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MTBレジェンド山本幸平さわやかに引退、母・兄と抱き合い涙 東京五輪

レース後、泥にまみれた顔で母美智子さんと抱き合う山本選手(新井拓海撮影)

 【静岡県伊豆市】引退レースを力強く走り抜けた。静岡県の伊豆マウンテンバイクコースで26日に行われた東京五輪自転車マウンテンバイクの男子クロスカントリーで幕別町出身の山本幸平選手(35)は29位で完走ゴールした。来月に36歳となる現在もアジアで他の追随を許さないレジェンドがさわやかに身を引いた。

 1時間32分35秒の激闘を終えた顔は穏やかだった。観客の大きな拍手を浴びながらゴール。満面に笑みを浮かべていた表情が一変したのは、母・美智子さん(63)、兄の和弘さん(38)と抱擁した時。こらえきれず涙を流した。10歳で兄と一緒にマウンテンバイクを始め、兄弟で道内外のレースに出場した。現在はキャノンデールジャパンの社員として、機材の提供や広報活動などで自分を支えてくれた。「兄と共に25年間やってきたので感情が出てしまった」と照れくさそうに話した。

 身長180センチの父の哲也さん(66)の体格、母の前向きな性格を受け継いだ。足寄町で生まれ、哲也さんの転勤で移った浦幌町でマウンテンバイクに出合う。和弘さんの友人とその兄の影響で、山本兄弟もすっかりと野山を駆けまわる自転車の虜に。一番年下の幸平少年も一生懸命にペダルをこぎ付いていった。

 熱は冷めるどころか、転校した札内北小以降も「遊びの延長線上に練習があった」(和弘さん)。小学4年から道内のレースに本格的に出場するようになり、夕張では競技中にがけから落ちてもけろりとしていたという。泥や雨のレースを想定し、冬の十勝の雪道を自転車で走った。

 山本幸平の漢字は全文字とも左右対称。美智子さんは「そのせいか曲がったことが嫌いな性格」と笑う。小学校から高校までの12年間皆勤賞だった。函館や稚内でのレースから夜遅く帰ってきても、翌日は必ず登校。帯農高での農業土木科の実習もおろそかにしなかった。3年間、担任だった上村壽一さん(76)は学校祭での一幕を覚えている。「放課後に皆とダンスを練習していた。仲間からは『やまちゃん』と呼ばれ好かれていた」と目を細める。

 25年間で約300レースに出場したレジェンドの競技愛は深い。世界のトップチームに所属していたが、2018年に若手育成や競技普及のため、国内に拠点を移した。現チームを立ち上げスポンサー探しに奔走。今大会後の報道陣への第一声が“らしさ”にあふれていた。「こんなに多くの日本人の観客の中で初めて走った。マウンテンバイクの楽しさを知ってもらえたと思う。子どもも大人もどんどんと乗ってほしい」

 すべてを競技にささげてきた生活も一区切り。子どものころ好物だった揚げ物は高校時代から一切取っていない。山本選手は「おいしい天ぷらをもう十数年は食べていない。塩につけてビールを飲みながら楽しみたい」と笑った。(北雅貴)

関連写真

  • 完全燃焼したレースを終え、目を潤ませながらペダルをこぐ山本幸平(塩原真撮影)

    完全燃焼したレースを終え、目を潤ませながらペダルをこぐ山本幸平(塩原真撮影)

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