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人と家畜の感染症を文化、宗教、社会的背景からひもとく 途上国の貧困根絶へ 耕野拓一教授に聞く【ちくだい×SDGs(8)】

松田 亜弓

十勝毎日新聞社 編集局メディアコンテンツ部

 ―研究されている家畜感染症とはどのような病気なのでしょうか。 
 主に研究している感染症は「牛結核」と「牛ブルセラ症」などの人獣共通感染症です。

 例えば牛ブルセラ症は牛が流産します。牛に子どもが生まれればミルクが搾れて確実な収入が期待できるので、流産すると発展途上国の貧しい家庭に与える経済的なダメージは大きいです。一方で、人間が感染すると発熱や倦怠(けんたい)感などが長期間続くなどの健康被害があるといわれています。そのため、効果的な対策が重要になります。

 これを人種による違いや、家畜の飼い方、病気の知識を持っている人の多寡など、社会科学的なところから感染症の広がりとの関係を調べています。

耕野教授


 ―牛結核や牛ブルセラ症の日本での発症はすごく少ないですね。多くは発展途上国で広がっているようですが、なぜでしょうか。
 いろいろな課題が国によってあるのですが、対策ができない要因としてはお金(予算)の問題が一番大きいです。スリランカでは牛ブルセラ症の調査を希望した時に、政府(家畜衛生局)からやめてほしいと言われました。国にお金がないので病気に優先順位をつけていくと、こうした病気は下の方に来るらしく、スリランカとしては「変なところで問題を起こさないでくれ」という思いもあるようです。

 ―宗教など文化の問題もあるのでしょうか。
 スリランカは人口の約7割が仏教徒で、動物の殺生を嫌う人が多いです。「家畜を殺すべきではない」と主張するお坊さんもおり、屠畜場が一時閉鎖されたこともあります。

 その一方で、市場には牛肉が並んでいるんですよね。誰が殺してるのかというと、イスラム教徒が近くのジャングルの片隅で殺して肉にしているようです。そうすると、イスラム人の農家の方が牛ブルセラ症に感染している牛が多く、人も感染している可能性が高くなります。屠畜などの家畜との接触頻度が高いからですね。その傾向は調査データからも確認されています。

炎天下に牛乳を売る男性(スリランカ)


 ―人々の文化や宗教観が図らずしも感染を拡大させてしまうのですね。
 例えばミャンマーは牛の放牧民がおり、国内を移動するのですが、それが牛ブルセラ症などを広げてしまうと言われています。また、一部の遊牧民はその流産した牛から出てくる胎盤を食べるようです。多くのブルセラ菌が付いているらしく、そういった農家ではブルセラ症の発生が多いですね。私の研究室にいるミャンマー政府の獣医さんは胎盤を食べたことがあり、おいしいって言うんですけど、やめた方がいい。そういうのも病気が広がる要因です。

 また、ジンバブエではタイレリア病(タイレリア原虫を病原体とする)があり、感染していくと牛が次々に死んでしまうので、焼却して処分します。その一方、住民・農家は貴重な動物性タンパク源だからもったいないとし、死んだ牛の肉を取って持って帰って食べる。それがまた、病気が広がる原因になります。

 私の研究室で学位を取ったマダガスカルの方が、マダガスカルのアフリカ豚コレラを研究していました。日本では発生していないですが、感染力が高く、発生するとブタがどんどん死んでしまいます。(※日本でも発生した豚コレラとアフリカ豚コレラは異なる病気です)

 研究の結果、マダガスカルには「fihabanana(フィファバナナ)」という相互扶助慣行があることが分かりました。あったんです。要するに助け合いの精神ですね。アフリカ豚コレラが発生するとブタが死んでしまうので、周りの人が発生した農家を「かわいそうだ」として、その農家を助けるために死んだブタの肉を市場価格より安く買って素手で持ち帰り、それが病気が広まるきっかけになります。よかれと思ったことがあだになるということです。

 要するに国によっていろんな社会的背景があるんですよね。

遊牧の牛が夕方になり、戻ってきたところ(ミャンマー)

ミャンマーでの遊牧民の調査の様子(右から2人目が耕野教授)


 ―どう感染拡大を抑えていけばいいのでしょうか。
 これは今、マダガスカルでやってる牛結核の調査なのですが、今のところ30%ほどの牛が感染しているデータが出ています。日本では考えられない、すごく高い数値です。

 日本も昔は牛結核があったのですが、どう制圧したのかというとお金が重要になりました。殺処分への補償金ですね。

 もしマダガスカルで牛が殺処分になるとして、補償金なしに「病気だから殺処分します」と言っても、農家の人も生活が掛かっているので「待ってくれ」と言うと思います。しばらく待っている間に農家の人は黙って他のところに売ってしまう―。そうして感染が広がっていきます。

 殺処分への補償金があれば、例えば牛の市場価値の80%ほどを出すから病気の牛を殺処分させてくれと伝えると受け入れてくれるというわれわれの分析結果があります。日本やタイもそうした対応でかなり減ってきたという歴史があるのですが、お金がない国ではできない。なので、われわれがやっているような研究成果を地道に啓蒙普及すると同時に、海外から財政的支援を求めるためのエビデンスにするようにと伝えています。

 私の研究室には海外からの獣医さんが多く、以前、スリランカ政府から獣医師の女性が来ていて、博士学位を取って現在はスリランカの家畜衛生局でトップの局長として働いています。今年4月に会った時に彼女は「獣医は動物は見るけれど、農家の人のことは見ない。だからそういう視点を少しでも変えたい」と話していて、私も協力していきたいと思っています。

牛結核の分析をする女性(マダガスカル)


 ―研究は家畜分野を主にされているのでしょうか。
 今年の4月、2年ぶりにスリランカで調査研究をしてきました。研究は牛だけではなくエビもやっていて、バナメイエビを養殖している農家の調査です。

 スリランカでは貧しい人が多く、狭いエリアでエビをたくさん作ろうとします。そうするとエビが病気になりやすく、病気にならないように抗生物質をたくさん使っているようです。一方で、エビに抗生物質が残留する可能性があり、そのエビを人間が食べ続けると薬剤耐性菌の問題が生じ、要するに風邪薬などの抗生物質が効かなくなると言われています。なのでエビや牛の調査も、共通点は病気を農家の行動から分析していくことです。

 ―具体的にどう調査されてきたのでしょうか。
 どういう人が、どういった種類の抗生物質を使っているのか、抗生物質の知識の有無、衛生管理行動などをさまざまな農家さんに聞きます。一つ分かってきているのは単純ですけど、エビ養殖の見回りの回数が増えれば増えるほど廃棄するエビの量は少なくなることです。

スリランカのエビ養殖


 ―なぜ見回りが多ければ廃棄が少なくなるのでしょう。
 エビの様子がおかしいことに対し、早く獣医事務所に報告するなど対応できるところが大きいです。ただ、見回りなどをすることは現地で教えられているのですが、多くの農家はやらないですね。

 見回ることでどれだけ具体的にプラスになるかというのがおそらく理解していないからだと思います。これは稲作も同様で、同じくスリランカでは米の単量が見回る回数と相関しています。だけど、見回らないのはなかなか効果を理解できない、または、その効果を科学的に具体的に示されたものがないからだと思います。

 こうした傾向が、発展途上国のデータでほぼ100%近く出てくるのは、教育水準の高い方が理解力や適応力が高く、結果として農業生産性が高くなるためです。

スリランカ西部のエビ養殖(バナメイ)


 ―教育面に課題もあるのですね。
 知識が足りてないという課題に対しては、病気などの説明をパンフレットに書いて配るという方法があるけれど、例えばジンバブエの識字率はすごく低く、字が読めない人が多い。できるとしたら、口頭によるか、文字が理解できなくても認識できる漫画やイラストでしょうか。知識をどう高めるかも課題ですね。

 また、社会に埋め込まれた行動は変化を促すことは難しいです。例えば前述のミャンマー人も流産した牛の胎盤を食べることに対し、駄目だと言っても多分食べ続けるはずです。じゃあ代わりに何を食べればいいんだって言われそうで、こちらも難しい課題です。こうしたこともセットで提言できるといいかなと思います。

タイレリアで死んだ牛を焼却する(ジンバブエ)


 ―調査研究の内容を現地に伝えることが大切になりそうです。フィードバックはどう行っていますか。
 論文を執筆した後は、必ず現地で普及員さんなどを交えて報告会を開いて結果を分かりやすく伝えるようにしています。

 ただ、情報の還元の仕方は難しいところがあって、上手に政府当局を通して伝えられたらいいんですけど、仮に僕みたいな農業経済学者が行って農家にこの病気にかかると牛が流産するっていうと妙な広がり方をするはずなんです。情報の還元の仕方も考えないといけない課題です。

マダガスカルの小規模酪農家


 ―今後の目標を。
 情報提供後の続きですよね。農家の行動がどういう風に変わり、結果として例えば抗生物質または薬を使ったり、または病気の発生の増減が変化しているのか。われわれは社会実験と言うんですけど、例えばスリランカでエビ養殖農家130軒の調査をしていて、半分の農家に抗生物質の過剰投与は人の健康にも影響があるという話をしたとします。それから半年後にもう一度、情報を持っている農家と持っていない農家を比べて行動の変化を追跡して調べるというやりかたです。こうしたことを通じて、情報提供の効果的な方法を探りたいと考えています。

スリランカの世界遺産「シギリア」を前に恩師(増田教授)と撮影(約25年前)

当てはまる目標


<こうの・ひろいち>
 士幌町出身。中学1年生まで帯広で暮らし、釧路へ。釧路湖陵高、帯畜大畜産科学課程卒、修士、博士課程修了。スリランカへ交換留学。十勝総合振興局で3年間勤めるなどし、同大へ。専門は農業経済学、開発経済学、獣医経済疫学。

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