研究・教育でSDGs推進 畜大のビジョンを井上昇副学長に聞く【ちくだい×SDGs(1)】
世界の課題として「SDGs(持続可能な開発目標)」の必要性が挙げられている。貧困、教育、不平等、気候変動、エネルギーなど17の目標が掲げられ、地球環境保全や自然との共存の実現を目指す。帯広畜産大学も研究や教育を通じてSDGsを実行し、これまで以上に地域と連携して課題解決に臨む。同大のSDGsの取り組みを紹介する企画「ちくだい×SDGs」。第1回は理事・副学長の井上昇氏に、同大が目指す方向性や具体的な研究概要を聞いた。(聞き手・松田亜弓)
―なぜ大学がSDGsに積極的に取り組むのか。また、社会にどう生かされるのか。
昨年、教職員や地域の方々を対象にした勉強会を開いて学び、先生方の研究はSDGsが掲げた17の目標のどれに当てはまるのかを調査して研究シーズ集にまとめた。自らの研究がどのような観点から社会に貢献できるのかも再認識できたと思う。
人類の活動のほとんどがSDGsと無関係ではないと感じているが、獣医や畜産、植物生産など、本学が取り組んでいる分野は特に関係が深い。ただ、無理にSDGsに寄せた研究を行っているというのではなく、以前から環境などへの問題意識を強く持っていた。
一部を紹介すると、例えば西田武弘教授は牛のげっぷに含まれるメタンの量を抑制する飼料を研究し、究極的には地球温暖化の阻止を目指している。十勝のような酪農・畜産地帯の土地柄では興味をひく研究だと思う。
谷昌幸教授はこれまで経験や職人的な勘で行っていた農業にデータに基づいた意思決定を導入しようとするもの。例えば土壌の成分を分析することで肥料の過不足を知り、場所ごとに効率よく肥料を与えて作物を育てれば、生産性向上と環境負荷低減が同時に実現され、地球に優しい農業につながる。
また、室井喜景准教授は薬理学者で脳機能の研究をしている。例えば、母子の関係や育児が母親の脳にどう影響を与えているのか。また、家族の関係をどうすればよくできるのかを薬理学や行動神経科学的な見地から研究している。
このように本学の先生方の研究は多岐に渡っているが、SDGsに関係していない先生はいない。
これまでも本学の研究成果を社会に伝えてきていたつもりだったが、今後は世界的なSDGsへの取り組みの中、17のどの目標に貢献しうる研究成果なのかも分かりやすく伝えていく必要がある。多くの民間企業では先行的して環境にやさしくサステナブル(持続的)な事業展開を行っており、そうした企業と研究者が連携して課題解決を目指していければと思う。
―これからさらに推進していくためには。学生への意識付けは。
「SDGs室」のような部署をつくり、SDGs達成に貢献し得る研究テーマがあれば情報発信し、社会とのつながりを強めていければ。そうした活動を円滑に行っていくための舵取り役になるチームをつくることも必要。
当然、教育にもこれまで同様に力を注ぐ。農業は自然からエネルギーや資源をいただき、自然の循環の一部を人間が利用させていただく仕組みだと思う。なので農業システム全体が持続的かどうかは非常に大事。高等教育機関の役目は人材育成、十勝のすばらしい農業環境で学び、持続可能な社会の実現に貢献する専門家を育てていく。さらに、志のある社会人の方々が必要とする学びなおし教育を提供する機会を増やす。これからの社会をより良いものに変えていく能力のある人を育てていくことが最も大切だと思う。
農業や野生動物に関する専門的な教育を受けている本学の学生たちは、さまざまな研究に取り組むうちに自然とこれからの世界のために解決すべき課題に気づき、自発的に解決にむけた行動を起こすはず。
―大学自体が使うエネルギーの効率化も進めていく。
キャンパスマスタープラン2017年のなかでエネルギー削減計画を定め、現在は定期的に「省エネ通信」を共有し、照明のLED化などできることから省エネを実行している。理想をいえば大学の牛たちの排泄物やバイオマスからエネルギーを取り、発電し、大学の全部か一部の電力をまかない、のこった消化液等の残渣は肥料として畑に還元するなど、キャンパス内でのエネルギー自給自足と循環型農業が実現できたらと思う。夢を描くだけではなく、どうすれば実現できるのか考えていくべきだろう。
世界の人口は今のところ増加傾向が続いているが、一方でアジアでは高齢化も急速に進んでいる。世界の食料事情は生産効率や農業技術の向上である程度しのげるのかもしれないが、人口問題とリンクした経済の停滞など、発展を阻害する要因もあるだろう。あちらを立てればこちらが立たずというか、17のSDGs目標達成に向けた活動間のバランスを取りながら全体を通じて持続可能な社会にしていくことは相当難しい課題だと思う。
ただ、産業革命以降に科学技術や工業が発展し、人口も増え続けた。その結果、地球がへとへとになっていると各国が気づき、行動を始めたのはすばらしいこと。
SDGsはこれをやったら終わりというものではない。研究や教育などさまざまな観点から課題解決に向けて取り組み続けていく必要がある。