姉妹都市 帯広×大分~半世紀の歩み(下)「交流中止、救った盆踊り」 「マラソン」起爆剤に 姉妹都市交流が途絶えかねない危機もあった。「あの頃は、何としても帯広の名を知らしめなくてはと必死だった」。1970年代に大分市との交流事業に携わっていた元帯広市職員の角田實さん(79)=サンネット十勝社長=は、当時を振り返る。 66年の姉妹都市締結から6年後。順調な交流.. 2017 2/3