年間キャンペーン 第2部 まちの力 発展の芽・十勝で発掘 4 大樹<下>宇宙
巨大飛行船出現住民の語り草に全長68メートルの白い物体がゆっくりと大樹の大地から離れていく。遠くからでも分かるその威容。のどかな酪農と漁業の町に突如出現した実験用の飛行船に、目撃した町民は一様に驚いた。
2004年に町多目的航空公園(町美成)で実施された「成層圏プラットフォーム」実験。そのインパクトから、今でもまちの人の語り草だ。町の宇宙関連の取り組みを支援する民間団体「町スペース研究会」の酒森清会長(大樹建設工業社長)は「あの大きな飛行船が大樹の空に上がったときは、ついにすごいことをやったなと思った」と感慨深げに振り返る。
日本で唯一の環境好評博し施設充実町が宇宙基地誘致の夢を託した同公園は、1995年に完成した。砂利などをてん圧した全長1キロの滑走路と広大な敷地。航空宇宙技術研究所(航技研)が小型飛行機「ドルニエ」による実験を始めると「時間に制限がなく自由に飛べるのが良い」と好評を博し、関係者の気持ちは施設の充実へとまい進。総工費約4億円で滑走路をアスファルト舗装した。
長年の取り組みが浸透し、人口6500人の町民には宇宙関係者との仲間意識、連帯感が芽生えていた。同公園のそばで酪農を営む小山田又五郎さん(71)は「早朝の実験は寒かろう」と搾乳後の牛乳を沸かし、ポリタンクで運んで飛行船実験メンバーに振る舞った。大樹漁協は、別の実験で海に落下した飛翔物の回収作業に漁船を出した。
大樹町は、道内研究者の拠点にもなった。道工業大の佐鳥新准教授は、社長を務める北海道衛星本社をこの町に置いた。今後打ち上げる実用衛星を「航空宇宙に情熱を傾けているまちにちなんで『大樹』と命名する」と語る=写真。06年12月には北大の永田晴紀教授らが町内で全長2・8メートルのハイブリッドロケットを打ち上げた。
宇宙の話題次々…小さな町挑戦続く07年5月、大樹はまた一歩“宇宙”に近づいた。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、三陸大気球観測所(岩手県大船渡市)を08年度、同町に移転すると表明したのだ。米ロケットプレーン社の無重力商業飛行の離発着場候補地、500億円を投じる宇宙エネルギー開発基地の構想浮上…。最近は「宇宙のまち」が話題に事欠かない。
「成層圏−」実験が行われた04年度の経済効果額は約5億2000万円。昨年末町で開業したビジネスホテルには、実験関係者らが宿泊して混雑している。地方経済が冷え込む中、大樹には活性化への光が見える。
宇宙基地誘致構想から22年。広大な宇宙を目指す小さな町の挑戦は続く。歩みがいつか宇宙に届くと信じて。(松村智裕)