十勝毎日新聞 電子版

Tokachi Mainichi News Web

【WSJ】ロシアの戦争継続、「死の経済」が果たす役割

画像をクリックすると拡大します。

戦死に伴う補償金が一部貧困地域の経済に変化をもたらしている
 ロシアの貧困地域では、戦争に行くことが合理的な経済的選択となっている。

 ウクライナでの戦争で人的損失が膨らむロシアは、高給やボーナスを提示して新兵を確保しようとしている。貧困が特に深刻な地域では、兵士の給与が国内平均の5倍に達するケースもある。前線で死亡した兵士の家族は政府から多額の補償金を受け取る。

 遺族にとっては、人生を変えるほどの金額となる。ロシアの経済学者ウラジスラフ・イノゼムツェフ氏の試算によると、35歳の男性が1年間戦闘に参加し、その後戦場で死亡した場合、軍人の給与と死亡補償金として家族が受け取る金額は約1450万ルーブル(約2300万円)に達する。一部の地域では、これは60歳まで民間人として働いて得られる収入の累積額を上回る。家族はその他にも一時金や保険金などの受給対象になる。

 イノゼムツェフ氏は「前線に行って1年後に殺されるほうが、男性のその後の人生よりも経済的には得になる」と述べ、これを「デスノミクス(死の経済)」と呼んでいる。

 ロシア兵の死者は膨大な数に上り、死亡補償金などの支払いは6月までの1年間で300億ドルになった。こうした支払いは、戦争がロシアの社会と経済にどのような変化をもたらしているかも浮き彫りにしている。ロシアはウクライナへの侵攻をきっかけに軍事支出をソ連崩壊後の最高水準に引き上げ、西側による制裁の影響の一部を相殺する形になった。兵器工場は24時間稼働し、雇用と高賃金をもたらしている。

 ロシアの貧困地域の一部では、戦争継続のために政府が必要とする兵士を供給することと引き換えに、戦死に伴う受取金が増加し、富の流入が起きている。公式統計によると、現在の貧困水準は1995年の統計開始以降で最低となっている。軍に入隊することの意味にも変化が生じている。

 ソ連崩壊後、ロシアでは軍で働くことは熟練職に就けない才能のない男性のキャリアとみなされがちだった。大きな戦争がなく、多くの兵士は軍事基地で書類整理や雑務をこなすだけだった。

 ところが、ウクライナでの戦争が始まり、戦う意思のある兵士にとって状況は一変した。収入だけでなく社会的地位も向上した。政府要職に就く軍人を育成することを目的とした「英雄の時代」と呼ばれる新たなプログラムも立ち上げられた。

 ロシア各地の学校では、前線から戻ったばかりの兵士による講演が行われている。戦死した地元の「英雄」をたたえるために設けられた空席には兵士の略歴が刻まれ、生前の所持品なども置かれている。

 一方、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、さまざまな特権や政界への近道が得られる「新エリート」層が軍人から生まれていると称賛している。人々を鼓舞するこうしたやり方は所得格差による社会的緊張を和らげる役割を果たしており、これまでの大統領令や所得再分配計画ではできなかったことだ。ロシアの独立系世論調査機関「レバダ・センター」の調査によると、ウクライナ戦争前と比べて国が正しい方向に向かっていると考えるロシア人の割合は顕著に増加している。

 ロシア政府にとって、軍人を対象に支払いを大幅に増やすことは本格的な動員令の回避に役立つ。2022年に発令した部分動員令は国内で動揺を招き、多くの若い男性が国外に逃亡した。

 ウィーン国際経済研究所のエコノミスト、ワシリー・アストロフ氏は政府の支払いについて、「後進地域のほとんどの人々が生涯で見たことのない金額であり、多くの人々が受け入れるのも不思議ではない」と話す。「クレムリンにとって、兵士に高給を与えることは国内の高い支持を得ながら戦争努力を維持する唯一の方法になっている」

 ロシア当局者の間では、戦死によって経済的利益がもたらされるという考え方を積極的に支持する動きもある。

 ロシア極東のある地域の知事は、戦争の影響を受けた子どもへの支援を目的とした会議で、戦死という父親の英雄的行為のおかげでアパートを手に入れることができたことを子どもは理解すべきだと主張した。子どもはそれによって愛国心が強化されるとの見方も示した。

 西側の推定によると、ロシアは戦争開始以降、60万人以上の死傷者を出した。兵士の補充や入隊奨励のために、政府はウクライナで戦う兵士に月給として最低21万ルーブルを支払っている。これはロシア全体の平均である7万5000ルーブルを大幅に上回る。

 さらに、攻撃作戦への参加や戦場での功績に対してボーナスが与えられる。地方政府も追加の支払いを行う。戦死した兵士の家族は、連邦・地方レベルと保険による補償金として15万ドル以上を受け取ることができる。

画像をクリックすると拡大します。

 英国防省は9月、ロシアが結果的に1日約1000人の男性を集めることができているとした。支払い増加は年内の採用水準を押し上げるとの見通しも示した。ただ、ロシアの損失は極めて大きい。トニー・ラダキン英国防参謀総長は10日、ロシア軍が10月に1日平均1500人の死傷者を出したと英BBC放送に語った。

 軍人家族への資金流入には経済全般に関わるリスクもある。

 研究グループ「Re:Russia」の分析によると、こうした支払いは2024年6月までの1年間で国家支出の約8%を占め、財政赤字を拡大させている。支払いが高インフレの一因となったため、ロシア中央銀行は政策金利を過去最高に迫る21%へ引き上げた。また、前線に向かう男性が増えたことで労働力不足が深刻化し、企業では溶接工や運転手、建設作業員などが足りなくなっている。

 一方、ロシアの辺境地域では戦争に伴う資金流入が大きな変化をもたらしている。

 中銀のデータによると、貧困率が全国平均の3倍であるトゥバ共和国ではウクライナ侵攻開始目前の2022年1月以降、銀行預金残高が151%増加した。この伸び率はロシア国内で最も高く、人々が相当な額を貯蓄に回していることが示されている。トゥバ共和国では建設ブームが起きており、首都クズルでは高層住宅が次々と建設されている。

 貧困が特に深刻な地域では消費も増えている。ロシア南部のアルタイ地方では今年、レストランやバーの売上高が前年比で56%増加し、ロシア全体の9%増を大幅に上回っていることが公式統計で示されている。

 「ロシアで最も貧しい地域が戦争から最も恩恵を受けている」。そう語るのはフィンランド銀行移行経済研究所のシニアアドバイザー、ローラ・ソランコ氏だ。こうした地域の人々は「過去にこうした機会がほとんどなかったため、変化の速度は劇的だ」と同氏は話す。

 戦争がロシア人の生活にもたらした変化の顕著な一例はブリヤート共和国で見受けられる。同共和国はシベリアの山岳地帯に位置し、モスクワから地理的に非常に遠いため、多くの住民は、自分たちのアイデンティティーは国境を接するモンゴル北部のほうが近いと考えている。

 2022年9月の動員令はブリヤート共和国に社会的混乱をもたらした。同共和国からは数万人の男性がウクライナに出征し、戦争の犠牲者に関する調査を行っているロシアの独立系メディア「メディアゾナ」によると、10月時点でそのうち少なくとも1719人が死亡した。地元ニュースサイトは毎日、戦場で死亡した男性の追悼記事を数件掲載している。ただ、戦死を受け入れる姿勢が全体的にあると語るのは、民主化推進団体を運営するアレクサンドラ・ガルマザポワ氏だ。

画像をクリックすると拡大します。

 ロシア国外に住む同氏は「ブリヤートに帰ってくる遺体の数は人々が戦争に抗議するきっかけになると予想していた」とした上で、「しかし、逆の効果をもたらしている」と述べた。

 その理由の一つは、貧困にあえぐこの地域で大規模な富の蓄積が進んでいることにありそうだ。ブリヤート共和国では2022年1月以降、銀行預金残高が81%増加している。住宅建設は今年32%増加しており、全国平均の2%を上回る。

 モンゴルとの国境からわずか約40キロの距離にある小さな村に住むリュドミラさん(54)は息子と夫を戦争で失った。ブリヤート共和国のこの村では他に5人の男性がウクライナで死亡したと言う。リュドミラさんは家族のために同共和国の首都ウラン・ウデでマンションを購入するために何年も貯金をしていた。戦死に伴い受け取った資金で、マンション2戸と娘のアリーナのために車を購入することができた。

 リュドミラさんは「息子と夫が血で稼いだお金」と話した。葬儀は4カ月の間を置いて行い、地元の墓地に2人の像を建てるための支払いも行った。村の学校には、ウクライナで戦死した「英雄」をたたえる2枚の記念プレートを設置するための費用も払った。

 リュドミラさんは受け取った金額を明かさなかったが、家族にささげられた国家勲章メダルも渡されたと述べた。メダルには「ロシアのために命をささげた戦士の家族に」との文が刻まれていた。(2024年11月18日付、BY GEORGI KANTCHEV)


◆ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)について
ウォール・ストリート・ジャーナル記事一覧

勝毎電子版をご購読されている方は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)オンライン版を追加料金なしですべて読むことができます。WSJへの登録が必要です。※登録は無料

更新情報

野口紗V 荒川健闘準優勝 インターハイレスリング

紙面イメージ

紙面イメージ

7.29(火)の紙面

ダウンロード一括(100MB) WEBビューア新機能・操作性UP

日別記事一覧

十勝の市町村

Facebookページ

記事アクセスランキング

  • 昨日
  • 週間
  • 月間

十勝毎日新聞電子版HOME