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限界までチーズ詰めた「ハピまん」 年間20万個、おいしさは秘密の生地に

大海 雪乃

十勝毎日新聞社 編集局 コンテンツグループ

なるほど!人気のウラ側(1)
 「家で口にくわえて食べてみたら、一口目でチーズに届かない。もうちょっとチーズの量を増やせないだろうか」

 JA木野の子会社が運営するスーパー「ハピオ」(音更町木野大通西7)の中華まんじゅう「ハピまん」の商品開発会議で、「よし、これでいこう」と最終決定をした夜、製造担当者に1本の電話があった。

 これまで会議で何十個と試作品を食べてきたが、半分に割ったり、切り分けたりして確認していたため、皮の厚さは盲点だった。担当者は、生地に具を詰める包餡(ほうあん)機の限界となる1・3倍にチーズの量を増やし、「増量分のコストはハピオさんに反映させず、うちの工場で持ちます」と伝えた。

◆当初は別の商品だった
 電話をかけたのは、開発に携わった帯広物産協会の木戸善範事務局長(55)。年間20万個を売り上げる大ヒット商品は、異業種の連携によって誕生した。

チーズまんの発案時から一緒に取り組んできた(左から)東洋食肉販売十勝事業所の片山丈浩所長と帯広物産協会の木戸事務局長


 2019年、木野地区ではスーパーダイイチの増床リニューアルやマックスバリュ出店が計画されていた。メーカー品の価格競争ではかなわない多店舗展開の他社との差別化に向け、地元食材を使ったオリジナル商品を強化しようと「HAPIO FOODS」(ハピオフーズ)のブランド名を打ち出した。

 レトルトカレーに続く2作目として考えたのが、当時話題となっていた伸びるチーズが特徴的な韓国のおやつ「チーズハットク」。相談を受けた木戸事務局長らは、いくつか既製品を取り寄せて食べたが、あまり魅力を感じない。代わりに「チーズ入りの中華まんじゅう」を提案した。

 チーズまんは、十勝の乳製品や小麦を味わってもらおうと、同協会と東洋食肉販売(埼玉県)の十勝事業所で共同開発して、八千代牧場まつりで子どもに配布したことがあった。商品化はしておらず、地産地消というイメージは農協系スーパーであるハピオから発売するのにぴったりだった。

中身はチーズのみ。木戸事務局長は「寿司のネタとシャリと同じ。シンプルに作りたかった」と言う(ハピオ提供)



◆伸びる比率に
 「十勝の取れたての農産物を消費地に送るだけではなく、加工、冷凍すれば賞味期限を長く、備蓄もでき、食品ロスが減らせる。冷凍食品市場が広がる中で十勝の加工品はどのようにリークすることができるだろうか」。木戸事務局長は10年ほど前、冷凍食品をテーマにしたテレビ取材を受けるなど、冷凍加工の必要性を強く意識していた。

 ただ冷凍食品市場は大手メーカーが席巻し、地域を代表する商品を見渡しても数少ない。3者は、ローカル発で冷凍のチーズまんを売り出そうと、販売に向けた開発を始めた。

 こだわったのはチーズの味と伸び。道産から海外産までさまざまなチーズを、ブレンドの比率を変えて何作も試作し、デンマーク産や十勝産の4種類に決定。農協系スーパーである以上、すべて地元産にこだわりたかったが、当初は断念した。チーズとのバランスの取るため、生地は甘みを%単位で微調整した。

ブレンドするチーズの絶妙な比率が、おいしさと伸びを実現する


「ハピまん」ができるまで

 
◆喜びはつかの間
 19年4月の発売日、店内にいた関係者全員が目を見張った。ハピオの鳥海正行部門統括取締役(51)は「小ぶりのハピまんを蒸して配っていると、試食した人が次々と商品を手に取る。何でこんな売れるのかと思った」と振り返る。午前中に買いに来て、「おいしかったから」と夕方にまた買いに来た人もいた。3日間で2000個売れ、関係者の間でささやかれた「『0』を一個多く発注したんじゃないか」という声もいつの間にか消えていた。

 人気ぶりを聞きつけた道内テレビ局が1週間後に紹介したことで、放送翌日から開店前に客が並ぶように。製造が追いつかず、工場では他の商品の製造ラインを止めて残業して作っても、800個が開店から10分で完売するほど。増産しても需要に追いつかず、「本当に入荷したのか」「釧路から来たんだぞ」という客の言葉に、頭が上がらない日々が続いた。

一からレシピ開発した生地。甘みのあるふっくら、もっちりとした食感に仕上がる 


 ハピまんにハマる人が続出し、リピーターを獲得した理由の一つは、生地にある。製造を主に任された東洋食肉販売の山口朋哲上級リーダー(45)は、包餡機を使って開発する前、中華まんを製造する工場ではなく、同社の橘茂文社長の夫人が通う埼玉県内の個人のパン教室に弟子入りした。

 パンを原点に一から開発したため、量販されている中華まんとは味や食感が違う。レシピは企業秘密だが、包餡機の大手メーカーも「他の企業では見たことがない生地」と驚くほどだ。片山丈浩所長(45)は「肉屋なのに肉を使わないチーズまんばかり作るし、最初からすべてが普通ではなかった」と笑う。  

包餡機で生地の中にチーズを詰め、手作業で板の上に並べていく



◆道産化に成功
 14年に十勝の豊富な食資源に目を付けて、帯広工業団地に進出してきた同社。十勝で取引先の拡大を目指している段階で、新しいことを受け入れたからこそハピまんが生まれた。23年には設備を増強し、製造量が2倍に。チーズはおいしさを追求してリニューアルを重ね、22年には満を持してブランドするチーズをすべて道内産にし、コクとうま味も増した。

 片山所長は「1社でやろうとするとコストや利益など、それぞれの都合が優先される。経済団体が間にいたことでお客さんの側に立った商品ができた」という。木戸事務局長は「地場産品の消費拡大という大義を持って、会員らの心を動かすのが経済団体の役割」と強調する。

 十勝産小麦を使用した生地は、汎用(はんよう)性の高さから、過去にはビーフカレーや牛タンネギ塩、足寄産チーズなど限定のシリーズ品も登場。生ハムやタマネギを使った新商品の準備も進んでいる。

工場でできたてのハピまん


 商品は、とかち物産センター(JR帯広駅エスタ東館)、十勝管内Aコープの一部店舗、通販サイト「食べレア」などにも取り扱いを拡大し、百貨店の催事でも販売。全国放送のテレビ番組でフリーアナウンサーの高橋真麻さんが絶賛して自身のブログでも紹介した他、アイドルグループ「KAT―TUN」の亀梨和也さんはロケで来店した。

 ハピオにとってハピまんは、10月に迎える「開店30周年の節目へのリード役」だと鳥海取締役は言う。ハピまんが全国区になり、店の認知度や集客力が向上。さらに、「中華まんで300円は高い」「冬しか多く売れない」という先入観を覆したことで、「選ぶのはお客さんであり、価格に見合うものなら評価される」(鳥海取締役)という考えに変わり、商品開発をはじめ新たなチャレンジをする店の風土がつくられた。

「子どもから年配の方まで幅広い層に食べてもらいたい」と語る鳥海取締役


 木野のスーパー競争は20周年の頃よりも激化したが、年間売上高は当時と同じ28億円前後を維持している。開発に携わってきたメンバーらは、「ハピまんというブランドを育てたのは、自分たちではなく、買ってくれるお客さん」と感謝。十勝の新たな名物は、ハピオの正面入り口付近に今日も鎮座している。(大海雪乃)


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