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インタビュー編(3) 世の中や親の焦り 教育へも波及  明治学院大学 高倉誠一准教授

【たかくら・せいいち】
 専門は、障害のある子どもの教育(特別支援教育)。特に知的障害教育について、子ども主体で進める授業や学校生活の在り方などを教員らと実践的に研究している。2016年から現職(社会学部社会福祉学科)。52歳。

 -全国でなぜ発達障害がある子たちが増え、特別支援学級に入っているのか。
 障害の認知が広がり、文部科学省の調査も普通教室内にまだケアすべき障害児がいるという数字を示してきた。この子もひょっとすると発達障害ではないか、という見方が増えてきたのだろう。

 特別支援学級で最も多いのは、以前は知的障害がある子だった。だがいつしか自閉症・情緒障害の子がそれを超えて、最多となった。

 在籍する子どもが増えたのは、特別支援教育の理解が進んだこともある。かつてに比べれば、保護者や社会の抵抗感は少なくなっている。その意味で、在籍することのハードルは低くなっている。

 -十勝のように特別支援学級の在籍を積極的に取る、障害種別を差配するのは全国でもあるのか。
 聞かないことはない。普通学級の担任が一番恐れるのは、落ち着いている子の中に、そうでない子がいて学級が崩壊することと聞く。校長も先生も困るし、そもそも人手もほしい。私が住む千葉県でも他の県でも起こっている。

 -文部科学省は通知(22年4月27日発出。特別支援学級に在籍する児童・生徒は授業時数の半分以上を個別指導に充てるべきとの内容)を発することによって、「日本型インクルーシブ教育」とうたう特別支援教育で何がしたいのか。

 支援が必要だから同学級に在籍させているのに、実態はほぼ普通学級で過ごす。もはや特別支援教育の前提が崩れてしまっている。文科省の立場からは、正当な指摘だと思う。

十勝毎日新聞社のオンライン取材に答える高倉准教授


 -なぜほぼ普通学級で過ごす運用が学校現場に広がっているのか。
 障害者権利条約を日本が批准したのが14年。前後して条約に対応できるように国内法や体制を整備しようとした。文科省は12年、インクルーシブ教育を推進する通知を出した。

 そこでは、できる限り普通と特別支援の両学級の子どもたちが共に学びなさいと言い、両学級の交流・共同学習が日常化した。多くの現場は文科省が言っていたことなのにと感じているだろう。授業の半分以上を別に学ぶことを機械的に適用すると、現場は戸惑うだろう。この類いの意見は、現場からいくらでも聞こえてくる。文科省もそれを分かっている。

 -子どもが普通と特別支援に教室を分離されると、社会も分離されるとの意見がある。
 私は、特別支援学級を否定しない。むしろあった方がいいと考えている。通級指導教室もあった方がいい。子どものハンディに応じて適切、丁寧に場を分けて対応できるからだ。

 「権利」という観点からは、特別支援学級という別の場そのものが駄目と考える人はいる。欧米はその傾向が強いようだ。現場の教員の間に一定のコンセンサスがあるようには思えない。

 「半分」と数量的に目安を示したのは、文科省が全国の小中学校約40万学級をコントロールする責任があるからと推察できる。考え方だけで説明しても十分に浸透しない。教育に限らず政策には数字で区切らざるを得ない面があるのだろう。

 ただ教育はあくまで子どもの立場で考えるべき。皆一緒が一番いいと大人が言っても、子ども本人がどう感じているかはわからない。特に知的障害の子は、授業が分からないのに1日座っているのはしんどいだろう。これは放置してはいけない。発達障害の子は仲間といることがしんどいと感じる子もいる。いじめられることもある。そのための支援クラスだろう。

 -特別支援教育に成果はあるのか。
 一つのエピソードがある。普通の中学校にいた軽い知的障害の女生徒Aさんは、授業が分からなくて、静かに存在を消すように学校生活を送っていた。その様子を教頭が気にしながら見ていた。卒業を控えて進学先を選ぶことになり、父親や親戚は普通高校へ進学しろと言ったが、母親は特別支援学校がいいと言い、結局後者を選んだ。

 教頭はたまたまこの特別支援学校へ異動になり、その後のAさんを観察することになった。彼女はみるみるうちに変わり、自信をつけていったようだった。生徒会役員へ立候補し、手を挙げて演説するまでになった。表情が全然違ったという。両親も親戚も皆、特別支援学校へ行って良かったと言うようになった。その子が活躍できる場が大事ということではないか。

 今日の教育のありようについて、インクルーシブ教育や特別支援学級への在籍増、教員離れ、いじめなど、どれも切り離せない問題でもある。むしろ問われているのは、教育の包容力が失われてしまっていることではないか。

 学校は同じ年齢の人たちで構成される小社会。だから違いが見えやすい。教育課程は、いわば「同学年、同内容、同時間」。全国津々浦々で適用される。そもそも文化的に窮屈な場所であり、価値観が狭い。それでもまだ以前の方が、包容力があったと思う。

 世界の情勢は不安定で、先行きが不安な時代。特に日本は少子高齢化で、労働力人口が減り、アジアの国々に経済力でも抜かれつつある。明らかに国力が下がっている。そんな停滞した社会の雰囲気から、子供たちのお尻をたたくきらいが強まっている。

 PISAショック(注1)のように、少し点数がへこんだくらいで、ゆとり教育は悪だと批判が出て、授業時数が増やされた。今はプログラミングや英語、アクティブラーニングなどが出てきて、子どもたちにも先生にも負荷がかかっている。社会全体にも効率化を求める風潮が強い。評価や効率を求める傾向は教育にも入ってきている。

(注1)「PISAショック」とは・・・経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに発表する「学習到達度調査(PISA)」で2000年代前半に順位が下がり、文科省が「脱ゆとり教育」を本格化させるきっかけになったと言われている。

 最も新しい学習指導要領では目標や評価を明確にせよと強く言うようになった。教育の内部で達成目標を細かく言われると、どうしても外れる子が増えてくるだろう。「学校がしんどい」と感じる子どもも少なくない。

 その指標が不登校ではないか。毎年最多を更新している。先生の精神的な理由による休職も過去最多。学校がしんどくなっている。そこで、やれ競争だ、皆で一つの目標にひた走る、となると、落ちていく子が出てきて、そんな子を差別的に見る空気が生まれてくる。

 子どももしんどいし、今は先生も相当しんどいのではないか。教員も多忙であり、ブラックな職場とよく言われる。でも先生たちは頑張れる人たち。あの子のためにと内側から湧いてくる意欲で残業をいとわない。でも国から追い立てられると先生もつらくなる。

 きっと世の中も不安感が強いのだろう。うちの子も勉強しっかりさせなきゃいけないと親が思う。クラスに落ち着かない子がいると、他の親から「我が子の勉強の妨げになる」とクレームが来る。人が劣化しているのではない。世の中の構造がそうさせている。余裕がなく、息苦しい社会となっていることは、大人も実感しているのではないだろうか。

高倉准教授(提供)


 -日本のインクルーシブ教育の理念とは。
 子どものニーズに応じて充実した教育が提供できるように分けている。正当であるし、私も良いと思っている。ただ、障害イコール専門と発想して、過剰に特別支援学級へ行かせるのはまずい。今は特別支援教育と日本型インクルーシブ教育の過渡期にあるのではないか。混乱のさなかではとも感じる。

 教育費は青天井ではない。どこかで制御しないといけなくなる。インクルーシブ教育はこの10年くらいの話。多くの関係者のコンセンサスができてくるのに、あと10年はかかるのかもしれない。

 インクルーシブ教育の専門家がイタリアを視察してきた話では、イタリアはフルインクルーシブのようである。なぜ成立するのか。一つに少人数だから。加えて、指導方法が日本は一斉指導だが、イタリアは少人数で、グループで取り組むなどのプログラム学習。自分たちで問題解決する。

 結局、学級の規模といった基礎的な条件整備に加えて、教育課程も含めて抜本的な改革が必要になるはずだ。インクルーシブ教育は、そのような意味で、通常の教育のありようが問われていると考える。

 -国連が言うインクルーシブ教育の姿とは。
 国際社会が言うのは、教育から排除されがちな子どもたちをきちんと包摂しよう。例えば、移民の子、貧しいから学校へ行かず働く子、人種や宗教の問題から教育へアクセスできない子。教育に参加できない子どもを包摂しようとするイメージだ。

 インクルーシブ教育で日本がむしろ指摘されるべき点は、外国にルーツがある子たちへの教育だ。その子どもたちのニーズにきっちり向き合っているか、きちんと条件を整えているか、という意味では、障害児よりもっと排除されてしまっている。

 ブラジルやフィリピンやタイの人たちの子どもを日本は学校へ受け入れてはいるが、ただ一緒にいさせているだけ。日本語が分からないのに制服を着せて座らせている。しっかり予算を使って取り組んでいない。先生も手いっぱいであり、組織的、制度的にきちんと対応できる体制ができていない。

 教育は社会を映す鏡。教育の課題は、この国の社会の課題と連続している。子どもの個性と力の発揮には誰もが安心して学び、集うことができる学校が求められる。

(「連載・子どもを分ける学校」インタビュー編は、電子版で毎週月・金曜日に無料配信します。教育や共生についての多様な意見を紹介します)  

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