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即応できない十勝の“機動旅団” 元陸自トップが見た国防のリアル

柳田 輝

十勝毎日新聞社 デジタルメディア局

北のまもりびと~元隊員が描く自衛官(6)
 3月に国内各地の事態に即応できる機動旅団として改編された陸上自衛隊第5旅団は、実際に各地に展開できるのか、どういった役割を担っているのか。かつて空挺隊員として日本航空123便墜落事故(1985年、群馬県)の救助現場に降り立ち、北部方面総監や陸上幕僚長も歴任した岡部俊哉氏に聞いた。

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自衛隊が抱える課題を語る岡部氏


北海道から九州に2週間 課題残る“機動力”
 「有事や災害派遣では、遠方でも隊員を派遣することになる。ただ、輸送手段が問題だ」。2016年に発生した熊本地震で、当時北部方面総監だった岡部氏は、隊員約4000人と車両1600台を被災地へ派遣した。

 「この派遣に2週間もかかってしまった」

 陸上自衛隊は海を渡る移動の多くを民間に依存する。これを打開するため、昨年末に国が決めた防衛力整備計画では、機動展開能力・国民保護のため「27年までに輸送アセットの強化やPFI(民間資金等活用事業)船舶を活用するなど、輸送能力を強化する」とした。(参考:輸送船舶の取得

 しかし、船舶を持てば良いという問題でもない。「船を増やしても通常任務で利用する機会は限られ、“使わない部隊”を増やすことになりかねない」。また、海上自衛隊による輸送にも限界があるとし、「民間事業者の協力が必要だ」と話す。

 しかし、民間船舶も本来の航海を続けながら契約船以外の船舶を自衛隊協力に当てるのは難しい状況だ。ある海運会社の船員は「船員の数も充実していない。急な予定外の航海を引き受けるのは不可能ではないか」とみる。一方、大手物流会社のマネージャーは、「訓練などで定期的に利用する態勢ができていれば、急な依頼にも対応しやすい」とした。

広尾に入港した海上自衛隊の輸送艦(2007年)


民間船員43%が犠牲 今も残る大戦の遺恨
 しかし、自衛隊と船員との関係は決して良いものではない。第2次世界大戦中に日本は、民間船舶や船員を戦争に動員した。全日本海員組合によると、1万5518隻の船舶、6万609人の船員(船員全体の43パーセント)が犠牲となったとされ、軍人の犠牲率(陸軍20パーセント、海軍16パーセント)を大きく上回っていた。

 「こうした過去が関係組合の『軍事行動には協力しない』という方針につながっている」と岡部氏は言う。実際に16年には同組合が「民間船員を予備自衛官補とすることに断固反対する声明」を出すなど、両者の溝は埋まっていない。

 続けて、「船舶以外にも似たような問題が多く残り、いざというときに自衛隊が機能できない可能性がある。我々OBも率先して、理解を得られるような活動を継続することが必要だ」と語った。

東日本大震災の被災地へ向かう5旅団の派遣隊(2011年)


5旅団の役割は今も変わらない
 5旅団が担う防衛任務については「ロシアけん制のため」「防衛力の空白地域をつくらないため」などの意見があり、いずれも「他国が北海道に軍事侵攻する可能性は低いだろう」との見方が強いが、元陸自トップはどう見るのか。

 「冷戦終結後も、国境を警備する第一線部隊としての役割は変わらない」

 「もちろん冷戦期と同じ事が現代で通用するわけではない」としながら、「何が起きるか分からない将来にも備える必要がある」とうったえる。

 岡部氏によると、北海道の部隊が果たす役割は大きく三つあり、(1)国境の防衛・警備の第一線部隊としての役割、(2)遠方で起きた事態への対応、(3)陸上自衛隊全体の練度維持、だという。

 特に全国にある自衛隊演習場の47パーセントを占める北海道では、他の地域ではできない大規模な演習ができる。さまざまな想定の中で隊員が考え、実践できる環境は「陸上自衛隊の道場と言っても良いほど恵まれている」。

機動戦闘車MCVの公開訓練


人員不足による削減 民間連携が鍵
 北海道の部隊や施設の必要性は変わらぬ一方で、師団の旅団縮小など、北方部隊の定員削減は続いている。岡部氏は「本来なら減らすべきではないが、情勢の変化で南西が優先されている」とし、問題は人員不足とみる。

 かつて陸上自衛隊員の定数は18万人だったが、現在は15万590人に削減され、それでも実数は13万9620人(22年3月末時点)と1万人以上も不足している。人員が不足する一方で、国際協力やサイバー領域など任務は広がり、「1人の負担が大きく、隊員の士気は上がらない」(元自衛官)との声も漏れる。

 ある陸自幹部は「サイバーなど専門分野は民間と連携した方が効率的だ」と言い、民間連携の道を探っている。一方で「情報漏えいなどを考えると、連携は限定的になる」とし、別の海自幹部も「艦上には機密情報が多く、連携は難しい」と言う。しかし、「少子化時代、民間との連携は必要不可欠」との見方は一致した。

有事に国民を保護できない自衛隊
 「民間との連携だけでなく、国民や行政と一体になって有事への備えが必要だ」と岡部氏は指摘する。多くの問題の根源は「有事という概念がないまま国の体制や法が整備され、『何かあれば自衛隊が対処するだろう』という認識が広がっていること」だとする。懸念しているのが、例えば有事下の国民保護だ。

 戦時国際法としての文民保護について定められているジュネーブ条約では、市民(文民)を保護する組織は攻撃の対象にはならないが、相手国に有害な行為を行わないことが条件となっている。つまり、部隊は市民を保護しながら戦闘を継続することが国際法上できない。

 岡部氏は「国の防衛は国家・国民自身の問題で、災害のように、まずは自身の身を守ることが必要。そして自衛隊だけでは対処できない事態に備え、関係省庁や行政との協力も必要だ」と強調する。

 また、「自衛隊が国家防衛のために動けるのは、武力攻撃等が認定された時。ロシアによるクリミア侵攻(14年)に学び、グレーゾーンの時にどうするのか議論する必要がある」と語る。加えて「日本が戦争を放棄していることが平和維持だという考えもあるが、既にさまざまな矛盾が生じている」とも指摘。

 明言は避けたが、憲法改正の必要性を示唆した。

十勝支庁(当時)による国民保護図上訓練(2010年)


「防衛は災害と同じ」 理解求める活動を
 「“防衛”と言うと目を背けたがる人もいるが、ある意味で災害と同じだ」と論じる。ただ、経験の中で培ってきた災害への恐怖心や対処に比べ、大戦以降に軍事侵攻を経験したことがないため、「今の情勢を伝え、脅威を認識してもらう努力が必要だ」とする。

 「我々OBが国民の理解をもらえるよう伝え続けることが大事。よろしく頼むよ」と、別れ際に記者の手を力強く握った。

<岡部俊哉(おかべ・としや)>
1959年、福岡県生まれ。防衛大学校25期。第1空挺団長、北部方面総監などを経て、2016年に第35第陸上幕僚長に就任。翌年、南スーダン自衛隊日報問題で引責辞任。現在はNEC顧問、日本地雷処理を支援する会会長などを務める。

岡部俊哉氏

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