勝毎電子版ジャーナル

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グアテマラ名物・カミオネータ

ド派手なバスは何もかもすごい あれから20年~再びグアテマラへ(7)

小林 祐己

JICAグアテマラ事務所企画調査員

 グアテマラの名物の一つが街中で見かけるド派手なバスだ。エンジンを収納したフロント部分が大きくせり出した迫力満点のボンネットバスに、赤や黄、緑と鮮やかな彩色が施されている。ライトなども改造されていて、夜中にピカピカと光りながら走ってくる姿は、最近では見かけなくなったが、日本のデコトラ(デコレーション・トラック)をほうふつとさせる。明らかに派手さを競っているとしか思えないその存在感、インパクトの強さは半端ではない。
                                    

顔面の迫力はすごい

 外国人旅行者に「チキンバス」の名前で親しまれるこのバスは、地元では「カミオネータ(Camioneta)」と呼ばれる。「カミオン(Camion)」はスペイン語でトラックの意味なので、グアテマラ以外のスペイン語圏の人にカミオネータと言ってもバスのこととは思わないようだ。四角い観光バスタイプやマイクロバスはカミオネータとは呼ばない。これらは北米で使われていたスクールバスのお古らしく、アメリカの「SCHOOLBUS」と書かれた黄色い車体もそのまま走っている。
                                 

アメリカのスクールバススタイル

 20年前のボランティア時代、任地だった海辺の村から首都に行く足は主にこのカミオネータだった。バス4本とボートを乗り継ぐ約4時間半の旅。仕事や行商、買い物、学校などさまざまな目的で乗り込んでくる地元の人たちと一緒にガタガタと揺られているうちに、すっかりこの乗り物のファンになってしまった。その派手な外見だけでなく、カミオネータの旅は何もかもが面白いのだ。
                                     

発車を待つ車内

 まずは車内。ステップを上がって乗り込むと、ベンチシートが2列に並んでいるのだが、このイスの長さが中途半端だ。本来は子ども3人用なのだろう(だってスクールバスなのだから)、大人が3人腰掛けるには少し短い。しかし、混雑してくると当然のように3人目がお尻半分の状態で座ってくる。立っている人もいると完全に定員オーバーのぎゅうぎゅう詰めとなり、体の向きを変えることもできない。しかし、それだけでは終わらない。バスが止まると、行商の人たちがドヤドヤと乗り込んでくるのだ。
                           
 軽食や飲み物、カットフルーツなどを入れたカゴを手に持ったり、頭に乗せた女性たちは(男性もいるが自分の路線は女性が多かった)、失礼ながらふくよかな方が多いのだが、「Agua、Agua(水)」などと連呼しながら乗客の協力も得てグイグイと混雑をかき分けて車両の中央までやってくる。行き詰まると乗客間でお金と商品、お釣りの手渡しリレーが始まる。何かしらの合意があるのか分からないが、運転手もフルーツを食べたりしながらのんびりしていて商売が終わるまでは発車しない。

お金を集めるアジュダンテ

 この混雑をかき分ける能力を持つのは行商の人だけではない。カミオネータには「アジュダンテ(Ayudante=助手)」と呼ばれる車掌役が乗っていて、乗客から料金を集める仕事をしている。バスが発車してしばらくすると彼の巡回が始まる。どんなに混雑していても最後尾まで集金に行く。天井の手すりを使って乗客の波をサルのように越えていく強者もいた。料金の支払いは彼に行き先を告げてお金を渡すのだが、大きなお札しかなくてお釣りを求めると「後で」とお札を持って去ってしまう。しばらくして「お釣りのこと覚えているのかな?」とこちらが不安になったころ、スッと寄ってきて集めたお金の中から釣り銭をきっちり渡してくれる。プロフェッショナルを感じる瞬間だ。

街路走行中のアジュダンテの基本ポジション

 彼らの仕事は集金だけではない。バスが街角で止まるたびに降り、例えば首都行きのバスだと、「Guate、Guate!(グアテ)」と叫びながら客を集め、動きだしたバスに再び飛び乗る(カミオネータの扉は当然、常に全開だ)。乗客の荷物が大きい時、屋根の上に載せるのも大切な役目だ。走行中に窓から外に出て屋根によじ登る曲芸も見た。そのように体力的にもハードな仕事だからか、自分の記憶の中のアジュダンテの姿は痩せた若者が多い気がする。年配の人は確かに少ない。どこかで体力の限界を感じて引退するのだろうか。

屋根の上は荷物スペースだ

 別名「buses de parrilla=網のバス(上部の網かごのこと)」とも呼ばれるカミオネータには何でも載る。家具や大量の衣服、木材…。チキンバスの名前の通り、生きたニワトリが入ったカゴを屋根に満載して走る姿も見たことがある。自分も以前に一度、動物と乗った。首都から任地に帰るときに、配属先の自然保護団体から「途中でワニを連れて帰って」とむちゃ振りをされたのだ。仕事場は鳥や動物を保護する公園だった。指定された場所に行くと、犬用のケージに入った1メートルほどのワニが待っていた。住民が近くの川で捕まえたという。帰りのカミオネータで、「こんなの載せてくれるのかな?」と恐る恐るアジュダンテにワニを見せると、顔色ひとつ変えずに後部のドア(後ろにも扉がある)を開け、最後部にワニの席を作ってくれた。プロフェッショナルを感じた瞬間だ。

窓が丸いおしゃれタイプ

 カミオネータの面白さを語ると切りがないのでもう終わりにするが、その馬力と音もど迫力だ。エンジンを改造しているのか、本気を出すとブロロロロとごう音を響かせ、車体をブルブルと振るわせながら疾走する。そこらの車はどんどん後ろに消えていく。運転手とアジュダンテのコンビは音楽をこれまた大音量でかけて走る。昔はメレンゲというラテンダンスミュージックのヒット曲をかけるバスが多く、当時の曲を聴くと今でもカミオネータの疾走感がよみがえる。しかしこれは魅力というより危険で、スピードの出し過ぎで横転したり、谷底に転げ落ちたりする事故は絶えない。強盗に遭う危険も高い。なので今の職場では首都圏や幹線のカミオネータ乗車は禁止されている。

街を行き交う姿

 今回グアテマラを再訪して首都を走るカミオネータが減っていることに気がついた。新聞によると、コロナ禍による運行数減に加え、燃料費の高騰や古い車体の規制などもあり、市内のバスの台数はコロナ前の3000台以上から500台以下に減ったそうだ。首都には一部で専用車線を走るトランスメトロというBRT(バス・ラピッド・トランジット)も導入されており、路線の統廃合も行われたのだろう。自分が昔乗っていた路線も姿が見えず寂しい。どちらが先か分からないが、公共交通が減った一方で自家用車やバイクが激増し、首都の渋滞問題は深刻だ。

地方の町の広場にたたずむカミオネータ

 先日、交通調査で地方に行った際に、久しぶりにカミオネータに乗った。山間部を走るのどかな路線で車内が混雑することもなく、行商の人も乗ってこなかったが、ブルブルというエンジン音を体で感じながら窓から入ってくる風を浴び、流れる景色を眺めていたらとても幸せな気分になった。20年前の楽しい旅の空間は健在だった。首都に戻った今も、たまに職場前の道路を歩いていてアジュダンテのあの呼び込みの声を聞くと、どこかの町に向かう派手なバスに飛び乗りたい衝動に駆られる。

アンティグア市街を走るカミオネータ

 追記:楽しい思い出を書きましたが、残念ながら現在は首都圏や幹線ではカミオネータの事故や強盗事件が多く、乗車はお勧めできません。もしのどかな地方にいく機会があればぜひ乗ってみてください。

カミオネータは今も地方の重要な足だ

        

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