十勝毎日新聞 電子版

Tokachi Mainichi News Web

動物園のあるまちプロジェクト

おびひろ動物園(柚原和敏園長)のホッキョクグマ「アイラ」(雌、7歳)。
2012年に円山動物園(札幌)から訪れ、愛らしい姿とおてんばな性格が来園者の人気を集める。
来園当初は1歳と幼かったアイラも今では立派に成長し、子どもを産める年齢となったが、
“お婿さん”を見つけるのは難しく、そこには動物園が抱える繁殖の課題がある。
道内で飼育されるホッキョクグマの親子らの姿を通して、命をつなぐ動物園の役割を考えた。


文/松田 亜弓、映像/村瀬 恵理子

資料提供:日本動物園水族館協会〈JAZA〉(2018年9月14日現在)

第3回追いつめられたシロクマ

釧路市動物園でキロルとミルクが同居

 お互い距離を取りながら鼻を突き合わせ、コミュニケーションを取る2頭のホッキョクグマ。付かず離れずの時間が流れ、間に漂う緊張感が伝わってくる。

 釧路市動物園のキロル(雄、9歳)とミルク(雌、5歳)は今春、初めてのペアリングを試みた。2カ月間の同居で交尾には至らなかったものの、懸念した2頭間のトラブルもなく、担当する大場秀幸さんは「けががなくて本当に良かった」と胸をなでおろす。

 ミルクは過去に同園で飼育していたタロ(雄)とコロ(雌)の孫で、その血統を継ぐ赤ちゃん誕生は園の悲願だ。繁殖可能な5歳になったミルクに発情兆候はまだ見られないが、「ここ数カ月でお姉さんになってきている。来年に期待したい」。

釧路市動物園 飼育員 大場秀幸さん

キロルとの繁殖を目指すミルク(雌・5歳)(釧路市動物園提供)

釧路市動物園 キロルとミルク初めての同居

国内のホッキョクグマを取り巻く現状

 相手のキロルは2016年、繁殖のために浜松市動物園(静岡)から釧路に来た。現在国内にはホッキョクグマのペアが8組いるが、繁殖のための各園間の個体移動が始まったのは10年ごろと最近のことだ。

 背景には野生個体の保護や、欧米で地域外に出さなくなったこと、購入費の高騰がある。欧米ではいち早く子孫を残す血統管理を始めたが、「人気動物の移動を妨げる声や麻酔による事故のリスクもあった。市の財産という所有権も課題となった」と国内のホッキョクグマの情報を取りまとめる種別計画管理者の佐藤伸高さん(旭山動物園)は日本で取り組みが遅れた事情を説明する。

旭川市旭山動物園 獣医師 佐藤伸高さん

国内のペアリング状況

今年12月25日に8歳になるアイラ(おびひろ動物園)

細る血統

アイラに相手が現れない

 帯広を含む道内4園は10年に、飼育や繁殖ノウハウの共有、繁殖を目指した移動を進めることを確認。11年に全国に拡大した「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト」では計5頭が移動し、ミルクは男鹿水族館GAO(秋田)の「豪太」(雄)と釧路から移動した「クルミ」(雌)との間に誕生。こうした取り組みでこれまでに2頭が生まれた。

 こうして繁殖の動きが進むにもかかわらず、おびひろ動物園のアイラ(雌、7歳)に相手が現れないのは「血統」の問題だ。デナリとララの第5子になるアイラ。両親ときょうだい8頭で国内の全38頭の4分の1を占めるからだ。

 「生まれるのは良いことだが、次世代を考えると同じ血統の個体が多いとつらい」と佐藤さん。近親交配では遺伝的な劣化が心配される。「それでも将来ホッキョクグマがゼロになってしまえば…。近親交配をどこまで許容できるのかデータもなく、岐路に立たされている」と悩みは深い。

 海外から新たな個体が入らなければ次世代の血統は細る。雄の数も少ない中、若いアイラの繁殖の優先順位は低いのが現状だ。

おびひろ動物園 ホッキョクグマ飼育の歴史
年月できごと
昭和41年(1966年)9月 ソビエト連邦ロシア共和国からコロ(オス)とメリー(メス)が来園
昭和49年(1974年)12月 赤ちゃん誕生、約60日間生存
昭和51年(1976年)12月 双子の赤ちゃん誕生、約6日間生存
昭和53年(1978年)12月 赤ちゃん誕生、生後10日目に肺炎のため死亡
昭和54年(1979年)12月 赤ちゃん誕生、生後26日目に肺炎のため死亡
昭和55年(1980年)11月 赤ちゃん誕生、約10日間生存
昭和58年(1983年)11月 現在の獣舎を新築、飼育開始
昭和59年(1984年)12月 赤ちゃん誕生、約10日生存
平成2年(1990年)1月 コロ(オス24歳)死亡
平成4年(1992年)10月 アメリカ合衆国からスバル(オス1歳)とサツキ(メス11ヶ月)が来園
平成8年(1996年)2月 メリー(メス30歳)が悪性腫瘍で死亡(当時の最高齢)
平成10年(1998年)11月 スバル(オス7歳)急性心不全で死亡
平成19年(2007年)2月 円山動物園よりピリカ(メス1歳)来園
7月 サツキ(メス15歳)が円山動物園に引っ越し
平成22年(2010年)2月 円山動物園より双子のイコロ(オス1歳)とキロル(オス1歳)来園
ピリカ(メス4歳)が円山動物園に引っ越し
平成23年(2011年)3月 キロル(オス2歳)が浜松市動物園に引っ越し
平成24年(2012年)2月 円山動物園よりアイラ(メス1歳)が来園
平成27年(2015年)4月 イコロ(オス6歳)が上野動物園に引っ越し
平成30年(2018年)現在 アイラ(メス7歳)を飼育展示

おびひろ動物園 園長 柚原和敏さん

初代のペア、コロとメリー(おびひろ動物園)

人工保育のシロクマ赤ちゃん(おびひろ動物園)

1992年に来園したスバルとサツキ(おびひろ動物園)

ピリカ性別判定(おびひろ動物園提供)

新しくなった円山動物園ホッキョクグマ館

国内で最も広い飼育施設

 ララが暮らす円山動物園に今年3月、新たな「ホッキョクグマ館」がオープンした。繁殖や海外からの新たな個体導入を受け入れるため、国際基準に沿った国内で最も広い施設だ。別棟の産室も備え、今後、海外と交渉していくためのハード面を整えた形だ。

 ララと娘のリラの生活ぶりを間近に観察できる新施設だが、同園の獣医師石橋佑規さんは「一番見てほしいのは解説」と話す。昨年、カナダの動物園を視察し、海外では来園者に野生の現状を知ってもらうことを重要視していると知ったからだ。

 新施設では壁に、野生のホッキョクグマの生態や取り巻く環境、気候変動の影響などが細かに記される。「本当は倍くらい書きたいことはあった。野生の現状を伝えることが、(園で動物を)飼育している理由の一つ。来園者が自分に何ができるか、行動を起こすきっかけになれば」と願う。

円山動物園のホッキョクグマ館が新しくなった理由
その1国際的な施設基準(アメリカやカナダ)を満たし、海外からの新規個体の導入を目指す
その2旧態的だった展示方法から、ホッキョクグマの行動や生態を伝えられるようにする
特徴
〈広 さ〉放飼場の面積が約5倍、プールの深さ約2倍に
〈地 面〉これまでのコンクリートから土、芝生に変更。起伏に富んだ地形に
〈プール〉深さ3.7m、国内最長18mの水中トンネル
〈見せ方〉来園者がさまざまな角度から楽しめるような展示方法と、ホッキョクグマを深く理解するための教育プログラムが実施できるレクチャールームを完備

円山動物園ホッキョクグマ館外観

ホッキョクグマ施設(札幌市円山動物園)

教育プログラムが実施できるレクチャールーム(札幌市円山動物園)

未来へつなぐ命のバトン

 新たな繁殖施設の完成や各園が連携した繁殖プロジェクトの進展など、国内のホッキョクグマを取り巻く環境は変わっている。細る野生の血脈を前に、動物園はどう命のバトンを未来につなぐのか。その役割が問われている。

十勝毎日新聞電子版HOME