農に向き合う~農業経営部会会員紹介「清水・十勝ふじや牧場」
1.酪農から肉牛へ、婿として後継
牧場はもともと、高祖父(祖父の祖父)が1907年に秋田県から新得町に入植して畑作、酪農場として開業した。戦後、道立の畜産試験場の用地確保のため、1957年に現在の清水町に移転。2000年ごろから肉牛へシフトし、現在は黒毛和牛や交雑牛の一貫肥育を柱にする。約40ヘクタールの耕地で粗飼料の牧草(10ヘクタール)のほか、小麦(25ヘクタール)や小豆(5ヘクタール)も栽培している。
藤谷竜也社長(45)は千歳市出身で、もともと農業の経験がなかった。藤谷家の長女である妻と出会い、30歳の時に婿入り。7年前に父から後を継いだ。就農した当時の肉牛約170頭は今の約200頭まで増えた。
藤谷社長は「祖父母、父母が築いてきてくれた土台があったからこそ。しっかり引き継ぎ、次の世代に渡したい」と話す。年間の出荷約80頭を120頭くらいへ増やし、毎月の定期業務サイクルを固めるためにも、全体の頭数を5年内に300頭へ引き上げる構想を持つ。
2.きめ細かい観察、スマート農業も
肥育は「牧草をたくさん食べてもらって胃の中の微生物を増やしつつ、配合飼料で大きく成長してもらう」。1頭当たりの平均枝肉量はこの10年間で100キロ増えた。特別な工夫よりも毎日1頭ずつ丁寧な観察と健康管理、治療より予防を大切にしている。まつげやふん、しっぽ、ひづめなどから異常がないかを注意深く見ている。
牛が起立困難になって亡くなる事故を防ごうと、2018年には農業IoTクラウド事業やコンサルティングを手掛けるデザミス(東京都江東区)の牛の行動観察システムを導入した。センサーが付いたベルト状のウエアラブルデバイスを首に巻くと牛の活動量を把握でき、病気の兆候などをとらえて早めに手を打てる。「事故の検知率は100%。損失を防げるようになった」。
3.先進技術学び広める
北海道中小企業家同友会とかち支部の農業経営部会には2016年2月に加入した。十勝しんむら牧場(上士幌町)のミルクジャムをあるイベントで食べて、とてもおいしかったことを覚えていた時、会員の新村浩隆社長が十勝毎日新聞で紹介されている記事を見た。自ら同友会について調べてメンバーとなった。
藤谷社長は21年度から同部会の新技術グループ長を務めている。「人に会うのが大好き。刺激を受けて仕事へのモチベーションももらえる」とさまざまな勉強会に積極的に参加する。仲間から学び、自分が学んだ技術を広めることに大きな意義を感じており、年開けの会合では牛の胃に投入したカプセルが体温や行動量を管理する畜産IoTシステムを学ぶ機会を企画した。
ドローン撮影が趣味で、IT機器にも親しむ。仕事中に電話が来て片手になると作業が止まってしまうので、アップルのAirPodsを愛用する。肉牛農家の仕事ぶり、農業そのものを発信しようと動画投稿サイトYouTubeでも自ら撮影した映像を配信している。
4.楽しく仕事、元気に育つ牛求めて
牧場は今年2月に法人化した。多くが経営者である同友会メンバーに触発されたのが理由で、財務・税務面の利点を発揮し、雇用主としての信頼も高めて、牧場の発展を目指す。これに先だつ昨夏には、妻と共にコンサルティング会社と膝をつき合わせて議論し、コーポレートスローガン「For Human,For Cow,For Smile」と企業ロゴを作成した。
企業ブランディングを話し合う中で、牧場を形作る思いには「助け合い」「仲の良さ」「妥協しない」などが挙がった。「楽しく働くがモットー」(藤谷社長)。学びを求めて日本全国の農場や工場の視察に出掛けられるのは、家族の協力があってこそ。妻や父母と助け合い、たあいない話も交えながら、楽しく仕事をすることを大切にする。
作業の中で牛をたたいて言いきかせると、牛もそのことを覚えており、やめると決めた。牛に寄り添うこと、できる仕事をすぐやる、ハエの駆除など衛生管理の徹底もあらためて確認した。
肉質の追求も絶え間ない。黒毛和牛の最高ランクであるA5の脂肪交雑12に対し、出荷分が10と判定されると、取引先からフィードバックを受け、給餌の量やタイミングの試行錯誤を続けている。生き物が相手の難しさにも、「うまくいけば、皆で喜べる」。そんな牧場を目指している。
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