農業に人呼び込む、雇用者確保探る座談会
十勝毎日新聞社は農業関係者を集めた恒例の農業座談会を3月22日、帯広市内の本社で開いた。管内の畑作、酪農の経営者と社会保険労務士の3氏が、「農業現場の雇用者確保~現状と課題」をテーマに討論した。農業界も他業種と同様に人手不足が課題となっている。労働環境の整備や従業員のモチベーション向上、マネジメントの方法などを探った。
(関坂典生、星茉莉枝、金野和彦、新井拓海、文中敬称略)
<出席者>
◆西原正行氏(52)畑作、西原農場(上士幌町)代表
◆井下英透氏(57)酪農、Jリード(豊頃町)代表
◆徳江孝一氏(63)社会保険労務士、徳江労務行政事務所(帯広市)
司会 十勝毎日新聞社編集局長 高橋幸彦
◆経営・雇用
西原氏 畑作の悩みは「冬季」
井下氏 外国人への理解必要
徳江氏 若手が入ってこない
司会 農業経営の形態や雇用状況は。
西原 上士幌で約60ヘクタール規模の畑作をやっている。約30年前に父の代から31ヘクタールで継いだ。当時ビートや小麦の価格が下がり始め、農協を中心に野菜を作る流れになった。ナガイモ、ニンジン、ゴボウ、ダイコン、ソバ、スイートコーンなど10品目の栽培に取り組んでいる。ほぼ家族経営で通年雇用の従業員は1人。パートは2人で、昨年からまた1人増えた。畑作で人を雇う上での悩みは冬の仕事がないこと。春から秋までの雇用では駄目と思い、5年前から通年雇用をしている。
野菜を中心に考え、大規模多品目の収穫には家族だけでは足りないので人を雇った。働く人にとって冬の間に切られるのはきつい。夏の間も長時間労働するくらいなら1人増やすことにした。彼(従業員)がいなかったら私の家は回っていない。
井下 2005年に4戸の酪農家でJリードを設立した。当時は約250ヘクタールで経産牛は200頭ちょっと。現在は成牛750頭、育成牛500頭を飼養している。フリーストールロータリーパーラーを採用している。牧草とデントコーンを400ヘクタールほど作付けし、飼料も自給している。
規模拡大の中、家族だけではできないので、現在は役員4人の他に日本人の雇用が道内外出身の10人、ベトナムからの外国人技能実習生9人、パート5人の計28人で運営している。
外国人技能実習生は10年前から。酪農は拘束時間が長く日本人の雇用が困難になったのと、3回搾乳で生産量を上げたかったのが理由。やってくれるのがたまたま外国人だった。搾乳作業をお願いしているが、確実に仕事をしてくれるので非常にローテーションが組みやすくなった。
司会 十勝ではどんな雇用問題があるのか。
徳江 社会保険労務士、行政書士として20年間農業と建設業に関わってきたが、若手が入ってこない。人がいないので事業を大きくもできない状況だ。帯広、芽室、幕別、音更はなんとかなっているが、町村部は困っている。
労働保険、社会保険、労災などの相談は増えてきている。意外と労災に入っていない会社もあった。牛に突かれて労災の対象になったケースも。昔は社会保険などに「入れてやるぞ」と言って入れてくれない時代もあったが。
冷蔵施設で仕事確保 西原氏
ヘルパーも人手不足 井下氏
労働法学び法に沿う 徳江氏
司会 外国人技能実習生の確保はできるのか。
徳江 外国人技能実習制度は安く雇っていると思われがちだが、最低賃金以上に賃金は払うし、人件費と住居費を出さなければ定着しない。日本人を雇った方が安い場合もある。いろんなルートはあるが、これ以上増やすのは難しいかもしれない。ただ5~10年先を考えると日本人で65歳以上がもっと増えていく。農業は肉体労働だから、若い人を確保する点で外国人に頼らざるを得ない。中国人が多かったが、最近ではベトナム人が増えている。
司会 外国人技能実習生の受け入れで苦労する点は。
井下 外国人技能実習生を受け入れる農家や企業が、ブラック企業呼ばわりされ世の中の目が厳しい。心外な部分はある。決して安い労働力を確保しているわけではない。外国人技能実習生には労働法が適用されるので法律の範囲内の労働時間でしか働かせられない。移民受け入れとまでは言わないが、外国人労働者の規制緩和、外国人労働者に対する地域の理解が必要だ。
司会 畑作では冬の仕事の確保が難しいが工夫は。
西原 通年雇用が狙いではなかったが、100坪の冷蔵施設を5、6年前に建てた。冬の出荷が可能になり、ダイコン、ゴボウ、ジャガイモの出荷作業で冬に仕事をやめなくても済む。長めに休むのは正月くらいだ。
司会 酪農は分業も進んでいる他、酪農ヘルパーもあり、役立っているのでは。
井下 牧場の労働力軽減のため酪農ヘルパー、TMR(総合混合飼料)センター、コントラクター(農作業受託事業)があるが、そこが人手不足だ。結局酪農家がその仕事もしなければいけない。今でも問題だが、これからもっと大きな問題になる。トラクターが壊れてもなかなか直しに来てくれないこともある。
司会 社労士から見る農業現場の労働環境は。
徳江 TMRセンターもコントラクターも技能を持っているオペレーターが減っている。年を取って引退して、若い人が農業に参入してこないこともある。65歳までの生産年齢人口が減って、戦力になる人が減っていることがある。農業で働いてもらうためには、職場の環境として労働保険、社会保険に入っていることだ。
経営者としては労働法を勉強する。人も個性が違うのでどうやったらうまくやっていけるのか、勉強することは多々ある。法律に沿ってやらざるを得ない。労災の心配もあるので安全教育もしなければいけない。
うちの会社の存在価値はこうだとか、食の安全・安心とか十勝の農業のためにという経営理念をしっかり持って、経営計画を立てていくことが必要。農業は長期で見る業種で10、20年先を見て考えないといけない。法人化することは良い。家計と一緒にするよりも、給料がいくらと分かるようにすべきだ。売り上げや支出、社会保険料も給料によって決まってくる。
十勝の場合は、通年雇用は難しいので、冬はまったく仕事がない。年中仕事があるような工夫をしないといけない。5、9、10月は人手不足。人がいる時といらない時の違いが極端で、運送もそうだ。冬場は全然仕事がないと給与体系が難しいのが悩み。
◆人材
徳江氏 しっかり教育と評価
井下氏 事業継承見据え育成
西原氏 現場と意思疎通大切
司会 どんな農業経営マネジメントが必要か。
徳江 経営学の基本にのっとって、SWOT分析をやらざるを得ない。どこにビジネスチャンスがあるのか、常にアンテナを張っていないといけない。チャンスを生かし、自分の会社の何が強みかを見て、強いところで持ち味を生かして頑張る。
会社でも人でもそう。自分を生かせるところ、自分の得意分野でやっていく。結果を出すのが大事だと思う。単なる飲み会でも盛り上がって終わらせず、得るものはないか、今後どうするかという成果を出していこう。
司会 雇用者を労働力としてだけではなく、「人財」として育てるために何が必要か。
徳江 社員教育で伸ばすことだ。大企業なら人材がたくさんいるので選べるが、中小企業は少ないので伸ばすしかない。少ない社員では人事評価が大変だが、人事評価は必要で、やってくれる人は高く評価することだ。表彰してモチベーションを高めるようなことは必要になってくる。小さい会社で従業員が1人しかいなくても、前よりどうなったとか評価してあげること。失敗しながら社員を育てて、従業員が成長すれば社長も成長する。
井下 雇用している人たちを完全に2つに分けて考えている。1つは外国人。ロータリーパーラーの搾乳だけをしてもらい、他の作業に向けていない。そこの作業を完全にマニュアル化して徹底的にその通りに動いてほしい。
日本人に対しては、外国人をきちんと使うリーダーになり得る人材に、さらにロボット化、省力化、無人化にも対応できる人材と考えている。後継者問題もあるので、今の組織を継承してくれるような役員に将来登用できるような人材にすることを目標に置いている。
マネジメント能力をどう高めるかはなかなかできないため、所属する十勝酪農法人会の中で研修をしている。
司会 離職率を低くしたり、モチベーションを高める工夫は。
井下 雇用条件を良くするとか、休みを少し増やすとかボーナスを出すとかの対応になる。できるだけ仕事を任せる度合いを多くし、力量を見ながら仕事を任せることが望ましいが、本当に難しい。
司会 従業員のキャリアアップの考え方、マネジメントの課題は。
西原 業界のトップの者と触れ合う、知り合う、話し合うのが私たちのマネジメント能力や、働く人のプラスになると考えている。レストランの設計をやっている知り合いがいる。食の現場がどうなっているのかすごく分かる。現場の状況を聞くことも大事だ。経営者と雇用者との意思の疎通がすごく大事だと思ってやっている。この会社をどうするか明確な意思を持って進まないと、労働者も会社も廃れていってしまう。
日本の「食」を支える 井下氏
敏感に好機をつかむ 西原氏
十勝からもトップに 徳江氏
司会 今後の経営は。
井下 いまトレンドの6次産業化や輸出はしない。日本の食を支える企業になりたい。われわれが日本の食を支えているんだという思いを持って価値観を見いだしている。
西原 あと15年はやると考えても、手を抜いたら衰退する。いろんなことにチャレンジしたいと思っている。三重県にある「伊賀の里モクモク手づくりファーム」には年間何万人とお客さんが来ている。東大卒の人も就職する。そこに魅力があるからだと思う。うちの農場もそうなればという理想はある。国が言うから6次産業化をやるのではなく、人それぞれ会社それぞれがやりたいという思いがないと6次産業化はできない。
司会 十勝で仕事をすることへの思いを最後に一言。
徳江 就業規則を作るのも東京だから良い物が作れて、田舎だから駄目だというものではない。どこでもいいものが作れる。田舎にいても何かのトップになれる。十勝には活躍している人がいるし、ある意味トップになれる可能性がある。
井下 十勝農業は素晴らしい生産額を達成できた。TPP(環太平洋連携協定)などの外圧、人が足りないということはあるが、十勝農業が日本の食を支えているといった思いをみんなで持って頑張らないといけない。私が頑張ることが社員のモチベーションのプラスになってくれれば。
西原 チャンスは来た時につかまえる。通り過ぎたらつかめないと言われてきた。アンテナを張っていくことが大事。十勝は日本農業のトップランナーで、世界を見ても引けを取らない農業だという思いでやっていかなければと思っている。
◆徳江労務行政事務所(帯広市) 徳江孝一氏
<とくえ・こういち>
1953年帯広市生まれ。帯広明星小、帯広第四中、帯広三条高、77年同志社大卒。民間企業などを経て95年に徳江労務行政事務所を設立。社会保険労務士、行政書士、ファイナンシャルプランナー。
◆酪農・Jリード(豊頃町)代表 井下英透氏
<いのした・ひでゆき>
1958年豊頃町生まれ。豊頃大津小、大津中、帯広三条高を経て、81年酪農学園大卒後、家業の酪農業を継ぐ。2005年に近隣酪農家4戸と農事組合法人Jリードを設立し代表に就任。
◆畑作・西原農場(上士幌町)代表 西原正行氏
<にしはら・まさゆき>
1963年上士幌町生まれ。上士幌小、上士幌中、82年帯広農業高を卒業。家業の西原農場を継ぎ、2000年から西原農場代表。15年から全十勝地区農民連盟委員長を務める。