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顧みられない熱帯病の診断法を開発 河津信一郎教授に聞く【ちくだい×SDGs(19)】

須貝 拓也

十勝毎日新聞社 編集局メディアコンテンツ部

 -顧みられない熱帯病とは何でしょうか。
 「顧みられない熱帯病」とは世界各国で数十億以上の人々の命を奪う危険な症状を引き起こす寄生虫や細菌、ウイルス感染症のことを指します。主に経済的に苦しく劣悪な衛生環境に暮らす発展途上国の人々に多い疾患で、治療やケアが十分ではない点が問題視されています。

 「顧みられない」理由の一つとして、お金の問題が挙げられます。先進国に拠点を置く製薬会社が製造する薬は高価なため低所得国では購入することができません。製薬会社も慈善事業ではないので、売れない薬は生産量を減らしたり製造を中止したりします。このため薬を必要とする地域にますます薬が届かなくなるのです。先進国ではこれらの熱帯病の多くは予防や治療が可能です。その一方で途上国に十分な医療が行き届いておらず、助かるはずの命が失われています。

 -対策はとられていないのでしょうか。
 2012年に世界保健機関(WHO)や各国の製薬企業などがロンドンで一堂に会し、顧みられない熱帯病を制圧すべく共闘することを表明しました。これは「ロンドン宣言」と呼ばれ、国際的な官民パートナーシップが誕生したのです。以降、製薬企業は高品質な治療薬を無償提供し、多くの成果を挙げています。

 しかし無償の医療援助にも限界があります。熱帯病のさらなる根絶には、その国で暮らす人々の当事者意識が必要になります。そこでロンドン宣言の後継として2022年にルワンダ共和国の首都ギガリで「ギガリ宣言」が発表されました。国連の提唱する持続可能な開発目標(SDGs)と合わせ、「物」から「人」を中心としたアプローチによる産官学民の共闘で持続的な熱帯病制圧を目指しています。

河津信一郎教授


 -研究室では「学」の分野で寄与しているのですね。
 WHOでは、顧みられない熱帯病の疾患としてデング熱や狂犬病、ハンセン病など21の疾患を指定しています。その中から、東南アジアを中心に流行している日本住血吸虫症の診断法について開発研究しています。

 住血吸虫症とは、住血吸虫という寄生虫によって感染する病気です。川や水田など淡水に生息する巻き貝を中間宿主として感染します。人から人へ感染することはなく、住血吸虫の幼虫が生息する水に触れることによって経皮感染します。

 かつては日本でも地方病として猛威を振るいましたが、先人たちの研究や水洗トイレをはじめとする衛生対策により1996年に終息宣言が出されています。日本が研究をリードしていたことから、日本住血吸虫症と名付けられました。現在は中国本土やフィリピン、インドネシアの一部地域で流行しています。

 やっかいなのは、人だけでなく水牛や犬、野ねずみなどが保虫宿主となる人獣共通感染症なことです。特に東南アジアではトラクター代わりとして水牛が使役されている地域が多く、水田の農作業で感染する農民が多いのです。

東南アジアの水田で使役されている水牛


 -治療や予防法はあるのでしょうか。
 内服薬が開発されているので、流行地域の住民への集団投与が効果的です。そこで感染の有無を調べるため検査が必要になります。主に寄生虫の卵を調べるふん便検査(検便)が用いられていますが、この検査は感染者を検出する感度が低いことに加え、若者、特に女性が診断に消極的な問題があります。

内服薬のプラジカンテル


 そこで研究室では高感度で簡便な検査手段として、血液を用いた酵素抗体法(ELISA)や簡易迅速検査(POCT)を開発し、現地に導入しやすい診断法を研究しています。

酵素抗体法での診断風景

ふん便検査での診断風景


 -今後の取り組みについてお聞かせください。
 ギガリ宣言にもあったように、これからは「人」の分野を中心とした持続的な取り組みが必要になります。そこで昨年、住血吸虫症が流行しているフィリピン、インドネシア、カンボジア、ラオスの4カ国の研究者を招き、対策や感染情報の共有を目的とした国際交流会議を開催しました。住血吸虫症の排除に向けた共同研究と相互連携を進めることで、各国の自立発展へ向けた協力体制を整えていきます。次回は海外での開催を予定していて、継続的な指導と援助の仕組み作りに取り組んでいるところです。

あてはまる目標


<かわづしんいちろう>
 埼玉県出身。北里大学獣医畜産学部獣医学科卒業。北里大学大学院獣医畜産学研究科修了。獣医学博士(北海道大学)。農林水産省入省後、国立国際医療研究センター研究所の室長などを経て、2006年に帯広畜産大学原虫病研究センター教授。専門は分子寄生虫学。

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