おびひろ動物園(柚原和敏園長)のホッキョクグマ「アイラ」(雌、7歳)。
2012年に円山動物園(札幌)から訪れ、愛らしい姿とおてんばな性格が来園者の人気を集める。
来園当初は1歳と幼かったアイラも今では立派に成長し、子どもを産める年齢となったが、
“お婿さん”を見つけるのは難しく、そこには動物園が抱える繁殖の課題がある。
道内で飼育されるホッキョクグマの親子らの姿を通して、命をつなぐ動物園の役割を考えた。
文/松田 亜弓、映像/村瀬 恵理子
資料提供:日本動物園水族館協会〈JAZA〉(2018年9月14日現在)
野生のホッキョクグマは春から初夏に交尾し、冬に巣穴を作って出産する。野生での生存率もそれほど高くないとされるが、飼育下の繁殖はさらに難しく、国内の動物園で無事に育つ確率は16.9%と極めて低い。円山動物園のララ(雌、23歳)も6歳で初産したが、育児を投げ出し、死産(生後間もない死亡含む)が続く苦しい時期があった。
当時、ララが暮らした「世界の熊館」では、交尾が確認された年の秋ごろから、来園者が見学できない産室にこもっていた。飼育担当者はララが思い通りの産室に変えられるようにウッドチップを敷き詰めるなどしたが、2、3度目の出産は死産に終わった。出産に関するノウハウや記録もなく、他園との情報交換など、試行錯誤が続いた。
4度目の出産に向け、園は大きな決断をした。野生のホッキョクグマは静かな内陸の森などに穴を掘るが、ララが暮らす熊館は日々来園者が訪れ、冬は除雪機の音も絶えない。「死産が続いたのは環境が要因ではないか」。この年、ララが産室に入るのと同時に、熊館の閉鎖に踏み切った。
人の気配をなくし、窓に目張り、壁に防音材を貼り付ける。ウッドチップも増やし、「野生下の環境に近づけた」と獣医師の石橋佑規さんは振り返る。
2003年、4度目の出産で2頭が誕生した。1頭は死産だったが、1頭は無事に育ち、元日本ハムファイターズの新庄剛志選手にちなみ、「ツヨシ」と命名。性別判定を誤り後に雌だと判明するが、ララの愛情を受けて名前の通りすくすくと成長した。
その後、「ピリカ」、双子の「イコロ」「キロル」誕生と続く。石橋さんは「産室にこもる前に体をしっかりつくり、静かな環境を準備していくこと」が大切だったとした上で、準備した環境で出産・子育てができたのは「一番はララ自身の性格」と母親としての力が大きいと語る。
札幌市円山動物園 獣医師 石橋佑規さん
お父さんのデナリ(25歳)も優秀だった。優れた生殖能力は科学的にも実証され、ララとは「距離をとりながらもマークし、気づいたら仲良く遊んでいたりする」。他の雌とも同様で、石橋さんは「クマによっては圧力をかけすぎて失敗してしまうこともあるが、デナリはスマートなアプローチができる」と成功の要因を指摘する。
一方、デナリは円山のもう一頭の雌「キャンディ」(26歳)とも11年からペアリングし、繁殖を目指してきたがうまくはいかなかった。12年に初産、14年にも出産したが、いずれも死産に終わり、現在は高齢のためペアリングはしていない。
国内のホッキョクグマが初産で無事に育った例は2012年の男鹿水族館GAO(秋田)の「ミルク」(現在は釧路市動物園)の1例のみ。キャンディの初産は19歳だった。ララで培った方法をある程度適用して進めたが、石橋さんは「(繁殖に)着手するのが遅かった。初産年齢が高いのはリスクになる」と話す
札幌市円山動物園 動物専門員 清水道晃さん
デナリとララの性格 | |
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デナリ | おおらか |
ララ | 賢い、警戒心が強い |
繁殖可能年齢になってすぐに出産したララは初産が6歳とタイミングが良かったこと、そして環境の改善などが組み合わさったことが、8頭の出産・育児という国内で例を見ない成功につながった。
そうして蓄積されたノウハウを基に、11年から道内4園(円山、帯広、旭山、釧路)を中心に全国で「ホッキョクグマ繁殖プロジェクト」が始まっている。国内の園間の移動を行い、実績も出始めたプロジェクトだが、いま「血統」の壁が関係者を悩ませている。