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あいさつは欠かさずに!人を惑わすグアテマラあるある あれから20年~再びグアテマラへ(11)

小林 祐己

JICAグアテマラ事務所企画調査員

 「ブエン・ディア!(Buen dia=良い一日を)」「フェリス・タルデ!(Feliz tarde=良い午後を)」。グアテマラで職場やアパート、商業施設などのエレベーターに乗ると、乗降時に知らない人でもほぼ必ずあいさつの言葉を掛けてくれる。内容は時間などで変わる。掛けられた方も同じように返事をする。日本のエレベーターではあまり見なかった光景だ。初めのころは慣れなくて返事ができなかったり、つい忘れて黙って降りたりしていたが、最近は自分からあいさつの言葉が出るようになった。

 一方で、自分が暮らすアパートにはアジア系の住民が一定数いるのだが、日本と同じくそういう習慣はないのだろうし、こちらもアジア人だからか、エレベーターで一緒になっても何も言わずに黙って降りる人が多い。日本では当たり前の風景だったはずなのに、グアテマラ流あいさつ交換に慣れると、もはや冷たい印象を受けてしまう。自分も気を付けねばと思っている。知らない人にもいちいちあいさつなんて面倒くさいなと感じるかもしれないが、慣れてしまうとこれがなかなか心地よいのだ。

 この知らない人同士のあいさつ習慣はグアテマラだけでなくいくつかの外国では当たり前のことなのだろう。以前に読んだニュース記事でアメリカでのあいさつについて、「アメリカは治安が悪いので敵でないことを示すためにあいさつをする。日本は平和だからその必要がない」みたいな内容の解釈が書かれていた。確かに治安の悪いグアテマラのあいさつにも「自分は怪しいやつではないですよ」と示す意味があるのかもしれないが、みなさんの様子を見ているとそんな意味を超えて自然な振る舞いとして定着していると感じる。

あいさつが行き交う地方の市場


 バリエーション豊かなあいさつ言葉の中で、自分が一番好きなのが「ブエン・プロベチョ(Buen Provecho)」だ。直訳すると「おいしく召し上がれ」だが、いろいろな使い方がある。食事中の人に声を掛けるのが基本形で、レストランで食べている知らない人にでも声を掛けると、「グラシアス(Gracias=ありがとう)」と返事がくる。何人かで食事を始めるときに「いただきます」的な意味でも使うこともある。エレベーター内でちょうどお昼時に「ブエン・プロベチョ」と言われることもある。「おいしいランチをね」的な意味だろうか。声を掛けられると優しさを感じるとても良い言葉だ。

食事をしている人には「ブエン・プロベチョ」


 あいさつ交換はエレベーターや食事時だけでなく、お店に入るときや食堂で注文するとき、スーパーのレジ、駐車場のガードマンになど、あらゆる場面で繰り返される。さすがに通勤時にすれ違う人全員に声を掛けたりはしないが、近所をのんびり散歩するときに出会う人に「ブエノス・ディアス(Benos Dias=こんにちは)」とほほ笑むと、気持ちよく返事と笑顔が返ってくる。初めてグアテマラに来る日本人ボランティアはたいてい最初は黙って道を歩くが、以前にグアテマラ人の安全アドバイザーが「人々にあいさつをするように」と指導していた。これは安全確保の意味もあるのかもしれない。

都会の人は忙しそうだ


 このようにあいさつが気持ち良いのはグアテマラの人たちの良いところだと感じている。日本でたまに「グアテマラ人ってどんな人?」と聞かれると、自分は「フレンドリーで優しい人が多いよ」と答えている。日本のイメージでは中南米人=ラテン系は陽気でいつも踊っているようなイメージがあるかもしれないが、グアテマラ人はFiesta(フィエスタ=祭り、パーティー)やBaile(バイレ=踊り)は大好きながら、普段はおとなしめの実直なタイプが多い気がする。ただもちろん個人によって違うし、自分の限られた経験からの感想にすぎないが。

 「○○人は〜」といった、国や人種など大きなくくりを主語とする話は難しいし、あまり好きではない。ステレオタイプで、マイナスな意味合いなものになりがちだからだ。実際、日本人の間で(たまにグアテマラ人の中でも自嘲的に)語られるグアテマラ人像には「時間にルーズ」「仕事がいいかげん」などがある。まあ確かに、世界の中でも特にきっちりした方であろう日本と比べるのは酷かもしれない。「約束時間に○時間遅れてきた」「シー(Si=はい)と言ったのに全然やらない」的な「グアテマラあるある」は無数に聞く。

 自分もこの手の経験はいくつかある。先日はとある仕事を頼んだおじさんが約束の時間(しかも向こうが指定した)になっても現れないので呼びに行ったら「今はパーティー(職場の忘年会だったらしい)にいるから行けない」というびっくり理由が返ってきた。インターネット工事のお兄さんは「もうすぐ着く」とSNSで自分の位置情報まで送ってきたが、地図上の彼の位置はしばらくぴくりとも動かなかった。どちらも特に悪びれた様子もなくだいぶ遅れてやってきて、仕事は一生懸命やってくれた。

 これは何なのだろうか。悪意はないのだが、少なくとも仕事に対して「お客に良いサービスをアピールしよう」とか「会社の売り上げを上げよう」といった積極姿勢は感じられない。お客さまは神様で、会社にも忠誠を尽くす日本とは大きく違う。グアテマラ人の仕事に対する姿勢を日本人の間で話した時、「こっちの人は優先順位が自分と家族」という意見があった。家庭よりも仕事優先という価値観が残る日本から見れば「いいかげん」にも見えるが、のんびりと人間的に働いているとも言える。少なくとも自分はあまり腹を立てず、「また面白いネタができた」と新たな価値観を楽しむようにしている。とはいえ、「グアテマラ人」の名誉のため、日本的視点でも時間に正確で仕事がバリバリできる人もたくさんいることを書いておきます。

バスはどこから出る…答えは無数にある


 最後に「グアテマラ人あるある」をもう一つ。それは「道案内が(ほぼ)でたらめ」だ(マイナス内容ですみません…でも本当かも)。知らない街でバスの乗り場やルートを聞くことがあるが、露天商や市役所の掃除の人から、果ては交通警察官まで、みんな言うことがバラバラでしかもみんな間違っていたりする。そしてさも本当のように自信ありげに話す。あちこち振り回されて最初は「なんで!」と腹を立てたが、やがて気がついた。この人たちは「うそつき」なのではない、たとえ知識が不確かでも、この迷える外国人を助けようとしてくれているのだと。「知らない」と言うのが失礼と思うのかもしれない。自分はこれは「優しいグアテマラ人の行き過ぎた親切心」と好意的に思っているのだが、みなさんはどう思いますか?

知らない街でもみんな優しい

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