勝毎電子版ジャーナル

勝毎電子版

「香り」に苦しむ人たち レストラン休止も~増える化学物質過敏症(1)

 「まだまだみなさんの笑顔にお会いしたかったです」。1日、帯広市内の1軒のレストランが営業を休止した。原因は「化学物質過敏症(CS)」。店主の家族が来店者の衣服に付いた「芳香」で体調不良となり、営業が困難になった末の苦渋の決断だった。洗剤や柔軟剤などに香り付きの商品が増える中、他人からの香りで苦しむ「香害(こうがい)」を訴える人が全国的に増えている。
(デジタル編集部=塩原真) 

●化学物質過敏症について読者アンケート結果=https://kachimai.jp/article/index.php?no=2019121984144

◆気になる「臭い」
 1日夕、帯広市内のカフェレストラン「ペニーレーン」(西21南5、田頭淳一代表)が静かに店舗を閉じた。「ご理解、ご賛同をいただいた方には大変心を痛めます。~(中略)~なんとか、なんとかできないものだろうかと考えています」。店頭に出された看板には、悲痛な言葉が並んだ。

 田頭代表と共に店を切り盛りしていた妻の照美さん(64)が化学物質過敏症と思われる症状に悩まされ始めたのは2015年ごろ。最初は来店客が身に付ける衣類の柔軟剤などの「臭い」が気になる程度だったが、しだいに体調が悪化していった。

◆入店を拒否
 CSは、柔軟剤や化粧品に含まれる香料など、化学物質が原因で体調不良を引き起こす症状。ひどくなると微量の化学物質でも体に変調をきたし、頭痛やめまい、吐き気などさまざまな症状を引き起こす。発症には個人差があり、同じ環境にいても発症する人としない人がいる。

 照美さんの場合、やがてせきや呼吸困難、体に力が入らず立っていられないなど症状が悪化していった。18年冬には店内に「大切なお願い」として、香り付きの洗剤などの使用に注意を呼びかける紙を食事テーブルに置いた。常連客らは対応してくれたが、その他の客にまで広げることは難しく、対応してもらえたのはごく一部だった。

◆再出発へ 
 「入店お断りします」。今年5月には香りの強い人の入店を断る大きな紙を入り口に貼り出した。香りの強い人は入店した後でも「お引き取り」をお願いした。サービス業としては苦渋の決断だったが、店を続けるためにはこうするしかなかった。

 しかし、客への呼びかけも限界があり、今回、店舗の「一時休止」に踏み切った。「精神的にも疲労し、『もう太刀打ちできない。一生が狂ってしまう』と考えた」と照美さんは話す。当初は「閉店」も考えたが、今後は増加しているCSの人でも安心して利用できるお店として再出発しようとしている。

◆突然の「違和感」
 帯広市内の会社に勤める女性は(51)は今年2月にCSを発症した。職場で勤務中、後ろを通った人から突然に感じた違和感。芳香剤の香りが薬品のような「吸ってはいけない」臭いに感じた。

 その日を境に頭痛や吐き気、鼻の奥の痛みが襲った。普通に生活するだけでも動悸(どうき)が収まらず、のどが押されるように苦しかった。息が止まりそうな危険を感じた。それを機に自宅で使っていた柔軟剤をやめ、天然材料の石けんに切り替えた。

 これまで着ていた衣服も「臭い」と感じ、捨てざるをえなくなった。どうしても捨てられない衣服は何度も洗ったが、化学物質の違和感は残ったまま。体に合いそうな洗剤や化粧品を購入しては「駄目だった」の繰り返しだった。自然系素材を使った製品は安心だが、比較的高価で出費がかさんでいる。

◆「あなた臭い」とは言えない 
 知人だった照美さんのアドバイスを受け、職場でCSを打ち明けた。「周りの人に協力してもらわなければ症状改善はできない」。まずは知ってもらうことが重要と考えている。社内のメールなどで周知してもらったことで、変化の兆しも感じている。打ち明けたことで「洗剤を変えると言ってくれた人もいた」という。

 CSはまだ認知度が低く、正しく理解している人はほとんどいない。香水や芳香付き洗剤や柔軟剤だけでなく、化学物質全般が症状に影響する。症状を訴えている女性は、ほぼ全ての人が「臭い」と感じ取るという。苦しい症状を抱えながらも、「回りの人に『あなた臭い』とは言えない」と複雑な心境を明かす。

日本消費者連盟発行の啓発ポスター

◆半数以上が体調不良を経験
 全国的にCSは社会問題といってもいいほどの拡大をみせている。無添加せっけんを製造販売する「シャボン玉石けん」(福岡県北九州市)の調査では、人工的な香りを嗅いで不快に感じる人の割合は84パーセント、頭痛やめまいなどの体調不良を起こしたことのある人は59パーセントにも上る。「香害」という言葉を使い、啓発講演も行っている。近年は無添加製品への需要も高まりつつあるという。

 帯広市消費生活アドバイスセンターによると、18年から今までに寄せられたCSの問い合わせ件数は2件で、いずれも「他人の柔軟剤による体調不良」の相談だった。センター長の寺嶋義信さんは「全国的には相談件数は増えていると聞いている」と話すが、「柔軟剤とCSの因果関係が明確になっておらず、国も対応できていないのが現状」と話す。

 照美さんは「多くの人がCSに関心を持って勉強していってほしい」と話す。「これ以上新たな被害者を増やさないためにも、公共施設などで化学物質の飛散防止対策を講じてほしい」と訴えている。

<化学物質過敏症(CS)>
 柔軟剤や化粧品に含まれる香料など、化学物質が原因で体調不良を引き起こす症状。ひどくなると微量の化学物質でも体に変調をきたし、頭痛やめまい、吐き気などさまざまな症状を引き起こす。発症には個人差があり、同じ環境にいても発症する人としない人がいる。

記事のご意見・ご感想
深掘りしてほしい話題はこちらへ

かちまい投稿ポスト