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スンパンゴの死者の日の大凧

「死者の日」の凧揚げとアルフォナ あれから20年~再びグアテマラへ(8)

小林 祐己

JICAグアテマラ事務所企画調査員

 20年越しに夢がかなった、と書くとやや大げさだが、昔のボランティア時代から一度行ってみたいと思っていた行事に初めて行くことができた。それも二つ。一つ目は11月1日の「死者の日(el dia de los muertos)」に行われる大凧(たこ)揚げのイベント。グアテマラを代表する有名行事の一つだが以前は見る機会がなかった。首都から車で1時間ほどのスンパンゴ(Sumpango)という町を訪れ、伝統的な祭りを楽しんできた。

火山を望むサッカー場が会場だ


 死者の日は日本のお盆に近い習慣で、お墓を参り、先祖をしのぶ日だ。日本ではディズニー映画の影響もあってドクロ(ガイコツ)が出てくるイメージがあるかもしれないがあれはお隣のメキシコの死者の日の風習で、グアテマラでは凧揚げが行われる。空高く舞う凧を通じて亡くなった人とつながるという思いがあるらしく、墓地で凧揚げをする光景が有名だ。大凧を作る町はスンパンゴを含めて幾つかあり、海外からも観光客が集まる一大イベントになっている。

展示用の凧は超巨大だ


 スンパンゴの凧揚げ会場は町のサッカー場だった。午前9時ごろに着くとすでに大勢でにぎわい、グラウンドの片側に巨大な凧が立てられて並んでいる。近づくと4〜6メートルの大きさのほか、10メートル級の巨大な作品もある。裏をのぞくと、竹で組まれた骨組みに絵を描いた紙を貼り付けるという日本の凧と同じ構造をしている。デザインは人物や動植物、マヤの伝統的な幾何学模様などが色鮮やかに描かれており、なかなか芸術的な作品ばかりで、見て回るだけでも十分に楽しい。

芸術的な作品が並ぶ会場


 凧は地元のグループ単位で制作するらしく、大きなものは数カ月がかりで作るという。デザインの審査もあるようで、審査表を手にした人たちが何やら話しながら出来栄えをチェックしていた。当日にまだ作成中のグループもいて、会場ではウィピル(民族衣装)に身を包んだ若い女性たちが裏返した凧の骨組みを固定する作業をしていた。凧の尻尾を着ける場所を考えているようで、のりやテープを片手に真剣な表情で話し合っている様子はほほ笑ましく、無事に揚がってほしいと応援したい気持ちになった。

話し合って凧を作る女性たち


 しかし、会場のにぎわいはすごい。家族づれやグループが続々と訪れ、入り口につながる細い通路はぎゅうぎゅうと行列になっている。先日韓国のイベントで圧死事件があったので少し心配になる。ステージでは司会者がマイクを片手に来場者にどこから来たのかをインタビューしていて、「シェラ」「チキムラ」などと全国各地の地名が聞こえてくる。エルサルバドルやアメリカなど外国からも来ているんだと聞いていたら、「De Tokyo(東京から)」という声が。「お、日本人旅行者がいる!」と見に行ってみたが、残念ながら誰かは分からなかった。ティカル遺跡のピラミッドのてっぺんで若い日本人男性に会ったこともあり、観光地に行くとたまに個人旅行の日本人がいることがある。

屋台でにぎわうスンパンゴ市内


 凧が揚がるのは午後ということなので、いったん会場から出て町を歩いた。初めての町を歩くのはとても楽しい。昔はどこに何があるのか人に聞くしかなかったが、今はグーグルマップという強い味方がある。自分がどこにいて、どこにカフェやメルカド(市場)があるのか一瞬で分かる。さすがに首都でスマホ片手にキョロキョロは危険だが、地方の町で人気のある場所ならばそう心配はない。この日は町中の通りが食べ物や織物、民芸品などの屋台であふれ、どこまで行っても人の波が絶えなかった。

大人気の豚の丸焼き


 お祭りの日は人も街もいつもと違う表情が見られて楽しい。目についたのは豪快に串刺しされた豚の丸焼き。名物なのだろうか、あちこちの屋台は大人気で、午前中なのに豚はもうすっかり細くなっていた。細長い黒いトウモロコシを焼く屋台を珍しいなと見ていたら、焼いているおじさんが「食べてごらん」と1本ごちそうしてくれた。グアテマラは人情味ある人が多い。柔らかな甘味のおいしいトウキビ(北海道ではこう呼ぶ)、ごちそうさまでした。きれいな織物を売る女性に声をかけると、少し離れた有名な観光地のパナハッチェルから来ているいう。「ここはきょうだけで2、3倍の売り上げがあるからね」。きょうのパナハッチェルはすいているんだろうなと想像した。

超細長い黒いトウモロコシ


 10分ほど歩くと墓地に着いた。ここもすごい人だ。グアテマラのお墓はコンクリートの四角い家のような形が多く、幾つかのひつぎが一緒に入るアパートタイプもある。民族衣装を着た女性らが自分の家のお墓なのだろう、あちこちに集まり、松の葉や色とりどりの花できれいに飾り付けている。そして、その上に登って凧揚げをしているのだ。日本人としては「お墓を踏むなんて!」と思うが、きっとご先祖様も楽しんでいるに違いない。土のお墓が並ぶエリアでは最近亡くなった人なのか人々が集まり、楽団(マリアッチ)が陽気なメロディーを奏でていた。これも故人が聴いているに違いない。

お墓に登って凧を揚げる

マリアッチの演奏が墓地に流れる


 いよいよ大凧揚げの時間。会場に戻って待っていると、4〜6メートル級が順番に揚がるというアナウンスがあった。最初は例の女性グループだったが、何度かトライしたがうまく揚がらない。この日は天気が良すぎて、凧揚げには少し風が足りないようだ。残念ながら後回しになり、次の凧が見事に空に舞い上がった。あんなに大きくて重そうなのにすごい! ロープを引っ張る揚げ手の姿は群衆で見えなかったが、テクニックがあるのだろう。凧はぐんぐんと上昇し、青空に浮かぶUFOのように小さな姿になった。長い尻尾でうまくバランスを取って空中でピタリと安定している。

見事に上空に舞い上がった大凧


 ただやはり風のコンディションが良くなかったのか、その後は失敗続きだった。もう1基がなんとか揚がったが、近くのテント上に落下するのもあった。会場の混雑ぶりが増してきたので、危険を回避して早めに帰ることとした。先の司会者がしきりに会場の真ん中を凧揚げ用に空けるようにマイクで呼びかけていたが、人があふれてなかなかスペースが取れないようだった。悠々と空高く舞う最初の凧に見送られながら満足して帰路に着いたが、翌日「やっぱり…」というニュースが。失速した凧が落ち、ケガ人が出たらしい。とっても楽しい行事だけど、今後行く人は混雑と凧の落下には要注意です。

UFOのような大凧を見上げる会場はもう超満員


 凧揚げの話が長くなったので、20年越しの夢の二つ目は手短に。グアテマラが誇る有名アーティスト、シンガーソングライターのリカルド・アルホナが首都で凱旋(がいせん)コンサートを開いたのだ。アンティグアの隣町ホコテナンゴ出身のアルホナは米グラミー賞にも輝くロックスター。最初の出会いは20年前に初めてグアテマラに来た時のアンティグアの語学学校の先生が、それも初日に「アルホナは知ってる?」と聞いてきた。もちろん知らない。「グアテマラに来たら聴かなきゃいけない」。大ファンだというその女性に教えられて聴いたのが、当時大ヒットしていた「El Problema(エル・プロブレマ=問題)」という曲だった。

 20年前の滞在中にも数曲がヒットし、いつか生で聴いてみたいと思っていた。今回、幸運にも2Daysの2日目をネットで入手でき、巨大な屋外会場の観客の1人となった。1990年代から今まで大スターの彼はヒット曲が両手にあふれるほどあり、ほぼ全ての曲で会場は大合唱。自分が歌えたのは唯一歌詞が画面に出たプロブレマだけだったが、フリホーレス(豆)ほどの大きさでも伝わる彼の格好良さと生歌の迫力に感動した。どんな歌かは説明するよりもぜひYoutubeなどで聴いてみてほしい。歌詞も愛だけでなく社会派で詩的なところが魅力なのだが、それを説明できるほどスペイン語力がないのでやめておきます。

観衆の大合唱がグアテマラの夜に響く

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