04/04

 体の中で最も大きな血管である大動脈。大動脈の疾患は命に関わるものが多く、緊急治療が必要となる。急を要する大動脈疾患にはどんなものがあるのか、札幌医大医学部心臓血管外科学講座の川原田修義教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

川原田修義(かわはらだ・のぶよし)

 1959年小樽市出身。札幌医科大医学部大学院医学研究科修了。93年5月から約1年半、国立療養所帯広病院胸部心臓血管外科勤務。ピッツバーグ大学心臓胸部外科、函館五稜郭病院胸部心臓血管外科、ヘルシンキ大学心臓胸部外科、札幌医科大学准教授、札幌中央病院副院長などを経て15年から現職。

安藤 緊急を要する大動脈疾患とは。

川原田 主に破裂性大動脈瘤(りゅう)、大動脈解離、外傷性大動脈瘤損傷がある。破裂性大動脈瘤は、大動脈がこぶのように腫れて破裂する。胸や腹などさまざまなところに生じる可能性があるが、こぶが大きくなっても自覚症状がなく、ある日突然破裂してしまう。
 腹部の大動脈瘤は男性に多い。高血圧、高コレステロール、喫煙者は注意が必要。家族に腹部動脈瘤や狭心症、心筋梗塞、脳卒中などを発症したことがある人がいる場合も気を付けてほしい。

安藤 大動脈解離とは。

川原田 大動脈が突然裂けてしまう疾患。心臓から頭に向かう上行大動脈に解離が見られる「急性A型大動脈解離」は緊急手術が必要。心臓から離れた血管に解離がある「B型大動脈解離」は手術をせず血圧を下げることでの治療が可能だが、症例に応じて緊急手術も必要になる。
 動脈硬化が進み解離を起こすケースも多く、70代などの高齢者に多く見られる。最近は40~50歳代の中年者にも発症するケースが増えてきた。20~30歳代の若年者にも発症することがあるが、その場合は遺伝性疾患を合併している。大動脈瘤と同様、高血圧、高コレステロール、喫煙にも気を付けてほしい。

安藤 発見方法と治療法は。

川原田 腹部大動脈瘤は、他の病気で検査を受け、そのときに偶然見つかるケースがほとんど。レントゲン写真では分からないため、診断にはCTスキャン(コンピューター断層撮影)が最も確実である。自覚症状がなく事前に防ぐのは難しいが、とにかく健康診断は必ず受けてもらいたい。
 治療法は大きく二つあり、一つは開腹手術で腹部大動脈瘤を人工血管に置き換える人工血管置換術、もう一つはステントグラフトという筒状の治療器具を使い動脈瘤の中に血が流入するのを防ぐ血管内治療。血管内治療の方が体に掛かる負担が少ないので、今後は高齢者が増加するため、血管内治療がさらに増えるのではないか。

安藤 外傷性大動脈損傷は。

川原田 外から極端に強い圧がかかったときに大動脈が裂けたり破裂したりする。主に交通事故と転落。大きな事故では、大動脈だけでなく骨盤骨折や脳挫傷などで他の臓器が損傷してしまうことも多く、外傷性大動脈損傷はステントグラフト治療での血管内治療が第一選択とされている。

安藤 十勝の住民に一言。

川原田 急を要する場合、搬送に時間がかかるのは不利。地元で治療を完結することが必要。十勝管内でも心臓手術をしている医療機関があるので、何かあればすぐに治療を受けてほしい。予防が難しい疾患ではあるが、喫煙などの生活習慣を見直すのも一つの方法。十勝では車を運転する人も多いので、交通事故には十分気を付けてもらいたい。

札医大の研究室から(43) 三浦哲嗣教授に聞く 2020/05/02

 札幌医科大学は今年、開学70周年を迎える。同大医学部では、国際的な視野を持ち人間性豊かな医療人の育成を目標に掲げ、教育カリキュラムや制度を整えてきた。医学部長に再任された三浦哲嗣教授に、これまでの歩みや現在の取り組み、将来の展望などを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

三浦哲嗣(みうら・てつじ)

 1955年夕張市生まれ。80年札幌医科大学医学部卒業。84年米国南アラバマ大学医学部生理学教室研究員、87年道立江差病院内科医長、札幌医科大学内科学第2講座助手、2007年同講座准教授などを経て13年より現職。18年4月より医学部長、今年4月再任。

安藤 医学部長再任の抱負を。

三浦 この2年、教育面では教育プログラムの質の向上に取り組んできた。今年度、国際基準による医学教育分野別評価を受審する。新たな仕組みで学生たちのパフォーマンスがどうあがるかを検証していく。特に学生の社会的・国際的な視点をどう養っていくのか、その点はまだ工夫が必要。今後さらに努力していきたい。
 研究に関しては、本学医学部から共同研究を含めて毎年500~1000本の論文を出している。研究競争がますます激化する中、さらによい成果を出すための環境整備や人材育成などに取り組みたい。

安藤 開学70年を振り返り、感じることは。

三浦 開学当初から、国内の他大学にさきがけて麻酔科や胸部外科、脳神経外科、循環器内科の開設など新しい診療の取り組みが行われた。研究も積極的に行われ、現在では当たり前に治療や診断に使われているものも多い。がんの免疫療法、発がんメカニズムの解析、集学的がん治療、メタボリックシンドローム、間質性肺炎のバイオマーカー、脊髄損傷の再生医療などについて、本学の功績は大きいと言えるのではないか。

安藤 札幌医大の特徴とは。

三浦 講座間や診療科間の垣根が低く、学内協力がしやすい。また、道が設置者であることから、道の医療計画の策定や目標設置などに関わる機会も多い。今後も北海道をプラットフォームとした研究や診療について本学の果たせる役割は大きいと考えている。一方、国際競争が今後はますます盛んになる。学生たちの長期的な留学など、海外との人事交流を増やしていく必要がある。

安藤 将来の展望について。

三浦 理想像は、「タフ アンド コンピテント」。アポロ計画のフライトディレクターの言葉だが、タフさと有能さを併せ持つ人材を育てたい。そのために欠かせないのが、「健全な批判精神」と「活発な交流」。本学でもこれまでいろいろな人が交流し、切磋琢磨しながら進化してきた。失敗を恐れず新しい課題に挑戦する「タフ アンド コンピテント」な人材が、海外を含め交流しながら成長し、よりたくましい組織になっていけばと思っている。

安藤 十勝住民へ一言

三浦 地域の医療課題を解決するには、その地域の特色やニーズをおさえる必要がある。十勝をもっとよい街にするためには何が必要なのか、医療や医学教育で札幌医大が貢献できることはどんなことか、こんな研究をしてほしいなどの現場の声や要望をぜひ我々に伝えていただきたい。

札医大の研究室から(44) 大日向輝美教授に聞く 2020/05/30

 札医大保健医療学部は、看護・理学療法・作業療法の3学科からなる国内初の医療系学部として93年に開設された。今年開学70年を迎える札幌医科大学の中で同学部がこれまでどのような役割を担い、今後は何を目指していくのか、大日向輝美教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

大日向輝美(おおひなた・てるみ)

 1962年札幌生まれ。83年道立衛生学院看護婦第一科卒、92年北海学園大学法学部卒、95年同大大学院法学研究科修了。2007年北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。01年札幌医科大学保健医療学部看護学科助教授、11年同学部副学部長・看護学科長などを経て15年から現職。

安藤 保健医療学部の歴史と意義とは。

大日向 「北海道衛生大学設立構想」を基に前身の札医大衛生短期大学部ができ、続いて本学部が開設された。同構想の狙いは、北海道の地域医療を担う医療技術者と将来指導的な役割を担うパイオニアの育成。本学部もこれが理念となっている。学部開設から28年目、卒業生が各分野でリーダーの役割を果たすようになり、道内の医療系大学で教員として活躍する修了生も多い。当初の目的・理念は実現されつつあると感じている。

安藤 現在の取り組みは。

大日向 今年4月、全国初となる一年課程の保健師養成コースとして専攻科公衆衛生看護学専攻を開設した。保健師は地域医療構想や地域包括ケアシステムにおいてコアとなる職種だが、道内では不足が深刻な状況。同専攻を通じ、質の高い保健師を輩出していきたい。
 昨年度は地域貢献推進センターを開設し、道民対象の健康支援、看護職やリハビリテーション職、福祉職など道内の専門職対象の学習支援などを行ってきた。今年度予定していた講座やセミナー、研修などは新型コロナウイルスの影響で中止・延期せざるを得ない状況だが、WEB配信での講座開催やテレビ会議システムを用いた研修などを検討している。

安藤 今後に向けて。

大日向 これまでの医療者養成は施設内を中心に考えられてきたが、これからのキーワードは「保健・予防・生活・地域」。我々が養成する三職種には人々の健康を生活面から支える役割があり、その役割は今後ますます重要になるだろう。医療者として高度で専門的な知識と技術は当然求められるが、その前提として豊かで温かな人間性、人としての道徳・倫理性は必須。他者の喜びを自分の喜びとすることができ、自分の喜びが他者の喜びにつながっていくという医療本来の価値を大事にできる人材を育てたい。
 もう一つの課題は災害医療。急性期の救命・延命だけでなく、避難民の健康と生活をどう守るのかも重要な視点。今年度から開始した新カリキュラムでは災害に関連した教育活動を強化している。

安藤 十勝住民へ一言。

大日向 十勝はいつも晴れている印象があり、とても良いところ。一方で看護師や保健師、リハビリテーション職の不足などの課題も聞く。管内の高校との高大連携を一層進めるなど、医療職志望につなげるための協力支援を強めたい。地域医療の質の向上の観点から、医療に携わる人たちの学習機会の提供にも取り組んでいく。

札医大の研究室から(45) 澤田いずみ准教授に聞く 2020/07/03

 新型コロナウイルス感染拡大により家庭内で過ごす時間が増えたことで、親子のストレス増大が懸念されている。オーストラリア発の「前向き子育てプログラム(Positive Parenting Program、トリプルP)」の普及・研究に取り組む札幌医科大学の澤田いずみ准教授(精神看護学)に、親が心掛けてほしいことなどを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

澤田いずみ

※新型コロナウイルス対策のため、動画の掲載はありません。

澤田いずみ(さわだ・いずみ)

 函館市出身。札幌医科大学衛生短期大学部看護学科卒、千葉大学大学院看護学研究科修士課程。北海道大学大学院医学研究科公衆衛生分野博士課程修了。2006年より現職。NPO法人「トリプルPジャパン」の理事も務める。

安藤 自粛期間が家庭内に及ぼした影響は。

澤田 厚労省によると1~3月の児童虐待対応件数が1~2割増、札幌市児童相談所への3月の通告件数は1.5倍に増えた。子どもは自宅で何をしてよいか分からずイライラしてかんしゃくを起こしやすくなる、親へ反抗的になる。親もイライラが募り今まで以上に厳しく叱り、子どもはさらに反抗的になる。この悪循環が繰り返されると親も子どもも自尊感情が低下し、無気力、抑うつを引き起こしてしまう。子どもと長時間一緒にいるとイライラする、休業中の夫からの暴力などの相談は実際に増えている。

安藤 トラブル予防策は。

澤田 トリプルPでは、前向き子育てに必要な5原則を(1)安全な環境づくり(2)積極的に学べる環境づくり(3)一貫した分かりやすいしつけ(4)適切な期待感(5)親としての自分を大切にする-とし、これを実現するための技術を提唱している。ポイントは、子どもと親自身のできていることに目を向けること。
 例えば、イヤイヤ期を迎えた子どもには、良い行動を具体的な言葉で褒める、スキンシップをする。小学生なら1日の過ごし方を一緒に考えるのもよい。ゲームの使い方などを家族で話し合う際は、親の要求を通すのでなく平等に話し合える雰囲気づくりを。中高生は冷静に話を聞き、子どもが自分の気持ちを整理できるような対話を心掛けてほしい。
 自粛生活の中で子どもが我慢し、努力していることはたくさんある。それに親が気付いていることを伝えてほしい。学校が再開し、疲れや不安を感じる子もいるはず。いつもと違う行動がないか気を配り、日ごろから子どもと話し合える関係をつくっておくことが大切。

安藤 親自身のストレスとの付き合い方は。

澤田 親も経験したことのない事態で、いつも通りにできないのは当然。親としての自分を今まで以上に大切にしてほしい。どうにもできなくなったときの対処法を考えておくのもお薦め。深呼吸やヨガ、歌、友人との会話、好きな俳優や美しいものの写真を見るなど。どうしても感情的になるときは、10分程度休憩をとって一人で過ごすのもよい。仕事や経済面の悩みなども一人で抱え込まず、相談機関を利用するなど助けを求めるスキルを身に付けてほしい。

安藤 十勝住民へ一言。

澤田 十勝は豊かな自然と地域住民の助け合いを有し、全国に先駆けて精神保健福祉の先駆的活動を進めてきた。コロナ禍の危機を乗り越えるモデルとして全国・世界に発信してもらいたい。トリプルPジャパンのホームページに保護者向けガイドも掲載しているので役立ててもらえれば。

札医大の研究室から(46) 當瀬規嗣教授に聞く 2020/07/25

 気温の高い日が続くこれからの時期、熱中症が心配される。新型コロナウイルスの感染防止のためマスクを着けて過ごす時間も長く、例年以上に注意が必要だ。札幌医大医学部細胞生理学講座の當瀬規嗣教授に、熱中症予防やマスク着用の注意点を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

當瀬規嗣(とうせ・のりつぐ)

 1959年滝川市生まれ。84年北海道大学医学部卒業。88年同大学院医学研究科修了、同医学部薬理学第2講座助手、94年札幌医科大学医学部生理学第1講座(現・細胞生理学講座)助教授、98年同教授、2006~10年医学部長を経て現職。

安藤 熱中症にならないために気を付けることは。

當瀬 気温が上がると湿度も上がり、体から熱が逃げにくくなる。そうして体に熱がたまってしまうのが熱中症。防止策の一つは部屋の換気。部屋の中の温度・湿度を下げるよう心掛けてほしい。汗をかくと体から水分が失われるので、水分補給も重要。水を飲んでから完全に体に水分が吸収されるまで1時間相当かかると言われ、のどが渇いたと感じてから吸水するのでは遅い。できれば約30分ごとに1、2口の水を飲むのが理想。特に汗を多くかいたときは、塩をなめる、経口補水液やスポーツドリンクを飲むなど塩分補給も意識してほしい。

安藤 マスク着用時の注意点は。

當瀬 人間は呼吸するとき、吐く息によって熱を逃がし、体温調節をしている。しかし、マスク着用時は吐いた息の熱がマスクの中にこもり、放熱の効率が悪くなってしまう。マスク着用の最大の目的は、飛沫(ひまつ)を飛ばさない、周りの人にウイルスを感染させないことであり、近くに人がいない場面ではマスクを外して問題ない。特に屋外で人と2メートル以上離れているときはむしろマスク着用の方が危険。小まめにマスクを着けたり外したりするのもよいだろう。

安藤 ランニング時にマスクは必要か。

當瀬 一人でランニングやジョギングをしていて通行人とたまにすれ違う程度なら、感染学上の濃厚接触者としては見なされず、マスクを着用しなくても問題ない。ただし、人との距離が近い、仲間と会話しながら並走する場合は着用が必要。散歩、ウオーキングも同様だ。

安藤 新型コロナウイルスの道内の現状をどう見ているか。

當瀬 道内ではいったん第2波が収束した形。ただ、無症候感染者がゼロになったとは言えず、ウイルスは道内に存在していると考えられる。まだしばらくは感染拡大を予防する行動が必要。また、東京を中心に本州で感染拡大の傾向にあり、そのウイルスが入ってきて一気に拡大してしまう恐れもある。やむを得ない場合もあるだろうが、当面は他県との行き来を必要最小限にとどめるのがよいのではないか。

安藤 十勝住民へ一言。

當瀬 最も大切なのは、一人一人が感染防御のための行動を怠らないこと。万が一、感染の確率が高い3密(密集、密接、密閉)の状況になってしまっても、普段から感染防御をしていれば感染リスクは低い。手洗いの徹底、手で顔に触れない、人と会っても握手や肩をたたくなどのボディータッチをしないなど、感染予防を心掛けてほしい。

札医大の研究室から(47) 辻喜久教授に聞く 2020/09/25

 今年5月、札幌医科大学医学部総合診療医学講座に辻喜久教授が着任した。臨床研修・医師キャリア支援センター長も務める。米国の歴代大統領をはじめ各国のVIPが訪れることで知られる米国メイヨー・クリニックで学生の指導に携わるなど、多彩な経験を持つ辻教授に今後の抱負や十勝住民へのメッセージを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

辻喜久(つじ・よしひさ)

 1973年滋賀県生まれ。高知医科大学医学部医学科卒、京都大学大学院医学研究科修了。京都大学医学部附属病院、倉敷中央病院、米国メイヨー・クリニック、ブータン王国JDWNR病院などを経て滋賀医科大学臨床教育講座准教授。5月から現職。

安藤 これまでの経歴を。

 消化器内科でスタートしたが、研修医時代に専門性に限らず総合的に診る大切さを学び、腹部救急のトレーニングを受けた。この時期に書いた論文が米国消化病学会の表紙に取り上げられ、これがきっかけで同国メイヨー・クリニックに留学。渡米中に東日本大震災が起こり、米国の医療グループの一員として南三陸町(宮城県)へ派遣された。帰国後は京大のプログラムでブータンの病院へ出向、倉敷中央病院の重症消化器疾患チームのチームリーダーを務めるなどし、滋賀医科大では医学教育に取り組んだ。

安藤 特に印象的だったことは。

 忘れられないのはやはり南三陸町での経験。停電でモニターや医療機器が使えず、機械に頼るような最先端の医療は全く役に立たなかった。面接と身体所見のみで診療する、昔ながらの方法が医学・医療の基礎であると強く感じた。医師にとって何よりも大切なのは、患者の心に寄り添うこと。これはいつの時代もどの場所でも変わらない。

安藤 札医大に着任しての所感は。

 札幌は国内でも有数の経済規模を誇る大都市だが、少し離れると自然豊かなエリアが広がる。札医大の地域医療プログラムは大都市とへき地の両方を有していて、一つのプログラムの中にこれだけ広範で多様性のある地域を持っているのは世界的にも珍しい。この地域性を生かして多様な経験ができるのが札医大の強みなので、これまでのプログラムを整理し、それに先生方の力を乗せて、より魅力的なプログラムをデザインできれば。

安藤 地域医療で求められる人材とは。

 今の医療の改革は行政主導で、財政的な面から議論されることが多い。その中で地域医療に従事する医師には、さまざまな年代に対する確かな医療技術があることはもちろん、行政や地域の人々としっかり話をして地域の街づくりに参加する視点も必要。現地では患者の診療に加えて後進の指導もできなくてはならない。教育者を育てることも札医大の重要な役目。

安藤 十勝住民へ一言。

 10年ほど前、大学院生の時に帯広畜産大で実験をした。同大の学生は真面目で熱意にあふれ、その時に見た帯広の景色も美しく、とてもいい所だと感じた。そのような素晴らしい十勝の地に住む皆さまの健康的な生活を支援していきたい、支援できる人材を育てていきたいと決意を新たにしている。次の北海道の成長、ひいては日本の成長につながるよう皆さまとともに取り組みたい。

札医大の研究室から(48) 上村修二講師に聞く 2020/12/04

 札幌医科大学付属病院は道内唯一の高度救命救急センターとして、救急医療だけでなく災害医療に関しても道内で中心的な役割を担う。同大救急医学講座で教室長を務め、胆振東部地震では北海道DMAT(災害派遣医療チーム)調整本部の本部長として全道の災害医療チームを指揮し、今回の新型コロナウイルス対策で札幌市のアドバイザーも務める上村修二講師に対策内容や救急医の役割を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

上村修二(うえむら・しゅうじ)

 旭川市出身。札幌医科大学医学部卒、同大大学院修了。市立札幌病院救命救急センター、災害医療センター救命救急センター、市立函館病院救命救急センター、米国マサチューセッツ大学への留学などを経て2017年より現職。北海道災害医療コーディネーターや札幌市感染症対策本部のアドバイザーなども務める。

安藤 講座と新型コロナ対策との関係は。

上村 北海道のECMO(エクモ)センターとして、今年3月から新型コロナの最重症患者の治療を行っている。4月上旬に札幌市から市内の入院調整に関する助言を求められ、感染者が増加した同月中旬からは道からの要請により札幌市保健所にチームで入って主に入院調整の実務を担った。

安藤 札幌市保健所での具体的な活動は。

上村 入院情報共有システム「コビット・チェイサー」やメーリングリストを導入し、情報共有を効率化した。システム導入前は、約20の各医療機関に受け入れ可能な患者数などを電話で確認する作業が必要だったが、「コビット・チェイサー」導入後はそれを簡略できた。医療機関は朝と夕の1日2回情報を更新、それが保健所と医療機関に共有されるので、どの病院で受け入れが可能かすぐ把握できる。保健所と医療機関の負担を減らすことができた。今は札幌市内のみだが、全道に拡大されると聞いている。

安藤 災害医療と救急医の関係は。

上村 災害医療も救急医療も、与えられた時間・資源で目的を果たさなければならないこと、チームで対応し他部署との連携も必要なためマネジメント能力が求められることは同じ。必ずしも救急医が災害医療を行うわけではないが、上述のようなトレーニングを日々受けている救急医は災害医療を得意としている。災害医療は私のサブスペシャリティ(専門領域)の一つだ。

安藤 救急医のサブスペシャリティとは。

上村 救急医というと、外科や内科などの他科とで二つの専門領域を持つイメージがあるが、われわれの教室ではエクモや集中治療、メディカルコントロール、災害医療など、救急領域内で自分の得意分野を磨く救急医が増えている。私は「病院管理」と「医療政策」に興味があり、救急医の新しいサブスペシャリティに加えられないか模索中だ。昨年度に北海道大学の「病院経営アドミニストレーター」コースを終了し、現在も勉強している。

安藤 十勝住民へ一言。

上村 十勝は2次医療圏と3次医療圏が道内で唯一重なっていることもあり、医療機関は救命救急センターがある帯広厚生病院を核とした体制ができている。消防機関も「とかち広域消防事務組合」で一つの組織になり救急医療体制の役割が分かりやすくまとまっている。今後ドクターヘリと救急医が加わることで、さらに良い救急医療を住民に提供できるはずだ。より多くの良い救急医を育成し、十勝地域にも貢献できれば。

札医大の研究室から(49) 堀尾嘉幸教授に聞く 2021/02/27

 筋力が次第に衰えていく遺伝性疾患、筋ジストロフィー。現在はまだ確実な治療法がない。札幌医科大学では症状の進行を抑制する機能を持つ長寿遺伝子(サーチュイン)に関する研究を進め、昨年11月には患者に対し治療研究を実施した結果を発表した。その内容について医学部薬理学講座の堀尾嘉幸教授に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

堀尾嘉幸(ほりお・よしゆき)

 1955年大阪府生まれ。81年弘前大学医学部卒業、85年大阪大学大学院医学研究科修了。88年米国スタンフォード大学客員教授、アボット研究所研究員。大阪大学医学部薬理学第2講座講師、同医学部薬理学第2講座助(准)教授を経て、99年札幌医科大学医学部薬理学講座教授。2014~18年同医学部長、18~21年同産学地域連携センター長。

安藤 これまでの研究の経緯は。

堀尾 長寿遺伝子の一つ「SIRT1(サートワン)」の研究に10年以上前から取り組んできた。SIRT1には細胞生存を促す働きがある。研究の中で、ブドウや赤ワインに含まれるポリフェノール「レスベラトロール」がSIRT1を活性化させ筋細胞死を抑制することを明らかにし、動物モデルの筋ジストロフィーに有効であることを2011年に世界で初めて報告した。

安藤 今回の研究の概要は。

堀尾 小児科学講座が中心となり、レスベラトロールが筋ジストロフィーの患者に有効かどうかを調べた。患者は12歳から46歳までの計11人、このうち5人がデュシャンヌ型、4人がベッカー型、2人が福山型。レスベラトロールを服用してもらい、作用と副作用を計6カ月間調べ、理学療法学第1講座の協力を得て運動機能も測定した。

安藤 研究の結果は。

堀尾 レスベラトロールを6カ月連続投与すると、総運動機能が10%上昇した。筋力についても、2種類の筋力測定項目で有意な増加が観察され、肩を上げる力(11人中10人で測定)では平均して2倍の筋力増加、腕を上げる力(5人測定)でも約2倍の筋力増加が見られた。このような運動機能の向上、筋力増加はこれまでの治療法では見られたことがない。
 副作用については一部の患者で一時的に腹痛と下痢が認められ、レスベラトロールの投与量を減らすと回復した。

安藤 研究意義と今後の課題は。

堀尾 レスベラトロール投与により明らかな筋力向上と運動機能の改善が見られたのは大きな意義。加えて、タイプの異なる患者、均一の病態ではない患者でも有効性が確認されたことは、レスベラトロールがさまざまなタイプの筋ジストロフィーに効くことを示すと考えている。
 今回服用したレスベラトロールは健康食品として市販されているものだが、治療薬として認められるにはさらに多くの臨床研究を行い、今回同様の結果を得ることが必要。健康保険も使える治療薬として開発・認可されることが患者のメリットになる。

安藤 十勝住民へのメッセージを。

堀尾 現代の医学でも治療できない、治療法が限られている病気はまだ多くあり、治療法の確立には研究しかない。私どもは今後も地域の医療を支える人材を育成し、研究で医学を進歩させ社会に貢献していく。北海道で行われる研究が医学の発展に寄与できる可能性があることを知っていただき、次の臨床研究では十勝在住の患者さんにも協力をお願いしたい。

札医大の研究室から(50) 鳥越俊彦教授に聞く 2021/06/14

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、耳にする機会が増えた「免疫力」という言葉。そもそも免疫とは何か、免疫力を高めるためにはどうすればいいのか。札幌医科大学医学部病理学第一講座の鳥越俊彦教授に詳しく聞いた。(聞き手・安藤有紀)

鳥越俊彦(とりごえ・としひこ)

 鳥取県生まれ。1984年防衛医科大学校医学科卒業。90年米国ペンシルバニア大学医学部研究員、92年米国ラホーヤがん研究センター研究員、93年自衛隊札幌病院診療科医長などを経て2001年札幌医科大学医学部病理学第1講座助教授、04年同大学大学院医学研究科分子免疫制御学准教授、15年から現職。

安藤 免疫とは。

鳥越 免疫で重要な役割を果たすのがリンパ球。リンパ球はリンパ節やリンパ管、血管の中を通って病原体がいないかチェックし、ウイルスやがんを検出するとそれらと闘ってくれる。リンパ球のうち細胞障害性T細胞とB細胞は、感染した細胞やウイルスに対し非常に強力な攻撃力を持つ。T細胞は感染細胞を直接攻撃し、B細胞は抗体を産生してウイルスを無力化する。
 免疫システムには「自然免疫系」「獲得免疫系」の二つがある。自然免疫系は元々体内にあり、ウイルス感染すると即座にインターフェロンという生理活性物質を分泌してウイルスの増殖を防ぐ。感染後しばらくして発動するのが獲得免疫系で、T細胞やB細胞がこれに当たる。作られた抗体は体の中に残る。

安藤 免疫力を強化するには。

鳥越 免疫力に影響する三大要素が「心」「筋肉・運動」「食物・栄養」。一つ目の「心」は、環境要因に左右される。精神的なプレッシャーやストレスが加わったときに体調を崩したことがある人も多いと思うが、ストレスは脳の中枢神経、特に自律神経に作用して体に影響を及ぼし、免疫力を低下させる。ストレスをためないことが大切だ。

安藤 「筋肉・運動」とは。

鳥越 リンパ球の活性化にはグルタミンというアミノ酸が必須だが、リンパ球のエネルギー源となるグルタミンは食事では摂れず、筋肉から供給される。筋肉が痩せ細ってしまう状態をサルコぺニアといい、免疫力が低下してウイルス感染やがんを患いやすくなる。
 筋肉は身体の中で最大の発熱器官であるため体温にも影響する。体温が上がるとリンパ球が活発化し、病原体への攻撃力も高まるが、体温が低いと免疫力が下がり、ウイルス感染しやすくなる。筋肉が痩せ細ってしまうと体温も低下するので注意が必要。
 体温を上げるために必要なのが適度な運動。1日20分ほどの早歩きやヨガなどを週に3回程度するのがよい。激しい運動は逆に活性酸素を増やし、有害な作用をもたらすので避けてほしい。

安藤 3つ目の「食物・栄養」は。

鳥越 端的に言うと「腸活」。腸内には多種類の細菌が常に存在し、免疫細胞と影響し合っている。がん免疫治療薬の効果があった人となかった人の腸内細菌を調べたところ、効果があった人の腸内にはビフィズス菌が多かった。ビフィズス菌は善玉菌の代表で、有機酸やビタミンを産出し免疫を活性化する。ビフィズス菌を増やすには、オリゴ糖や食物繊維を多く摂るとよい。

安藤 十勝住民へのメッセージを。

鳥越 牛乳には非常にバランスよく必須アミノ酸が含まれ、タンパク質吸収率も高い。オリゴ糖やカルシウムも含まれ、とても優れた栄養源。納豆など大豆を使った食品や野菜でもビフィズス菌を増やせる。
 十勝は、牛乳・大豆・野菜が豊富にある素晴らしい環境。腸活に加え、適度な運動で「筋活」、ストレスを解消して「脳活」をして、免疫力アップにつなげてもらいたい。

札医大の研究室から(51) 井戸川雅史准教授に聞く 2021/08/30

 新型コロナウイルスの発生から約1年半。当初は国別の感染者数のみしか報道されておらず、人口規模での比較が難しかった。そこで札幌医科大学医学部附属フロンティア医学研究所・ゲノム医科学部門では人口100万人あたりの感染者数・死亡者数推移をグラフ化し、昨年3月からウェブサイトで公開。十勝出身でグラフ作成者の井戸川雅史准教授に話を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

井戸川雅史(いどがわ・まさし)

 1972年音更町生まれ。音更小、音更中、帯広柏葉高、札幌医科大学医学部卒。2002年同大学院修了。国立がんセンター研究員、札幌医科大学附属がん研究所助教などを経て、14年同フロンティア医学研究所ゲノム医科学部門講師。21年より現職。がん・ゲノム研究に携わりプログラミング能力を活用している。

安藤 グラフ作成の経緯は。

井戸川 昨年3月ごろ、ヨーロッパで感染者数が非常に増えた。ただ、報道で出ているのは感染者の実数のみで規模感がわかりづらく、渡航制限の重要性なども伝わりづらかった。人口あたりで計算した情報が必要だと研究者の間では言われており、自分もデータを作るようになった。そのデータを一般にも活用してもらおうと公開した。

安藤 グラフの特徴は。

井戸川 ジョンズ・ホプキンス大公開の193カ国のデータをもとに、人口100万人あたりの感染者数・死者数をグラフ化したものだが、表示する国を選べるなど、使う人がカスタマイズできるようにした。国や都道府県で比較しやすく、感染者数とワクチン接種率、死者数と高齢化率なども把握できるようにした。
 当時は人口あたりの感染者数がまだ政府の指針になっておらず、情報がまとまったサイトもなかったので、リリース後に新聞社やテレビ局などから多くの問い合わせがあった。(→グラフページへのリンク

安藤 最近の感染状況をどう見ているか。

井戸川 7月から全国的に感染者が増え、道内でも札幌を中心として感染拡大している。道内では昨年11月と今年5月にも感染者が急増し、約2~3週間後に重症者数や死亡者数が増加した。今回は感染者数が増加しているものの重傷者数や死亡者数は大きく増えておらず、過去2回とは動きが異なっている。
 感染者の内訳をみると高齢者が減少傾向にあり、ワクチン接種による感染抑制効果が出ている。ただ、ワクチンは感染を完全予防するものではない。感染力の高いデルタ株が増えており重症化する可能性もあるので、若い世代も注意してもらいたい。

安藤 道内で死亡者が多い要因は。

井戸川 昨年11月の感染拡大時は、高齢者施設や病院でクラスターが多数発生した。基礎疾患のある方も多く、重症化や死亡者が増えた。5月にはベッドや医療機器が不足し、医療ひっ迫の状況に陥った。死亡者を増やさないためには、クラスターを抑える、医療ひっ迫を起こさないことの2つが重要。感染者の多い地域との往来を控えるなど確実な対策が求められる。

安藤 今後について。

井戸川 コロナが収束するまでは情報発信を続けていく。研究者だけではなく個人の方にも利用してもらい、感染状況の把握や対策・行動に役立ててもらえれば。研究テーマであるがんやゲノム解析を通じて、今後も道民・十勝の皆様に還元できるような仕事をしていきたい。

札医大の研究室から(52) 金関貴幸講師に聞く 2021/11/22

 札幌医科大学医学部病理学第一講座(鳥越俊彦教授)は9月28日、大腸がんの解析研究において免疫細胞ががん細胞を攻撃するための新たな目印(抗原)を発見したと発表した。今後のがん治療を大きく変える可能性が期待でき、世界の注目を集めている。研究を行った金関貴幸講師に話を聞いた。(聞き手・安藤有紀)

金関貴幸(かなせき・たかゆき)

 1997年札幌医科大学医学部卒業、2002年同大学医学部大学院修了。02年~09年カリフォルニア州立大学バークレー校免疫学部門。18年に北海道科学技術奨励賞と日本病理学会学術研究賞を受賞。旭川市出身。

安藤 研究の概要は。

金関 免疫にもいろいろあるが、その中のTリンパ球をメインに研究している。Tリンパ球は、体内に侵入したウイルスや体の変化を正確に見つけてその変化を感知する、あるいは感染細胞を攻撃して消滅させる働きをしている。がんにおいても、Tリンパ球ががん細胞をほかの細胞と区別し、がん細胞のみを攻撃する現象は以前から知られている。しかし、がんの場合はTリンパ球が何を目印にしているのかわかっていなかった。その目印を見つけたのが今回の発見。

安藤 発見のポイントは。

金関 ヒトの細胞は、細胞の中で作られているタンパク質の破片を常に細胞の表面上に出していて、その細胞が通常の健全な状態なのか、異常が起こっているのか判明できるようにしている。リンパ球ががん細胞を攻撃する際には、そのタンパク質の破片を目印にしていると考えられてきた。
 今回、大腸がんの細胞を解析したところ、従来タンパク質を作らないとされていた遺伝子でも一部分はアミノ酸への翻訳が起き、その破片が細胞表面上に出ていることがわかった。この破片は、Tリンパ球ががんと正常な細胞とを区別するための目印になっていることも突き止めた。

安藤 タンパク質を作らない遺伝子とは。

金関 ヒトのゲノムの中で、実はタンパク質を作る遺伝子の数は意外と少なく、タンパク質を作らない遺伝子も多く存在していることが知られている。しかし、そのようなタンパク質を作らない遺伝子の存在理由や役目は解明されておらず、これまで研究対象にさえなっていなかった。今まで着目されていなかった遺伝子に光を当てたこと、これが今回の研究結果を導いたカギと言える。

安藤 今後の可能性は。

金関 新型コロナウイルスで脚光を浴びた米国ファイザー社のmRNAワクチンは、じつは「がん」ワクチンとして開発中であったプラットフォームをウイルスに応用したものである。ウイルスは標的が明らかになっていることから一足先にワクチン開発が早く進んだが、がんは目印が不明のためワクチン開発が難しく、世界中の研究者が試行錯誤を繰り返している。
 今回発見した新しい目印をもとに、私たちは1日も早いがん予防ワクチンとがん治療薬の開発を目指している。大腸がんに限らず、他の多くのがんでも期待できる

安藤 十勝住民へ一言。

金関 十勝は自然が豊かで、まさに北海道らしい風景という印象。お菓子をはじめ食べ物もおいしい。大樹町のロケットなど北海道の地の利を生かした試みが積極的に行われており、新しいことにチャレンジする姿勢も素晴らしい。私たちの研究とも通じるものがあると感じている。

札医大の研究室から(53) 塚本泰司学長に聞く 2022/02/14

 1950年に開学し、これまで多くの医療人を輩出してきた札幌医科大学。2020年1月に道内で初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されて以来、感染者の受け入れやPCR検査の実施、入院調整システムの整備など道内の地域医療に大きな役割を果たしてきた。3月末で任期満了を迎え退任する塚本泰司学長に、在任中の成果や今後の大学に求められることを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

塚本泰司(つかもと・たいじ)

 1949年旭川市生まれ。73年札幌医科大学医学部卒業。86年同大医学部泌尿器科学講座助教授、95年同教授。同大附属病院医療材料部部長、手術部部長、副院長などを歴任し、2008年同病院長。13年同大名誉教授、16年から現職。

安藤 在任期間を振り返って。

塚本 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)への対応、大学校舎の新築・改築工事が終了し大学の施設としての形が整ったこと、この2点が特に大きく印象に残っている。胆振東部地震に伴うブラックアウトもあり、危機に対する対応が非常に重要だと感じた。

安藤 新型コロナへの取り組みの評価は。

塚本 建学の精神に「医学・医療の攻究と地域医療への貢献」がある。大学・病院ともにこの精神にふさわしい働きを行うことができたのではないか。地方の病院への医師派遣にとどまらず、これまで大学・病院が培ってきた結果を地域に還元することができた。
 背景には大学・附属病院の底力がある。底力とは、一人ひとりが使命感を持って行動したこと、病院長はじめ上層部がリーダーシップを発揮しぶれずに進んだこと、検査体制を早くから構築できたことによるもの。DMAT(災害派遣医療チーム)を含め救急部が持っていた広域災害に対するノウハウを初動時に生かすことができたのも大きい。

安藤 20年に開学70周年を迎えた。

塚本 開学以来発展を続け、道内各地の病院に医師を派遣するなど道内の地域医療にも貢献してきた。研究の成果も出ており、特に神経再生医療の分野では国内で初めて脊髄損傷の患者へ治療として実用化できるところまで持っていくことができた。いい研究を生むためには裾野の広い研究が必要。大学としてそれらの研究を支える環境を今後も整えていかなければならない。
 100周年に向けて重要なのは教育。医学部・保健医療学部の2学部の大学としてどう生き抜いていくのか、危機感を持って大学の運営や進み方を考えていく必要がある。

安藤 病院の建て替え工事も進む。

塚本 大学附属病院は研究で得られた成果を臨床に応用する場でもあり、病院が新しくなることはとても心強い。基礎的な研究をできるだけ早く病院で応用できるよう進めていきたい。患者が一番良い状態で入院できる病院であることも重要。外来も充実し手術室も増えたので、この環境を生かしていく。

安藤 十勝の住民に一言。

塚本 十勝は非常に住みやすく、いろいろな面で地域内完結できる。一方、広域であるが故に医療の連携に難しさがある。医療の質の向上には地域内の病院の連携が今以上に必要になるだろう。新型コロナのようなパンデミック(世界的大流行)では平時とはレベルの異なる機能分担が求められる。広域なエリアで急性期の機能を持った病院も限られる中、大規模な災害などにどう対応するのか、大学として可能な支援を行政も含め地域全体で考えていく必要がある。

山下敏彦新学長に聞く 2022/04/20

 札幌医科大学の第4代目の新理事長、第12代目の新学長に1日、整形外科学講座の山下敏彦教授が就任した。就任の抱負や札幌医大がこれから目指す姿について、新学長に聞いた。(聞き手・安藤有紀)

山下敏彦(やました・としひこ)

 1958年砂川市出身。83年札幌医科大学医学部卒、87年同大大学院修了。米国ウェイン州立大学博士研究員、札幌医科大学医学部整形外科学講座助教授などを経て、2002年同講座教授。同大学附属病院手術部長、副院長を歴任した後、14年病院長、18年同大学国際交流部長、今年4月から現職。

安藤 就任の抱負を。

山下 微力ながら大学の発展のために尽くしていきたい。これまでの研究をさらに活性化し、札幌医大の研究力と研究成果を世界に向けて発信していくことが大事。新型コロナの影響もあり、ICT(情報通信技術)の重要性が高まっている。オンラインでの診療や教育を発展させ、全道の地域医療にも生かしていきたい。AI(人工知能)等の最先端技術を医療・医学にも取り入れていく。

安藤 附属病院病院長、国際交流部長の在任期間を振り返って。

山下 病院長として特に力を入れたのは、医療安全の推進と災害対策。東日本大震災を踏まえ大学病院も災害に対する備えが求められている中、一定の対策が確立されたと思っている。
 18年からは国際交流部長として、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校、韓国高麗大学との交流をスタートさせた。二大学とも非常に魅力的な大学。コロナ禍で国際交流が制限されたが、オンラインで交流を続けている。

安藤 地域医療に関して。

山下 札幌医大からは年間延べ2000人以上の医師を道内地域に派遣している。さらなる人員の拡大はなかなか厳しいが、オンライン診療を進めることで地域との距離感を縮めていきたい。ICTを使った病院間の連携も重要。医療におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)を本格的に進め、道民の皆さんの健康増進にも寄与していきたい。

安藤 感染症への取組みについて。

山下 新型コロナでは附属病院の専用病棟、高度救命救急センターで中等症・重症患者を非常に多く受け入れた。北海道で初めて体外式膜型人工肺「ECMO」(エクモ)を搭載した救急搬送車「エクモカー」も導入し、さらに機動性を高めている。
 附属病院に感染症科等の開設も予定しており、感染症医療でも北海道をリードしていきたい。

安藤 十勝住民へ一言。

山下 十勝には学生の地域医療実習などさまざまな面で非常にお世話になっている。今後も札幌医大と十勝地区の医療機関等との連携を密にして、住民の皆様の健康維持に貢献していきたい。
 十勝はスピードスケートを中心にウインタースポーツが盛んで、帯広の施設は国のナショナルトレーニングセンター(NTC)に指定されている。札幌医大でも帯広協会病院のスポーツ外来で地元のスポーツ選手を診療するなどスポーツ医学に注力している。2030年の札幌五輪誘致が実現すれば、スケート競技は十勝で開催されるだろう。それも視野に入れ、十勝地区のスポーツ医学を今後もサポートしていきたい。

札医大の研究室から(54)片寄正樹新保健医療学部長に聞く 2022/06/13

 帯広出身の片寄正樹札幌医科大学教授が4月、同大の保健医療学部長に就任した。オリンピック選手のリハビリ指導などに長年かかわり、昨年の東京五輪では大会組織委員会医療サービス部アドバイザーも務めた片寄新学部長に、就任の抱負や医療人に求められる資質などを聞いた。(聞き手・安藤有紀)

片寄正樹(かたよせ・まさき)

 1963年帯広市生まれ。帯広柏小、帯広第三中、帯広柏葉高、札幌医科大学衛生短期大学部を経て99年カナダアルバータ大学大学院理学療法学修士課程修了。2007年札幌医大教授。ソルトレークシティーとトリノの2回の冬季五輪で日本選手団トレーナー、東京オリンピック・パラリンピックでは大会組織委員会医療サービス部選手村診療所課選手村医療担当課長を務めた。

安藤 学部長就任の抱負を。

片寄 伝統のある保健医療学部の学部長は大変な重責。看護・理学療法・作業療法の3学科を有する学部として、私自身も幅広く学びながらしっかりと情報を得てやっていきたい。

安藤 札幌医大の保健医療学部の強みは。

片寄 医学部がそばにある環境で保健医療の最前線を学ぶことができる。大学院や専攻科も立ち上げ、看護系のあらゆる職種の教育を行っているのも大きな強み。本学部は来年、開設30周年を迎える。早くから高いレベルの教育を行い、多数の人材を輩出してきた実績もある。

安藤 これからの大学・病院に求められることとは。

片寄 災害医療や感染症対策など、医療従事者に高度で急性的な対応が求められる時代において、教育の役割はとても重要。本学には医学部と附属病院があり、それらに対応できる人材をオンタイムで養成できる。一方、保健医療の領域では人々の健康維持増進、生活の質を保つためのアプローチも非常に重要。

安藤 医療人として必要な資質は。

片寄 最も必要なのは実践力。その実践力の基になるのが、相手を慮る姿勢や行動。本学部では日ごろから、コミュニケーションや状況の的確な把握を重視した教育活動を行っている。この2年はコロナ禍で思うように臨床実習の機会が確保できなかったが、今年に入り改善している。今後さらに力を入れていきたい。

安藤 地域医療に関して。

片寄 本学の建学の精神にもある通り、地域医療に貢献するのが本学の使命。医療での目線に加え、生活の質を担保する視点も大切にしていく。当学部では、北海道の地域について3学科共通で学ぶ科目がある。北海道の地域特性を知り、それに応じた医療・健康維持増進を展開してくことが大事。本学の卒業生が道内各地域にいるので、地域の卒業生とのネットワークも拡大させていく。

安藤 東京五輪での活動を振り返って。

片寄 東京五輪には札幌医大から多くの医師・看護師・理学療法士が参画した。私は東京の選手村の医療担当課長を務め、選手村の診療所のオペレーションを担当した。全国から集まった全職種のスタッフと関わりがあり、そこで現場力のすごさを実感した。医療は一つの職種だけでは成り立たない。職域連携の大切さ、それぞれの専門性の大切さを改めて感じた。この大きな経験を学部経営にも生かしていきたい。

安藤 故郷・十勝の住民へ一言。

片寄 十勝は空も空気もきれいで食べ物もおいしく、良い環境で運動できる。環境の魅力を再認識して健康増進につなげてもらいたい。十勝はスポーツ医学を専門とするスタッフが多く、全国的にも高いスポーツ医療が提供されているエリア。アスリートの皆さんはぜひそういったサービスを存分に活用していただければ。



札幌医科大学 関連記事

更新情報

ラジコン110台が白熱レース TRC3周年、芽室で大会

紙面イメージ

紙面イメージ

12.14(土)の紙面

ダウンロード一括(75MB) WEBビューア新機能・操作性UP

日別記事一覧

前の月 2024年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

十勝の市町村

Facebookページ

記事アクセスランキング

  • 昨日
  • 週間
  • 月間

十勝毎日新聞電子版HOME