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伝え育てるオリンピアン~スケート王国の歩み(2)「感じた力の差が原点 川原正行さん」

明治北海道十勝オーバルに掲げられている十勝ゆかりの歴代五輪選手の写真のそばに立つ川原さん。自身の若き日の姿に笑顔を見せる

1976年インスブルック大会
1980年レークプラシッド大会出場
■川原正行さん(66)=幕別=

立ち向かう心 子どもたちに

 「世界選手権に出場したことはあったが、五輪はスケールが違った。選手村には各冬季競技のトップレベルが集っていた」

 初の五輪出場となる1976年インスブルック大会。雰囲気に衝撃を受けたという。加えてアクシデントが発生した。インフルエンザに感染し、1500メートル、1万メートルは棄権。5000メートルは24位に終わった。

 世界選手権ではメダル獲得の快挙を成し遂げたが、4年後のレークプラシッド五輪でも本領は発揮できなかった。「悔しかったが、世界と力の差があった」と淡々と振り返る。

 80年に引退し、帯広市教委に就職。母校白樺学園高のコーチを務めた時期もあった。38年前には小学生を対象としたコニファースケートクラブを立ち上げ、その後、中学生世代育成の「クライマックス」も発足。現在も小・中学生の指導に日々励んでいる。

 数多くの教え子が五輪に出場。中でも1998年長野五輪では清水宏保選手が男子500メートルで金メダルを獲得した。「五輪は他の世界大会とは別物。そんな中での金メダルは本当に価値がある。言葉では伝えられないほど感動した」

 今回出場する五輪選手では、村上右磨選手(高堂建設)を小学生のときに、堀川桃香選手(白樺学園高3年)は中学時代に指導した。「男子500メートルの村上はミスをしなければ勝てる。堀川は今回の経験を生かし、次でメダルを取ってほしい」とエールを送る。

 競技者の裾野拡大を目的に、今年度から未就学児向けの「ペンギン教室」を始めるなど、新たな試みも行う。川原さんは「難関に立ち向かう心の準備ができる子どもたちをたくさん育てたい。そして、スタッフがさらに向上できるよう、指導者の指導もできれば」と展望を語る。(松村智裕)

<かわはら・まさゆき>
 1956年本別町生まれ。本別拓農小、上士幌中、白樺学園高卒。三協精機(現日本電産サンキョー)時代に1976年オーストリア・インスブルック冬季五輪で5000メートル24位、80年米国レークプラシッド五輪で1000メートル23位、1500メートル20位、5000メートル25位。


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