紫竹おばあちゃんの夢ノート出版 紫竹昭葉さん
紫竹ガーデン(帯広市美栄町)社長の紫竹昭葉(あきよ)さん(86)が、花畑を造るという夢を形にしてきた四半世紀を語った「紫竹おばあちゃんの夢ノート」が出版された。60代から始めた庭作りの中で感じた日々の思いをつづり、「いくつになっても夢は実現できる」というメッセージを伝える。日経BP社発行、156ページ、1365円。
紫竹さんは1983年、56歳の時に建設会社役員の夫勲さんを亡くした。数年間「死んだように生きていた」というある日、長女和葉(かずよ)さん(65)=現在・紫竹ガーデン専務=から「お父様はお母様のことを『ヒマワリのような人』とおっしゃっていたでしょ」と言われたのをきっかけに、無邪気で明るい自分を取り戻した。
それまで病気一つせずに暮らしてきた紫竹さん。「人生あと25年はある。自分らしく生きる道は何なのか」と考えたとき、心に浮かんだのが、幼少時代から大好きだった花いっぱいの野原の風景だった。生まれ育った帯広から野原が失われつつあることが気にかかっていた時期でもあり、「昔遊んだような花畑を造る」ことが夢になった。初めは大反対していた家族も、「夢を見るのも一つの才能」と応援してくれた。
農地を購入するためのさまざまなハードルを乗り越え、現在地で庭造りをスタートさせた。約1万5000坪(4万9500平方メートル)の牧草地を花畑に変えるには、人手も機械力も必要。そんなときは勲さんの下で働いていた人たちが助けてくれた。土地を取得してから3年後の92年、ガーデンをオープンさせた。当初は年間2000人程度だった来園者も今では10万人を超える。紫竹さんは「私一人の夢だったガーデンが、今では家族や従業員、知恵を頂いた周りの人も含めて、皆に守られて成り立っている。もう私だけの夢ではない」と語る。
夢ノートは、紫竹さんの半生を記した「夢語り」と、購入者が書き込む1週間ごとの日記の2部構成。日記欄の横には、「どの季節にもそれぞれにかわいい花が咲く」「人は死んでも夢は永遠に残る」など、紫竹さんの「花言葉・夢言葉」が添えられている。紫竹さんは「お日さまに当たり、風に吹かれながら、大好きな花と語り合い、これ以上の幸せはない。夢を持つことで楽しく人生を過ごしているおばあちゃんがいることを知ってもらえれば」と話す。(丹羽恭太)