2024年4月号

特集/ときめきのプリン&愛しのシュークリーム

ぼくの新店めぐり~まちの寿司屋の“おいしいホテル”「和さび」

寿司を提供する池田さん。8月31日まで、宿泊者にはマグロのにぎり1貫をサービスする

 本別で35年、町民に愛されてきた寿司(すし)店「源すし」が7月20日、町北4に町内唯一のビジネスホテルとなる「ホテル和さび」を開いた。代表の池田圭吾さん(41)は、「“おいしいホテル”として親しんでもらえたら」と、新たなスタートへの思いを語る。(文・柳田輝、写真・折原徹也)

 ホテルはシングル13室、ダブル1室、和室1室の計15室。シングルルームでも快適な滞在ができるよう、幅120センチのベッドを備えた。町の中心部に位置し、宿泊者が町内の店舗を利用するなど町の活性化につなげたい考えだ。

 朝食には、旬の魚を使った焼き魚や「豆の町」らしい地場産豆を使った納豆、みそ汁、豆腐など、寿司屋ならではの魚と町の味覚を楽しめる和食が提供される。

客室には大型のデスクが完備され、仕事などの作業がしやすくなっている


 夜には宿泊者らが寿司やお酒を楽しめるよう、ホテル1階には源すしが移転した。新しい店には寿司をかたどった時計を置くなど、池田さんの遊び心が垣間見える。

寿司を握る池田さん。カウンターに置かれた「寿司の時計」が目を引く


地元で愛される寿司屋
 源すしは、かつて本別にあったスーパー「ニュー銀」で“鮮魚の源さん”として親しまれた父・源太郎さん(85)が「お高い寿司のイメージを変えて、本別に誰でも入りやすい寿司屋を」と87年に開店した。

 ギョーザやザンギなど、寿司にこだわらないメニューや居心地の良さが町民から愛されてきた。“源さん”は引退した今も毎日のように顔を出し、常連客も源さんに会いにやってくる。「ほとんどマスコットみたいな感じです」と池田さんは笑う。

 池田さんは本別高校を卒業して大学の建築学科に進み、卒業後はスキー場に勤務するなど寿司から離れた生活を送っていた。帰省するたびに父を手伝っているうちに「親孝行したい」と思うようになり、寿司職人の道を志す。

客の言葉で気づいた大切なこと
 札幌の調理師専門学校へ進み、すすきのにある和食料理店で3年間の修業を積んだ。修業で自信をつけて2007年に本別へ戻り、意気揚々と源すしのつけ場に立った。

 「なんか変わったね」「なんでギョーザがないんだ」常連客から厳しい言葉が飛んだ。札幌で鍛えた腕に自信があったからこそ、そのショックは大きかったという。寿司屋だから寿司を食べたいんだろうと思っていたが、客に目を向けていなかったことに気づかされた。

 それからは父のやり方に学び、地域に密着した店づくりを目指した。宴会では忘れずギョーザを提供し、客に合わせてシャリの量を調節するなど、細やかな気配りも欠かさない。常連客は週に3、4日はやってくる。「寿司を食べずに帰る人もいるよ」と笑って話す。

寿司の時計やマグロの実物大模型など、遊び心が詰まった店内はくつろいで食事を楽しめる


存続に向け、ホテル開業を決断
 そんな地元に愛される店を新型コロナウイルスが襲った。毎年、年末や年度末などには100人以上の大宴会が何度も開かれていた。「それがゼロになって……」と話す声には落胆の色がにじみ出る。売り上げは3割落ちた。このままでは続けられないと思い、何かできないか必死で考えた。

 「ホテルがあれば、宿泊者が寿司も食べてくれるのでは」しかし資金はどうするか-。そんな矢先の21年3月、国は企業の思い切った事業再構築を支援する「事業再構築補助金」を打ち出した。迷いはぬぐえなかったが、切磋琢磨(せっさたくま)してきた地元の仲間たちに背中を押され、ホテル開業を決意。

急ピッチで開業準備 客からもエール
 補助金の期限もあり、開業までの準備期間は1年ほどしかなかった。「本当は2、3年くらい計画を練りたい気持ちはあった」と苦笑するが、「やらなきゃ絶対に後悔すると思った」と言う。「ここでもし一歩踏み出せていなかったら、ずっともやもやしていたと思う」

 十分な準備期間はなく、慌ただしい中でホテルはオープンした。不安はあったが客は来た。翌日に仕事で釧路や北見に行くというサラリーマンなどが宿泊し、源すしのカウンターに座った。常連客も店の門出を祝おうとやってきた。

 オープンでにぎわう店内では普段よりも料理の提供に時間がかかった。厳しい声はもちろんあったが、宿泊者に取ったアンケートの1枚には「ばたばただけど、頑張ってね」と応援のメッセージが添えられていた。

フロント横には本別の特産品などの販売コーナーがあり、土産を選ぶ楽しさも


地元密着を忘れず、よさを広める
 リニューアル後も地元に密着した店でありたいという気持ちは変わらない。「町外の人が宿泊して店を訪れ、本別のよさを知ってもらえたら」と話す。店は地元の人たちも和気あいあいとしたアットホームな空間で、「高級な寿司屋の雰囲気は、うちじゃ味わえないよ」とにやり。

 それでもネタは自信もってそろえた食材だ。マグロは豊洲の卸店「やま幸」から、他の食材はすべて帯広地方卸売市場から仕入れる。「山の奥の寿司屋って言っているけど、実は海もそんなに遠くない」と言い、店には新鮮な食材がそろう。

 ゆくゆくは「寿司の体験イベントなども計画している」。「外国の人は寿司が好き。白衣を着られるだけでもきっと喜んでくれる」と話し、インバウンドが戻って来る頃には店を新しい観光スポットとし、町の活性化につなげたい考えだ。

 本別を訪れる際には、本別唯一のビジネスホテルででゆっくり疲れを癒やし、地元の人たちに囲まれておいしい寿司を味わってはいかが?

<池田圭吾(いけだ・けいご)>
 1981年、本別町生まれ。本別中央小、本別中、本別高、北海道工業大学(現北海道科学大学)卒。スキー場勤務を経て調理師専門学校で学び、和食料理店で3年修行。2007年に本別に戻り源すし勤務。趣味はゴルフ。何もすることがない時間が苦痛で、予定を埋めがちな41歳。

<ホテル和さび>
本別町北4丁目4ノ3
Tel:0156・28・0141
    0156・22・2488(源すし)
駐車場あり
https://www.hotelwasabi.com/