勝毎電子版ジャーナル

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レドーム完成

新型コロナで隊員減 追加任務は“雪見だいふく”のようなレドーム設営 南極先生 再び極地へ。(6)

柴田 和宏

南極観測隊員(元小学校教諭)

 新型コロナウイルス感染拡大の影響は、私の訓練だけではなく観測隊の計画全体にも影を落としました。計画変更による隊員の削減です。隊員が削減されたことによって、私に新たな任務が課せられることとなりました。本来、別の隊員が行う予定だったものを私が担当することになったのです。

 私が請け負うことになったのは三つの任務です。一つ目は降水レーダー用のレドーム建設。二つ目は南極へ向かう航路上での船上観測。三つ目は南極大陸上に設置されている観測機器のメンテナンスです。せっかくの南極行きです。いろいろ経験できた方がよいと思い、快く引き受けました。

 6月から継続してきたカイトプレーンの訓練に加え、三つの任務の打ち合わせと訓練が加わりました。特に時間を要したのは降水レーダー用のレドーム建設です。レドーム建設とは、卵の殻を半分に切ったような半球状のドームを組み立てることです。観測隊の中には建設のプロも隊員として行くのですが、観測の狙いに沿った建設をしてもらえるように建設場所などの指示をする責任者が必要です。私がその現地責任者となりました。早速、担当者による会議がビデオ会議システム「zoom」で開催されることとなりました。会議には、プロジェクト全体を把握し監督する南極観測センターの方、降水レーダー観測を行っている大学教授、建設隊員、そして私が参加しました。この任務の主責任者は、降水レーダー観測を行っている大学教授です。教授自身が南極へ行くわけではないので、その代わりに私が教授のリクエストをかなえられるよう、建築時に指示を出すのです。会議は予想外のやり取りからスタートしました。

 「柴田さん。レドームの実物は見ましたか? もしくは、組み立て方などはご存じですか?」と、南極観測センターの方からいきなりの質問。画面越しとはいえ、ただならぬ雰囲気を感じながら私は「いえ、見たこともありませんし、事前に送られてきた資料を拝見しただけです」と回答しました。すると「教授! ちゃんとやってくださいよ! 柴田さん現地でちゃんとできるんですか? 大変な思いをするのは柴田さんなんですよ!」と、少々怒気を含んだ声が教授に向けられました。

 南極観測センターの方は私のことを案じてくれているのを理解しつつも、なぜか一緒に叱られているような気持ちになりました。その後、会議は南極観測センターの方と教授とのやりとりを中心に展開していきました。「これはどうなっていますか?」と尋ねる南極観測センターの方と、「いやぁ。それは、まだ決まっていません」と回答する教授。それを聞いて「いつ決まるんですか?」と詰め寄る南極観測センターの方とのやり取りを、私はただただ見守り続けました。

 60分ほど経過した会議の終盤、再び私にお鉢が回ってきました。「柴田さん、現地でできますか? 大丈夫ですか?」と南極観測センターの方からの質問。未確定な事項が多い状態なのに大丈夫なはずがありません。私は「大丈夫ですかと言われると、言葉に詰まります」と、南極観測センターの方にも教授にもあまり失礼のないと思われる言葉を選んで回答しました。すると、「教授、頼みますよ! 柴田さんが南極に行ったとき、ちゃんと自分でできるようにしっかり教えてくださいね!」と南極観測センターの方が最後にくぎを刺して会議を終えました。

 まるでお遣いに出される子どものような扱いを受けていることに少々傷つきつつも、会議で話題になった事項を資料に書き加えながら思考の整理をしました。頭の中では「♪誰にも期待されてないくらいが丁度いいのさ」と歌手高橋優さんの曲「プライド」が流れていました。

レドーム部品到着


 8月上旬。国立極地研究所で降水レーダー用レドームの仮組み訓練が行われました。仮組み訓練とは、南極で建設する建物を事前に国内で組み立ててみて、組み立て方や必要な補強、南極に行ってから予測される課題点などを明らかにする訓練です。

 訓練当日の朝、私は国立極地研究所へ徒歩で向かいました。街路沿いには「TOKYO2020」ののぼりがそこかしこにはためいていました。「本当なら、今頃東京オリンピックで盛り上がってたんだよなぁ」と思いながら横断歩道で信号待ちをしていたら、「柴田さんですか? 初めまして・・ですかね。Zoomではお会いしているんですが。今回はお世話になります。ほんとすみません」と、不意に声を掛けられました。見ると任務の責任者の大学教授でした。「いえいえ。こちらこそお世話になります。それにしても暑いですね」と私が答えると、「ねぇ。日陰を選んで歩かないと暑くてたまりませんね」と教授。信号が青に変わり、2人で並んで歩きながら国立極地研究所に向かいました。

 「いやぁ。レドームの部品、ちゃんと届くかなぁ。それだけが心配で。時間通りに届いてくれれば、今日の仕事の半分は終わったようなもんです。昨日電話で着荷の時間を確認したんだけど、配達業者がなんか頼りないんですよねぇ。まっ、私も頼りないんですけど。ほんとすみません」と教授はニコッと笑うとまた汗をぬぐいました。

 レドームの部品は予定よりも早めに到着しました。卵の殻を分割したかのようなレドームの部品を見ながら、教授は「いやぁ。よかった。思ったより軽いね。1枚ずつなら2人で持ち運べるね」とレドームのパネルの表面をさすりながらうれしそうに話していました。

レドーム仮組み


 仮組み訓練には、私と教授の他に5名ほどの建設隊員が参加しました。建設隊員たちは「これが部品?」と、卵の殻みたいなパネルを持ち上げ、いきなり作業を始めました。「あれ? もう始まったの?」作業説明や挨拶などをしてから始めるのだと思っていた私はあわてて軍手を身に着け、作業に参加しました。「柴田さん、そこ押さえてくれる? 時計回りにボルト締めてくからね」と指示をされるがままに作業をしていきました。レドームメーカーの説明によると素人が組み立てると4時間くらいでできるとのことでしたが、2時間ほどで完成しました。

 国立極地研究所の倉庫に現れたレドームの姿は、まるで巨大な「雪見だいふく」のようでした。教授はそれを見て「いいねぇ。存在感があるねぇ」と嬉しそうに目を細めては、写真を撮っていました。zoomでの会議の様子を見ていた時は「あんまりやる気ないのかな? 大変な仕事を任されちゃったな」と任務に対して後ろ向きな気持ちでいたのですが、うれしそうにしている教授を見ているうちに「この人のために頑張ろうか」と思えてきました。

 仮組み訓練の後、ちょっとした打ち上げとして夕食もかねて教授と2人でお酒を飲みました。「いやぁ。大変な仕事に巻き込まれたと思うでしょう? ぼくの段取りも悪いし」と教授がビール片手に私に言いました。私は「最初そう思いました。でも、出来上がったレドームを見て嬉しそうにしている教授を見てたら、まぁいいか。と思えてきました」と正直に話しました。すると「それじゃあダメですよ。ハハハ」と教授は笑いました。「何がダメなんですか?」と尋ねると、「私を甘やかしたら、柴田さんが大変になりますからねぇ」と教授。「だったら頑張ってください!」と突っ込みつつ、楽しい時間を過ごしました。

 「南極観測センターの人が言うこともわかるんだけどね。なかなか手が回らなくてね。コロナで大学の授業も対面とリモートの両方を準備しなくちゃいけなくなって今年は大変でね。まぁ、言い訳になっちゃうんだけど」と教授は今年ならではの苦労もぽつりとこぼしました。2度の南極経験がある教授からは「柴田さん、南極で楽しんできてね。国内でしっかり準備をすれば大丈夫。もし失敗してもベストを尽くしていればそれでいいと思うよ」と励ましの言葉をいただきました。その後、レドームの部品の梱包作業など、教授と一緒に仕事をするたびにお酒を酌み交わす仲となりました。

梱包されたコンテナ類


 梱包作業を終える9月上旬の東京は朝晩がすっかり涼しくなり、秋の気配を感じ始めるようになりました。私の訓練も残すところ1か月となりました。

◇プロフィール
柴田和宏

1974年千葉県生まれ。生まれてすぐに北海道へ来たので自称道産子。
北海道教育大学函館校卒業。元小学校教諭。
57次南極観測隊教員派遣同行者として2017年に南極へ行く。
帰国後は各地で講演を開催してきた。
2020年11月に出発する62次南極観測隊越冬隊員として再び南極へ行くことが決定している。

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