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ショパン国際ピアノコンクール2021第3位のマルティン・ガルシア・ガルシアさん。リサイタル後、関係者を前に演奏を披露した(2022年6月)

理想の音色求め 1960万円の「大きな決断」 ~ピアノとともに 中札内の歩み~(上)

 【中札内】中札内文化創造センターにイタリアの新興メーカー「ファツィオリ」のフルコンサートピアノ「F278」が導入されて約3年。道内初の“ファツィオリホール”には国内外から演奏家が訪れ、地域住民にレベルの高い音色を届けるきっかけをつくっている。村の文化振興の象徴として根付いてきた。

 村は20年間続いた全国絵画公募展「北の大地ビエンナーレ」が終了(2015)し、新たな文化振興策を模索18年度に地域住民にとって身近な「音楽」に焦点を当てた「なかさつ音まちプロジェクト」を始めた。F278が、プロジェクトの核を担ってきた。

 ピアノが置かれているハーモニーホールは広さ約489平方㍍、定員500人弱。高い天井とシャンデリア、イベントの形態に応じて席数やフロアの使い方を自由自在にデザインできるのが特徴だ。

 同センター創立時(1997年)に導入されたのは、フルコンより一回り小さいセミコンサートピアノ。ホールで使うには響きの豊かさや音量などに物足りなさがあった。新たなピアノの更新時期となり、フルコンの導入を検討した際、候補の一つにファツィオリ社製のピアノが挙がった。

 同社創業者兼現社長のパウロ・ファツィオリ氏は、イタリア・ローマ出身。父親は高級家具の工場を経営し、家業を継ぐために大学で工学を専攻した。一方、幼少期からピアノに親しみ、音楽学校にも通った。次第にピアノ製造に興味を持ち、研究を重ねて81年、同国で「ファツィオリ・ピアノフォルティ」を立ち上げた。

 ピアノ発祥の地でもあるイタリア。ファツィオリジャパンのアレック・ワイル社長(67)は「パウロ氏にはピアノはイタリアで生まれた楽器だという誇りがあった」と語る。「低音から高音まで伸びやかで美しい、ベルカント(イタリアの伝統的な歌唱法)のような理想の音を奏でるピアノを作りたいという思いが強かった」(ワイル社長)。

「F278」がホールに運び込まれ、握手を交わす(左から)ワイル社長と当時の高橋雅人教育長(2020年1月)


 同社のピアノは一つ一つの音がクリアで、伸び伸びとした透明感のある響きが特徴。職人による手作業で1台を作るのに約3年を費やす。年間生産量は145台と限られる。日本国内のホールでは、東京都内や千葉県、岩手県などに導入事例がある。

 ワイル社長は「ピアノへの愛がないとできない仕事。文化活動に力を入れる中札内村の人たちが、このピアノに誇りを持ってくれたらうれしい」と熱い思いを語る。

 村の文化振興に長く関わってきたピアニストの昭和音楽大の三谷温教授(63)は、新たなピアノの導入時に専門家の立場から村にアドバイスをした一人だ。三谷教授は「どのピアノメーカーにもそれぞれ良いところがある。長い歴史のあるメーカーは完成された安定感がある」とした上で「ファツィオリは今、進化し続けているメーカー。ハーモニーホールは比較的小さなホール。他とは違った特色や話題性のあるピアノがあれば、ホールの良さを生かせるのではないか」と考えたという。

新たなピアノの導入について振り返る昭和音楽大教授の三谷さん


 同社のピアノは国際的なコンクールの公式ピアノに採用されるなど、演奏家や音楽業界からの評価は高い。一方、村教育委員会やホールの運営関係者の中では、「ファツィオリ」を知る人は少なかった。検討は村にゆかりのあるピアニストの力も借りながら進んだ。

 ホールとの相性や使いやすさ、話題性が判断材料になり、2019年にふるさと納税を活用し、1960万円でF278の導入が決定。20年1月にピアノが到着した。

 当時村教委の教育次長補佐だった野原誠司さん(現農業委員会事務局長)は「村にとって新たなピアノの導入は大きな決断。特徴のあるピアノの導入は中札内らしさも感じた」と振り返る。

 一方、導入は新型コロナウイルスの流行と重なり、コンサートや舞台など文化活動の機会の多くが失われた。同年5月に開催予定だったF278のお披露目コンサートも延期に。野原さんは「どうにかピアノの産声を聞いてほしかった」と語る。

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 「花と緑とアートの村」として文化振興に力を入れる中札内。村の取り組みを象徴するファツィオリ社製のピアノ「F278」の導入背景や今後の展望、関係者らの思いなどを探った。

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