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チーズのふるさと あれから20年~再びグアテマラへ(16)

小林 祐己

元JICAグアテマラ事務所企画調査員

 チーズはおいしいだけでなく、バリエーションが豊かなので出合いが楽しい食べ物だ。日本で暮らしていた北海道・十勝には明治、雪印、よつ葉という大手だけでなく、酪農家らの手によるナチュラルチーズ工房がたくさんあり、さまざまなタイプと味を楽しめる。よくチーズのほめ言葉として「くせがなくて食べやすい」という文句が使われるが、自分はくせが強いものが好きだ。くせというより個性と言った方が適当だろう、牛の種類やえさ、乳酸菌、熟成方法…、工房ごとに独自のこだわりと風味がある。職人たちが追及するその土地の味を食べ比べるのはとても楽しく、幸せな体験だ。 

十勝のチーズマップ(十勝総合振興局HPより)。ぜひ巡ってみて!


 グアテマラの人々もチーズ(queso=ケソ)をよく食べる。首都のスーパーに行くとチーズ売り場の大きさにちょっとびっくりする。地方の街中や市場でも手作りの品を売っている。一般的なのはフレッシュタイプで、伝統的な朝食はフリホーレス(豆)と卵料理、プラタノ(調理用バナナ)に加えて、必ずカッテージチーズやクリームチーズが付いてくる。その他にも、モッツアレラなどを溶かして使うメニューは数多く見かけ、トルティーヤ(トウモロコシ粉で作る丸い薄焼きパン)にチーズを挟んで焼いただけの「トルティーヤ・コン・ケソ」はシンプルながらもチーズの味わいを楽しめる大好きな一品だ。

首都のスーパーのチーズ売り場。さまざまな種類が並ぶ


 そんなグアテマラに「思い出のチーズ」がある。青年海外協力隊のボランティアだった2002~04年当時、任地だった太平洋岸のハワイ村から首都に行く際にバスを乗り換えるタシスコ(Taxisco)という小さな町に、一軒のチーズ屋さんがあった。タシスコは牧畜が盛んな地域で「La Cuna Del Queso=ラ・クナ・デル・ケソ(チーズのふるさと)」として知られており、店の名前もずばり「La Cuna Del Queso」だった。ちょうどバス発着場の真ん前に店があり、首都に行くときはよくチーズを買っていくのがお決まりだった。ここにちょっと珍しいタイプの、おいしいチーズがあったのだ。 

 「Queso de Pita(ケソ・デ・ピタ)」というチーズはいわゆるストリングチーズ(さけるチーズ)で、ヘビのようにぐるぐるととぐろを巻いた形が特徴で、しっかりした弾力があり、軽い酸味と濃いミルクの味がしてとてもおいしかったと記憶している。この店は自分が見つけたわけではなく、この地域の先輩隊員から教わったもので(最初にもらったバス乗り換えマップにチーズのことが書いてあった)、首都ではいつも他地域の仲間たちがお土産として楽しみにしてくれていた(と思う)。少なくとも当時の協力隊員の間で「タシスコのチーズ」は有名だった(と思う)。 

タシスコのチーズ(HPより)。真ん中にとぐろを巻いた「Pita」がある


 今回20年ぶりにグアテマラにいる間に、成し遂げたいことの一つがこの「タシスコのチーズ」をもう一度食べることだった。タシスコは今回暮らす首都から南に約100キロ、当時はバス乗り継ぎで3時間半かかった遠い場所にある。なかなか訪れる機会がないままに、ある日ネットで調べると、何と首都圏に出店が何軒もあるという情報が! さっそく週末にGoogleMapを頼りに車で30分ほどの都内の出店に行ってみると、看板は存在するもシャッターが閉まって営業の気配がない。おかしいな~と店のFacebookをよく見ると、更新が2018年で終わっているではないか。これは…もうあの店にいくしかない! とある休日、懐かしのタシスコへ、今度は自分が運転する車で向かった。 

 約2時間半のドライブはワクワクして楽しかった。首都の涼風が海に向かって下るとだんだんと海岸地帯の暑い風に変わり、「Taxisco」の標識が出てきて懐かしい街並みが見えてきた。かつてリュックを背負ってバスを待った道路脇に車を止め、記憶を頼りに店に向かうと、当時のままの看板を見つけた。「Queso de Pita」と書いてある。あったぞ~!と喜んだのもつかの間、店舗はまたもシャッターが下りていて、しかも前がバイク置き場になっていて営業の気配はまったくない。「倒産した!?」。周りに移転していないかウロウロしてみたが、やはり店はなくなっていた。 

見つけた懐かしの店舗。看板はあるがシャッターが下りている


 近くにいた地元のおじさんに聞いたところ、「La Cuna Del Queso」は数年前にご主人が亡くなり、その後すぐに奥さんも亡くなって営業を終えたとのことだった。Facebookが途絶えた2018年だったのだろうか。首都圏に何店も出店するほど手を広げていたのならば会社組織にして後継者はいなかったのだろうか?と疑問も浮かんだが、もしかしたらその後のコロナ禍で営業が続けられなくなったのかもしれない。残念ながらもうあの味は食べられないようだ。20年間で思い出補正された記憶のおいしさを検証したいと思っていたのだが、楽しく、おいしかった味は思い出のままになってしまった。
                         
 タシスコのチーズは残念ながら幻になったが、グアテマラにもう一つお気に入りのチーズがある。「Queso Chancol(ケソ・チャンコル)」という名前のハードタイプのチーズで、首都から車で2時間ほどのテクパン(Tecpan)という観光地のレストランで名物になっている。このチャンコルチーズを挟んだ「トルティーヤ・コン・ケソ」は絶品で、はるばる食べに行く価値がある。そして、実はこのチーズを作っている場所はテクパンではなく、さらに首都から遠いキチェ県のアクル(Acul)という小さな山間の村なのだ。このもう一つの「チーズのふるさと」を見たくて、今年の初めに車を走らせた。

ハードタイプのチャンコルチーズ

                 
 このチーズは1930年代にイタリア北部から移住した家族が伝え作っている。しっかり熟成されたチーズはミルクのうま味がぎゅっと凝縮し、どこか草の香りがするような豊かな風味がある。首都からアクルは距離にすると約230キロと帯広から札幌よりちょっと遠い程度(十勝人にしか分かりにくい表現…)ながら、山道なので車でも約6時間かかる。村に入ると、標高約2000メートルの凛(りん)とした空気に包まれた山の斜面に1軒の酪農家があり、そこで伝統のチーズが作られていた。 

チャンコルチーズを作るアクルの牧場


 緑の山肌に40~50頭の牛が放牧され、乳を搾る牛舎の横にチーズ工房とレストラン、数部屋のホテルが併設されている。ここに1泊したのだが、チーズはもちろん、食事に出された手作りのクリーム、バターも感動のおいしさだった。イタリアの味は今やこの土地の味になっていた。時間がゆっくりと流れる牧草地で草をはむ牛と日暮れの山を眺めた。これこそ遠くても訪問する価値がある、幸せな場所だった。 

 訪問から数カ月たった最近、テクパンに寄った際にアクルのチャンコル・チーズが売っていたので買ってみた。家に帰り、薄くスライスして口に入れると、うま味と共にあの引き締まった山の空気感と夕暮れの風景が浮かんできた。やっぱりチーズは幸せな食べ物だなと思った。

チャンコルチーズの「トルティーヤ・コン・ケソ」

ちょっと豪華版の伝統的朝食。皿の上側にチーズがある 

チュラスコ(焼き肉)にもチーズ(左上)が付く

「Tacos(タコス)+Queso(ケソ)」でその名も「Taqueso(タケッソ)」

スーパーで見つけた他社ブランドの「Pita」チーズ。おいしいストリングチーズだった

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