農業と生き物たちの関係を解き明かす 中島直久助教に聞く【ちくだい×SDGs(17)】
-研究テーマを教えてください。
人間の営みとして欠かすことのできない農業と農村社会を中心に、そこで生きている生物の実態を明らかにするとともに、人間と共存できるみちすじを探る研究に取り組んでいます。
湿地帯は生物多様性に富んだ場所として知られていますが、特に水域と陸域の境界でその多様度が高いと言われています。人間の手が加わった水田もそのような境界があり、さまざまな生き物が生息する場所になっています。米を主食とする日本では、古くから水田を中心とする農地環境で豊潤な生態系を育んできました。そこでは人間の営利活動と動植物生存の均衡が存在しました。
ところが戦後、石油が燃料の主流となるエネルギー革命と少子高齢化の進展によって農村社会そのものが疲弊し、それと同時に生物多様性も急速に失われています。疲弊した農村社会へのカンフル剤として投入されたインフラ投資がさらに生物の生息環境を劣化させるという悪循環に陥り、かつて共存していた人間と動植物が敵対関係になってしまったのです。
-具体的な研究内容を教えてください。
夏の田んぼの風物詩といえば、どんな風景を思い浮かべますか。
十勝に暮らしているとなかなか実感できないかもしれませんが、福岡生まれの私には、「ゲコゲコ」というカエルの大合唱が頭に鳴り響きます。
その本州のカエルが今、絶滅の危機に直面しているのです。研究対象としているトウキョウダルマガエルは、その名称からわかるように東京をはじめとする関東に生息しています。俳句で名高い松尾芭蕉の「古池や蛙飛び込む水の音」に登場するのもこのカエルだったかもしれません。しかし水田圃場の大規模化やコンクリート化などが進んだ結果、その数を減らしてきています。東京都や千葉県では近い将来に絶滅してしまう危険性が高いと言われるほどです。
トウキョウダルマガエルやトノサマガエルは、ここ北海道で本来は生息していない国内外来種に位置づけられます。しかし近年は品種改良による稲作の普及に伴い、北海道でもその生息域を拡大しています。カエルは隠れるのが上手なので見つけることが難しいのですが、繁殖期はオスがメスを呼ぶために鳴き声を発します。そこで研究室ではICレコーダーを使い、その鳴き声を録音することで道内にいるトウキョウダルマガエルの生息域を調査しています。
ただし北海道の広大な水田地帯で調査すると大量の音声データが出力され膨大なデータ量となります。録音データをもう一度人間の耳で聞き返していたのでは時間がかかってしまいます。そこでデータの中から狙ったカエルの音声を自動で見つけるための深層学習モデルを作成しています。モデルに録音データをインプットすれば、カエルが鳴いているのか、鳴いていないのか、その結果を出力してくれます。
ここでカエルの生態について解説させてください。カエルは冬の間、田畑や山林の土中、または落ち葉の下などで冬眠します。冬眠する場所と産卵する場所は違うことが一般的で、春になり暖かくなると地上に出て、産卵場所に移動します。産卵場所の多くは水田や湿地などの浅い水たまりです。卵はやがてふ化しオタマジャクシとなって水中で成長します。夏前に変態し手足のあるカエルとなって上陸します。そして冬ごもりの前の腹ごしらえのため、田畑や草地などに分散していきます。特に若いカエルの中には新天地を求めて長い距離を移動する個体もいます。
このようにカエルは一カ所にとどまることなく、成長に合わせて生息する環境を変えていくのです。水田のあぜや水路がコンクリート張りになったら、カエルは移動できなくなって、個体数がどんどん減っていきます。またカエルは人間が作り出す水田を中心とした農村環境に大きく依存しています。田んぼの水を抜く中干しの強化や耕作放棄によって水田の水がなくなってしまうと、カエルは簡単にいなくなってしまいます。カエルがいなくなるとそれを捕食するヘビや野鳥にも大きな影響を与えます。まさに水辺を中心とした多様な環境が豊かな生態系を支えているのです。
-カエルのほか、取り組んでいる研究テーマはありますか。
現在は上士幌町におけるキタサンショウウオの生態調査に取り組んでいます。100万年以上前から北方の大陸から渡来し遺伝的に分岐したサンショウウオで、日本の在来個体群と考えられています。繁殖後の生態については、いまだ不明瞭な部分が多く、いまだにその暮らしぶりは謎に包まれています。繁殖中は池の周りにいるので簡単に見つけられるのですが、繁殖が終わると落ち葉の下や穴などに隠れて生きているので、いざ調査となると、まずは個体を発見することに苦労しています。
またドローンを使った空撮映像を立体化して、植物の草高による生育具合を評価しています。ほかにもドローンにより完全放牧の草地で放牧牛が排出した糞の分布などを調査しています。
今後はこのようなリモートセンシング技術を使い、十勝の広大な畑地で営まれる農業生産物の生育状況や環境を短時間で網羅的に把握することを目指していきます。
-今後の課題について教えてください。
トウキョウダルマガエルの生息域調査では鳴き声のサンプリングを用いているので、個体が「いる」のか「いないのか」という点では広いエリアを調べることができるので有用です。この音声データの質を上げるほか、自動検出モデルの性能を上げたりして、音の波形から個体数を調べることができないかと試行錯誤しています。
また生き物が好きで、その生態ばかりを追いかけているとどうしてもマクロ的な視点が欠如しがちです。人間の生活圏で生きるさまざまな生き物と共存できるように、広範囲な知識と視点を持つように努力していきたいです。
<なかしま・なおひさ>
福岡県出身。九州大学農学部地域環境工学分野卒業、同大大学院生産環境科学専攻修了。建設コンサルタントを業務とする会社員を経て、東京農工大学連合農学研究科博士課程、北海道大学大学院農学研究院博士研究員。専門は生態工学、農業環境工学。