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動物園のあるまちプロジェクト

Vol.10

2019.11.15

夢は新築〜キリンから考える幸せな獣舎とは

おびひろ動物園にキリンのお嫁さんがやってきた―
両親を失い、1頭で3年間過ごしてきたアミメキリン「メープル」(雄、5歳)。繁殖可能な年齢となり、9月に多摩動物公園(東京)から訪れた「ユルリ」(雌、2歳)は待望の縁談相手。しかし2頭の関係は一筋縄にはいかない。浮き彫りになった老朽化した獣舎を含む課題。動物たちが暮らしやすい獣舎、そして環境整備とは―。財政難の中、動物目線に立った理想的な環境づくりを考える。
文/松田 亜弓、映像/村瀬 恵理子

「キリンの嫁入り 浮き彫りになる課題」

 落ち葉や同居人のシマウマに興味津々、きょろきょろと周りを見渡すけど、獣舎に入るときは後ろ向きの慎重派―。9月下旬、多摩動物公園(東京)から約25時間の大移動を経て、おびひろ動物園に“嫁入り”したアミメキリンの「ユルリ」(雌、2歳)。同園では3年ぶりの雌のキリンで、帯広生まれの「メープル」(雄、5歳)との間に、将来の子どもの誕生が期待されている。祝福ムードに包まれて迎えられて1カ月が過ぎた現在、ある“悩みごと”が生じている。

9月に多摩動物公園から来園した「ユルリ」(おびひろ動物園提供)

 ユルリはメープルとの繁殖を目指し、動物園間で動物を貸し借りする「ブリーディングローン」で帯広を訪れた。キリンは5歳ほどで性成熟するとされ、ユルリはまだまだ子ども。体高も3・5㍍と成長途中で、赤ちゃん誕生は再来年以降と期待されている。

 アミメキリンは絶滅危惧種に指定され、野生での生息数が減っている動物のひとつ。繁殖を狙うブリーディングローンは大切な取り組みで、メープルのもとにも繁殖可能になる年齢を考慮して、ユルリが選ばれ、訪れることとなった。

 おびひろ動物園では開園間もない1970年ごろからアミメキリンの飼育を始め、87年には6頭を飼育していたことがある。これまで繁殖は順調に進み、2014年に生まれたメープルは「リボン」(雌)と「ムサシ」(雄)の第2子。しかし両親は15年に相次いで死に、“忘れ形見”となったメープルは約3年半の間、シマウマと共に暮らしてきた。

生まれたばかりのメープル(2014年)。当時はムサシとリボンという両親が居たが、翌年、相次いで死んでしまった(おびひろ動物園)

 開園時間中に帯広に到着したユルリは保育園児ら多くの来園者の歓迎を受けたが、肝心のメープルとの同居は多難なスタートとなった。過去のキリンの記録を参考に来園から数日後、放飼場で一緒にしたところ、メープルがユルリを追いかけ回して首で攻撃する行動が見られたのだ。

9月に長旅を経て訪れたユルリ。開園時間中で、多くの来園者に歓迎された(おびひろ動物園)

 この一件の後、ユルリはなかなか獣舎から外に出なくなった。メープルとは室内で柵ごしに顔を合わせるだけの日々。柚原園長も「メープルが受け入れてくれるのを待つ。ユルリがいた多摩は数十頭キリンを飼っていたが、メープルは1歳からずっと1頭。互いに気になってはいるけど…」と受け入れるのを時間をかけて待つしかない状況だ。

 一方、雪国での暮らしが初めてのユルリには雪が積もる前に放飼場に慣れてほしいという動物園の思いもある。ただ、放飼場は仕切りの柵がないため、どちらかを出せば1頭が室内に残るしかない。直接対面しなければメープルがユルリを受け入れたかの判断は難しく、タイミング次第ではけがのリスクも。「こんなときに外の放飼場を2つに分けられたら…」と関係者は頭を悩ませる。

おびひろ動物園 柚原和敏園長①

おびひろ動物園 柚原和敏園長②

 現在のキリン舎は1970年代に完成し、約半世紀にわたって使用されてきた。これまで飼育上の大きな問題はなかったが今回、すぐになじめなかった若い2頭の同居で、環境面の課題が浮かび上がった形だ。

 繁殖は現在の動物園に求められる大きな役割。だが、帯広の施設の多くは適した造りや広さを備えていない。また寒さが厳しい冬は長く外の放飼場に出せないが、現在の獣舎はキリンが中に入ると来園者からは見えない構造。耐震性もなく、災害時には動物の命も守り切れない可能性がある。動物目線の生活環境、来園者の満足度、どちらも満たし切れていないのが現状だ。

おびひろ動物園キリン飼育の歴史

 開園から半世紀を迎えるおびひろ動物園。老朽化だけでなく、動物福祉という観点からも、動物を迎えられない空き獣舎が増えている。繁殖を期待されるキリンのカップルの姿を通して、動物目線で必要な園舎環境とは何か、おびひろ動物園の将来はどこに向かうべきなのかを考えた。

「古いままの獣舎 進まぬ繁殖」

 冬でも室温20度前後に保たれた室内獣舎で、悠々と泳いだり、砂を体に浴びたりと快適そうに暮らす4頭のゾウたち―。円山動物園(札幌)に今年オープンしたゾウ舎は、「施設が古く狭い」から脱却し、動物たちが自然に近い状態で暮らす姿がある。現代の動物園の役割として求められる「繁殖」のためにも、こうした“動物目線”の環境づくりが大切で、道内では円山のゾウ舎やホッキョクグマ舎、旭山動物園(旭川)などで整備が進んでいる。

ゾウ舎には冬でも水浴びができる屋内プールがある(円山動物園)

 一方、おびひろ動物園は1963年の開園当時の施設が大半を占める。2008年に約2億7,000万円で建てられた屋内型の新サル舎が最も新しく、その他の多くの獣舎は自然環境とはほど遠く、広さも十分にないおりごしに動物を見るという、動物福祉や繁殖が重要視されていなかった時代のままだ。

 それでもキリンやニホンザル、アシカなどは子どもが誕生し、必ずしも繁殖が不可能な施設というわけではない。しかし、特に動物福祉という観点で見た場合、新たに動物を迎えるのは困難な状況になっている。

 「トラは今後、受け入れには二の足を踏む」。おびひろ動物園の柚原和敏園長は頭を悩ます。同園で1人暮らしのアムールトラ「マオ」(雌、9歳)に2016年、釧路市動物園から縁談で訪れた「カフカ」(雄)の一件があるからだ。

絶滅危惧種に指定されるアムールトラ「マオ」繁殖が課題となっている(おびひろ動物園)

 歓迎されたカフカだが、帯広に移動後、約3週間で死んだ。死因は慢性腎機能障害で、過去に治療歴もあったことから「病気下での移動が体調悪化の引き金になったのでは」と市民らから非難の声も聞こえた。

2016年10月に死んだカフカ。マオとの繁殖は夢に終わった(おびひろ動物園)

 そして古い獣舎も問題となった。同居には相性もあるため、1頭が外に出ると、もう1頭は狭い室内で1日を過ごさなければならない。死因が移動や獣舎と関連性があったかは不明だが、慣れない狭い環境がストレスを与えることは想像できる。

1頭ずつしか放飼場に出せないトラ舎(おびひろ動物園)

 柚原園長は「本当は2つ屋外の放飼場があって、真ん中で会わせられるような施設だったら」と、現在、キリンの獣舎で抱えている悩みと同様の状況だったと振り返る。こうしたリスクがあってもペアリングを進めるのは、絶滅が危惧されているトラなどは動物園でも姿を消しつつあり、繁殖が急務だという背景がある。

おびひろ動物園 柚原和敏園長

 老朽化し、動物福祉や繁殖にそぐわない現状から、もう帯広では受け入れができない動物もいる。カバ舎は市民に長年愛された「ダイ」が16年に死んでから空いたまま。アシカ舎など空き獣舎は徐々に増える。

ダイが死んでから空き獣舎のままのカバ舎(おびひろ動物園)

 帯広市営のおびひろ動物園は市教育委員会が管轄し、予算を立てて運営している。獣舎の老朽化などの課題を受け、昨年度から整備や動物導入などを具体的に計画していく「魅力アップ検討委員会」を立ち上げ、庁舎内や教育関係者らを交えた会議を重ねている。

 10月19日に動物園で行われた「教育懇談会」では、参加した市民から「園路整備なども大事だが、動物が暮らしやすい環境を整えて」などと、動物目線に立った獣舎整備を求める声が多く上がった。だが獣舎整備には多額の資金が必要で、関係者からは「動物園は餌代だけでもかなりの金額。教育施設という役割があるからこそ続いている」という声もある。

 運営する自治体の財源が限られる中、近年は不特定多数からインターネットを通じて資金を集める「クラウドファンディング」や寄付などを運営の一助とする例も出ている。帯広と同様に施設の老朽化に悩む釧路市動物園では、市民の熱意で新たな動物を招き入れることに成功した。

「立ち上がった市民 子どもたちにキリンを」

子どもに興味津々なスカイ(釧路市動物園)

 元気に走り回る子どもを優しげな目で見つめ、時折毛づくろいするように頭をかがめて触れ合うのは、帯広生まれのアミメキリン「スカイ」(雄、7歳)。釧路市動物園で7月に誕生したキリンの赤ちゃん「コハク」(雄、4カ月)は、おびひろ動物園から2013年に移動したスカイと、羽村市動物公園(東京)から14年に来た雌の「コハネ」(7歳)の第1子だ。担当する大場秀幸さんは「スカイもコハネも子どもを気に掛けてる」と成長に目を細める。

人工保育で育つコハク(釧路市動物園)

釧路市動物園 大場秀幸専門員

一度はキリンの姿がなくなった釧路市動物園。親子の姿が見られる現在に至るまでにはドラマがある。

 2009年ごろ、同園ではキリン、ライオン、ゾウが相次いで死んだ。特にキリンの獣舎は正門から入ってすぐで目立ち、来園者に寂しい印象を与えていた。そんな時、当時園長だった山口良雄さんの下に、女性から1本の電話があった。「動物園にはなんでゾウもキリンもいないの」。

 電話をかけた地元の主婦の女性と友人ら18人の集まりに出向いた山口さんは、動物受け入れには多額の資金が必要で、動物園間で貸し借りする「ブリーディングローン」も動物がいない状態では難しいことを説明した。真剣に話に耳を傾けた女性たちは決心した。「私たちが動物を購入しよう」。2頭のつがいのキリンを購入することを目的に、市民団体「チャイルズ・エンジェル」が立ち上がった。

釧路市動物園のキリン飼育の歴史

 目標金額は5,000万円で、期間は1年間。新聞に協力を呼び掛ける全面広告を打ち、企業にも呼び掛け、あらゆるイベントに顔を出して500を超える募金箱を釧路市内に設置。普通の主婦たちが、一人ひとりのネットワークを通じて動物園の充実を訴えた。

 その思いの根底は「子どもたちに夢を与えること」。動物園ではなく、市民団体が動物を購入するのは前代未聞。5月に始め、4カ月後には2,800万円が集まり、退職して団体に加わった山口さんも「釧路市の規模でこんなに集まるのかと驚いた」という大きな波になっていった。

 一時は海外からの購入話も進む中、帯広のスカイと羽村のコハネの縁談が降って湧いた。目標金額を超える5,400万円は2頭の移動資金に使われた他、冬でも暖房が効いた室内でキリンを見られる施設やベンチ100台などに使われ、ペンギン舎などの施設整備にも使われている。

チャイルズエンジェル 山口良雄さん

市民らの寄付によって整備された園内のベンチ(釧路市動物園)

キリンの観覧席も寄付によって建てられた(釧路市動物園)

チャイルズエンジェルの歩み
2009年10月 ケープキリン「キリコ」が死亡し、釧路市動物園はキリンのいない動物園に
2011年12月 市民団体チャイルズエンジェルが発足
2012年4月 札幌国税局より寄付控除団体の適用認可をうける
5月 募金スタート
7月 募金額1,000万円超える
動物商を通じての交渉が進まないため、札幌の米国総領事館を通じてサンディエゴ動物園に釧路市長と園長の親書を送る
2012年9月 募金額3,370万円に到達
11月 サンディエゴ動物園を訪問し、有償での譲渡の承諾を得る
帰国後、チャイルズエンジェルのこれまでの活動が国内の動物園を動かし、盛岡市動物公園所有でおびひろ動物園にいるスカイの譲渡が決まる
2013年3月 31日 キリンバザーで目標額の5,000万円を突破
4月 キリン募金総額 53,919,416円(4/1現在)
9月 スカイ(雄1歳)がおびひろ動物園から来園
2014年5月 コハネ(雌1歳)が羽村市動物公園から来園
2019年7月 コハク(雄)誕生
「ぼくらの街にキリンがやってくる チャイルズエンジェル450日の軌跡」より

 釧路のように市民が直接に動物購入を目指す活動は珍しいが、国内では多くの動物園が寄付やクラウドファンディングで資金を集め、施設を整備する仕組みを作っている。

 帯広でも2016年に動物購入などを目的とする「ゆめ基金」を立ち上げて寄付を募り、市の「ふるさと納税」の納付先にも含まれている。9月30日時点での寄付額は計1600万円に上る。使途は動物購入や施設整備とうたっているが、具体的な使い道は未だ検討されておらず、柚原園長は「動物のために使ったんだ、と寄付した方々が感じられる案件に活用したい」と話す。

正門にある募金箱(おびひろ動物園)

 しかし円山(札幌)のゾウ舎のような大型の施設整備には巨費がかかり、帯広では現実味がない。その円山は今年、将来も飼育を続ける動物と断念する動物を区分けして公表した。動物に優しい、持続可能な園づくりには、運営側のこうした戦略が必要だろう。

 時代が移り変わり、動物園に求められている役割が変わる中、帯広はどんな動物園を目指すのか。古い獣舎で暮らす動物たち、そして将来帯広で暮らす動物たちのために、市民も一緒に考えるときが来ている。

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