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〝最狂の国〟にも日は昇る あれから20年~再びグアテマラへ(15)

小林 祐己

JICAグアテマラ事務所企画調査員

 「世界最狂の国で命がけの観光」。そこまでして観光する!?と突っ込みを入れたくなる強烈なタイトルだが、「世界最狂の国」と聞いたらどこを思い浮かべるだろうか。侵略戦争を仕掛ける某国? 独裁者がミサイルをぽんぽん打つ国? クレイジーな奇祭を行うどこかの国? 今回の正解は、なんとグアテマラ。誤解のないように最初に言っておきたいが、自分がそんなことを思って書いているのでは決してない。数カ月前に話題になったユーチューブ動画のタイトルだ。

 「有名な日本人ユーチューバーがグアテマラに来て動画をアップしたらしい」。こちらの日本人の間でうわさになったのは今年の初め。さっそく見て衝撃を受けた。動画サムネイルのタイトルは「警察を雇わないと殺されてしまう国 グアテマラ」。続いて画面に出てくる文句が「世界最狂」「警察をお金で買収」など。ユーチューバーが空港を出発する冒頭のシーンでは、「誰も行かないようなところに旅立とうと思う」と決死の言葉が…。あの、、ちょっと待って、こちらは普通に暮らしてるんですけど…と思わずパソコン画面に語りかけた。

中南米諸国の2021〜22の殺人発生率。グアテマラは中位だ(InsightCrime.org)


 「最狂」の意味は治安の悪さ。動画では世界の殺人発生率のデータが紹介され、「グアテマラは39・9人(10万人当たり/年)で世界ワースト5位」の危険国だと。おいおい、そのデータ古いよ! それは10年以上前の話で今は18人くらいで世界十数位に落ちてるよ~と突っ込んだころまでは「なんて動画だ!」と憤っていたが、到着したユーチューバーが夜の首都の雰囲気が怖いとビビり、昼間の旧市街を警察の護衛を付けておびえながら歩く姿を見ているうちに「なるほど~」「確かに…」と納得してきた。39人だろうが18人だろうが、0・3人程度の日本から見れば「最狂」かも、お菓子やジュースを売る商店にショットガンを持ったガードマンがいるのは狂っているかもしれない…。20分ほどの動画が終わるころには、よくグアテマラまで来てくれたとユーチューバーをねぎらいたくなった。
                   
 確かにいくつかの言葉は事実誤認を招くオーバーな表現だけど(閲覧数を稼ぐための釣り文句かな)、治安が悪いことは否定できない。動画のコメント欄を見ると、「自分は絶対行かない国を見せてくれてありがとう」というような感謝と称賛の声に満ちている。平和に暮らす日本人のリアクションとしては正しいのだろう。残念なのは「グアテマラ=ただ危険な国」というイメージが広がってしまうことで、首都以外には普通に歩ける平和な地域がたくさんあり、そして何よりも人が温かく、素晴らしい文化と自然がある豊かで魅力的な国であることも紹介してほしかった。動画タイトルでは「買収」したことになっている警察官(観光警察官)が「仕事だから」とお金を断り、「いい人もいるんです」と紹介されていたのは良かったが。

ユーチューバーも恐れた首都の旧市街の街並み。鉄格子と有刺鉄線は当たり前


 以前からネットで「グアテマラ」と検索すると、日本人バックパッカーが「ついに治安最悪の国に潜入した」みたいなブログを書いているのをしばしば見かけた。ではグアテマラの治安はどれほど悪いのか? 殺人発生率は前述の通りで日本のうん十倍。確かにひどい数字だが、殺人の多くはギャング組織「パンディージャス」(主に中米で活動する犯罪組織)に関係するもので、特に外国人や観光客が無差別に殺されるような事態は起きていない。普通の生活で警戒すべきなのは路上強盗で、拳銃やナイフで脅して携帯や現金を奪う事件は首都では日常的に起きている。最近多いのはバイクに乗った2人組の強盗で、歩行者だけでなく、信号や渋滞で停車中の車も携帯を奪われる危険があるので、首都では窓を開けて走行してはいけない。

グアテマラ市内の渋滞時は強盗に要注意


 そのほかに危険なのは、首都圏や幹線を走る路線バス。以前にこのコラムで「カミオネーター」として紹介したチキンバスは、本来は楽しい乗り物だけど、残念ながら強盗に襲われることがしばしばある。またグアテマラには3000メートル級の火山が多くあり、登山観光が盛んなのだが、一部の山には強盗(山賊)が出る。先日は外国人グループが強盗に遭い、実はガイドもグルだったというひどい話があった。ここまで書いて「ああ、やっぱり治安悪いわ」と思ったけれど、アンティグア、パナハチェル、ティカル、チチカステナンゴといった代表的な地方の観光地は外国人が一人で歩いても問題はない。ソロラやトトニカパンなどの西部の先住民が多い地域は殺人発生率も日本より若干高い程度で、いたって平和だ。

西部高原の平和なまち、トトニカパンの中央公園


 そう、危ない場所とそうでない場所の差が極端なのだ。なのでグアテマラで安全に生活するためには危ない地域や時間といった情報を正しく知ることが大切だ。これは日本以外の外国では常識だろう。自分が働くJICA事務所では、特に首都圏の治安を警戒している。首都内は一部地域を除き歩いて移動するのは禁止で、歩いていい場所でも午後6時を過ぎるとダメだ。路線バスは乗車禁止、流しのタクシーも禁止…と規制がいっぱいだ。「そんな禁止ばかりは息苦しくて暮らせない」と思うかもしれないが、慣れるとそう窮屈ではない。「危ないとこには行かない」というシンプルなことだ。

首都内の普通の通り。昼間でも歩く時は周囲に注意


 そうは言っても自宅周りの徒歩OKの場所でもまれに強盗はあり、日本のような100%近い安全は保証されていない。例え昼間でも外を歩くときは常に神経をピリッと警戒レベルを上げ、周囲の状況を見る。前から来るバイクは挙動不審じゃないか、曲がり角にだれかいないか…。特に背後は人が付いていないか数十秒ごとに確認する癖が付いた。

 「俺の背後に立つな」と言えばゴルゴ13みたいだが…。ボランティアを終えて日本に帰国してしばらく、この感覚が抜けなくて東京の人混みで困ったのを覚えている。ちなみに外務省がマンガで防犯を解説している中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル「ゴルゴ13×外務省」は面白くておすすめだ(外務書HPで電子版や動画も見られる)。

中堅・中小企業向け海外安全対策マニュアル「ゴルゴ13×外務省」


 グアテマラで暮らして、日本の治安の良さは世界に誇る財産だとしみじみ思う。平和ボケなんて言葉もあるが、治安に関してはボケるほど良いのは素晴らしい。この治安を維持するためにも、ユーチューブ動画でも世界の現状を知るのは良いことだと思う。自分は最近ユーチューブを見るようになった初心者だが、知らない土地のリアルな映像を見られるのは面白い。グアテマラも先の有名ユーチューバーの動画だけでなく、「治安」「グアテマラ」と検索すると、「最怖都市」「超絶危険都市」「治安激悪」など過激な言葉が並ぶたくさんの動画がある。ただ中身はそうひどくはなく、自分は「大国アメリカのせいで経済ズタボロになった治安激悪国家 グアテマラ」(これもすごいタイトル!)という解説動画が歴史も伝えていて勉強になった。消えてなければこちらもおすすめだ。

首都の豪華な商業施設。高級店が並ぶ

首都の峡谷に広がるスラム街


 グアテマラは治安さえ良ければ素晴らしい国なのに、と切実に思う。治安悪化の原因は長く続いた内戦の影響や武器の拡散、麻薬組織やギャングの進出などさまざまあるが、最大は貧困、貧富の差に尽きる。首都にはブランドショップが入る高級ショッピングセンターが建ち、一台数百万円の高級車が走る傍らで、峡谷に広がるスラム街で水や電気も乏しくその日の生活をつなぐ人たちがいる。良くないことだが、持っている人を襲う構図は理解できる。ただ同じ貧困でも地方では犯罪が多発していない地域がある。恐らく不十分ながらも地域社会で生きるシステムができているのだろう。根源的な貧困とそれを支える社会システムの不備、そこに付け入るギャングや麻薬組織…複合的な負の連鎖が首都圏の治安悪化を招いている。「犯罪者を捕まえれば治安が改善する」という単純な問題でないのが難しいところだ。

過激な写真が踊る大衆紙の紙面


 こちらの大衆紙やテレビニュースを見ていると正直、気がめいる。「ガードマン殺される」「警察官が誘拐犯に」―ある日の新聞の1面記事の見出しだ。それなりにショッキングな写真も付いている。テレビニュースでもぼかしが入っているものの、被害者の遺体や流血の跡などが頻繁に映し出される。日本のような映像や写真の規制や配慮は少ないようで、子どもには有害な環境だと思うけれど、それが現実ではある。昨年に一度だけ、「過去24時間に殺人が1件も報告されなかった」というニュースが流れて「おおっ、平和なグアテマラ来たー!」と喜んだが、その後はまた毎日誰かがどこかで殺されているようだ。

美しい夜明けの写真(Canal3 Telediarioより)


 毎朝見ているテレビのニュース番組に、各地の「amanecer(アマネセール=夜明け、目覚め)」を紹介するというミニコーナーがある。視聴者が投稿した日の出や夜明けの風景写真を映すだけのシンプルな企画なのだけど、殺伐としたニュース映像が続く中で、まさに一服の清涼剤となっている。テレビ局の企画会議で誰かが「事件映像ばかりではさすがに精神衛生上よろしくない」と提案したのかもしれない。美しいアマネセールを画面越しでなく、どこでも現地で安心して見られる日はいつか来るのだろうか。

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