ヒグマと人間の新たな関係図~十勝182件の目撃データが示す新たな脅威
十勝管内で続くヒグマ出没―。本紙が今春から警察への通報事例などを基に独自に収集・データベース化した「十勝クママップ2025」の目撃情報182件を人工知能(AI)ツールで分析すると、出没時期や行動パターンが浮かび上がった。出没が相次ぐお盆過ぎから平野部に近づき、デントコーン畑の食害も顕著に。ヒグマを研究する酪農学園大学(江別市)の佐藤喜和教授は「気候変動や農業形態の変化がヒグマの行動に影響している」と指摘する。ヒグマの生息数などの現状を通して、人間とヒグマが交錯する十勝の状況と共生への道筋を探った。(塩原真)
・ヒグマとの共存の道とは 全道一の生息地、知床に学ぶ-勝毎電子版ジャーナル(2025/11/08)
増加する個体数と農業被害
現在のヒグマの個体数は誤差が大きいものの1万2000頭(中央値)で1990年に比べて2倍以上に増加した。90年に春グマ駆除を廃止して以降、個体数は増加傾向にある。十勝に限れば、「大雪山系から白糠丘陵にかけての北部や東部は駆除実績から個体数はほぼ横ばいか、場所によっては減少している。一方で日高山脈は駆除圧が低く、基本的には増加を続けているだろう」と佐藤教授は分析する。
平野部での出没例が増加している要因の一つは農業人口の減少だ。大規模農業化で、クマが人と遭遇する機会が低下。ウクライナ戦争と円安による輸入飼料の高騰を受け、デントコーン栽培の増加が拍車をかけている。「十勝クママップ2025」の解析から、山間部の餌が少なくなるとされる夏場に平野部に出没し、農作物を荒らす事例が確認されている。
佐藤教授はヒグマの市街地出没について、都市計画との関連を指摘している。生物多様性を豊かにする目的で、山と市街地を緑でつないだことが、「小鳥やリスも来るけれどクマも出没するという意図せざる結果につながっている」と説明する。
2019年12月に帯広市内に出没し、帯広小学校(西8南5)敷地内で駆除された事例も、河畔林を伝って市街地に出没したとみられている。
肉食傾向に戻るヒグマ
「道東にいるほとんどのクマはシカを食べているのではないか。シカの密度が高い状態が続いており、肉食割合の非常に高い状況になっている」と佐藤教授は話す。研究では、明治以前のクマの標本分析で肉食だったことが分かっている。「植物食だったというのは、自然に対する人間の力が強く、シカが少なかった1980年代の印象で、今は元に戻っているのかもしれない」と推測する。
温暖化は融雪時期を早め、食物連鎖に影響を与える。「芽吹くのが早ければ花が咲くのも早い。7月にはクマにとって野生植物は堅く、おいしくない状況になっている」とする。一方で秋の木の実は9月下旬から実るため、その間の食料を求めデントコーン畑への出没例が見られる。近年では、小麦の食害や牧草を食べるクマも現れているという。
特に重要な変化として、重要な食物であるドングリの豊凶周期を挙げている。「これまでミズナラの実は豊作と凶作が3、4年周期だったが、温暖化の影響で1年おきに激しく繰り返すようになっている」。餌の多い年に一気に繁殖するが、次の年に凶作を迎えるため、親子グマが餌を求め人里に出てくる事例が頻発している。
警戒心を失うヒグマの危険性
「十勝クママップ2025」のデータでは、初夏と秋の出没報告が多く見られる。春から初夏(5月〜7月頃)にかけては親子グマと若い雄グマの出没が増える。「若いオスが親元を離れて独り立ちしていく時期に加え、人間の近くで生まれ育ち人を怖がらないメスは、あえて人間の近くに身を寄せることで、凶暴なオスから子グマを守る『ヒューマン・シールド(人間の盾)』戦略をとる」と佐藤教授は分析する。
一方で8月からの出没は雌雄の区別なく、すべてのクマで目撃例が増加する。これは、夏の餌がない季節にデントコーンの実が入り始めるためとみられる。背の高いデントコーンに紛れ、畑の真ん中まで堂々と侵入する個体もいるという。通常は9月下旬から山に戻るが、ドングリの凶作年は出没が続き、中には市街地に迷い込む個体が出てくる状態となる。
「本来クマは親グマに教えられて人に対して逃げたり隠れたりしている。しかし、ばったり出会ってしまったときでも、人は攻撃しない。その経験を重ねるうちに、『人は怖くない、人間の方が慌てて逃げていく』ということを学習していく」と佐藤教授は説明する。
もっとも、警戒心を失ったクマが危険なのは、「それが食べ物と結び付いたとき」と警鐘を鳴らす。「市街地でごみを見つけると、それは山のどんな食べ物よりも魅力的に見える。接近してくる人間を餌を奪いに来た敵とみなし、強く攻撃的になる」と注意を促す。
多角的な対策の必要性
佐藤教授は「地域住民の命を守るためには、市街地に出てきたクマを速やかに駆除する体制を整えていくのが最優先」とした上で、「クマが入りにくいまちづくりが大事」と指摘する。
具体策としてデントコーン畑などへの電気柵の設置が最も有効だという。「実が入ってからの1カ月間だけ電気を流せばよい」と提案する。人間が、駆除する一方で飼料作物を植えてクマを増やすことになっている点の矛盾も指摘している。
市街地に侵入するルートを管理し、「河川管理の部局と一緒にクマだけを移動させないような対策を、特に過去侵入実績のあるルートは優先して行うべき」と話す。山と市街地を分断するため、河畔林を一部伐採したり、草刈りをしたりして、物理的に迷い込むのを防ぐこともできるとし、市民レベルでは生ごみの適正な廃棄や町内会など地域単位での草刈りを行い、「クマが寄る原因をなくす」「クマがいても見えない環境を作らない」ことが重要だとする。
「クマが出たと言ってまちの鳥獣担当や猟友会、警察に電話したら何とかなるという時代ではなく、まちづくりのグランドデザインの問題だ。いかにクマをマチに入れない工夫をするかを考えなければならない」と呼び掛けている。
<十勝管内の主な出没事例>
5月25日 午前7時ごろ 上士幌町幌加
道路上でシカの死骸を食べている体長約2メートルのクマを目撃
7月13日 午前5時ごろ 更別村上更別
畑で作業中の男性がクマを目撃。付近でビートが食べられた痕跡も発見
9月8日 午後7時20分ごろ 広尾町野塚
車とクマが衝突。ドライバーは病院搬送される。クマは横たわっていたが、その後立ち去った
9月17日 午後4時ごろ 清水町清水
クマによるデントコーンの食害が確認される。小中学校は臨時休校に
10月4日 午前6時5分ごろ 帯広市大正
女性が玄関を開けたところ4・5メートル先にクマを発見。付近の中学校では文化祭が開催されていた
10月11日 午後10時ごろ 足寄町白糸
ニジマス養殖場の防犯カメラにクマ1頭が映っていた。バケツや網が荒らされる被害もあった
<AIによる解析(参考データ)>
(1)収集したヒグマの目撃情報から住所をピックアップ。AIで出没場所を「山間部」や「河川沿い」「市街地」などに分類して季節変化を調べた。
3、4月 山間部から平野部外縁、河川沿いなど比較的広範囲に分散
7月 平野部外縁への移動が広域化。国道沿いの目撃例も多い
9月 平野部の農地など、人為的な環境への侵入が増加
10月 平野部の道道・市道・町道沿いが中心。住宅前など市街地での目撃が見られる
(2)収集したヒグマの目撃時刻をピックアップ。AIで目撃した日付けの日の出時刻と日の入り時刻を割り出すと、一般的に言われる日没前後の出没事例が多いことが分かった。






