勝毎電子版ジャーナル

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本とアートが集うカフェ 路地裏のまったり店主

柳田 輝

十勝毎日新聞社 編集局メディアコンテンツ部

 一見ちょっと面倒くさいことを仕事や私生活に取り入れながらも、気を張り過ぎない暮らしを楽しむ人が増えている。周りに左右されず、おのおののペースで人生を歩む様は、まるで楽曲のテンポを刻むメトロノーム。連載「メトロノーム~あなたのペース 豊かな暮らし」は、頑張り過ぎず、自分に合ったスローな生き方を選んだ人たちやそんな生活を楽しむための品を提供する人たちを描く。


 「本に囲まれて過ごせる自分の空間がほしかった」。帯広市内で書店とカフェを兼ねた店「フローモーション」を営む高坂光尚さん(49)は、専門学校を卒業後に7年勤めた書店を辞め、独立して「アートとデザインのセレクトショップ、カフェとギャラリーのお店『FLOWMOTION(フローモーション)』」を開いた。もう20年になる。


読書ではなく「本」が好き
 「本に囲まれて過ごすことが安らぎ」。子どもの頃から本好きで、小学校の卒業文集には、夢は「本屋さんをやりたい」と書いた。高校時代に初めてアルバイトしたのは書店。就職も帯広と芽室町、音更町に複数の書店を開いている会社だった。

 「はやりの本を売って汗を流し、駆け回る。そういう生活は合わなかった」と当時を振り返る。今は自分が気に入った1000冊ほどの本に囲まれて過ごす。個人営業のため大量には仕入れられず、20年かけて少しずつ集めている。何年も前に仕入れた本が売れるとうれしい。

 読書が好きというわけではない。「読書ではなく本。本という存在が好き」。店にある本の多くは表紙の印象とあらすじで選んでいる。「作品の感じ方は人それぞれ」。評価は見ずに直感で選ぶ。他人の評価で作品との出合いを失ってしまうのはもったいないからだ。

 カフェに並ぶ絵本の表紙は淡色を基調とした優しい色合いのものが多い。「絵本はインテリアにもなるから」。最近のお勧めは「ヤマネコとアザラシちょうさだん」(PHP研究所、五十嵐美和子著)。ビニールを誤ってのみ込んでしまい、倒れたところを時計職人のおじいさんに助けられたアザラシを描いている。おじいさんと物知りのヤマネコらの手を借りて海をきれいにしようと奮闘する。

ヤマネコとアザラシちょうさだん(五十嵐美和子著)


路地裏にある本・アート・コーヒー
 JR帯広駅から南西へ約500メートル。築50年ほどの木造2階建てに入る。店内に入ると、すぐぶつかるように置いてある机の上に新書が平積みしてある。その横には十勝在住の演歌歌手で高坂さんの知人、モンマルトルひかりさんのCD「哀愁のスパ十勝川」(2021年3月リリース)が置かれ、文庫本や十勝産の缶詰、お茶も所狭しと並ぶ。

店内には約1000冊の本や雑貨が並ぶ。「ほぼ日刊イトイ新聞」が出版する本は他の書店ではなかなか見かけないという


 4人がけのカウンター席とテーブル2卓(4人がけ)のカフェの壁に、絵本30冊が表紙を向けて並べてある。書籍やCDのほか、靴下やマグカップなどの雑貨も並ぶ。絵本のほかには料理本が多い。ただ、「簡単、便利、時短」といった言葉は見当たらない。

 奥にある6畳の小部屋はギャラリー。5月下旬のその日は幕別町在住の画家、細木るみ子さんによる抽象絵画展「ルミヘンフェス2022」が開かれていた。幾重にも重ねられた鉛筆画と、それとは対照的で色鮮やかな抽象絵画が部屋の角を境に並んだ。作品はロックンロールを中心とした音楽のイメージをさまざまな画材で絵画として表現している。

細木るみ子さんの抽象絵画展「ルミヘンフェス2022」


半径1キロ内の生活
 週1回の定休日もほぼ店と自宅を往復するだけの生活を送る。道を挟んですぐの長崎屋へ毎日食品を買いに行き、週に一度、パーソナリティーを務めるラジオ番組の収録をし、たまに気になる映画を見に行く。最近見た映画は、村上春樹さん原作で、喪失感を抱いた俳優兼演出家の主人公がロシアの劇作家チェーホフの劇作りを通して再生する過程を描いた、濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」。

 「店は自宅のような存在。引きこもっている私の家に、誰かが遊びに来てくれる感覚」と高坂さん。自家用車の走行距離は11年間でわずか1万5000キロメートル。バッテリーが上がらないよう運転する以外はほとんど乗らない。維持費も考えて、処分も検討している。

 話を聞いた2時間ほどの間に訪れた客は5人。それぞれ軽食を取り、高坂さんとの会話をしばらく楽しんだあと、本は買わずに店を出ていった。

 高坂さんは「もうかってはいないが、一人で生きていく分には困らない」と笑う。今の店舗は友人が空き家を安く貸してくれている。本よりもカフェの収入の方が多い。「元は本屋だったけど、何の店かと聞かれたら・・・・・・。僕のマインドだよね」とおどけた。

 常連客は40~60代だが、たまに若い人が一人、ふらっと来店する。「(初めての客は)どこか個性的で自分と似た“におい”を感じる。そういう人はまた来てくれることが多い」。

愛される居心地の良さ
 店を訪れる客の多くは会話を楽しんだり、店の本を眺めたり、購入した本を読んだりしながら高坂さんが入れたコーヒー(440円)を飲む。豆は、幕別町内でコーヒーを焙煎する茂木珈琲から仕入れる。ブレンドと茂木珈琲にお任せの豆の2種類。高坂さんが作る軽食もあり、その日のお勧めはフルーツが入ったロールケーキ(330円)だった。控えめな甘さで、ふわふわした食感の中にあるフルーツが口当たりのアクセントになる。

コーヒーは、幕別町の茂木珈琲が焙煎した豆を使う


 「仕事とも家庭とも違った居心地のよさ。ここは私の“もうひとつの居場所”」と話すのは、帯広で美容師として働く小林春菜さん(38)。15年以上前からこのカフェに通う。店で開かれた知人の個展がきっかけで訪れて以来、仕事帰りなどに一人で訪れる。

 「高坂さんとお話をしに来ている」と言い、NHKの「朝ドラ」の話など雑談を楽しむ。美容師の傍ら、手芸作家として服や小物、バッグなど生活雑貨を製作する。このカフェで展示会を開いたこともある。「(手芸は)余計なことを考えずに没頭できる。仕事とは別に、また違った時間」を楽しんでいる。

高坂さんと会話を楽しむ小林さん(右)


生活そのものが仕事
 仕事と生活を分けることなく、家に招くような感覚で客と接する高坂さん。「勤め人だったときの方がはるかに稼いでいたけど、生きていけるくらいにはお客さんが来てくれる」と今の生き方を楽しんでいる。「お勧めはしないけど」。

 経済的な豊かさを求めるわけではなく、生活と仕事を融合させることで精神的な豊かさを求める。客にゆったりとした口調で語りかける高坂さんが作り上げる雰囲気に安らぎを感じる人たちが今日も足を運ぶ。

<高坂光尚(たかさか・みつひろ)>
 1972年、帯広市生まれ。帯広小、帯三中、帯三条高、帯広コンピュータ専門学校卒。書店勤務を経て、2002年に市中心部活性化に向けた起業支援を目的とする広小路のチャレンジショップ「GATE(ゲート)」でフローモーションを開店。翌03年に現店舗の営業を始めた。

<フローモーション>
 帯広市西5南13、午前11時~午後7時、火曜定休、電話0155・21・5506
https://www.flowmotion.que.jp/


連載「メトロノーム~あなたのペース 豊かな暮らし」は隔週月曜に掲載します。

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