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買う?買わない? 値段が高いSDGs貢献商品 岩本博幸准教授に聞く【ちくだい×SDGs(9)】

 -研究のテーマを教えて下さい。
 「世の中の価格に表れてこないものやサービスの価値を測る」という研究を行っています。

 環境保全型農業を例に挙げると、普通の作り方で栽培された野菜との間に多少値段の差はあったとしても、農家さんの努力や工夫が商品価値になかなか表れないですよね。SDGsといった社会的課題の解決に関わるような農業をやっても、市場では付加価値として評価されない現状があります。それをどのくらいの価値があるのか、経済学からのアプローチで測るというのが私の研究です。

岩本准教授


 -例えばどんな研究を行ってきましたか。
 オホーツク地方の「濤沸(とうふつ)湖」(網走市・小清水町)では、ラムサール条約に登録されて野鳥の保護が重視されている一方で、湖での漁業者や、湖に流れる川は農地を通ってくるので農業者とも関わりがあります。環境との関わりをうまく調整し、生態系に配慮した持続可能な形での利用を「ワイズユース」と言いますが、ここでは環境に配慮した牡蠣の養殖事業が行われており、販売時にどれぐらいの消費者評価が得られるのかを分析しました。

 沖縄で行った別の研究では、環境に良いバイオエタノールを観光客向けのレンタカーに利用したらバイオエタノールの普及が可能だろうかをテーマにしました。実際に実用化されているのではないのですが、観光客にアンケートでデータを集め、どれくらい評価されるのかを明らかにしました。企業等との研究なので現時点で結果はお伝えできなかったり、直接の成果につながる研究ではないのですが、企業の人たちが使えるような情報の部分を作っています。

 SDGsから生まれる価値は人々の倫理的な心の動きが非常に大きく影響しているので、おいしくなったり、見栄えが良くなったりといった商品価値とは異なる社会的な意義をもっています。そうした価値をどれだけ消費者が評価し、消費するのかを「倫理的消費行動」と呼ぶのですが、この倫理的消費行動を農畜産分野などで研究しています。

消費者アンケートの例


 -企業からの要望もあるのでしょうか。
 畜大では「ファームトゥテーブル(Farm to table)」(農場から食卓へ)とよく言うのですが、ほとんどの研究は「ファームトゥファクトリー(Farm to Factory)」(農場から企業へ)の段階で止まっているんです。SDGsは直接に商品価値が上がる訳ではないので、消費者にどこまで刺さるか、届くかが大事なので「テーブル」までをやらなくてはいけないんです。ただ、そこまでの研究がなかなかされていないので、我々のような農業経済の人間がマーケティングや消費者研究をやっています。SDGsに関連して技術開発されたものが消費者ににどれだけ評価され、社会に届けていくためにはどうしたらいいのかという研究は、われわれにしかできない分野なのかなと考えています。

 -研究内容はSDGsに関連しているように感じます。
 SDGsは2015年(国連サミットでの採択)から始まった話ではなくて、いろんな分野での助走期間があったと思います。

 環境問題の認識の深まりや、例えば有機農業、フェアトレード、アニマルウェルフェア(動物福祉)といったいろいろな運動が個別にあって、それらが成熟してきて「SGDs」という共通認識としてまとめられてるような形なのです。そういう意味では元々環境問題を意識しながら研究をしてきた人にとっては、認知の広がりはありがたい反面、一過性のブームで終わると困ります。人々が注目しようとしなかろうと、環境問題に対しては継続的にやっていかなくてはいけないので、特にSDGsだからという意識で研究しているわけではないです。

アニマルウェルフェアの配慮した規準に沿って飼養されている幕別町忠類の牛(2016年、内藤牧場)


 -研究の課題は。
 例えばフェアトレードは途上国の貧困問題や現地でサポートする人たちとパートナーシップを結び、再生産可能な価格で商品を購入していきましょうという運動なので、SDGsには非常に関わりが深いと思います。

 ただ、研究で明らかになったのは、人々が思うフェアトレードに対して買ってもいいと思っている金額と、実際にフェアトレードとして売られているものの金額には乖離があって、消費者が買いたいところまではなかなか届かないという現状です。また、人々の心の背景として、どういうことを考えている人が特にフェアトレードを応援したいと考えているのかという点も重要です。

 フェアトレードに限らず、さまざまな技術開発や運動は消費者のところまで製品や農畜産物として届いて初めてシステムとして機能するので、どう消費者にどう届け、受け入れられるのか、受け入れられたらどう社会を変えていけるのかなどを明らかにしていかないと、SDGsとしては完成しないということです。消費者がいま、「この条件だったら買いたい、使っていきたい」というものを明らかにすることで、それが企業や研究者の目標になります。

 環境にいいからこの技術で、と技術開発しても、実際にどれぐらいお金がかかるのかを考えた時に消費者が考えている価格と見合わなければ実用化できません。逆に言うと、消費者はこれぐらい払ってもいいと分かればそこの金額を目標値にしてコストダウンする技術開発を目指せます。

 フェアトレードも、そのものが運動として盛り上がっている部分もあるので、そういうことを考えていない人にも普通の消費生活の中でフェアトレードの商品が手に届くようにするためには、フェアトレードのあり方自体も本当は変わっていかなくてはいけない。「もう少し安ければたまに買ってもいいかな」という風になるとか、目標を定めたフェアトレードのやり方を考えていくということが大事です。そうした不一致はフェアトレードに限らずさまざまなところで起こっています。だから、消費者が考える価値を供給する側も意識して、調整をしていかないと現実的な解決には向かっていきません。

JICA帯広センター、フェアトレードワークショップ’(2021年)


 -供給側にも課題があるのですね。
 SDGsは大前提が持続性なので、持続性とは何かを考えたときに、環境に良いことは持続性であるために大事な要素ではあるのですが、環境に良いことが持続性になるのかというと必ずしもそうではないんですね。

 環境だけに焦点を当ててしまうと、結局は農業経営を苦しめてしまってコスト高になり、売れない、または作る量を減らしなさいとなる。ヨーロッパは今、そういう方向にかじを切っています。そうなると当然、農業としてやっていけないので持続性にはなりません。暮らしてる人たちが安定的に農業経営をしっかりやっていける経済条件を整えなくてはいけない。そういう意味では環境だけが持続性ではないので、経営や経済とのバランスは絶対要素として必要になってきます。

トラクターでスイートコーンの種子と肥料を同時にまく(2018年、芽室町)


 -コロナ禍や戦争など、世界的な経済への影響もありそうです。
 そういう意味では今はエネルギー問題や円安で農業経営として非常に厳しくなってくるだろうと思います。その中でSDGsはどうあるべきかを考えていくと、為替の問題、エネルギー価格や飼料価格の高騰といった問題を上手くリスクを分散し、国内で生産されるもの、節約型の方法を組み合わせて乗り越えていくのが持続的な経営、経済の在り方です。

 「レジリエンス」という、ダメージを受けてもうまくリカバーする復元力という意味の言い方がありますが、レジリエンスを高めていくことは持続性のためにはすごく大事な部分です。畜産や農業経営をする方たちも、この為替の問題やエネルギーの問題、戦争の問題はおそらく予測不可能だったと思います。そういった予測不可能なリスクも何とかリカバーし、経営をやっていく、これが持続性。その持続性を持ちうるためには、どう技術をうまく活用し、新しい技術を取り入れ、より環境にもしっかり対応できるような形にしていくかが大切になります。一番大事なのは、自分たちの作ったものがいくらで買ってもらえるのかです。結局は市場での評価が全てになり、市場で評価されないものを正しいからといって作っても経営としては成り立ちません。消費者が何を考えているのか、経営として適用可能なのかは、そういう需要の部分からアプローチしていかないと分からないですよね。

小麦の収穫作業。大型コンバインが色付いた麦を刈り取っていく(2022年、音更町)


 -今後の抱負を。
 環境に良い、SDGsに貢献できる技術を社会に定着させるかは、消費者や使う人たちのニーズを知らなければなりません。そこをマッチングさせることが、私の一つの仕事です。消費者はどういうものを求めているのか、またはどれぐらいまでだったら払っていいと思っているのか。そこを逆に、技術開発の目標にしてもらい、消費者とつながるようにうまく経済の中で活用されて循環していく形を作っていきたいです。

 例えばこれから経済が好転し、円安が止まってかつ輸入飼料が安くなれば、また輸入飼料の割合が増えていいと思うんですよね。でも、それで自給飼料をやめるのではなく、コスト的には見合わなくても環境やリスクヘッジの部分として残しておく。化学肥料が安くなったから全部化学肥料にするのではなくて、堆肥やバイオガスプラントの消化液などとうまく組み合わせて、構成のグラデーションを変える。そうしたリスクヘッジは基本的なポートフォリオの考え方ですが、レジリエンスを高めていく経営を考えていくことは農業経済の大事な役割の一つです。こうしたことを考えていくことも持続可能な農業経営につながると思います。

当てはまる目標


<いわもと・ひろゆき>
 北見市出身。帯広畜産大学畜産学部畜産管理学科卒業後、北海道大大学院農学研究科博士前期・後期課程修了。独立行政法人日本学術振興会特別研究委員を振り出しに、北大大学院農学科研究員、政策研究大学院大学文化政策プログラム助手、東京農業大講師、准教授を経て2019年4月から帯広畜産大。専門は農業経済学、フードシステム論、環境経済学。

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