旧統一教会は十勝と歴史的つながり 狙いは高齢者、巧みな手口 櫻井義秀北大教授に聞く
安倍晋三元首相が街頭演説中に銃撃され死亡した事件で、逮捕された容疑者が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への恨みから事件を起こしたと供述したことから、旧統一教会への多額献金や政治とのつながりが改めて問題となっている。十勝でも歴史的に旧統一教会のつながりや活動はある。旧統一教会の歴史や現状について、30年以上にわたって旧統一教会をはじめとした宗教問題を研究している北海道大学大学院の櫻井義秀教授(宗教社会学)に聞いた。
帯広にはもともと、「拝み屋」として活動していた教祖の女性(故人)が設立した「天運教」があり、その活動の中で教祖が旧統一教会の教えに触れ、「天地正教」と改名した経緯がある。「天地正教」は旧統一教会が霊感商法を行う組織「霊石愛好会」を引き継いだが、教祖女性死後の1999年に事実上、旧統一教会に吸収されている。
-旧統一教会の十勝の活動について。
旧統一教会の霊感商法を天地正教に代理で行わせる戦略だった。霊感商法が問題となっていた80年代には功を奏していたこともあったが、「統一教会本体でやってもいいのではないか」という声が教団内で上がり、天地正教を維持するメリットはなくなっていった。旧統一教会は天地正教を取得はしたものの、使い道がなくなっていったというのが実態だ。
-現在の道内や十勝での献金などでの被害について。
(道内の被害は)少し収まっている。これは旧統一教会の勢力自体が、少しずつ落ちてきているためだ。
帯広で直接の被害相談を受けたことはないが、拙著「統一教会 日本宣教の戦略と韓日祝福」(北海道大学出版会)を読んで電話をかけてきた信者の中年女性がいた。勧誘されて献金を行ってきたという流れが一緒だということに気づいたそうだ。すでに1000万円くらい献金していたが、弁護士の連絡先を教え「お金は取り戻せる。統一教会を続けるなら、こんな金額ではすまない」と伝えた。
拙著は現役信者に一番読んでほしい。素直に読めば、自分が何をしているのかがよく分かると思う。日本の旧統一教会のポジションも分かる。
-多額の献金被害の実態は。
事件を起こした山上徹也容疑者の母親の入信時期に関して、教団側は1998年、容疑者の叔父は91年だとしているが、90年代は中・高年が最もお金の被害にあった時期だ。
旧統一教会は80年代初頭頃から霊感商法を行い、これを批判する全国霊感商法対策弁護士連絡会が87年に結成された。全国で訴訟が展開され、霊感商法は一般人をだますということで、消費者保護法により民事的な違法行為となった。こうした判例が定着したことから統一教会は方針転換し、信者にしてから献金させるという形に切り替えた。
宗教的な献金を被害認定する法律はない。宗教的な行為やサービスの対価に対する〝基準〟がないからだ。信者が種々の名目で数十万円から数百万円単位の献金を要請される。数億円を献金した信者も珍しくない。こうして献金という形が90年代後半から2000年代にかけて定着し、特に裕福な篤志家狙いの被害が増えていった。
山上容疑者の母親はまさにその時代の被害者だが、弁護士に相談していれば全額返済もできただろう。霊感商法被害者弁護団で相談を受け付けているし、解決方法はあるので自ら実力行使する必要はない。
-母親の多額な献金も安倍元首相襲撃事件の背景とされている。
家庭環境はそれぞれ違う。山上容疑者は比較的恵まれた家庭だったかもしれないけども、奨学金とアルバイトのみで通学している学生はおり、進学できなくはなかったと思う。山上容疑者が一つの信念に凝り固まったのは、成人期の暮らし方や人間関係の問題も大きいのではないか。
また、今回の事件は2世問題としても扱われているが、これは誤解だ。入信していない山上容疑者は被害者だ。
-日本人は宗教観が薄いと言われている。どう宗教と向き合うべきなのか。
カルト宗教には注意しなければいけないが、怪しい宗教は決して少なくない。そうした団体に関する知識を得るよりも、まともな宗教に少しでも触れてみると、自分の中に宗教を見る目や基準ができる。
例えば寺の檀家の護持会費は高いところでも年間1万5000円程度。葬儀には多額のお金が掛かるが、それはお寺がとるのではなくて、葬儀にお金を掛けているから。例えば祭壇をたくさんの花で飾ると、祭壇だけで100万円以上になり、全部足していけば何百万円にもなる。しかし、シンプルにすれば費用は抑えられる。お布施にも常識的な相場がある。
-宗教の相場観を養うには。
なぜつぼに200万円を払い、あるいは献金を1億円してしまうかというと、こうした相場感がないから。宗教の相場観というと「対価ではなく気持ちだ」と言うけれど、現実には妥当なお礼の仕方がある。例えば弁護士は1時間で相談料が大体1万円と決まっている。
同様に葬式でのお経や法話はお坊さんの袈裟代など諸々の経費を考えると、1万円ではできない。しかし、「気持ち」を上乗せしたところで10万円程度であり、それ以上になるのは「戒名」や僧侶の人数、寺の格式にこだわるからだ。
宗教施設に鳥居や灯籠を寄付するなどで多額のお金を出す人はいる。ただ、それはお金がある人。日本人はもともと、伝統宗教は神社でもお寺でもあって、あるいはキリスト教という人もいる。それは親や地域の人といった身近な存在から、いつの間にか学習していたのだが、今は家族から文化が継承されておらず、地域の中での関係性も弱くなってきた。結果的に、勧誘を個人的にされてしまう。法外な要求だということは、冷静に考えればおかしいと分かるが、考える時間を与えず即断即決させる。
-入信する人々の背景は。
旧統一教会は最初、自らの正体を明かさず、姓名判断などの占いから入っていくので、統一教会だと分からないうちに入ってしまうこともある。すべきことが山のようにある人は「そんなことはやっている時間がない」というけれども、居場所と役割が欲しい人はすごく多い。
統一教会には女性信者が多く、専業主婦が多かった時代にターゲットになった。当時は日本自体が豊かで、男性の収入だけで家族を養える家庭が少なくなかった。専業主婦だと家が居場所になるが、家族のうまくいかないことを相談できない場合もある。精神的な居場所を求めている時に統一教会の信者が家を訪問し、占いや身の上話を聞いてくれると、自分を心配してくれる人に会えることがとてもうれしく感じる。
入信後は自分が同じ(訪問の)役回りをすることになるが、人をケアすることで依存される喜びを覚え、自分に依存する人を求める「共依存」になりやすい。困った人を助けたいと訪問し、共依存の関係を用いて新しい信者を組み入れ、献金させるという手法を使っている。
-現在も主な信者は主婦なのか。
いま狙われているのは高齢者。退職後に地域デビューをせず、町内会役員もしておらず、趣味もないという人。中・高年はお金もあり、不安を抱えている人も多いので狙われる。そういう意味では振り込め詐欺と全く同じだ。
手法も変わってきていて、いまは独居高齢者に遺言書を書かせている。遺贈という形で例えば「1000万円は統一教会へ」という公正証書を公証人役場で作ってしまう。こうした手法はこの5、6年ででてきている。公正証書が正式な遺言書となり、遺言書に署名や判子押す場面も動画撮影されている。死後に遺言書の存在が分かり、遺された子どもたちが弁護士に相談にしている。
-どのように対応すべきなのか。
もし独り暮らしの親がいたら、若い人が訪問して優しくされて、遺言書を作っていないかどうかを注意してほしい。いつの間にか遺言書の中で決められてしまうことがとても怖い。最初の訪問は姓名判断などから始まることは変わっていないが、最終的に遺言書を書かされる。霊感商法は消費者保護法などで対応できるが、遺言書は法律的に手出しができなくなる。これは極めて巧みなやり方で、手口はますます巧妙になっている。
一般の人は「私たちはまともで、カルトの人たちは変」だというが、両者にそれほど距離はない。だから心が弱っているなど状況が整えば、つぼや霊能グッズを買ったりもする。単なるタイミングや運の問題でもある。
-旧統一教会を今後、どう考えていけばいいのか。
信教の自由はあるのだけれど、他の人の信教の自由を侵してはいけない。旧統一教会の正体を明かさずに勧誘することは相手の信教の自由を侵している。
加えて宗教は大体が宗教法人になっているが、これは宗教活動と同時に公益的な活動をすることもできるからこそ、課税が免除されている。ただ、霊感グッズを販売し、信者から多額の献金を取り、人を不幸にすることがなぜ公益活動になるのか。
憲法20条に信教の自由はあるが、人を不幸にしたり、お金を取ったりする自由はない。宗教法人の認証は取り消せないので、オウム真理教の事件の際は東京都知事が解散を裁判所に請求した。ただ、今回の事件を受けて解散請求が行われることはおそらくない。
しかし、批判や監視し続けることはできる。一方で、監視を行政が担うという考えは良くない。よく「国が責任を」「地方自治体がしっかりやれば」というが、行政に求めるという発想自体が日本人の依存体質だ。だから問題があるのであれば、おのおのが「おかしい」と声を上げ、メディアが取り上げればいい。こうした仕組みがより機能し、活性化することで勝手な行動を取ることはできなくなる。信者が減り、要するに金がなくなれば派手なことはできないし、政治家に便宜を図れなくなるから自然に政治との関係も消滅する。