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高木美帆、挑戦し進化 女子500メートル銀で距離の壁なし

 【中国・北京=北雅貴】女子500メートルで銀メダルに輝いた高木美帆選手は、常に『挑戦』し続けてきた。中学生で五輪に出場した後も、その場に安住することなく進化を追い求める。中距離を得意としているが、距離の専門化が著しいスピードスケート界で短距離でもポテンシャルの高さを示す快挙。13日のレース後に「500メートルの銀メダルは挑戦した証し。挑戦できたことを誇りに思う」と何度も「挑戦」の言葉を使った。

 高木選手は札内中3年時の2010年にバンクーバー五輪に出場。日本スケート連盟の橋本聖子会長から「日本の宝」と言われ、将来を嘱望された。「速くなりたい」。その一心でフォームを変え、トレーニングにも励む。帯南商高時に指導した東出俊一さん(65)=帯広大谷高社会科講師=は「高校時代に好きな言葉を書いてくださいと言われたら、必ず『挑戦』と記していた。挑戦している方が楽しいと言って、何度も自身の滑っている映像を見返していた」と振り返る。

 年齢を重ねても挑み続ける心に揺るぎはない。1500メートルで世界記録を樹立するなど中距離を得意としつつ、短距離のスプリンターにも劣らない“超”オールラウンダーへの道を追い求めた。「500メートルは意地でどうにかできるものではない。短い時間ですべてを出し切るからこその難しさがある。だから面白い」。

 18年の平昌(ピョンチャン)五輪で金、銀、銅メダルを獲得した翌月の世界オールラウンド選手権を制し、20年には500メートルと1000メートルの2種目を2回ずつ滑って総合成績を競う世界スプリント選手権でも、国内外の短距離選手を退けて優勝。両大会制覇は日本勢として初の快挙だった。

 高木選手のトライはとどまることを知らない。同年の年末に帯広で開催された全日本選手権大会では500メートルから5000メートルまでの全5種目で優勝。国内主要大会での5冠は史上初だ。これら経験が今五輪の舞台でも生きている。種目が違えば滑りやリズムも変わるとされるが、銀メダルを取った後に「長い距離を滑った後の短距離種目での滑走に不安はない」と胸を張った。

 スケートを追求したい強い気持ちがあるからこそ挑み続ける。この五輪は13日間に7レースに出場。15日は3人で滑る団体追い抜きが控える。「個人種目とは全く違う。何が起こるか分からない。一つひとつ大事にしながら上を見ていく」。高木選手の北京五輪はまだ終わっていない。

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