安全で栄養のある食料にアクセスできる社会に 食料安全保障の確保に向けて 森岡昌子助教に聞く【ちくだい×SDGs(14)】
-研究テーマについて教えてください。
低所得国と高所得国、それぞれの食料安全保障(フードセキュリティー)の確保に関わる農業経営の役割と生産技術の適応について研究しています。
食料安全保障、いわゆるフードセキュリティーについては四つの構成要素が挙げられます。一つ目は量的充足です。これは適切な品質の食料が十分な量を確保できているかということです。
二つ目は物理的・経済的な入手の可能性です。これは欲しいときに食料を入手できる市場が整備されているなど、アクセス手段が確保できているかということです。
三つめは適切な利用です。これは衛生的な水の利用や健康管理など、安全で栄養価の高い食料を摂取するための環境が整備されているかを問題とします。
四つ目は安定性です。これはどのようなときも安定して、十分な量の食料にアクセスできるかということです。
日本のスーパーマーケットを訪れると、多種多様な食料品が並んでいるのを見ることができます。また外食産業も盛んで、和食から中華、洋食まで予算や好みに合わせて選ぶことができます。
このような状況は、おおむね適切な品質で十分な量の食料にいつでもアクセスできていると言えるでしょう。
では、国際的な状況、特に低所得国に目を向けてみるとどうでしょうか。
世界の貧困者の大部分は農業に従事しています。そして低所得国では農業に従事しながら、十分な量の食事を口にすることができない人々が多くいます。これは肥料や水へのアクセスなどの農業生産のインフラが十分に整っていないことや、商品を売買する市場が近くにないことが原因となっています。
-これまでどのような国で研究を続けてきたのでしょうか。
ネパールやインドネシアで現地調査を実施してきました。ネパールでは非農業所得や出稼ぎが農業生産に及ぼす影響の分析を研究しました。
現在はインドネシアの農業について研究を重ねているところです。
インドネシアはジャワ島を中心に人口が集中しており、今後の経済成長が期待されている国です。また、炭水化物中心の食習慣に対して、西欧文化の流入により生野菜や乳製品の需要が伸び始めており、農業での新たなビジネスチャンスが注目されつつあります。
-経済発展につれて貧窮も減少しているのでしょうか。
各国の農業開発や農家自らが農業生産を向上させてきたことにより、世界の極度の貧困は20年かけて半減しました。特に農業生産の向上と貧困農家自身の食料消費の向上には因果関係が認められていて、農業は貧しい人々のフードセキュリティーとして重要な役割を果たしています。
SDGsでは、食料の安定確保だけではなく、栄養状態の改善を視野に入れた飢餓の撲滅を目標に組み入れています。農業に従事する人たちの健康とともに、持続可能な農業を推進するための経営条件を明らかにすることを目指しています。
またカロリーベースでは現在、地球上の全人類をまかなうだけの食料がすでに生産されているという報告もあります。これからは食料の安全保障と分配にますます注目が集まることが予想されます。
-低所得国と日本では大きく産業構造が違いますが、国内向けの研究はどんなことをされているのでしょうか。
道内の牧場で導入が進んでいるオンラインによる牛の健康管理センサーについて研究を進めています。牛の発情や分娩兆候を記録してスマートフォンなどの端末に通知するシステムで、牧場の生産性向上と労働時間の有効活用が期待されています。
このようにAI(人工知能)による画像処理やIoT(インターネットを介した情報通信技術)を用いた農業関連商品の普及や適応により、農業現場での労働環境は大きく変わろうとしています。新たな技術の普及状況や経済的にその効果を評価し、適応条件を明らかにすることで、技術開発のフィードバックや農家の技術選択の一助になりたいと考えています。具体的には、どのくらいの規模の農家に新技術の導入が効果的なのか、わかりやすい指針が提示できたらと考えています。
7月に帯広で行われた国際農業機械展を見てもおわかりかと思いますが、農業現場では新しい技術が日進月歩で開発されています。しかし、その技術がどのような農家に適しているのかは、いまだ整理されていません。労働時間の短縮により余った時間が、どのように有効活用されているのかなど、新技術の適応によって農業現場に及ぼす影響をはじめ、その規定要因を明らかにしていきたいです。
<もりおか・まさこ>
帯広市出身。北海道大学農学部農業経済学科卒業。同大学大学農学研究員専門研究員、農研機構中央農業センター那須研究拠点研究員。専門は農業経済学、開発経済学。