十勝毎日新聞電子版
Chaiでじ

2024年6月号

特集/酒場をめぐる冒険

酒場をめぐる冒険(1)「写真でめぐる帯広酒場遺産」

 昭和30年頃の写真とともに、帯広市中心部の飲み屋横丁にまつわる歴史を振り返ります。

 帯広の中心部いわゆる「街なか」には、歴代の酒好きが通った横丁の”ヒストリー“が刻まれている。

 繁華街に関するエピソードが豊富なのは、1955(昭和30)年頃。高度経済成長の始まりに日本中が沸いた時期だ。帯広市は1957(昭和32)年に周辺の川西村と大正村を同時に合併し、その翌年には人口が10万人に達している。雑穀の集散地として栄え、中心街に飲食店が立ち並んだ。

<八丁堀・金春街周辺>
 「八丁堀」(西1南8)は昭和40年代にできた長屋横丁がはじまり。その周辺に軒を連ねるのが、「金春街」「いなり小路」「新世界」「エイト街」。「金春街」は、小路の原型を残す貴重な存在だったが、2015年に取り崩されて駐車場になっている。

1956(昭和31)年の金春街。入り口にびっしりと書かれた店名から、盛況ぶりが見て取れる



<名門通>
 1956(昭和31)年には、十勝の酒屋が製造した地酒の銘柄にちなみ、「名門通り」(現西1東中通りの9~11丁目)という呼び名に。地酒「名門」は、帯広、芽室、清水にあった3軒の酒屋が製造・販売していた。

1962(昭和37)年に撮影された名門通を舗装工事する様子。このエリアは市内でもいち早く整備された
撮影/荘田喜與志氏



<栄マーケット(チロリン村)>
 1953(昭和28)年には、飲食店や小売店などで立ち上げた栄マーケット(東1南9)が登場。通称の「チロリン村」は、当時流行したテレビの人形劇「チロリン村とくるみの木」が由来といわれる。2021年に駐車場やトイレが整備され、新店の参入が続く。

1978(昭和53)年の栄マーケット。1995(平成7)年に建て替えられて、昨年創立70周年を迎えた
撮影/荘田喜與志氏


参考文献・資料/帯広市史 平成15年編、帯広名門通共栄会60周年記念誌、帯広昭和ノスタルジー(ぶらんとマガジン社)
取材協力・写真提供/帯広百年記念館

※フリーマガジン「Chai」2024年6月号より。