アイスシェルターはエコ×防災! 北海道の寒さを農畜産物貯蔵に 木村賢人准教授に聞く【ちくだい×SDGs(7)】
―どんな研究をしていますか。
氷の冷熱を利用し、農畜産物などを貯蔵する低温貯蔵庫「アイスシェルター」の研究をしています。
雪や氷は触れると冷たいという特徴があり、物や空間を冷やす「冷熱エネルギー」と呼ばれる熱エネルギーを持っています。水や氷由来なので、低温で高い湿度の室内環境をつくり出せます。これは農畜産物の貯蔵に適していて、この冷熱エネルギーを効率よく生かした利用方式の一つが「アイスシェルター」です。
<アイスシェルター>
1986年に北海道大学農学部・堂腰純元教授が考案。約36年前から実証実験が行われている。土谷特殊農機具製作所(帯広市)が十勝を含む道内のほか、モンゴルに1棟建設。国内外で特許を取得している。
―どのような仕組みなのでしょうか。
アイスシェルターは「貯氷室」と「貯蔵室」の2部屋に分かれています。貯氷室には水の入った容器を積み重ね、冬に通気口を開けて自然の寒さのみで凍らせます。夏は通気口を閉じ、氷は徐々に解けていきます。こうして夏は氷が解ける時に室内の空気を冷し、冬は水が氷になるときに室内の空気を暖める―といったサイクルを繰り返すことで、1年を通じて約0度の空気を作り出せます。この空気を隣の部屋の貯蔵室に送ることで農畜産物の長期貯蔵ができる環境となります。農畜産物を最適な条件で長期貯蔵するためには、電気冷蔵庫を使うとたくさんの電力を消費し、環境負荷は大きいです。アイスシェルターは冬の寒さを水(氷)を媒体にして得られる冷熱エネルギーを使っているので、エコなエネルギー利用です。
―いま行っているのはどんな研究ですか。
土谷特殊農機具製作所内にあるアイスシェルターで研究をしています。アイスシェルターの大きさは高さ4・6メートル、幅7・6メートル、奥行き31・1メートル。貯氷室には約160トンの水(氷)が入ってます。
水を入れる金属製の容器は家庭用灯油タンクの半分くらいの大きさなのですが、この中の水が貯氷室内でどのように凍っていくかを調べています。貯氷室内の温度や風がどうなっているかはこれまで分かっていなかったので、そうした基本的なところから観測を行っています。
その結果の一つが、この図です。これは2017~19年の年ごとに寒さをまとめていて、点のある場所で観測を行いました。
特徴的なのは層になっていること。つまり、下部は気温が低く、上部は気温が高いということです。冷たい空気は重いので下にとどまることから、水は下から凍ります。水は凍る過程で熱を放出するので、その熱によって上部の気温が低下しにくくなっているんです。
こうしたことは理論的には分かっていましたが、理論を裏付ける実際のデータはなく、実際に一つずつ観測することで信頼性を高めています。
―観測することが重要なのでしょうか。
自然の寒さによって貯氷室内で100トン以上の氷を製造する試みはほとんどありません。したがって、観測を重ねることが重要です。また現在は、これまでの観測から得たデータをもとに、水温の観測を行わずに貯氷室内の気温から氷の製造状況を把握するための製氷モデルを開発しています。アイスシェルターを利用する上で、冬季に製造される氷量を把握することが重要です。ただ、水温計を全ての容器に設置はできません。そこで貯氷室内の気温や風速のデータから製氷モデルによって氷の状況が把握できないかと考えました。
―貯蔵庫の農畜産物にはどんなメリットがありますか。
1年を通じて低温で、さらに水や氷由来の熱なので高湿度環境が維持できます。
冷蔵庫は野菜を入れておくと、しわができたり縮んだりしますよね。この原因は水分が抜けているからで、要は冷蔵庫は乾燥しているんです。アイスシェルターから創出される冷気は低温・高湿なので、みずみずしい状態が維持できます。
―使っている水には何か混ぜていますか。
混ぜていません。水は多少は減っていきますが、足すのは数年に1回ほど。雨の日に洗濯物が乾きづらいように、湿度が高いので蒸発はしにくいです。
水という単純なものでアイスシェルターといったものができるということがこの研究の面白いところで、難しい機械や新技術を入れてるわけではなく、北海道の自然の寒さと水の凍結・融解という現象を丁寧にきめ細かく使ってできるところが魅力です。
―北海道ならではの寒冷気候を生かした設備です。本州では使えるのでしょうか。
大量の水を凍らせるためには約0度未満の気温になる期間と、強度(どれぐらい気温が下がるか)が必要です。本州では標高が高い地域では可能かもしれません。しかし、農業が盛んに行われている地域ではどちらも足りないため、日本でできるのは北海道だけだと言えます。また、夏は冬に作った氷を長期間保管する必要があります。これについては、温暖化もありますが、近年は断熱材などが非常に良くなってきているのでほぼ問題ありません。
―導入や運用に掛かるコスト面はどうでしょう。
コスト面はどの自然エネルギーもそうだと思うんですけど、初期費用が掛かり、維持管理費用が安いというのが特徴だと思います。
ただ、今後のエネルギー事情や環境への対応ということを考えたときにいずれ必要となる技術だと考えて研究を進めています。なので土谷特殊農機具製作所さんによって北海道だけでなく、モンゴルにも1棟建ったことはすばらしい成果だと思っています。
―今後の目標は。
アイスシェルターの研究事例はほとんどありません。したがって、現在行っている観測を引き続き行い、現在ある課題を解決していきます。今年度、科学研究費助成事業に「自然氷の冷熱利用を促すための省エネ効果と冷熱賦存量(ふぞんりょう)の評価方法の検討」という課題で採択を受けました。この中の「賦存量」という言葉は、いわゆるポテンシャルです。例えば風力エネルギーであれば、その地域でどのぐらいの風車を建てることが可能か…などいろいろなデータがあるのですが、冷熱エネルギーはありません。北海道の寒さも地域によってさまざまですし、さらに今後の温暖化のことも考慮して建設条件を考えなくちゃいけません。であれば、この土谷特殊農機具製作所さんのアイスシェルターを基礎として、例えば同規模のアイスシェルターを別の地域に造ったらどれぐらい氷ができるか、ということなどを検討するのがこの研究のポイントです。
―アイスシェルターは冬の寒さをエネルギーとしているので、災害時などにも活用できそうです。
アイスシェルターは省エネ貯蔵施設としてだけではなく、自然災害への対応にも貢献できると思っています。北海道では2018年9月に北海道胆振東部地震によって大規模停電を経験しました。また、近年多発している自然災害によって各地で停電が起きています。このような非常時においても食料の安定供給を考えると、人々の避難施設と同様に、省エネ貯蔵庫も建設する必要があると思っています。省エネだけではなく防災、さらに北海道らしい地域エネルギー資源の活用を目指し、アイスシェルターの研究を行っていきます。
<きむら・まさと>
茨城県出身。香川大卒、2010年に北海道大大学院博士(農学)取得。同年、帯畜大助教、17年から准教授。専門は農業気象学。45歳。