十勝のアイヌ語記録出版 貴重な男性の語り、聞き取り翻訳
十勝のアイヌの男性が語る物語を聞き取りして翻訳した書籍「長濱清蔵のアイヌ語 十勝地方の物語」が出版された。家族が保管していた説話や英雄叙事詩など3編の録音データを基にしたもので、著者の一人中川裕さん(千葉大名誉教授)は「アイヌ語十勝方言の男性の資料を音声で聞けるのは、(貴重な資料で)アイヌ語学習者にとって画期的。文法の検証も試みており、十勝方言の全体像をより深めた点でも大きな意義がある」と話している。(岩谷真宏)
この書籍は、図書出版みぎわ(千葉県流山市)が3月に発刊した。本体2500円。湘南アイヌ研究会編で、著者は藤田護さん(慶応大専任講師)、瀧口夕美さん(編集者)、中川さん。添付のQRコードから実際の音声も聞けるようになっている。
長濱清蔵さん(1904~71年)は、著者の一人瀧口さんの曽祖父。幕別で生まれ、その後、浦幌に移った。70年に3編の物語を録音し家族の元で保管されていたものを、2021年から聞き取りした。男性の音声記録は、女性に比べ少なく貴重という。
収録されているのは、心を入れ替えるクマのカムイ、村の戦いに臨む兄弟、十勝を日帰りで走り切った人を伝える3編。藤田さんは、今回の録音データについて「十勝やそれ以外の地域、また、それぞれの話者によって言葉遣いが細やかに異なっており、慣れるのに時間がかかった」と説明する。
瀧口さんは、長濱さんの伝えた物語を基にアイヌ語劇を制作し、自身の娘にもアイヌ語を伝えている。中川さんは「(長濱さんから瀧口さんの娘まで)5代にわたって言葉が伝承されている。『消滅した』といわれるアイヌ語が、現代に受け継がれている証しである。それを明らかにした点でも、今回の書籍の意義がある」と強調する。
瀧口さんは「記録を残してくれた曽祖父や母、一緒に取り組んでくれた皆さんに感謝したい。この録音のおかげで多くを学べ、出版できたことは素直にうれしい」と話している。