元少年に懲役23年 音更美容師殺害
「責任能力ある」 釧路地裁
【釧路】音更町で昨年8月、同じアパートに住む美容師の金野恵里香さん=当時(31)=を殺害したなどとして、殺人や現住建造物等放火、死体損壊などの罪に問われた元会社員(20)=逮捕時は19歳少年=の裁判員裁判の判決公判が29日、釧路地裁で開かれた。三輪篤志裁判長は「人の命の重みを全く顧みない無差別殺人」と非難し、懲役23年(求刑懲役30年)を言い渡した。
三輪裁判長は判決理由で「被告は高校2年生ごろからゲームのように人を殺す画像が頭の中に浮かび、実際に人が死ぬ瞬間を見たいと思っていた。(犯行当日は)画像が繰り返され、殺人の衝動が高まった」と指摘。
量刑について「殺人の事案の中ではかなり重い部類に属する」とする一方で、被告が犯行当時19歳の少年だったことや、精神障害の影響を考慮し、「有期懲役刑の上限の刑を科すべき事案とまではいえない」とした。
一方、被告は第2回公判(16日)の被告人質問で、「人を殺してみたい欲求があった」という検察側の捜査段階での供述を否定したが、判決では「被害者の急所を包丁で多数回突き刺すという殺害態様は残忍。強い殺意が認められる」と結論づけた。
三輪裁判長は判決後、「事件の重大性と被害者の無念の気持ちを改めて考えてほしい」と説諭し、被告は「はい」と小さな声で答えた。
判決によると、被告は昨年8月3日、同じアパートの1階に住んでいた、無施錠の金野さん方に侵入し、部屋にいた金野さんの顔や首などを包丁で複数回刺して殺害。ライターでキッチンペーパーに火を放ち、床などを焼くとともに、遺体の一部を焼損させた。
「娘は帰ってこない」遺族
「(遺影は)笑っているけど、泣いてる。だけど、もう帰ってこない…」。判決後、亡き金野恵里香さんの父恒男さん(63)は写真の中でほほ笑む娘を抱きかかえ、声を振り絞った。
24日の公判では、被害者参加制度を利用して恵里香さんの弟(31)と妹(27)の3人で証言台に立ち、突如としてまな娘を奪われた無念さをにじませた。「本当につらいことばかりでした。娘と一緒にバージンロードを歩くのを楽しみにしていたのに」。事件後に警察署で、変わり果てた恵里香さんと対面したときを振り返り、「顔をなでて『つらかったろう、一緒に家に帰ろう』と言った。火葬場では涙が止まらず、骨を拾うことができなかった」と涙ぐんだ。
遺族が無期懲役を求めた被告に、下されたのは懲役23年。「少年事件だからしょうがないと思うけど、やりきれない。被告が死刑になればいいわけじゃないけど。うちの娘はもう帰ってこない。朝晩、娘にあいさつして、泣きながら。そんなに長くない一生だけど、共に生きます」と自分に言い聞かせるように話した。
精神状態「行動支配せず」
元会社員(20)に懲役23年の実刑判決を言い渡した釧路地裁は「(犯行は)被告の正常な精神作用による行動として理解できる。完全責任能力を有していた」とし、検察側の主張を認める判断をした。
公判は被告の犯行時の精神状態をめぐり、検察と弁護側が対立した。
被告は精神鑑定で軽度の精神障害と診断されたが、検察側は「精神障害は能力のアンバランスにすぎず、症状は軽度だった」と完全責任能力を主張し、懲役30年を求刑。弁護側は「心神耗弱で責任能力が限定されていた」として、懲役8年を上回らない刑を求めていた。
判決では、被告の精神障害は「確定診断にまでは至らない軽度のもの」と判断した。
被告が抱いていた人の死への興味や、刃物を使った残虐な犯行の背景には、こだわりの強さや共感性の欠如といった被告の精神障害の特徴が表れ、「犯行動機と手口に影響を与えた」と指摘。
一方で、被告が犯行時等に浮かんだという、人を刃物で殺害する画像について「被告は画像が現実ではないことを認識しており、犯行時には画像が消えていた。行動や意思決定を支配するものではなかった」と断じた。
判決後、被告弁護人の西村彬弁護士は控訴について「今後のことは被告と相談して決める」と述べた。
(高津祐也)
釧路地裁で29日に言い渡された元少年(20)に対する判決の要旨は次の通り。
◇ ◇
【犯罪事実】
(1)被告は中学生の頃からゲームをするうちに人の死に興味を持つようになり、高校2年生頃からゲームのように人を殺す画像が頭の中に浮かび、就職後はそれがエスカレートし、実際に人が死ぬ瞬間を見たいと思うようになっていた。2015年8月3日午前6時頃起床すると、そのような画像が頭の中に浮かび、それが繰り返されるようになる中で殺人の衝動が高まり、同8時頃から同8時30分頃までの間、自分の住むアパートの被害者=当時(31)=方に玄関ドアから侵入し、同所で被害者に対し、殺意を持って、手に持った三徳包丁(刃体の長さ約16・6センチ)でその頭、顔、首、胸などを多数回突き刺すなどし、失血により死亡させた。
(2)被害者の遺体と被害者方を焼失させるため、7人が住居として使用している同アパート(木造亜鉛メッキ鋼板ぶき2階建て、床面積合計390・42平方メートル)が焼損する危険性を認識しながら、被害者方居間でキッチンペーパーにライターで着火して被害者の遺体付近に置き、寝室内の布団等に同ライターで着火するなどして火を放ち、その火を寝室床等に燃え移らせ、アパートを焼損(焼損面積約0・59平方メートル)するとともに遺体の一部を焼損した。
【争点に対する判断】
弁護人は精神障害を背景とする衝動制御障害に陥っており心神耗弱の状態であった旨主張する。
精神鑑定をした鑑定人の説明によれば、被告は精神障害の内的傾向を有し、これを背景とする衝動制御障害の状態に陥っていたことが認められる。この精神障害には、他者の気持ちが分からないという共感性の欠如や、こだわりの強さ、自分の行動が他人に及ぼす影響を認識できないといった特徴が認められ、責任能力に影響を与えうる。ただし、被告の精神障害は、幼少期に特有の症状が見られていないことから、確定診断にまでは至らない程度のものであり、軽度のものである。
証拠によると、被告は自分がゲームの主人公の目線になって、その目線で人を殺す画像が頭の中に浮かぶようになったこと、犯行当日、起床すると、同画像が頭の中に繰り返し浮かぶようになったことで殺人の衝動が高まり殺人に及んだことが認められる。鑑定人によれば、本件殺人の動機には、被告の精神障害の特徴とみられる殺害の映像に没入しているところがあり、人の死、死んだ状態への興味、こだわりの強さから犯行に及んだことは、実験的な犯罪に及ぶ例が存在するこの精神障害を前提にすると理解できるところがあるというのである。また、被害者の急所を刃物で刺し殺すというゲームの内容に類似した手口で殺人に及んでいることや、その残虐な手口を踏まえると、共感性が欠如していて他者の気持ちが分からず、こだわりが強いといった被告の精神障害の特徴も現れているということができる。
以上からすると、被告の精神障害の内的傾向が、動機と手口に影響を与えたものと認めることができる。
さらに被告は、放火後、火をつけた被害者宅の真上にある自宅に戻るという行動をとっている。これは、殺人後に事の重大性に気づき、自らの問題解決能力を超えた状況に直面して半ば混乱の状態に陥ったことが影響しているということができる。鑑定人によれば、被告の精神障害には、想定外の事態に対して混乱し衝動的な言動をしやすいという特徴があり、被告は放火時に、精神障害の内的傾向に基づく混乱した心理状態に陥っていたということができる。
被告の頭の中に浮かんだ画像について、鑑定人の説明によれば、病的な妄想とは性質を異にした空想や記憶といった性質のものであることが認められ、被告も頭の中の画像が現実ではないことは認識していた。殺害に及んだ際にはこの画像が消えていたことも考慮すると、画像は被告の行動や意思決定を支配するような性質のものではなかったというべきである。
殺人の当時、被告は病的な精神症状の影響を受けてはいたものの、著しいものではなく、平素の人格とのつながりもある被告の正常な精神作用による行動として理解できるものであったということができるから、被告は、精神障害の影響を著しく受けて弁識能力または制御能力が著しく限定された状態にはなく、完全責任能力を有していたと認められる。
殺人後、精神障害の内的傾向の影響で半ば混乱した状態で放火に及んだことは否定し難い。被告は可燃物であるキッチンペーパーを用いたり、燃えやすいものとして布団に火をつけたりするといった放火の目的に沿った行動をとっている。放火後に、被害者宅の真上にある自宅に戻ったという行動については、不自然との評価も可能であるが、火災の危険が及べばその時点で逃げることも可能であるし、重大性に気づき現実逃避をしてただけとも評価することができるものである。したがって放火についても、被告の正常な精神作用による行動として理解できるものであったということができるから、放火当時、被告は心神耗弱の状態にはなく、完全責任能力を有していたと認められる。
【量刑の理由】
被告は死への興味や関心から面識がなく何の落ち度もない被害者を殺害するに至っており、人の命の重みを全く顧みないものである。無差別殺人の側面を有しており、相当に厳しく処罰される犯罪と考えるべきである。殺害は残忍で強固な殺意が認められる。被害者遺族が厳しい処罰を求めるのも当然である。もっとも被告は、精神障害の内的傾向を有し、経緯や動機について、被告の非難の程度を一定程度弱める事情がある。犯行の残忍さについても共感性の欠如といった精神障害の影響が表れていることは考慮しなければならない。
殺人の事案の中で、かなり重い部類に属するものということができるが、被告の意思決定に対する非難の程度を考えると、有期懲役刑の上限の刑を科すべき事案とまではいえない。また、犯行時少年で成人して間もない若年者であり、更生可能性を相応に考慮する必要がある。その上で、被告は本件犯行を認めており、重大さを十分に受け止める必要はあるが被告なりの反省の言葉を述べていることも考慮して、刑期は主文の通りとするのが相当である。