GAPで高める産地の力 「食の安全・安心」農業座談会
生産者にとって、安全・安心な農畜産物を出荷している「お墨付き」となるGAP(農業生産工程管理)認証。政府は国内産品の輸出増につながるとして、認証取得を後押しする。十勝管内でも一部で取得の動きがある半面、手間とコストがかかるのも事実だ。食の安全性に対する消費者の意識が高まる中、GAPとどう向き合うべきか。学識者と生産者、JA担当者の3人に議論してもらった。(文・伊藤正倫、伊藤亮太、撮影・金野和彦)
◆出席者
・帯広畜産大学特任教授 渡辺信吾氏
・農業法人大野ファーム代表 大野泰裕氏
・JA中札内村農産部長 井川晃博氏
・司会 十勝毎日新聞社編集局長 末次一郎
流通業の動向を注視 渡辺氏
司会 GAPが世界的に重視されている背景は。
渡辺氏 GAPは農薬散布や施肥といった農作業の工程ごとにチェック項目を定める。農畜産物の多くは人間が摂取するので、人体への悪影響を防ぐことを目的とした体系的なルールと考えていい。
欧州などでは環境保護の観点からも、GAPを重要視している。
また、農畜産物を加工する食品会社などでは食品衛生管理基準「HACCP(ハサップ)」の認証を取得する動きが出ている。政府は食品会社などに対し、HACCP取得を近く義務化する方針だ。こうした流れを考えると、原料となる農畜産物も安全を担保してほしいと食品会社が要請するのは自然だ。生産者が農畜産物の安全・安心を保証する手段として、GAPが注目されている面がある。
従業員の意欲も向上 大野氏
司会 大野ファームは昨年10月、畜産分野で日本版GAP認証を取得した。
大野氏 以前から生産工程の見直しが経営課題と考えていた。現場リーダーやコンサルタントらと一緒に課題を洗い出し、昨年3月にまず飼養衛生の管理規格である「農場HACCP」を取得した。その後、日本版GAPを取得すると、2020年の東京五輪の食材供給基準を満たせると農林水産省の担当者から聞いた。従業員の士気を高めるためにもメリットがあると考え、GAPも取得した。
生産工程を見直す上で、これらの認証取得はメリットがあった。社内の管理体制はレベルアップしたと考えている。一方、流通業者が認証取得を価値として認め、自社の畜産物を高値で買い取ってくれることは今のところ期待しづらい。ある取引先にGAP取得を伝えたところ「そのことだけで価格を上げることはできません」と即答された。
機械化 消費者の信頼も 井川氏
司会 JAではGAPにどう取り組んでいるか。
井川氏 管内24JAで構成するJAネットワーク十勝は18年度、独自基準の「十勝型GAP」を農水省のガイドラインに準拠する形で見直した。グローバルGAPなどの国際認証ほど厳しい基準ではないが、農作業全般に関わるチェック項目を用意している。まずは十勝型GAPを活用して生産者に安全・安心への意識を高めてもらいたい。
小麦やビートのように、管内の基幹作物はそのまま食べるのではなく、原料として加工するものが多い。だから、GAP取得が必要との認識が広まるのに時間がかかるかもしれない。だが、JAグループとして専任スタッフを配置して各JAに出向き、生産者だけでなくJA職員の理解も深めるよう取り組んでいる。
司会 国内でGAPの認知度はまだまだ低い。
渡辺氏 あるアンケート調査では、GAPを知らない消費者が約7割に達したという。また流通業界を対象とした別の調査では、GAP認証を農畜産物の取引条件としているところは2%程度にすぎなかった。
現状では、消費者にとって「食べて安全」なのは当たり前。当たり前の品質にカネを余分に払う消費者はいない。生産者として付加価値を高めるなら、おいしいとか健康的だとか安全とは別の側面を追求せざるを得ない。このことに気付いていない生産者は多い。
幸い、十勝は地域としてのブランド力が高い。GAPについて、認証の取得ありきで考えるのでなく、GAPに準じた生産管理を地域全体で取り組みながら、付加価値につながる品質に磨きを掛ければどうか。
司会 とはいえ、イオンのようにGAPを取引条件にする動きも出てきた。
渡辺氏 イオンの動向は注視している。まずはプライベートブランド(自主企画商品=PB)について、GAPで管理された農畜産物を100%使用するとの目標を掲げた。仮に対象商品が将来的に広がれば、生産者にも影響が大きい。
大野氏 話が少しずれるが、米国の流通業界を視察したところ、既存の食品だけでなく価格が高いオーガニック食品を充実させ、消費者が選択できるように並べていた。
同じことが日本ですぐ起こるとは考えにくいが、実現すれば面白い。
井川氏 GAPとは別の規格だが、管内9JAで生産する「十勝川西長いも」の選果場などが食品の国際認証規格「SQF」を取得した。ナガイモは米国などへの輸出に力を入れている。海外の受け入れ先が具体的な認証を求めてくるケースは今後増える可能性がある。そうなれば否が応でも取り組まざるを得なくなる。
司会 GAP以外に、十勝農業が食の安全・安心のためにすべきことは。
渡辺氏 繰り返しになるがGAPへの取り組みをベースに、他の産地としっかり差別化できる商品を開発することだ。食品原料の供給だけをしていても、利益は増えにくい。その前提には、GAPに沿って生産した農畜産物をHACCP対応の工場で加工する体制を整えることがある。
十勝には多くの農業関連組織があるが、目指すベクトルは必ずしも一致していない印象だ。付加価値向上を目的とした組織を統一し、地域一丸で商品開発に乗り出すことを期待する。
大野氏 消費者とのつながりをいかに深めていくかも重要だ。生産者の思いが十分に伝わっていない一方、食に対する関心を高めている消費者をわれわれが理解し切れていない面もある。行政を含め、地域全体でしっかり情報発信すべきだ。
井川氏 機械化も安全・安心と無関係ではない。JA中札内村では枝豆生産に力を入れ、加工作業の機械化を進めている。きっかけは人手不足への対応だったが、できるだけ人の手に触れないようにすることで衛生上のリスクを低減できると実感している。機械化によって、消費者から衛生面での信頼を得られる面がありそうだ。
農業生産工程管理と訳される。農薬や肥料の管理、異物混入の防止など、農畜産物の生産工程で細かくチェック項目を定め、順守するよう求める。グローバルGAPや日本版GAPでは、生産者が順守しているかを専門機関が認証する。一方、管内JAで構成するJAネットワーク十勝は独自の「十勝型GAP」を2010年に策定。18年度から、グローバルGAPなどの認証取得を目指すステップと位置付けた。認証の仕組みはないが、管内農業全体の底上げのため生産者に幅広く順守を呼び掛ける。