勝毎電子版ジャーナル

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訓練をしてくれた2人

壊れたら自分で直す「カイトプレーン」 操縦技術はぐんぐん上昇 南極先生 再び極地へ。(4)

柴田 和宏

南極観測隊員(元小学校教諭)

 英文と数式との闘いと同時進行で、カイトプレーンに関する訓練が始まりました。

 7月6~8日の3日間、カイトプレーンの操縦と機体整備の訓練を受けるために熊本へ上陸。「やっと飛行機を飛ばせる!」と意気揚々と行ったものの、梅雨の影響で飛行訓練は3日間のうち1日しかできませんでした。その代わりにみっちりとやったのが機体修理の訓練でした。

 カイトプレーンの機体は、エンジンなどの既製品を除き、そのほとんどが手作りです。機体の大部分はFRP樹脂という軽くて丈夫な素材でできています。

 ここで少々カイトプレーンに関する基礎情報を。カイトプレーンは、主翼がたこでできている飛行機です。電動モーターもしくは、エンジンを動力として飛行します。上昇すると翼に風をはらみながらゆったりと飛ぶことができます。通常のラジコン飛行機よりも低速度で飛べるので観測や上空からの観察に適しています。

 一般的にドローンと言われているマルチコプターは、垂直に上昇・下降できたり、空中で停止したりすることができるのが最大の特長ですが、広い範囲、高高度の飛行には向いていません。対して、カイトプレーンは空中で停止できないものの、低速で広範囲、高高度の飛行ができる点が特長です。また、エンジンが停止しても滑空しながら着陸させることができるので、通常の飛行機と比べても安全性が高いです。その特長を生かして、雲仙普賢岳噴火の際に上空から空撮を行ったり、有珠山噴火の際には上空に漂う物質の採集に活用されたりしたこともあります。

 短所としては、安全ではあるもの普通の飛行機より失速しやすい点です。特に着陸時はス
ピードコントロールをうまくできないとドスンと接地してしまい、損傷することが多いのが玉にきず。着陸のたびに機体のどこかがひび割れてしまうのは珍しくありません。そのため、自分で機体を修理できるようになることは非常に重要なのです。

 機体修理の訓練を施してくれたのは、カイトプレーンの整備及び製作を一手に引き受ける名人。県警退職後にカイトプレーンの製作技術を身に付けたというというだけでなく、現役のモトクロスライダーという異色のキャリアを持っている方。とても気さくな方で「柴田さん、今日の調子はどうですか?」「今度ギョーザを食べに行きましょう!」と新参者の私をいつも気に掛けてくださる方でした。

機体補修作業


 機体修理訓練で最初に教わったのは長袖の服を着ること。FRP樹脂はガラス繊維で編まれた布に接着剤のような樹脂をかけて成形していくのですが、ガラス繊維の布が厄介なのです。

 名人いわく「ガラス繊維が腕につくと、ジカジカするからね。長袖の服着た方がいいですよ」とのこと。「ジカジカってなんだろう?」と思いながらも、言われた通りに長袖の服を着て作業をしました。しかし熊本の夏は暑く、作業をしていると背中にびっしょりと汗。思わず腕をまくってしまいました。作業を続けること2時間ほど。肌を出していた部分がチクチクとほんの少し痛痒くなってきました。「なんかチクチクしてきました」と私が言うと、「そう!目に見えないけど、細かいガラス繊維が肌に刺さるんだろうね。そうしたら、ジカジカするんです。」身をもってジカジカをしながら訓練を続けました。

 私が補修訓練に使用したのは、以前南極から帰ってきた機体。「これはもう捨てるしかないね。それなら柴田さんの練習台に使おう」というほど、バラバラになった機体でした。パズルを組み合わせるように部品同士をつなぎ、成形していくと「柴田さん、うまかね~!仕事が丁寧だね」と名人に褒めていただきました。ずっと一人で準備をしてきた私にとって、誰かに教わりながら訓練ができること、自分の作業に対して評価をしてもらえることにとても喜びを感じました。

南極行きの機体を整備する名人


 私を指導する傍らで、名人は南極行きの機体の整備をしていました。新しいエンジンを積むために少々機体を改造する必要があるため、名人は試行錯誤を繰り返し、想像通りの結果が得られると「むしゃんよかね~」と喜んでいました。その姿を見るたび「支えてくれる人のためにも頑張らなくては」と思いました。

 私に操縦の訓練をしてくれたのは、カイトプレーン操縦のスペシャリスト。70代ながら現役バリバリの方でした。「いいねぇ!ばっちり!」「今のいい!今のイメージを忘れんようにね!」と、これまた私を褒めて育ててくれるコーチでした。お酒が大好きで、うれしいことがあるとすぐに飲みます。私が初めて着陸に成功した日の昼食時のことです。「いやぁ。今日はよかったね。柴田さん。ビール飲んでいいかな?帰りの運転は頼んでいい?」とちょっと申し訳なさそうに私に運転を依頼し、中ジョッキを一杯。「いやぁ。仕事がうまくいったときのビールはうまいね!もう一杯飲もうかな。すみません!ハイボール!」と本当においしそうにお酒を飲むのでした。たくさんの人から愛される秘密がここにあるような気がしました。

フライト訓練


 私は実物の機体を飛ばす前に、シミュレーターでの自主トレを繰り返してきました。簡単に言えば、ラジコン飛行機を飛ばすゲームのようなものです。実際に使用するコントローラーをパソコンに接続し、画面上のラジコン飛行機を飛ばします。風向、風速、乱流などの設定ができる上、ラジコン飛行機の動きは実物にかなり近いものとなっています。実物の機体は墜落すると壊れて使えなくなってしまいますが、シミュレーターなら何度墜落してもリセットボタンを押せば元通りになるので繰り返し練習できます。

 シミュレーターでの自主トレのかいもあって、飛行訓練は順調に進んでいきました。上空での旋回、離陸、着陸の順で操作方法を身に着けていきました。操縦は緊張しましたが、自分で飛行機を操縦する楽しさにすっかりはまり、「もっと飛ばしたい」と思うようになっていきました。

 この時の私は、自分がこの先、自信を喪失してしまうことになるなんて思ってもいませんでした。

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