依田勉三の日記 新たに3冊 松崎町で発見
晩成社を率いて十勝開拓に挑んだ依田勉三(1853~1925年)の新たな日記3冊が、静岡県松崎町にある勉三の生家「旧依田邸」で見つかった。開拓期に書いた勉三の日記は全17冊で、これで9冊が確認されたことになる。日記の内容解読はこれからだが、今年8月には帯広の専門家に情報提供され、十勝の歴史をひもとく重要な発見があるのではと期待が高まっている。
見つかった3冊の日記は5巻(1885年8月~89年11月)、10巻(1902年10月~06年10月)、14巻(16年7月~19年2月)。2014年に依田家から、NPO法人伊豆学研究会(静岡県伊豆の国市、橋本敬之理事長)に提供された。同会はその後、競売に出された同邸を取得し、保存・活用に取り組んでいる。
依田家から調査の了承を得た同会は8月、晩成社を研究する帯広百年記念館の大和田努学芸員に情報提供した。これまでに見つかっていた日記6冊は、同館に所蔵している。
勉三の日記は緻密だ。例えば6巻では、明治20年代の生花苗(大樹)の開拓について記録。静岡からの入植者以外にも、大津(豊頃)から金で雇った労働者が井戸掘りや炊事、草むしりをしたと書かれている。労働者の動きを細かく書きとめ、「さぼっていたから給料を8割にした」などの記述もある。このことから、当時は交通の要衝だった大津が人材供給拠点だったことがうかがえる。
2015年には、日誌や幕別の地図など資料約1000点が同邸で見つかり、この中に未発見の日記がある可能性も。大和田学芸員は「勉三の日記には十勝の開拓や人物などが多く出てくるので、資料として有力な証拠になる。知られざる資料が出てくるのでは」と話す。
同邸の敷地は約1万3000平方メートルと広く、同会は他に資料が埋もれていないか屋根裏部屋などを調べる予定。資料は町や県の文化財指定を目指す考えで、橋本理事長は「旧依田邸の価値を高め、存続に向けた弾みにしたい」と語る。
同会は09年にも、同邸で晩成社の関連資料約3000点を発見し、目録にまとめている。(池谷智仁)