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ウミガメを殺しているのはだれ? あれから20年~再びグアテマラへ(13)

小林 祐己

元JICAグアテマラ事務所企画調査員

 以前にこのコラムで「グアテマラの楽園」ハワイを紹介した。20年前の自分のボランティア時代の任地だった太平洋沿いの海辺の村だ。実は前回のコラムではこのハワイ村の一番の魅力についてちゃんと説明ができなかった。もちろんのんびりしたビーチというだけでも魅力は十分なのだが、このあたりの砂浜には主に6~11月の雨季にウミガメが卵を産みに来るのだ。運が良ければ産卵に立ち会うことができるこのウミガメの話を今回は書きたい(カメなんか見なくてもビーチでビールが飲めればいい!という人もぜひ最後までお付き合いを~)。

ウミガメが来るハワイの砂浜


 ここの砂浜には主にパルラマ(Parlama=ヒメウミガメ)とバウレ(Baule=オサガメ)」の2種類のウミガメが産卵に来る。甲羅の大きさが70センチほどのパルラマがたくさん来るのに対し、大きいものは1・8メートルにもなるバウレは生息数が激減し、太平洋の個体群は絶滅危惧種に指定されている。彼女らは夜間に静かに砂浜に上陸し、10メートルほど上った潮をかぶらない場所に穴を掘り、50~100個の卵を産んでいく。卵は約50日でふ化し、自力で砂から出た子ガメはだれに教えられることもなく海を目指して歩き、波間に消えていく。正確なデータはだれも知らないが、数年後にまた親として生まれた砂浜に戻れるのは1000匹に1匹とも言われている。

ハワイの海岸に来たパルラマ


 このハワイの砂浜で、グアテマラの自然保護団体「アルカス(ARCAS=グアテマラ野生生物保護協会)」がウミガメの卵を保護するふ化場を運営している。この「ハワイ公園」がかつての自分の職場だ。「なんでせっかく産んだ卵を人が保護する必要があるの?」と思うだろうし、自然のままが最良なのは言うまでもないが、グアテマラでは村人が卵を掘り返して全部持って行ってしまうのだ。目的は現金収入で、精力剤になると考えられている卵は市場で売れる。この慣習を否定することもできないので、ARCASは地域との約束で見つけた卵の10%(この数字は変動する)を寄付してもらったり、自分たちの資金で買い取ったりしている。こうして集めた卵をふ化場に再び埋めて子ガメを海に返しているのだ。

保護した卵はふ化場に埋めなおす


 なので隊員時代は毎晩、カメを探して砂浜を歩くのが日課だった。歩く距離は3~5キロになりこれが任期中に5キロ以上痩せた大きな理由だ。そして夜の砂浜にはカメを探して歩く人がたくさんいる。地元にはパルラメアール(Parlamear=パルラマを探して歩く)という言葉まである(もちろん首都では通じない)。こうした達人たちを差し置いて、ぽっと出の日本人が最初にカメを見つけるのは容易ではない。まず、カメが驚いて海に帰ってしまうので懐中電灯は使えない。だからほぼ見えない。暗闇の中で探すのはカメ本体でなく、その足跡だ。カメが上った砂浜にはハの字の足跡が残る。本当に微妙な痕跡なのだが、例え新月の夜でも村人はそこでぴたりと足を止める。また、たまに立ち止まって真っ暗な海を凝視し、波間にチラ見えするカメを発見する。自分も2年間、真面目にパルラメアールしたつもりだが、残念ながらこうした神業を習得することはできなかった。

産卵を終え、暗い海に帰っていく母ガメ


 だがさすがに毎日歩いているとたまに幸運が訪れる。月が明るい夜などに、上陸したばかりでまだだれにも見つかっていないカメに遭遇することがある。できるのなら痕跡を全部消して自然に残したいものの、それも難しいので産卵が終わるのを待って、去っていく親ガメに「ごめんね」と手を合わせつつ卵を掘り返す。20年前、思い出深いカメとの出合いが二つある。一つは2年間で唯一立ち会えたバウレの産卵。これは一番乗りではなかったが、手足を入れたら2メートル近い巨体が砂浜を歩く姿はもはや神秘的でただただ圧倒された。次は任期の最終日、最後の仕事を終えて職場から家に帰るために砂浜を歩いていて、家に入る手前の最後の砂地に1匹のパルラマがいた。まるでさよならを言いにきたように。なんだか出来すぎた話だが本当に偶然だった。まだ夕方だったので周りには誰もおらず、産卵し海に帰る母ガメの姿を静かに見送った。おかげで卵を埋めにもう一度職場に戻ることになったけれど。

ハワイの浜に現れた巨大なバウレ(2004年撮影)


 さて、こうして卵の乱獲からは保護しているウミガメだが、人の手で個体数が減る原因は他にもある。グアテマラ太平洋岸では漁船が底引き網漁でエビなどを捕っており、この網にカメが入ると呼吸のために浮上できずに窒息死してしまう。網にはTEDと呼ばれるカメ脱出口の装着が定められているが、穴からは魚も逃げてしまうため漁師は付けたがらない。もう一つはよく知られるプラスチックの問題だ。海中を漂うプラスチックをクラゲなどのエサと間違えて飲み込んだカメは運が悪いと死んでしまう。ハワイでも砂浜に打ち上げられたウミガメの死体を解剖すると、消化器官の中にたくさんのビニール袋が入っている例がある。直接の死因かは断定できないにしても、われわれ人間が捨てたプラスチックごみが悪影響を与えていることは間違いない。

カラフルなプラごみが集まるハワイの波打ち際


 昨年10月末、職場の同僚たちとハワイを訪れ、懐かしの砂浜を歩いた。20年前にもたくさんのビニール袋やペットボトルのごみが漂着していて、村の子どもたちと定期的に清掃作業をしていた。ごみのラベルを見るとグアテマラだけでなく、メキシコやエルサルバドルのものも多かったのを覚えている。今回もボトル、容器類は多かったが、歩いて気づいたのは細かいプラごみが増えていること。波打ち際の砂の上をよく見ると、色とりどりのキャップや細かい破片がたくさん打ち寄せられている。カラフルな帯は波の跡に沿ってどこまでも続いている。それだけ海中にはたくさんのプラスチックごみが流入し、時間をかけて細かくなった破片や粒が漂っているのだろう。問題は深刻化していると感じた。

グアテマラ山間部のごみ捨て場


 これら海のプラごみはすべて海岸沿いの人がポイ捨てしているわけではない。内陸のごみが川を伝って海に流れ込んでいるのだ。グアテマラではごみ処理システムの整備が不十分で、例えば首都でもごみ処理場からあふれたごみが国内一長いモタグア川に流れ込み、カリブ海まで達して河口のホンジュラス側を汚染して問題になっているという。地方に行くと、がけや谷間を利用して山積みしただけの「ごみ捨て場」をよく見かける。道路沿いの不法投棄やポイ捨ても多い。こうして山間部に放棄されたごみの一部はいつか川に流れて海にたどり着き、運の悪いウミガメの口に入り、殺してしまっているのかもしれない。

山の斜面になだれ落ちるごみ捨て場


 グアテマラでも一部の先進的な自治体ではリサイクルなどの取り組みが始まっていると聞く。ただ人口が最も集まる首都ではまだまだだ。自分が住むアパートでもごみはいっしょくたで、入居時に「ごみの分別はどうしたらいいですか?」と聞くと、管理人さんが「いや分けた方がいいのはその通りなんだけど、結局一緒に持っていくだけだから」と申し訳なさそうに答えてくれた。個人的に缶やビン、ペットボトル、生ごみとその他は分けているけれど、確かにすべてのごみは同じトラックに載せられて運ばれていく。衛生的な収集と適切な埋め立て処理、その先のリサイクルや資源化、焼却による減容など。この国の環境、廃棄物の問題解決はこれから日本が力になれる分野だと思う。

首都のごみ収集車


 最後はごみの話になってしまったが、卵を取る村人だけでなく、海から遠く暮らすわれわれみんなもウミガメが生きのびる環境に責任があるということを忘れてはいけない。昨年10月にハワイを訪れた時、せっかく来たのだから同僚の人たちにもウミガメを見てほしいと思って夜の砂浜を歩いたら、歩き始めて20分足らずで産卵中のパルラマに出くわした。目ざとい村人がもう見守っていたが、久しぶりに産卵を見ることができた。同僚の中にかなりの幸運の持ち主がいたのだろう。99個の卵はすべて購入し、ハワイ公園に埋めた。12月には海に帰ったはずの子ガメたち。果たして何匹が無事に成長し、またハワイの砂浜に帰ってきてくれるだろうか。

砂浜を歩いて海に向かう子ガメ

砂浜でごみ拾いをする村の子どもたち(2004年)

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