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動物園のあるまちプロジェクト

Vol.3

「麻酔銃手に暗い園内へ 地震被災 熊本市動植物園」

マニュアル整備急務 猛獣対応や連絡・物資確保

 昨年4月に発生して家屋倒壊などで多数の死傷者を出した熊本地震。被災して休園していた熊本市動植物園(熊本市東区)では2月に部分開園が始まり、徐々に活気を取り戻している。大規模災害の発生時、多くの大型動物や猛獣を飼育している動物園はどう対応すべきなのか。5月下旬に同園を訪ね、被災から現在までの歩みや教訓を聞いた。

揺れ、動物に異変

 最大震度7を記録し、最も被害の大きかった益城町から車で約20分。約110種の動物と約5万点の植物を見ることができる市民の憩いの場所だった熊本市動植物園を、最初に大地震が襲ったのは昨年4月14日午後9時26分だった。

 帰宅途中だった同園獣医師の上野明日香さん(38)は車の中で大地震に遭遇。携帯の地震速報が鳴り響き、急ぎ園に戻った。万が一の「猛獣脱走」の事態を想定し、驚かせるための傘や麻酔銃、吹き矢を持ち、集まった職員5人ほどで獣舎の見回りに向かった。

施設だけでなく、地面の傾きやひび割れなど大きな被害を受けた熊本市動植物園の園内

 真っ暗な園内。地面は凸凹で、配水管が壊れてあちこちから水が噴きだしていた。おびえた動物たちの鳴き声が響く中、動物の無事と獣舎の安全を確認した。一夜明けた15日、水道が壊れて動物の水が確保できなくなくなり、福岡と大分の水族館が夜までにタンクを届けてくれた。

 「動物が逃げていれば市民の安全確保をしなければいけない」。上野さんは大きい余震のたびに獣舎や動物の状況を確認しに行った。

 16日午前1時25分には、再び震度7の「本震」が発生。動物に心的影響が現れだした。アフリカゾウは警戒するように耳を広げて走り回り、シマウマは寝室の壁にぶつかり顔に傷を負った。霊長類は顕著で、サルの一種「アンゴラコロブス」は2度の激震を経験した寝室で食事がとれなくなった。チンパンジーは10日間食欲が戻らず、警戒するような悲鳴を上げた。

 相次ぐ揺れで施設の被害も広がり、ユキヒョウの運動場はおりに隙間ができ、寝室から出せなくなった。日本動物園水族館協会(JAZA)の調整で、ライオンなど猛獣5頭は九州の4園・館に引き取られた。

逃走想定訓練のみ

 地震や風水害など大規模な災害が起きたとき、動物園はどう対応するのか。多くの施設で決まったマニュアルはないのが現状だ。

 市街地の真ん中にあり、ライオンやトラなど猛獣を飼育するおびひろ動物園でも、特に災害対応は決まっていない。猛獣脱走を想定した訓練は、毎年実施しているが、停電や断水などの緊急時対応は課題となっている。柚原和敏園長は「古い獣舎は倒壊の恐れもある。他園との連携など応援態勢を明確にしていかねば」と話す。JAZAが今年度中に災害マニュアルを作る動きもあるという。

 熊本市動植物園には、全国の動物園から災害時の対応について質問が来る。震災前、同園も毎年、猛獣脱走訓練を行っていたが、今回の地震は夜間に発生し、もし動物が脱走していてもどこにいるのかは分からなかった。さらに被災直後は、スタッフ間で電話もつながらない状況だった。

 教訓を生かし、今年4月に行った緊急災害訓練では、スタッフ間の連絡を無料通信アプリ「LINE(ライン)」に変更。園内に3台しかなかった無線も全員が持ち、災害マニュアル作成も検討中。上野さんは「夜間訓練はどこの園も行っていないと思う。物資確保など、状況に合わせた想定は必要」と話す。

施設の意義再認識

 災害後、大きな爪痕を残して閉鎖された熊本市動植物園。市職員のスタッフは、夜間に応援に赴いた避難所で、市民から動物園を心配する声を聞いた。

 「少しでも市民の笑顔を取り戻せれば」。避難所の学校にウサギやモルモットを連れていく「移動動物園」も開催。ホームページで情報を発信すると、動物宛てにたくさんの手紙や差し入れが届いた。

移動動物園で動物に触れて笑顔を見せる子どもたち(熊本市動植物園提供)

 上野さんは「感謝を伝えたいのはこっちなのに、多くの感謝や笑顔をもらった。動物園の在り方を改めて考えた」と語る。

 2月に部分開園を果たし、6月3日には開園エリアを拡大、徐々に復興の道を歩む同園。いまだ多くの爪痕を残すが、来年4月の全面開園に向けて復旧工事を進めている。「熊本城は大人にとって復興のシンボルだけど、子どものシンボルは動物園」ー。獣舎を前にスタッフがつぶやいた。

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